『シャーンドル・マーチャーシュ――地中海の冒険〈上・下〉』ジュール・ヴェルヌ[著]、三枝大修[訳]、ルリユール叢書:幻戯書房、2023年5月、上巻本体4,200円/下巻本体3,700円、四六変上製上巻456頁/下巻384頁、上巻ISBN978-4-86488-272-9/下巻ISBN978-4-86488-273-6
『方向性詩篇』大谷良太[著]、編集室水平線、2023年5月、本体2,700円、四六判上製110頁、ISBN978-4-909291-05-9
『サッシャ・ギトリ――都市・演劇・映画 増補新版』梅本洋一[著]、坂本安美[編]、ソリレス書店、2023年4月、本体3,600円、四六判並製394頁、ISBN978-4-908435-19-5
『戦争に行った父から、愛する息子たちへ』ティム・オブライエン[著]、上岡伸雄/野村幸輝[訳]、作品社、2023年4月、本体2,400円、46判並製288頁、ISBN978-4-86182-976-5
『人生を豊かにする科学的な考えかた』ジム・アル=カリーリ[著]、桐谷知未[訳]、作品社、2023年5月、本体1,800円、46判並製160頁、ISBN978-4-86182-971-0
★特筆しておきたいのは『シャーンドル・マーチャーシュ』上下巻。「ルリユール叢書」第30回配本(41、42冊目)です。ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne, 1828–1905)は言わずと知れた19世紀フランスの小説家で、『海底二万里』『八十日間世界一周』『地底旅行』『十五少年漂流記』など数々の冒険小説によって、H・G・ウェルズと並ぶSFの先駆者として著名な大作家です。『シャーンドル・マーチャーシュ』(原題:Mathias Sandorf)は、1885年に刊行された海洋冒険小説。日本では金子博訳『アドリア海の復讐』(集英社、1968年;上下巻、集英社文庫、1993年)として知られています。
★今回の新訳の帯文はこうです。「祖国ハンガリーの独立に向けた蜂起を計画し、順調に準備を進めていたはずの大貴族シャーンドル伯爵を待ち受ける試練とは――」。「悪党どもに正義の鉄槌を下さんとして、神出鬼没の謎多き医師アンテキルト博士とその仲間たちが地中海を舞台に躍動する」。「ヴェルヌが描く、狂瀾怒濤の海洋冒険物語」、「エッツェル版装画全点掲載の新訳決定版」。
★訳者解題では次のように紹介されています。「『シャーンドル』はヴェルヌによる『モンテ・クリスト伯』〔大デュマ著、1844~1846年〕へのオマージュであり、それをあからさまに換骨奪胎してはいる。が、だからといって、前者が後者の焼き直し、二番煎じにすぎないというわけではないのである。〔…〕『シャーンドル』は〈驚異の旅〉におなじみのテーマをこれでもかというくらいに詰めこんだヴェルヌならではの快作であり、ひとたびこれを読み終えてみれば、ああヴェルヌだ、これぞまさにヴェルヌだ、としか感慨のつぶやきようがないのである」。
★ちなみにヴェルヌ自身は1883年12月初旬の編集者エッツェル(Pierre-Jules Hetzel, 1814-1886)への手紙でこう書いていたそうです。「強姦も姦通も行き過ぎた情念も描くことなく、われわれの読者のために真の『モンテ=クリスト』を制作しようとしています」(訳者解題からの孫引き、下巻360頁)。ヴェルヌは『シャーンドル』を大デュマに捧げており、本書冒頭には献辞と、それに対する小デュマの返書が掲出されています。小デュマはこう書いています。「文学的な見地からすれば、貴方は私以上に彼〔大デュマ〕の息子なのです」。
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【雑記11】
2017年3月に設立された自民党の議員連盟「書店議連」(街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟;旧称「全国の書店経営者を支える議員連盟」、2022年11月に改称、145名)の動向についてメモをとっておきたい。
