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注目新刊:アガンベン『実在とは何か』、シモンドン『個体化の哲学』、ほか

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a0018105_15575438.jpg★ジョルジョ・アガンベンさん(著書:『アウシュヴィッツの残りのもの』『バートルビー』『涜神』『思考の潜勢力』『到来する共同体』)
★上村忠男さん(訳書:アガンベン『到来する共同体』、編訳:パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
アガンベンさんの近著『Che cos'è reale?: La scomparsa di Majorana』(Neri Pozza, 2016)が上村忠男さんによって翻訳されました。附録の二篇、エットレ・マヨラナ「物理学と社会科学における統計的法則の価値」、ジェロラモ・カルダーノ『偶然ゲームについての書』は、前者が原著でも収録されていますが、後者は訳書において新たに付されたものです。アガンベンさんの論及があった重要テクストなので、全訳での収録はたいへん参考になります。


版元さんの内容紹介文によれば本書は「マヨラナの論文を手がかりにして、アガンベンは失踪の原因が「不安」や「恐怖」といった心理に還元されるべきものではなく、《科学は、もはや実在界を認識しようとはしておらず──社会科学における統計学と同様──実在界に介入してそれを統治することだけをめざしている》という認識にマヨラナが至ったことと関係している、という地点に到達する。その果てに見出されるのは、「実在とは何か」という問いを放つにはどうすればよいか、ということにほかならなかった」と。メイヤスーやガブリエル、マラブーらの新刊と併せてひもときたい本です。同書の議論との交差については、同じく講談社選書メチエで『AI原論――神の支配と人間の自由』を4月に上梓された西垣通さんと、メイヤスー本の訳者・千葉雅也さんの対談「AIは人間を超える」なんて、本気で信じているんですか?」「AIが絶対に人間を超えられない「根本的な理由」を知ってますか」「AIが「人間より正しい判断ができる」という思想、やめませんか?」(「現代ビジネス」7月16~18日)が参考になります。アガンベンへの言及はないものの、問題圏は重なっています。


アガンベンさんは本書の末尾をこう結んでおられます。「ここでわたしたちが示唆しようと思う仮説は、もし量子論力学を支配している約束事が、実在は姿を消して確立に場を譲らなければならないということだとするなら、そのときには、失踪は実在が断固としてみずからを実在であると主張し、計算の餌食になることから逃れる唯一のやり方である、というものである。〔…〕1938年3月の夜、無のなかに消え去り、彼の失踪の実験的に明らかにしうるあらゆる痕跡を見分けがつかなくさせる決断をすることによって、彼は科学に、実在とは何か、という未済の、しかしまた避けて通るわけにはいかない回答をいまもなお期待している問いを提起したのだった」(45~46頁)。


実在とは何か マヨラナの失踪
ジョルジョ・アガンベン著 上村忠男訳
講談社選書メチエ 2018年7月 本体1,350円 四六判並製176頁 ISBN978-4-06-512220-4

★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
フランスの哲学者ジルベール・シモンドン(Gilbert Simondon, 1924-1989)による1958年の博士論文『L'Individuation à la lumière des notions de forme et d'information』がついに全訳されました。底本は2013年のMillon版ですが、2017年版での変更箇所も反映されているとのことです。近藤さんは第一部「物理的個体化」の訳出と、結論の共訳、訳注の整理と調整を担当されたそうです。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。これを契機に副論文『技術的諸対象の実在様態について』の翻訳も期待したいところです。


個体化の哲学――形相と情報の概念を手がかりに
ジルベール・シモンドン著 藤井千佳世監訳 近藤和敬/中村大介/ローラン・ステリン/橘真一/米田翼訳
法政大学出版局 2018年7月 本体6,200円 四六判上製638頁 ISBN978-4-588-01083-5

★竹峰義和さん(訳書:メニングハウス『生のなかば』、共訳:シュティーグラー『写真の映像』)
先月末発売された岩波書店の月刊誌「思想 2018年7月号:ヴァルター・ベンヤミン」において、論文「サンチョ・パンサの歩き方――ベンヤミンの叙事演劇論における自己反省的モティーフ」を寄稿されるとともに、ベンヤミンの「技術的複製可能性の時代における芸術作品――第一稿」の翻訳を手掛けておられます。ほとんどが抹消線で埋め尽くされた第一稿は、『新批判版全集』(2008年~)で活字化された新たな草稿で、『旧全集』(1972~1999年)の第一稿はこんにちでは第二稿とされています。ちなみに岩波現代文庫の『パサージュ論』全5巻(2003年;単行本版は93~95年)は第5巻を除いて現在品切で、岩波文庫の『ベンヤミンの仕事』2巻本(1994年)も品切。新全集に基づく新訳がいずれ刊行されることになるのでしょうか。


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注目新刊:吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』河出書房新社、ほか

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a0018105_11414316.jpg『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』吉川浩満:著、河出書房新社、2018年7月、本体2,200円、46判並製360頁、ISBN978-4-309-02708-1

『パンセ』パスカル:著、前田陽一/由木康:訳、中公文庫、2018年7月、本体1,400円、752頁、ISBN978-4-12-206621-2
『白井晟一の原爆堂 四つの対話』岡﨑乾二郎/五十嵐太郎/鈴木了二/加藤典洋:著、白井昱磨:聞き手、晶文社、2018年7月、本体2,000円、四六判変型上製252頁、ISBN978-4-7949-7028-2



★『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』は、吉川浩満 (よしかわ・ひろみつ:1972-)さんが2012年、そして2015年から2018年にかけて各媒体で発表してきたエッセイ、インタヴュー、討議、評論、解説などに加筆訂正し、書き下ろしを加えて一冊にまとめたもの。書名はカール・マルクスの『資本論草稿』からの借用。「本書は、現在生じている人間観の変容にかんする調査報告書である〔…〕人間にかかわる新しい科学と技術についての要約と評論を集めた一冊になった」と、まえがきにあります。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。本書は著者がここ三年ほど執筆をつづけておられる『人間本性論』の副産物だそうです。


★「なぜいまさら人間(再)入門なのか? これから述べるように、近代の幕開けとともにかたちづくられた人間観が陰りをみせるとともに、最新の科学と技術が従来の人間観に改訂を迫りつつあるからである。/最新の科学として、本書はおもに進化と認知にかんする諸科学に注目する」(序章、12頁)。吉川さんが昨年編纂された『atプラス』第32号「特集:人間の未来」は本書とカップリングの関係にあると言っていいと思います。


★さらに吉川さんはこうも述べます。「フーコーは〔『言葉と物――人文科学の考古学』において〕、人間の終焉を告げる(当時の)新しい学問として、フロイトにはじまる精神分析とレヴィ=ストロースらの文化人類学とを挙げた。これらは近代における人間の定義であった合理性と主体性を切り崩す。〔…〕なにが起きているのか。人間についての経験論的な探究が、そうした探究の前提となっていた超越論的な想定を疑わしいものにする事態である。〔…〕フーコーの予言は的中しただろうか。見方にとって、そうともいえるし、そうでないともいえる。本稿の立場は、フーコーの予言はおおむね正しかったが、近代の人間観を終わらせるうえで大きな役割を演じたのは別のものである、というものだ。/では別のものとはなにか。20世紀なかばに科学技術の世界で起こった生命科学の発展と認知革命の進行という出来事である」(17~18頁)。これは、近代に発する人文学が知の革新において現代に生まれた科学にその主役の座を譲ったという単純な話では実はありません。


★「新しい人間本性論を考えることは、とりもなおさず、我々はどうありたいのか、どうあるべきかという課題を再設定することでもあるのである。/では19世紀に生まれた人間像の終焉後、21世紀の科学技術文明における人間本性論はどのようなものになるだろうか。/じつはすでにだいたいできあがっている。それは、人間とは不合理なロボットである、というものだ。これが進化と認知にかんする諸科学が与える人間定義である」(22頁)。帯文には「従来の人間観がくつがえされるポストヒューマン状況の調査報告書」とあります。人間観は実際のところ時代とともに変化してきたわけで、神学や哲学、そして科学はその都度、知の枠組みを更新してきました。哲学も科学もそのありようを変化させてきたわけで、そうした大きなうねりには文理の区別はありません。吉川さんの来たるべき『人間本性論』は科学にとってだけでなく哲学にとっても新たな基礎づけの条件を透視するものとなるのでしょう。『人間の解剖~』はそのプロレゴメナ、序説であると言えそうです。


