ある版元営業マンに聞いた話です。
棚担当者が急に辞めたために引き継ぎもなしで後任になった若手書店員さん。商品知識が多少ある自分が、ある日の閉店後に棚の整理を手伝うことになりました。客がいなくなった売場で二人きり、互いに相談しながら作業をしました。しばらくすると奥まった場所にある事務室から「おーい、おーい」と呼ぶ声がします。事務室と売場の間にドアはなく、普段はカーテンだけで仕切られています。それが閉店後の作業のためか、開けられていました。「誰か呼んでますね」と店員さんの方に振り返ると、彼は顔をこわばらせています。「時間を間違えてました。今日はもう上がらなきゃいけないんだった」。そう言うと私を連れて売場を早々に出ました。退勤して駅へ向かう道中、彼がずっと黙りこくっているので、私は「都合の悪い時にお邪魔しちゃってすみません」と謝りました。彼ははっとしたようにこちらに顔を向け、苦しそうに「ごめんなさい」と答えました。「あの声には答えちゃいけないんです、声がするだけで誰もいません。みんなあれが嫌で残業しないんです」。翌月、彼は転勤願を出しました。そのお店は今もあります。
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【「営業夜話」はフィクションです。実在の店舗や会社、人物、事件に似ていることがあるかもしれませんが、それはあくまでも偶然でしょう。】
営業夜話(2022年全5話)・・・「おーい」「僕のです」「センサーライト」「キッズコーナー」「館内放送」
営業夜話(2019年全5話)・・・「閉店後」「ドミノ」「パートワーク」「ショタレ本」「コレクター」
棚担当者が急に辞めたために引き継ぎもなしで後任になった若手書店員さん。商品知識が多少ある自分が、ある日の閉店後に棚の整理を手伝うことになりました。客がいなくなった売場で二人きり、互いに相談しながら作業をしました。しばらくすると奥まった場所にある事務室から「おーい、おーい」と呼ぶ声がします。事務室と売場の間にドアはなく、普段はカーテンだけで仕切られています。それが閉店後の作業のためか、開けられていました。「誰か呼んでますね」と店員さんの方に振り返ると、彼は顔をこわばらせています。「時間を間違えてました。今日はもう上がらなきゃいけないんだった」。そう言うと私を連れて売場を早々に出ました。退勤して駅へ向かう道中、彼がずっと黙りこくっているので、私は「都合の悪い時にお邪魔しちゃってすみません」と謝りました。彼ははっとしたようにこちらに顔を向け、苦しそうに「ごめんなさい」と答えました。「あの声には答えちゃいけないんです、声がするだけで誰もいません。みんなあれが嫌で残業しないんです」。翌月、彼は転勤願を出しました。そのお店は今もあります。
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【「営業夜話」はフィクションです。実在の店舗や会社、人物、事件に似ていることがあるかもしれませんが、それはあくまでも偶然でしょう。】
営業夜話(2022年全5話)・・・「おーい」「僕のです」「センサーライト」「キッズコーナー」「館内放送」
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