業界紙「新文化」2023年5月1日付記事「書店議連、総会で「第一次提言案」を討議」によれば、同議連は去る4月28日に自民党本部で総会を開き、「書店業振興を政府に要望する「第一次提言」案を討議した」とのこと。連休明けから提言のとりまとめに入るとされ、「案では公正取引委員会に「不公正な競争環境等の是正」、文部科学省に「書店と図書館の連携促進」、経済産業省・財務省に「新たな価値創造への事業展開の支援」に取組むよう求めるなどしている」と報じられた。
遡って同紙の2022年12月9日付記事「書店議連「中間とりまとめ」発表、来春の最終報告に向け競争環境の是正など検討」では、検討の方向性として4点が挙げられている。改行を増やすなどして見やすくしてみる。
1)不公正な競争環境等の是正・・・ネット書店による送料無料配送、官公庁・図書館への納入業者を決める入札の際の過度な値引き、図書館の複本問題など。
2)DXの推進・・・ICタグの導入をテーマにした産官連携のモデルプロジェクトの発足など。
3)文化向上・文化保護の観点からの支援・・・クーポンの配布、出版物への消費税・軽減税率の適応など。
4)収益構造確立・新たな価値創造への支援・・・韓国・フランスなどに倣った書店業支援制度の創設、出店や新サービスへの支援など。
これらは12月8日の総会で確認されたもの。塩谷立会長(自民党財務委員長)は「法制化するところはしていきたい」と語ったとされている。さらに遡ってそのひと月前の11月2日の総会については、日書連(日本書店商業組合連合会)が発行する「全国書店新聞」2022年12月1日号記事「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟/新たな議連名に変更/来年5月までに提言書とりまとめ」で紹介されている。
席上で齋藤健幹事長(現法務大臣)が言及したのは次の4点。
1)深刻化する不公正な競争環境・・・ネット通販業者問題=過度な値引き、送料無料、発売日違反。
2)公共図書館問題・・・ベストセラーの過度な複数蔵書、著者権利の保護。
3)書店負担経費の増加・・・キャッシュレス手数料等。
4)万引きリスクの拡大・・・防犯カメラ・警備会社契約は書店負担。警察手続き負荷、買取業者の買取審査。
また、JPIC(出版文化産業振興財団)の松木修一専務理事(2022年4月時点ではトーハン図書館事業部長)が示した4項目の要望は以下の通り。これも見やすいよう改行等を施した。
1)書店産業振興のための経済対策(仮)の実施:
1-1)ICタグを活用した高度な商品供給インフラの整備・促進・・・ICタグの産業への大規模活用の実験的事例とするための、国の補助によるDXモデル事業の創出。
1-2)セルフレジ・キャッシュレス決済の普及への対応支援・・・対応途上である書店業界の対応加速化への国の支援。
1-3)書店産業への助成・・・店舗運営に必要な固定費補助や新規出店の助成制度。
1-4)書店・出版社系スタートアップへの助成・・・広く書店関連・出版関連のスタートアップ企業を支援)。
2)再販制度を基盤とした公正な競争環境の整備:
2-1)著作物再販制度の適切な運用が必要・・・ネット書店等における送料無料化の禁止=公正な競争を妨げないよう、制限を課す法の整備が必要。
2-2)入札値引き問題・・・入札時の過剰な値引きを禁ずる措置が必要。
3)書店と図書館共存・共栄のための環境整備:
3-1)永年出版界と図書館界での懸案となっている「複本」や「新刊本の貸出不可期間」について一定のルールを設ける必要がある。
3-2)現行図書館法第7条の2にある「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」を書店との共存も含めた内容に改正する必要がある。
3-3)「図書館蔵書等における地元書店からの優先購入」等の措置が不可欠。
4)出版物への消費税軽減税率適用・・・先進諸国では出版物は軽減税率が適用されているとして、各国の適用状況を紹介。