★ちなみに版元サイトの単品頁では本書に対する東浩紀さんの推薦文が掲載されています。「ひとの定義が変わりつつあるいま、よきひととして生きることはいかに可能なのか。その指針を与えてくれる、当代屈指の読書家による細密で浩瀚なキーコンセプトガイド。必読!」。


★パルカル『パンセ』は中公文庫プレミアムの最新刊。「知の回廊」と銘打たれたシリーズは「定評あるロングセラーを厳選し読みやすくした新版」で、手塚富雄訳のニーチェ『ツァラトゥストラ』がすでに発売されています。今回の新版では、1966年刊『世界の名著24』より年譜と索引(人名、重要語句)を加え、さらに巻末エッセイとして小林秀雄の「パルカルの「パンセ」について」(初出『文學界』1941年8月号)が掲載されています。帯文にある「人間とはいったい何という怪物だろう」というのは、第七章「道徳と教義」の断章434からの引用。当該段落の全文を引いておくと、「では、人間とはいったい何という怪物だろう。何という新奇なもの、何という妖怪、何という混沌、何という矛盾の主体、 何という驚異であろう。あらゆるものの審判者であり、愚かなみみず。真理の保管者であり、不確実と誤謬の掃きだめ。宇宙の栄光であり、屑」(307頁)。


★同断章の後段にはこうも書いてあります。「尊大な人間よ、君は君自身にとって何という逆説であるかを知れ。へりくだれ、無力な理性よ。だまれ、愚かな本性よ。人間は人間を無限に超えるものであるということを知れ。そして、君の知らない君の真の状態を、君の主から学べ。/神に聞け」(308頁)。「神は死んだ」(手塚訳『ツァラトゥストラ』17頁)と記した文献学者ニーチェと、「人は、神がなんであるかを知らないでも、神があるということは知ることができる」(断章233、175頁)と書いた科学者パスカル――この振幅のうちに思いを馳せるよう促されるこの時に、先に挙げた吉川さんの『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』が同じく新刊として書棚に並んでいるのを目撃するのは、何やら因縁めいたものを感じます。


★なお、中公文庫プレミアム「知の回廊」の続刊は、9月発売予定のデュルケーム『自殺論』宮島喬訳、です。


★『白井晟一の原爆堂 四つの対話』はまもなく発売(26日頃)。建築家・白井晟一(しらい・せいいち:1905-1983)さんが1955年に立案し、実際は建設されていない「原爆堂」をめぐる一冊。白井さん自身のテクストや図面、白井さんのご子息・白井昱磨(しらい・いくま:1944-)さんによる序、そして昱磨さんが聞き手となって、造形作家、建築史家、建築家、評論家の4氏とそれぞれ行った対話が収録されています。昱磨さんによるあとがきによれば本書は『白井晟一の建築』(全5巻、めるくまーる、2013~2016年)の別巻として当初構想されていたものが4氏の対話本へと発展したもの。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。帯文はこうです。「核の問題と対峙するアンビルトの傑作は3・11以後の世界に何を問うのか――。日本の戦後が抱えた欺瞞、福島第一原発の行方、新国立競技場問題、社会における建築家の役割、これからの建築について……。「原爆堂」をめぐり、知の領域を広げる新しい対話の試み」。先月には約1か月間、表参道のギャラリー「Gallery 5610」で、「白井晟一の『原爆堂』店 新たな対話にむけて INVITATION to TEMPLE ATOMIC CATASTROPHES」が開催されていました。



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★さらに本日以降発売予定の新刊の注目書はほかにもあります。すべてを購読するのは無理でしょうけれども、要チェックであることには変わりありません。▼は発売済。※は押さえておきたい関連書です。


7月23日
スラヴォイ・ジジェク『絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』中山徹/鈴木英明:訳、青土社▼
稲垣諭『壊れながら立ち上がり続ける――個の変容の哲学』青土社▼
前田專學『インド的思考〈新版〉』春秋社▼


7月24日
川崎昌平『労働者のための漫画の描き方教室』春秋社▼
堀越英美『不道徳お母さん講座――私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』河出書房新社
千葉雅也対談集『思弁的実在論と現代について』青土社
ダグラス・ホフスタッター『わたしは不思議の環』片桐恭弘/寺西のぶ子:訳、白揚社
ゴウリ・ヴィシュワナータン『異議申し立てとしての宗教』三原芳秋/田辺明生/常田夕美子/新部亨子:訳、みすず書房
田川建三『新約聖書 本文の訳 携帯版』作品社
小松和彦『鬼と日本人』角川ソフィア文庫
植木雅俊訳/解説『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』角川ソフィア文庫
中村元編著『続 仏教語源散策』角川ソフィア文庫
 ※中村元編著『仏教語源散策』角川ソフィア文庫、2018年1月
 ※中村元編著『仏教経典散策』角川ソフィア文庫、2018年2月


7月25日
和氣正幸『日本の小さな本屋さん』エクスナレッジ
クラウス・フォン・シュトッシュ『神がいるなら、なぜ悪があるのか』加納和寛:訳、関西学院大学出版会
小倉拓也『カオスに抗する闘い』人文書院
木庭顕『誰のために法は生まれた』朝日出版社
 ※木庭顕『憲法9条へのカタバシス』みすず書房、2018年4月


7月26日
福尾匠『眼がスクリーンになるとき――ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』フィルムアート社
松中完二『ソシュール言語学の意味論的再検討』ひつじ書房:ひつじ研究叢書(言語編)


7月27日
田中かの子『3・11――〈絆〉からの解放と自由を求めて』北樹出版


7月30日
時枝誠記『時枝言語学入門 国語学への道――附 現代の国語学 ほか』書誌心水


7月31日
伊藤龍平『何かが後をついてくる』青弓社
大橋良介『共生のパトス』こぶし書房
グレゴワール・シャマユー『ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』渡名喜庸哲:訳、明石書店
池田善昭『西田幾多郎の実在論――AI、アンドロイドはなぜ人間を超えられないのか』明石書店
 ※池田善昭/福岡伸一『福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一』明石書店、2017年7月


◆8月発売予定
1日:『パウリ=ユング往復書簡集 1932-1958』湯浅泰雄ほか:監修、太田恵ほか:訳、ビイングネットプレス
 ※ユング/パウリ『自然現象と心の構造――非因果的連関の原理』海鳴社、1976年
4日:ジョージ・クブラー『時のかたち――事物の歴史をめぐって』中谷礼仁/田中伸幸:訳、加藤哲弘:翻訳協力、鹿島出版会:SD選書
7日:ニコラス・スカウ『驚くべきCIAの世論操作』伊藤真:訳、集英社:インターナショナル新書
9日:黒川正剛『魔女・怪物・天変地異――近代的精神はどこから生まれたか』筑摩選書
12日:源信『往生要集 全現代語訳』川崎庸之/秋山虔/土田直鎮:訳、講談社学術文庫
12日:渡辺哲夫『創造の星 天才の人類史』講談社選書メチエ
16日:ウィリアム・ピーツ『フェティッシュとは何か――その問いの系譜』杉本隆司:訳、以文社
17日:ユング『心理療法の実践』横山博:監訳、大塚紳一郎:訳、みすず書房
17日:アン・ブレア『情報爆発――初期近代ヨーロッパの情報管理術』住本規子/廣田篤彦/正岡和恵:訳、中央公論新社
17日:永井均『世界の独在論的存在構造――哲学探究2』春秋社
 ※永井均『存在と時間――哲学探究1』文藝春秋、2016年3月
21日:中井久夫/村澤真保呂/村澤和多里『中井久夫との対話――生命、こころ、世界』河出書房新社
24日:稲葉振一郎『「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み』亜紀書房
 ※稲葉振一郎『政治の理論』中央公論新社:中公叢書、2017年1月
31日:冨田恭彦『カント批判――『純粋理性批判』の論理を問う』勁草書房
31日:リチャード・ローティ『ローティ論集――「紫の言葉たち」/今問われるアメリカの知性』冨田恭彦:編、勁草書房
31日:ジョン・R・ サール『社会的世界の制作――人間文明の構造』三谷武司訳、勁草書房


