センサーライト

ある版元編集者から聞いた話です。


決算前の無理な新刊増産がたたってミスが重なり、付物の刷り直しだの奥付の差し替えだのと印刷所を立て続けに困らせていたある日のことです。夜遅くに社長に「今から行こう」と連れ出されて、タクシーで印刷所へと向かいました。日付が変わろうというのに印刷所ではまだたくさんの方々が働いていました。社長は旧知の間柄の役員と挨拶を交わすと「うちの若いの、見学させて下さい。このところ迷惑ばかりかけてしまって」と私を紹介しました。すぐに担当の営業マンが呼ばれて、社内を案内してくれました。「突然お邪魔してすみません、ミスが続いてご迷惑をお掛けして本当に」と私は小さくなるばかりでした。緊張が続いたせいかトイレに行きたくなり、担当営業さんに場所を尋ねると「ご案内しますよ」と。私は用を足し、担当さんは手を洗っていました。私が済んで洗面台の前に行くと、突然電灯が消えて驚きましたが、担当さんがドアを開けて待っていてくれました。トイレから出て行こうとしたとき、背後で個室のドアが勢いよく開く音が聞こえました。廊下に出て担当さんに「夜に個室でライトが消えるとうんざりしますよね。うちの会社のトイレもセンサーライトなんですけど、電気代節約のためかすぐ消えちゃう設定なんですよ」と、理解ある振りをしました。担当さんは笑みを返してくれましたが、疲れた様子でした。その年の忘年会で、社長からこう言われました。「あの夜のこと、憶えてるか？　担当君に謝られたんだ、トイレのこと。君は幸い何も見なくて済んだみたいだけど」。過去に突然死があった場所でした。センサーライトでもありませんでした。


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【「営業夜話」はフィクションです。実在の店舗や会社、人物、事件に似ていることがあるかもしれませんが、それはあくまでも偶然でしょう。】


営業夜話（2022年全5話）・・・「おーい」「僕のです」「センサーライト」「キッズコーナー」「館内放送」
営業夜話（2019年全5話）・・・「閉店後」「ドミノ」「パートワーク」「ショタレ本」「コレクター」