また、過去にはこんな要望もあった。「「ネット書店課税」創設を 実店舗経営者、自民に要望」(産経新聞、2018年7月12日付)に曰く、「自民党の「全国の書店経営者を支える議員連盟」(会長・河村建夫元官房長官)が12日に開いた会合で、出席した書店経営者から「インターネット書店課税」創設の要望が上がった。インターネットによる書籍販売が普及し、実店舗の経営が圧迫されているとして「われわれは固定資産税を払っている。区別を図ってほしい」などと訴えた。/著作物を定価販売する「再販制度」維持のため、ネット販売の過度なポイント還元による実質的な値引きの規制も要請。来年の消費税増税に際し、書籍・雑誌への軽減税率適用を求める声も出た」。
なお、「全国書店新聞」2023年1月15日付記事「書店議連岸田首相と面会/塩谷会長、齋藤幹事長ら「中間とりまとめ」手渡す/街の書店守る政策実現を訴え」では、書店議連からは塩谷立会長、山谷えり子副会長(北朝鮮による拉致問題対策本部長)、齋藤健幹事長、小寺裕雄事務局次長(農林部会副部会長)、JPICからは近藤敏貴理事長(トーハン社長)、奥村景二副理事長(日本出版販売社長)、矢幡秀治副理事長(日書連会長)、小野寺優副理事長(河出書房新社社長、書協〔日本書籍出版協会〕理事長)が、首相官邸で岸田文雄首相と面会した様子が伝えられている。「中間とりまとめを手渡し、街の書店を守るための政策実現を訴えた」と。
記事によれば出版業界からは以下の声があったと書かれている:
「小さな書店だけでなく大型書店も街からなくなっている。自ら努力は続けるが限界もある。政府の支援をお願いしたい」(矢幡氏)。
「さらに書店の減少が続けば、全国津々浦々に同一価格で本を届け、雑誌を同時発売している仕組みは維持できず、取次もなくなる」(近藤氏)。
「書店がなくなれば、本と読者の出会う場がなくなる。出版社にはとても大きな問題」(小野寺氏)。
議連からは次のような発言があったそうだ:
「フランス、韓国では街の書店を守る政策がある。日本でもあってしかるべき」(山谷副会長)。
「子どもはネット書店では本と出会えない。子どもたちが本と出会えるのは街の書店。これをなくしてはいけない」(小寺事務局次長)。
首相はこれに対し、「首相就任後なかなか書店に行けないが、様々な本が並ぶ書店はまさしく文化。自分もあの空間は好きだし、なくしてはいけないと思う。書店議連の責任は重大だと認識している。塩谷会長を中心に頑張ってほしい」と発言したとのこと。「文化通信」紙2022年12月23日記事「書店議連、岸田首相と面会」によれば「15分程度」の面会だったようだ。
これ以上は長くなるのでいったんやめておくが、議連の各議員がほかにどんな議連に所属しているのか、また、類似する議連にはどのようなものがあるか、については非常に興味深い情報なので各自確認されたい。出版業界のロビー活動は一概に否定するものではないが、議員連盟は利権が絡みやすいし、選挙協力など業界との関係性もウェットになりがちだろう。専修大の植村八潮教授(日本出版学会元会長)が「政治とは一定の距離を保つべきだ」と発言していることが「朝日新聞」3月29日付記事「書店の「文化」、守るべきは誰? 支援求める業界、政治に頼る危うさ」で伝えられている。
気になるのは、議連の議論が、読者や小書店、小出版社の視点とどれだけ交差するか、である。政治家はとかく大文字で語って細部を飛ばしてしまう。彼らの言う「国民」や「文化」は、国民ひとりひとりの顔やさまざまな文化の諸層を否応なく抽象化する。日書連や書協がすべての書店や出版社を代表しているのではないように、議連もまた、あくまでもカギカッコ付きの「国民代表」である。このギャップを埋めるためには小書店や小出版社が業界団体に加盟すればいい、という単純な話ではないし、国民は議員に付託するしかない、という話でもない。ではどうすればいいのだろうか。
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