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月曜社8月近刊案内:ブルワー=リットン『来るべき種族』

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2018年8月21日取次搬入予定:イギリス文学/SF


来るべき種族[きたるべきしゅぞく]
エドワード・ブルワー゠リットン著 小澤正人訳
月曜社 2018年8月 本体:2,400円 46判並製304頁 ISBN: 978-4-86503-063-1


アマゾン・ジャパンにて予約受付中


地球内部に住む地底人の先進的な文明社会ヴリル=ヤとの接触をつぶさに描いた19世紀後半の古典的小説。卓越した道徳と科学力、超エネルギー「ヴリル」と自動人形の活用により、格差と差別だけでなく、労働や戦争からも解放された未知の種族をめぐるこの異世界譚は、後世の作家やオカルティストたちに影響を与え続けている。神秘思想、心霊主義、ユートピア思想、SFなどの系譜に本作を位置づける訳者解説を付す。2007年刊行の私家版に改訂を加えた決定版。【叢書・エクリチュールの冒険:第12回配本】


エドワード・ブルワー゠リットン(Edward Bulwer-Lytton, 1803–1873):イギリスの政治家・小説家・劇作家。初代リットン男爵。ダービー内閣での植民地大臣(1858-1859)。社交界小説、政治小説、犯罪小説、オカルト小説など多様な分野で活躍したヴィクトリア朝の流行作家。日本でも明治時代に多くの作品が翻訳された。著書に、『ペラム』(1828年)、『ポール・クリフォード』(1830年)、『ポンペイ最後の日』(1832年)、『アーネスト・マルトラヴァーズ』(1837年)、『ザノーニ』(1842年)、『不思議な物語』(1862年)、そして本作『来るべき種族(The Coming Race)』(1871年)など。


小澤正人(おざわ・まさと、1953-):東京学芸大学大学院修士課程修了。現在、愛知県立大学外国語学部英米学科教授。論文に「『ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』と『透明人間』」、「H. G. Wells のSFとユートピア批判」、「H・G・ウェルズの『モダン・ユートピア』とユートピア思想」など。翻訳に、ダニエル・ピック『戦争の機械――近代における殺戮の合理化』(法政大学出版局、1998年)がある。


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注目新刊:『レヴィナス著作集』全三巻完結、シャマユー『ドローンの哲学』

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★渡名喜庸哲さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
訳書と共訳書を立て続けに2点上梓されます。


レヴィナス著作集 3 エロス・文学・哲学
E・レヴィナス:著 ジャン=リュック・ナンシー/ダニエル・コーエン=レヴィナス:監修 渡名喜庸哲/三浦直希/藤岡俊博:訳
法政大学出版局 2018年7月 本体5,000円 A5判上製460頁 ISBN978-4-588-12123-4


ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争
グレゴワール・シャマユー:著 渡名喜庸哲:訳
明石書店 2018年8月 本体2,400円 4-6判並製352頁 ISBN978-4-7503-4692-2


まず『レヴィナス著作集 3 エロス・文学・哲学』は発売済。未刊行テクストを集成した著作集全3巻の完結編です。原著は『Oeuvres complètes, Tome 3:Eros, littérature et philosophie』(Grasset, 2013)。ナンシーによる序「序 レヴィナスの文学的な〈筋立て〉」のほか、哲学的小説の試みである「エロス(あるいは「悲しき豪奢」)」「ヴェプラー家の奥方」をはじめ、「エロスについての哲学ノート」や、青年期のロシア語著作など、注目すべきテクストばかりです。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。渡名喜さんはナンシーの序と「エロス」の翻訳を担当され、訳者あとがきも担当されています。なお、原著は全7巻予定で、4巻以後は既刊著作の最新校訂版が続いてゆくものと思われます。



一方、シャマユー『ドローンの哲学』はまもなく発売(7月31日頃)。『Théorie du drone』(La fabrique, 2013)の全訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。渡名喜さんによる懇切な訳者解題「〈無人化〉時代の倫理に向けて」シャマユー(Grégoire Chamayou, 1976-)はフランスの哲学者で、CNRS(フランス国立科学研究所)の研究員。指導教官はドミニク・ルクールだったそうです。著書に『卑しい身体――18世紀から19世紀にいたる人体実験』(2008年)、『人間狩り』(2010年)などがあり、日本語訳が出るのは今回が初めてです。「本書が対象にしているのは、ドローン全般ではなく、2000年代以降とりわけアメリカにおいて本格的に活用されている軍事兵器としてのドローンである。軍関係者や研究開発に携わる「推進派」の研究者たちの発言から、マスコミや批判的な立場の言説まで、幅広いリサーチに基づいて、遠隔テクノロジーによる殺害がどのような問題をはらんでいるのか、そしてそれが社会や人々に対して、さらにこれまで当然だと思われていたいくつもの考え方に対してどのような影響を及ぼすのかについて、根本的な考察を加える著作である」(266頁)と渡名喜さんは紹介しておられます。2018年下半期の必読書となるのではないでしょうか。


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注目新刊:新鋭によるドゥルーズが目白押し『眼がスクリーンになるとき』『カオスに抗する闘い』、ほか

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a0018105_23195713.jpg『眼がスクリーンになるとき――ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』福尾匠:著、フィルムアート社、2018年7月、本体2,200円、四六版並製304頁、ISBN978-4-8459-1704-4
『カオスに抗する闘い――ドゥルーズ・精神分析・現象学』小倉拓也:著、人文書院、2018年7月、本体4,500円、4-6判上製366頁、ISBN978-4-409-03100-1
『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』仲正昌樹:著、作品社、2018年7月、本体2,000円、46判並製448頁、ISBN978-4-86182-703-7



★7月26日発売で3点のドゥルーズ論が刊行されています。そのうち、まず2点のデビュー作から。まず1点めの『眼がスクリーンになるとき』は、ドゥルーズの『シネマ』をめぐる修士論文を大阪大学に昨年提出した福尾匠(ふくお・たくみ:1992-)さんによる書き下ろし。修論の直後に現代美術展「クロニクル、クロニクル!」の関連イベントとして行われたレクチャー「5時間でわかるドゥルーズ『シネマ』」が本書執筆のきっかけとなっているとのことです。帯文には千葉雅也さんの推薦文が記載されています。曰く「目からウロコの超解読」と。



★『シネマ』は哲学書であり、映画に喚起された諸概念を発明している、と福尾さんは述べます(287頁)。「理論と実践の分割などでなく、映画も哲学も固有の「思考」をそなえた実践である。できあいの理論を「適用」するのでなく〔…〕、「見たままの〔リテラルな〕イメージしか信じない」という態度が必要とされている」(同)。これは適用主義を避けるための前提であり、「物の知覚」という境位を示している(同)。「このリテラルなイメージの全面化は破局的でもある。身動きが取れず、見ていることしかできず、思考は不可能性に直面し……といった一連の不可能性と切り離せないからだ」(287~288頁)。「われわれが〔…〕考えてきたのは、この破局はいかにして回避されうるのかということだ」(288頁)。「本書は「たんに見る」ことの難しさと創造性をめぐって書かれる」(11頁)。これは現代人にとっても非常にアクチュアルな問題だと思います。


★二つめ。福尾さんのあとがきの謝辞に登場する小倉拓也(おぐら・たくや:1985-)さんも、大阪大学に3年前に提出された博士論文を改稿した『カオスに抗する闘い』を上梓されました(ちなみに福尾さんは『眼がスクリーンになるとき』第五章の注6において小倉さんの博士論文に言及し、参考文献にも掲げています)。小倉さんのあとがきの謝辞には今度は福尾さんが登場するのですが、親愛の情に溢れているという印象です。小倉さんの著書は「ドゥルーズ哲学を、晩年に前景化する「カオスに抗する闘い」という観点から体系的に読解するもの」(20頁)。ドゥルーズ哲学の「秘密の一貫性」を明らかにし、その哲学を新たな相貌のもとに(21頁)捉える試みです。「ドゥルーズ哲学をその総体において捉えるなら、表象=再現前化の批判によって見いだされる下-表象的なものとしてのシステムは、そもそも「カオスに抗する闘い」によってはじめて存立可能となるものなのである」(22頁)。


★「思考は自分自身から逃れ去り、観念は漏出し、感覚は要素を取り逃がし、何ひとつとどまることなくほどけていく。カオスから出来したものたちの、カオスへの不可逆的な崩壊。これが『哲学とは何か』における「老い」の問題である」(26~27頁)。「カオスに抗する闘い」は「私たちが生まれて、生きて、死んでいく存在であるかぎり、敗北を余儀なくされた、勝ち目のない闘いなのである。だからこそドゥルーズは、カオスを切り抜け、崩壊を乗り越える、「「来るべき民衆」の影」――それは「影」でしかない――を幻視することで、『哲学とは何か』を閉じることになる」(27~28頁)。「カオスに抗する闘いとは、経験を構成しうる諸要素が、現れると同時に消えていき、いかなる形態もなすことがない、そんな空虚から、様々な程度の一貫性――局所的なもの、大域的なもの、開かれたもの――を構築し、それらをシステムと呼ばれるものへと総合すること、そして、そのような構築や総合が破綻し、空虚へと落下する危機には、それに反発し、最小限の一貫性を保持することである」(355頁)。老いて疲労していくドゥルーズに果敢に向き合いつつ、そこから生々しい力を引き出した労作ではないでしょうか。


★最後に、仲正昌樹『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』は、2016年9月から2017年2月に読書人スタジオで行われた全6回の連続講義に大幅加筆したもの。主要目次は以下の通りです。


はじめに
講義第一回 新たなる哲学のマニフェスト――第一章
講義第二回 精神分析批判と家族――第二章第一節~第六節
講義第三回 エディプス・コンプレックスの起源――第二章第七節~第三章第三節
講義第四回 資本主義機械――第三章第三節後半~第一〇節
講義第五回 「分裂分析」と「新たな大地」への序章――第三章第一一節~第四章第三節
講義第六回 分裂しつつ自己再生し続ける、その果て――第四章第四節~第五節
あとがき
わけのわからない『アンチ・オイディプス』をよりディープに理解するための読書案内
『アンチ・オイディプス』関連年表


★『アンチ・オイディプス』の分かりにくさをめぐって、400頁を超えるヴォリュームで丁寧に解説を加えた本書は、1頁あたりの文字数も多いのでかなり読み応えがあります。『千のプラトー』に比べても『アンチ・オイディプス』が難解である理由の一端を、仲正さんは次のように説明されています。「恐らくドゥルーズ+ガタリの認識では、「エディプス」言説は、西洋の知識人、特に精神分析や構造主義、現象学などを学び、そのスタイルを取り入れた、エリート知識人たちの思考・表現様式を――本人たちが自覚しないうちに――かなり深いところまで規定しており、彼らにとっていつの間にか半ば常識化している。教科書的にきれいに記述すると、彼らの“常識”に揺さぶりをかけることができず、素通りされてしまう可能性がある。あまりに文学的、場合によっては、(私たちが生きる社会で)“狂気”と見なされるような言葉でないと、響かないかもしれない。それらの効果を計算に入れて、全体の流れが構成され、文体が選択されているように思える」(3頁)。


★仲正さんの講義は昨年末に発売された、佐藤嘉幸さんと廣瀬純さんのお二人による『三つの革命――ドゥルーズ=ガタリの政治哲学』(講談社選書メチエ、2017年)とは対照的で、ドゥルーズとガタリのコンビを「革命」の方向性では読んではいません。そうした読解は、後半の第四回から第六回の講義と質疑応答から窺えると思います。



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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。


『誰のために法は生まれた』木庭顕:著、朝日出版社、2018年7月、本体1,850円、四六判並製400頁、ISBN978-4-255-01077-9
『労働者のための漫画の描き方教室』川崎昌平:著、春秋社、2018年7月、本体1,800円、四六判並製472頁、ISBN978-4-393-33363-1
『暴力とエロスの現代史――戦争の記憶をめぐるエッセイ』イアン・ブルマ:著、堀田江理:訳、人文書院、2018年7月、本体3,400円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-409-51078-0
『原発事故後の子ども保養支援――「避難」と「復興」とともに』疋田香澄:著、人文書院、2018年8月、本体2,000円、4-6判並製276頁、ISBN978-4-409-24121-9
『現代思想2018年8月号 特集=朝鮮半島のリアル』青土社、2018年7月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1368-4



★木庭顕『誰のために法は生まれた』は、4月にみすず書房から『憲法9条へのカタバシス』を上梓し、遠からず『現代日本法へのカタバシス』(羽鳥書店、2011年)の新版を同じくみすず書房から刊行予定だというローマ法研究者による、親しみやすい一冊。2017年9月~11月にかけて横浜市の桐蔭学園で中高生を相手に行われた全5回の授業を記録したものだそうです。映画の「近松物語」(溝口健二監督、1954年)や「自転車泥棒」(ヴィットーリオ・デ・シーカ監督、1948年)、ローマ喜劇のプラウトゥス「カシーナ」および「ルデンス」、ギリシア悲劇のソフォクレス「アンティゴネー」および「フィロクテーテース」、さらには日本の最高裁の判例集などを題材に、中高生と「老教授」がざっくばらんな議論を交わします。ともすると現実離れしてしまいがちな法律をめぐる話を、人生に関わる視点で捉え直す、非常にしなやかな対話篇です。なお本書は同社の「高校生講義シリーズ」の最新刊とのことです。



★川崎昌平『労働者のための漫画の描き方教室』は、これまでの川崎さんの執筆活動や編集者としての生きざまのエッセンスをすべて投入して昇華させた、入魂の一書。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「はじめに」に曰く「本書の目標は、毎日を懸命に働く労働者に、漫画という表現手法を手にしてもらうという、その一点に尽きる。そのための思考を、全霊を賭して伝えるのが、本書の役割である」(3頁)。「別に私は「表現者になれ!」と主張しているのではない。そうではなく、労働者としてあり続けるためにも表現をしよう、表現者としての側面を自分に築いて、疲れた心身を蘇らせようと呼びかけたいのである」(5頁)。「忙しいという理由で、あなたは表現を放棄してはいけない。なぜならば、表現をしなければ、あなたは忙しい日々に漫然と殺されてしまうかもしれないからだ」(4頁)。試し読み小冊子で、本書の位置づけを「過酷な現代を生き延びるための「哲学書」」としているのは、なるほどなと思いました。



★イアン・ブルマ『暴力とエロスの現代史』は、2014年に刊行されたブルマの評論集『Theater of Cruelty: Art, Film, and the Shadows of War〔残酷の劇場――芸術、映画、そして戦争の影〕』に収録された全28篇から序文を含む15篇を選び、さらに各紙誌に寄稿した2篇を加えて一冊とした、日本版オリジナル編集本です。「戦争、その歴史と記憶」「芸術と映画」「政治と旅」の三部構成。ここ20年の間に発表されたものばかりです。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。ブルマの鋭い批評精神は本書のもっとも初期のテクスト「被害者意識、その喜びと危険性」(1999年)にも如実に表れています。東アジア研究や中国現代史研究で著名なシュワルツ(Vera Schwarcz, 1947-)の著書『Bridge across Broken Time』(Yale University Press, 1998)に対して「これは非歴史的な本だ。犠牲者の歴史的な経験が、一種の「苦しみのスープ」に混ぜ合わされて調理されている」(33頁)と厳しく指摘しています。このテクストの末尾でブルマは「癒し」を求める言説や感傷主義に注意を喚起しつつ、真実とフィクションの区別を曖昧にすることの危険性に警告を発しており、こんにちの「ポスト・トゥルース」の議論を先どりしているように感じました。


★疋田香澄『原発事故後の子ども保養支援』はまもなく発売。福島原発事故以後の、保護者や子供たちへの支援活動のひとつである「保養」をめぐる本。保養とは転地療養であり「心身の健康回復を目的として汚染が少ない地域へ移動するプログラム」(11頁)である、自然体験やリフレッシュキャンプなどの活動。誰もが被ばくのリスクを不当に押し付けられない権利を持っているはずだ、という著者の信念のもと、参加者や支援者など様々な関係者らの肉声を紹介し、危険に常にさらされている人々とその社会が抱える様々な問題を取り上げています。カバーに使用されている写真の、橋の上でリュックを背に走り出す子供たちの背中が印象的です。


★『現代思想2018年8月号 特集=朝鮮半島のリアル』は、李鍾元+梅林宏道+鵜飼哲の三氏による討議「南北の平和共存と北東アジアの未来――南北首脳会談・米朝首脳会談はいかなる可能性を拓いたのか」にはじまり、北朝鮮、米朝交渉、核問題、脱北者、離散家族、ろうそく革命、フェミニズムなどの切り口から主題に接近する論考が並んでいます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『現代思想』9月号は特集「考古学の思想」、10月臨時増刊号は総特集「マルクス・ガブリエル(仮)」とのことです。


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非売品小冊子:本棚会議vol.1「月曜社『多様体』と哲学雑誌の系譜」

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a0018105_11565254.jpgジュンク堂書店池袋本店4F人文書売場で無料配布中の小冊子(A5判中綴1段組28頁)「本棚会議vol.1 月曜社『多様体』と哲学雑誌の系譜」の第二版ができあがったようです(Iさん、Mさん、いつもありがとうございます)。たくさんの方々にお読みいただいているようで光栄です。無料配布の冊子なのに「第二版」というのは本屋さんらしいというか、面白いですね。「第二版」と言っても内容に変更はありません。ふつうの増刷です。ただ、裏表紙に「本棚会議とは?」という紹介文が新たに入っています。


本棚会議は私がお邪魔した4月の第1回から、様々なゲストを招いて毎月開催されてきています。今月21日に行われた洪貴義さんと早尾貴紀さんの「ポストコロニアリズムを再考/再興する」は第3回と発表されていましたが、数え直しで事後的に第5回となったようです。来月末には第6回が開催予定。社会学者の鈴木洋仁さんによる「平成最後の夏に「平成」を振り返る」です。鈴木さんは4年前に『「平成」論』(青弓社ライブラリー、2014年4月)を上梓されています。本当に平成がもうすぐで終わるのですね。感慨深いです。


a0018105_12183839.jpgちなみに「多様体」誌関連の非売品小冊子はこれで3点目になります。「多様体第零号 死なない蛸」(文庫判中綴62頁、限定60部、月曜社/八重洲ブックセンター本店、2016年7月)、「編集人小林浩さんインタビュー」(聞き手=宮台由美子、A5判中綴2段組8頁、限定50部、代官山蔦屋書店、2018年2月)、「本棚会議vol.1 月曜社『多様体』と哲学雑誌の系譜」(聞き手=森暁子、ジュンク堂書店池袋本店、2018年7月)です。様々な本屋さんに助けていただいて、本当にありがたいことです。「死なない蛸」と「インタビュー」はそれぞれ店頭で、特別付録として創刊号とセットで販売(在庫の有無は本屋さんにご確認下さい)。「系譜」は店頭で無料配布されています。


ほぼ同時期の今年3月に公開開始となった、首都大「人文学報」の拙文「人文書出版と業界再編:出版社と書店は生き残れるか」は累計2290回もダウンロードしていただいたようで、恐縮するばかりです。


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注目新刊:『新約聖書 本文の訳 携帯版』と『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』、ほか

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a0018105_01410634.jpg『新約聖書 本文の訳 携帯版』田川建三訳、作品社、2018年7月、本体1,800円、A6判並製496頁、ISBN978-4-86182-709-9
『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』植木雅俊訳・解説、角川ソフィア文庫、2018年7月、本体1,160円、文庫判並製432頁、ISBN:978-4-04-400409-5


★田川建三訳『新約聖書 本文の訳 携帯版』は、A5判の保存版と同時発売。頁割は保存版も携帯版も同様なので、老眼の始まった読者には携帯版は日本聖書協会版に比べてやや辛い文字の小ささですが、巻頭の訳者による「はじめに」からインパクト充分で惹き込まれます。なにせ書き出しは「新約聖書と呼ばれてきた書物は、本当はもちろん「聖書」ではない。こんなことは誰でもよく知っているはずのことである」(3頁)です。聖書を「人間が書いたもの」「あくまでも人間の歴史の記録」として捉える田川訳にふさわしい出だしだと思います。「これは、あなた方〔教会〕の所有物ではないし、あなた方が勝手に私物化してよいものでもない。それはすべての人々に、よけいな粉飾なしに、ありのままの姿で、公開されないといけない。だから我々は、ここで、新約の諸文書を教会の壁の外に解き放って、多くの読者の方々が普通に読み、普通にその実態にふれることのできるような姿で、提供することにした。ここにあるのは、後一世紀、まだキリスト教なるものが固定的な形をなしていなかった時代に、何らかの形でキリスト教にかかわった人々によって書かれたさまざまな文書を集めたものである」(同)。


★本書は、2007年から2017年にかけて田川さんが上梓した『新約聖書 訳と註』の本文訳を「もう少し日本語としてわかり易いように、ある程度」「改め、ないし語を補」ったもので、「どのみち訳文だけでは不十分なので、訳文の流れをひどく邪魔しない程度に、かなり多く註をつけておいた」とのことです。巻末には各文書についての解説が付されています。聖書の新訳自体がひとつの戦いであることを改めて示して下さった途方もない一書です。


★『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』の訳者の植木さんは画期的な『梵漢和対照・現代語訳 法華経』(上下巻、岩波書店、2008年)で毎日出版文化賞を受賞され、その後に同訳書の現代語訳のみを取り出して「日本語らしい文章にすることに努めた」という普及版上下巻を岩波書店から2015年に上梓し、さらに今春にはNHK-Eテレ「100分de名著」における法華経の講義で好評を博した方です。その植木さんによる法華経の最新縮訳版が本書。縮訳というのは、「重複した箇所をバッサリと割愛し、過剰な修飾語や形容詞、過剰な述語動詞の羅列は簡略化した」もの。「全27章のストーリー展開をスムーズに読みやすく現代語で縮訳。時代背景も考慮しながら、経典の意味を改めて掘り起こし、詳細な解説と注を章ごとに収録。全体像を的確に理解したい人必携の入門書」(カバー表4紹介文より)と謳われています。法華経のドラマティックな展開の数々が通読しやすくなったのはたいへんに重要です。


★偶然とはいえ、新約聖書の新訳と法華経の縮訳がともに7月に文庫版で発売されたことに強い感銘を覚えます。文庫本が日本で生まれてから約90年、このハンディさが読書を変えてきました。文庫本は取次において正味が単行本より低く設定されたり、月々の定期的な刊行が基本だったりするのですが、第5次ブームからはや20年、いよいよ参入障壁が取り払われるべき時が来たように思います。中小版元が自由に文庫本を作って売ることができるなら、文庫はもっと面白くなりうると個人的には予感しています。


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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。


『牛たちの知られざる生活』ロザムンド・ヤング著、石崎比呂美訳、アダチプレス、2018年7月、本体1,600円、四六変型判上製176頁、ISBN978-4-908251-08-5
『カズオ・イシグロの視線――記憶・想像・郷愁』荘中孝之/三村尚央/森川慎也編、作品社、2018年7月、本体2,800円、四六判上製342頁、ISBN978-4-86182-710-5
『エロシマ』ダニー・ラフェリエール著、立花英裕訳、藤原書店、2018年7月、本体1,800円、四六上製200頁、ISBN978-4-86578-182-3
『ビーマイベイビー――信藤三雄レトロスペクティブ』信藤三雄著、平凡社、2018年8月、本体3,200円、A5変型判並製328頁、ISBN978-4-582-20713-2



★ヤング『牛たちの知られざる生活』は『The Secret Life of Cows』の訳書。原著初版は2003年にGood Life Pressから刊行され、その後の「農場の状況をより反映するように、一部に加筆と改訂を行って」(巻頭の「著者からのひとこと」)2017年にFaber & Faberより再刊されたとのことです。再刊のきっかけとなったイギリスの作家アラン・ベネットの回想録の一部が序文として掲載されています。「冗談どころか、これはまぎれもなく牛について書かれた本だ、とても楽しい本だが、牛が(そして羊や鶏も)一般に考えられているよりはるかに知恵のある聡明な生き物だと知らされると、多くの牛たちが置かれている境遇を考えて、ちょっともの悲しい気分にもなる。これはそういう本だ。これまでの物の見方をがらりと変えてくれる」(12頁)。帯文の文言をアレンジしつつお借りすると本書は、イギリスのオーガニック農場「カイツ・ネスト・ファーム」で暮らす牛たちの日常と事件を、女性経営者が愛情豊かに描いたエッセイ。イギリス各紙で2017年のベストブックに選ばれています。版元さんのサイトで試し読みができます。


★『カズオ・イシグロの視線』は12篇のイシグロ論を収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。共編者の三村さんによる巻頭の「まえがき」によれば、「はじめの8篇は作品の各論として、これまでに刊行された7つの長編と1つの短編集のそれぞれを出版年順に取り上げて論じて」おり、「後半では個々の作品を超えた作家イシグロの全体像、あるいは日本とイギリスの中間的存在としてのイシグロが双方の文化的文脈の中で持つ意味、そして文学作品を用いた人文学教育の題材としての可能性にも眼を向けている」とのことです。巻末に「カズオ・イシグロ作品紹介」「カズオ・イシグロ年譜」「カズオ・イシグロより深く知るための文献案内」が資料として付されています。なお、各ネット書店に掲出された情報によれば、本書に関わった方々を中心に、『カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を読む』という論集が水声社さんより9月に刊行予定のようです。



★ラファリエール『エロシマ』は『EROSHIMA』(VLB éditeur, 1987)の訳書。巻頭に置かれた著者による「一つの季節――日本の読者へ」によれば、本書は1985年のデビュー作『ニグロと疲れないでセックスする方法』(立花英裕訳、藤原書店、2012年)の一部として挟み込まれる予定だった小説の原稿が、編集者のアドバイスにより独立した一冊になったもの、とのことです。編集者のなかなか美しい感想が著者を動かしたわけですが、その一言については店頭で本書をご確認ください。なお目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「午前八時。十五分後に終わりが来るのだ。俺は憤っているわけではない。ただ、思わないではいられない。あの瞬間以後、我々のなすことはことごとく――どんなありきたりの身振りであろうと――原子爆弾の威嚇の下にある。いまこの瞬間、我々がなしていること全て――たとえ、それが読書であろうとも――原子爆弾との関係からまぬがれないのだ」(21頁)。


★『ビーマイベイビー――信藤三雄レトロスペクティブ』は、現在世田谷文学館で開催中の同名展覧会の公式図録(9月17日まで)。アートディレクターの信藤三雄(しんどう・みつお:1948-)さんの手掛けたレコード、CD、ポスター、写真、等々を約1000点掲載しています。横山剣さん、小西康陽さん、リリー・フランキーさんらの特別インタヴューや、スタイリストの伏見京子さんとクリエイティヴディレクターの米津智之さんの対談も併載。日本の音楽業界におけるグラフィックデザイン現代史をひもとくうえで欠かせない資料と言えそうです。



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ブックツリー「哲学読書室」に小倉拓也さんの選書リストが追加されました

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オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、以下の1本が新たに追加されました。『カオスに抗する闘い――ドゥルーズ・精神分析・現象学 』(人文書院、2018年7月)の著者、小倉拓也さんによるコメント付き選書リスト「大文字の「生」ではなく、「人生」の哲学のための五冊」です。以下のリンク先一覧からご覧になれます。

◎哲学読書室1)星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる」
2)國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!」
3)近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える」
4)上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想」
5)篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている」
6)渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために」
7)西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える」
8)岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?」
9)金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す」
10)藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について」
11)吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置」
12)高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも」
13)杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む」
14)河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在」
15)岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流」
16)吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ」
17)明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書」
18)相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する」
19)早尾貴紀(はやお・たかのり:1973-)さん/洪貴義(ほん・きうい:1965-)さん選書「反時代的〈人文学〉のススメ」
20)権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!」
21)河南瑠莉(かわなみ・るり:1990-)さん選書「後期資本主義時代の文化を知る。欲望がクリエイティビティを吞みこむとき」
22)百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える」
23)津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために」
24)堀千晶(ほり・ちあき:1981-)さん選書「批判・暴力・臨床:ドゥルーズから「古典」への漂流」
25)坂本尚志(さかもと・たかし:1976-)さん選書「フランスの哲学教育から教養の今と未来を考える」
26)奥野克巳(おくの・かつみ:1962-)さん選書「文化相対主義を考え直すために多自然主義を知る」

27)藤野寛(ふじの・ひろし:1956-)さん選書「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う」
28)市田良彦(いちだ・よしひこ : 1957-)さん選書「壊れた脳が歪んだ身体を哲学する」

29)森茂起(もりしげゆき:1955-)さん選書「精神分析の辺域への旅:トラウマ・解離・生命・身体」

30)荒木優太(あらき・ゆうた:1987-)さん選書「「偶然」にかけられた魔術を解く」
31) 小倉拓也(おぐら・たくや:1985-)さん選書「大文字の「生」ではなく、「人生」の哲学のための五冊」


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マラルメ『詩集』取次搬入日とノベルティについて

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ステファヌ・マラルメ『詩集』(柏倉康夫訳)の取次搬入日が決定しました。日販、大阪屋栗田、トーハン、いずれも8月16日(木)です。書店さんの店頭ではおおよそ6月20日(月)以降に並び始める予定です。なお、弊社ツイッターで告知していたノベルティ(購入特典)の、マラルメの名刺のレプリカですが、以下の書店様で『詩集』をご購入いただいたお客様にお配りする予定です。数に限りがございますので、配付終了の場合はご了承ください。


・丸善京都本店 文芸書売場(京都市中京区河原町通三条下る山崎町251 電話075-253-1599)
・東京堂書店神田神保町店 文芸書売場(千代田区神田神保町1-17 電話03-3291-5181)
・フランス図書(新宿区新宿1-11-15 電話03-3226-9011)


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ブルワー=リットン『来るべき種族』取次搬入日決定

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エドワード・ブルワー=リットン『来るべき種族』(小澤正人訳)の取次搬入日が決定しました。日販、大阪屋栗田、トーハン、いずれも8月20日(月)搬入です。書店さんの店頭での販売開始はおおよそ、8月22日以降、順次開始となると思われます。どの書店さんで扱いがあるかについては、電話、FAX、Eメール、ツイッターなどでお気軽にお尋ねください。地域を指定していただければお答えいたします。

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注目新刊:ホフスタッター『わたしは不思議の環』、デネット『心の進化を解明する』、ほか

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★6月下旬から7月に発売された新刊で今まで言及できていなかった書目を列記します。


『症例でわかる精神病理学』松本卓也著、誠信書房、2018年7月、本体2,700円、A5判並製300頁、ISBN978-4-414-41644-2
『わたしは不思議の環』ダグラス・ホフスタッター著、片桐恭弘/寺西のぶ子訳、白揚社、2018年7月、本体5,000円、菊判上製620頁、ISBN978-4-8269-0200-7
『心の進化を解明する――バクテリアからバッハへ』ダニエル・C・デネット著、木島泰三訳、青土社、2018年7月、本体4200円、四六判上製712+33頁、ISBN978-4-7917-7075-5
『思弁的実在論と現代について――千葉雅也対談集』千葉雅也著、青土社、2018年7月、本体1,800円、四六判並製316+iv頁、ISBN978-4-7917-7080-9
『絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』スラヴォイ・ジジェク著、中山徹/鈴木英明訳、青土社、2018年7月、本体2,800円、四六判並製507頁、ISBN978-4-7917-7086-1
『新世界秩序――21世紀の“帝国の攻防”と“世界統治”』ジャック・アタリ著、山本規雄訳、作品社、2018年7月、本体2,400円、四六判上製358頁、ISBN978-4-86182-702-0
『異議申し立てとしての宗教』ゴウリ・ヴィシュワナータン著、三原芳秋編訳、田辺明生/常田夕美子/新部亨子訳、みすず書房、2018年7月、本体6,000円、四六判上製464頁、ISBN978-4-622-08662-8
『解釈学』ジャン・グロンダン著、末松壽/佐藤正年訳、文庫クセジュ:白水社、2018年7月、本体1,200円、新書判並製184頁、ISBN978-4-560-51021-6
『山頭火俳句集』夏石番矢編、岩波文庫、2018年7月、本体1,060円、文庫判並製544頁、ISBN978-4-00-312111-5



★まずは心、意識、病いをめぐる三冊。松本卓也『症例でわかる精神病理学』は様々な精神障害の症例を精神病理学の観点から解説したもの。注目の若手による入門書で、1ヶ月足らずですでに重版がかかっています。「「精神」が物質的な身体(脳)や心理(こころ)と関係をもちながらも、「精神」と呼ぶよりほかない人間独自の領域を形づくっていることも理解できるようになるはずです」(「まえがき」iv頁)。「精神病理学が目指すのは、患者さんの主観的な体験に寄り添い、それに言葉を与えていくための手助けをすることにほかなりません」(同、v頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。あとがきによれば「書き足りないことがまだ山ほどある」とのことで、続篇が期待できそうです。


★松本さんは、後段で取り上げる千葉雅也さんの対談集『思弁的実在論と現代について』に収められた、松本=千葉対談「ポスト精神分析的人間へ――メンタルヘルス時代の〈生活〉」でもこう述べています。「他者と向かい合ったときに、いったん、了解してみる、その重要性が増しているように思えます」(277頁)。「人間学的精神病理学では、その人が生きている生活世界のなかで、その人がどういうふうに存在しているのか見ていく。そこに豊かな知が生まれる可能性があるわけです」(同)。『症例でわかる精神病理学』における臨床のスタンスと同様のものを感じます。


★ホフスタッター『わたしは不思議の環』は2005年に再刊された2点、20周年記念版『ゲーデル、エッシャー、バッハ』と新装版『メタマジック・ゲーム』(ともに白揚社)以来の新刊で、完全新作としては久しぶりのもの。原書は『I Am a Strange Loop』(Basic Books, 2007)。「つまるところ、自己を自覚し、自己を発明して、蜃気楼に囚われているわれわれは、自己言及が生みだしたささやかな奇跡だ」(550頁)。「われわれ人間は〔・・・〕虹や蜃気楼に似た存在であり、自分で自分を表現する気まぐれな詩でもある。〔・・・〕時によってはことのほか美しい詩なのだ」(550~551頁)。探せば探すほどバラバラになり中心が希薄となる「私」という意識をめぐる、この知的冒険の書は、10代の頃からこの主題に取り憑かれていたというアメリカの認知科学者ホフスタッター(Douglas Richard Hofstadter, 1945-)にとってライフワークであると言っても良いと思います。『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の日本語訳書の副題が原題の「永遠の黄金の組ひも」ではなく「あるいは不思議の環」とされていたことは実に因縁深いです。主題から言っても『わたしは不思議の環』は『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の正当な続篇と見るべきでしょう。


★デネット『心の進化を解明する』は『From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds〔バクテリアからバッハへの往還路――心の進化〕』(W. W. Norton, 2017)の訳書。ホフスタッターの盟友であり、共著書(『マインズ・アイ』)もあるアメリカの哲学者デネット(Daniel Clement Dennett Ⅲ, 1942-)の最近作です。「本書の内容は、私たちの心がいかに存在するに至ったか、私たちの脳がその驚異のわざを生みだすのはいかにしてか、それにとりわけ、心と脳について、暗に潜む哲学的罠の数々に引っかからずに考えるにはどうすべきか、といった問題に関する、今のところ最善の科学的説明の素描であり、またその根幹となるものである」(12頁)。序論ではホフスタッターの『わたしは不思議の環』への言及があります。「〔『わたしは不思議の環』は〕心というものを、複数の円環から自らを組み立てるものとして描く。〔・・・〕一読をお薦めする。想像力がローラーコースターに乗せられ、たくさんの驚くべき真理を学べること請け合いである。本書での私の物語は、それよりもさらに大きな循環過程から成り立っている。その過程がホフスタッターのような心を、単なる諸分子に過ぎないものから生みだしたのである。この作業は循環的なものなので、私たちはどこか中くらいの地点から出発して、何周も循環を繰り返さなくてはならない」(30頁)。訳者や版元さん同士が示し合わせたわけではないだろうとは思いますが、ホフスタッターとデネットの本がほぼ同時期に発売されたのは実に意義深いです。


★千葉雅也『思弁的実在論と現代について』は、2013年から2016年の間に各誌で発表されてきた対談をまとめたもの。巻頭の書き下ろしの「序」での説明を参考にすると、第Ⅰ部「思弁的実在論」は広義のポスト・ポスト構造主義をめぐる、小泉義之、清水高志、岡嶋隆佑、A・ギャロウェイの各氏との対談であり、「思弁的実在論入門」として読むことができる、とのことです。第Ⅱ部「現代について」は現代社会や文化をめぐる、いとうせいこう、阿部和重、墨谷渉+羽田圭介、柴田英里+星野太、松本卓也、大澤真幸+吉川浩満の各氏との対談を収めており、こちらは千葉さんのデビュー作『動きすぎてはいけない』の応用編として読める、と。千葉さんは自著と絡めてこう書いています。「思弁的実在論とは、我々人間とは無関係に、事物がそれ自体として独立的に実在するということを論じる、現代の哲学的立場です。私は思弁的実在論を、一種の「無関係の哲学」として捉えています。人間とは無関係の、あるいは非人間的な、外部の方へ向かうこと」(12頁)。「私は『動きすぎてはいけない』で、「接続過剰から非意味論的切断へ」というテーマを掲げました。自分と他者との間にあまりにも多い関係性、そして、そこに生じるあまりにも多い責任を想定すると、我々は何もできなくなる。というのは、何か行為をするにあたって考慮すべきパラメーターが無限化し、行為に移れないからです。〔・・・〕自分と他者をある程度は「無関係化」しなければ、利他的に何かをすることはできない」(17頁)。


★切断と無関係化の重要性に関しては、いとうせいこうさんとの対談「装置としての人文書――文学と哲学の生成変化論」での次のやりとりが印象的でした。


千葉 〔『動きすぎてはいけない』の「序――切断論」では〕僕としてはむしろ「憑依されすぎ」の恐ろしさからどうやってギリギリ身を守るかの方を強く言ってるんです。
いとう 憑依は千葉雅也自身に起きているの?
千葉 僕がそういうタイプなんです。〔・・・〕
いとう 『動きすぎてはいけない』というのは千葉くん自身の悪魔祓いの本なんですね(笑)。
千葉 そうです(笑)。


★このあと、いとうさんの16年間の「書けない状況」の話が続いていくのですが、陳腐ではありえない生々しい人生論が哲学と文学との狭間に湧出するのはこの二人の対談だからこそだろうと感銘を覚えました。なお、大澤真幸さんと吉川浩満さんとの対談「絶滅と共に哲学は可能か」は、吉川さんの新刊『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社、2018年7月)でも収録されています。


★ジジェク『絶望する勇気』は、『The Courage of Hopelessness: Chronicles of a Year of Acting Dangerously』(Penguin Books, 2017)の訳書。訳者あとがきでも触れられていますが、原著の表紙ではこの題名の中に隠れている「AGE OF HOPE」の部分に赤い取り消し線が引かれてるのがシンボリックです。「序論――『V フォー・ヴァンデッタ パート2』」にはこう書かれています。「20世紀のコミュニズムから得られる教訓は、われわれは絶望を全面的に受け入れる力をつけなければならない、ということである。ジョルジョ・アガンベンはあるインタビューのなかで「思考とは絶望する勇気である」と述べている。今日では、きわめて悲観的な現状分析でさえ、いわゆるトンネルの出口を示すなんらかの光を意気揚々とほのめかして終わるのが常となっているが、こうした時代状況にあって、このアガンベンの明察はとりわけ重要な意味をもっている。真の勇気とは、代替案を想像することではなく、明確に述べられるような代替案は存在しないという事実から帰結することを受け入れることである。代替案という夢をいだくことは理論的思考が臆病であることの証拠であり、そうした夢は、われわれが袋小路に陥ったみずからの苦境について最後まで考え抜くことを妨げるフェティッシュとして機能する。要するに、真の勇気とは、トンネルの先に見える光は反対側からわれわれのほうに近づいてくる別の列車のヘッドライトかもしれない、ということを認めることなのだ」(11頁)。


★ちなみにこのアガンベンのインタヴューというのは、フランスの「テレラマ」誌へ2012年3月に掲載された、ジュリエット・セルフによるインタヴュー記事「Le philosophe Giorgio Agamben : "La pensée, c'est le courage du désespoir"」のことかと思われます。これは「テレラマ」誌のウェブサイトで読むことができますし、英訳版がアメリカの版元ヴァーソのブログに「Thought is the courage of hopelessness: an interview with philosopher Giorgio Agamben」として掲出されています。このインタヴューでアガンベンは、おおよそ次のように発言しています。「自分はペシミストだと言われるがそんなことはまったくない。そもそも悲観論だの楽観論だのは思考とは無関係だ。ドゥボールがよく引用していた言葉だが、マルクスは《私が生きている社会の絶望的状況はむしろ私を希望で満たす》と言っている。あらゆるラディカルな思考は絶望というもっとも厳しい立場を常に取るものだ。シモーヌ・ヴェイユは《虚しい希望で胸中を温めようとする人々を私は好きになれない》と言った。思考は、私にとって端的に言って、絶望の勇気だ」(英訳版より趣意)。



★ジジェクの本に返ると、グローバル資本主義は四種の困難に見舞われていると言います。原理主義やテロリズムの脅威、中国やロシアなどとの地政学的緊張、ヨーロッパにおける急進的政治運動、難民の流入。類似する問題は国際社会の一員として日本も抱えており、厳しい分析から再出発することの重要性はこの国でも変わりません。副題にあるグローバル資本主義・原理主義・ポピュリズムをめぐるジジェクの議論に耳を傾けるべきかと思われます。


★アタリ『新世界秩序』は『Demain, qui gouvernera le monde ?』(Fayard, 2012)の訳書で、日本語版序文として巻頭に「30年後の新世界秩序はどうなっているか?――帝国の攻防と世界のカオス化のなかで」が付されています。ジジェクの本と同様にアタリの本においても資本主義社会のひずみが論じられているのですが、アタリの本は古代から現代に至る世界秩序の形成と変容を概観しつつ21世紀を占っており、ジジェク以上に多い観点から様々なカタストロフの可能性を分析しています。ジジェクと明確に異なるのはアタリの場合、実務家として最終章で3つの戦略と10の方策を示していることです。これはアタリがオプティミストであることの証左だというよりは、完璧な回答やゴールではないにしても構想として方向性は示すことができる、という彼の明確な問いかけだろうと感じます。実際にアタリの提言は、日本の行政と政治がどうあるべきかを考える上で重要であるだけでなく、たとえば、出版業界の危機をどう乗り越えるかを考える場合の理念的指標としても読み替えたり応用することができそうです。


★ヴィシュワナータン『異議申し立てとしての宗教』は日本語版独自編集本で、単行本としては著者の初訳本です。「世俗批評を越えて」「世俗批評としての改宗」「異端批評に向けて」の三部構成で、1998年から2014年に発表された7本の論考と、2013年に来日した際に収録されたインタヴューを収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者については編訳者の三原さんによる「まえがき」に詳しいです。ヴィシュワナータン(Gauri Viswanathan, 1950-)はインド生まれの比較文学研究者で、コロンビア大学で教鞭を執っています。サイードに師事した彼女は「サイードの愛弟子にして後継者」(まえがき)であり、サイードのインタヴュー集『権力、政治、文化』(上下巻、大橋洋一ほか訳、太田出版、2007年)の編者もつとめています(同訳書での表記は「ゴーリ・ヴィスワナタン」)。『異議申し立てとしての宗教』では、著者のデビュー作『征服の仮面』(1989年)以降の、第二作『群れをはなれて』(1998年)の出版時期から近年までの仕事と関心のエッセンスを、三原さんによる懇切な解題とともに見渡すことができます。著者は現在、『ブラヴァツキー夫人を求めて』という著書を準備中で、インタヴューでは「デリダとブラヴァツキー夫人にかんするチャプターは書き上がっています」(382頁)とのことです。今回の新刊においても第三部に収められた2篇の論考が神智学を題材にしており、異他的思想(heterodoxy)をめぐる彼女の考察の一端を窺うことができます。


★グロンダン『解釈学』は2006年刊『L'herméneutique』の翻訳。底本は2017年の第4版です。シュライエルマッハー、ディルタイ、ハイデガー、ブルトマン、ガダマー、リクール、ローティー、ヴァッティモらが取り上げられています。ガダマーと対決した人物としてハーバーマスやデリダにも論及があります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。グロンダン(Jean Grondin, 1955-)はカナダの哲学者。文庫クセジュではこれまでに彼の『ポール・リクール』(杉村靖彦訳、2014年)と『宗教哲学』(越後圭一訳、2015年)が翻訳されています。



★『山頭火俳句集』は種田山頭火(1882-1940)の俳句を1000句と、日記、随筆を収めたもの。俳句は本書の3分の1強の分量で、本書では山頭火の生きざまと俳句を読み解くための文書をふんだんに載せているのが特徴と言えそうです。巻末に編者による解説、略年譜、俳句索引が付されています。俳句索引は有名句(「分け入つても分け入つても青い山」38頁、「鉄鉢の中へも霰」56頁)をはじめ、うろ覚えの句を探すのにも便利です。ちなみに文庫で読める山頭火の句集には、 村上護編『山頭火句集』(ちくま文庫、1996年)や、同氏編『山頭火句集』(山頭火文庫、春陽堂書店、2011年)などがあります。


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注目新刊:『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958』、ほか

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『ペルペトゥアの殉教――ローマ帝国に生きた若き女性の死とその記憶』ジョイス・E・ソールズベリ著、後藤篤子監修、田畑賀世子訳、白水社、2018年8月、本体5,200円、4-6判上製344頁、ISBN978-4-560-09648-2
『魔女・怪物・天変地異――近代的精神はどこから生まれたか』黒川正剛著、筑摩選書:筑摩書房、2018年8月、本体1,600円、四六判並製256頁、ISBN978-4-480-01671-3
『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958――物理学者と心理学者の対話』ヴォルフガング・パウリ/カール・グスタフ・ユング著、湯浅泰雄/黒木幹夫/渡辺学監修、定方昭夫/高橋豊/越智秀一/太田恵訳、ビイング・ネット・プレス、2018年8月、本体6,300円、A5判上製410頁、ISBN978-4-908055-13-3
『時のかたち――事物の歴史をめぐって』ジョージ・クブラー著、中谷礼仁/田中伸幸訳、加藤哲弘翻訳協力、SD選書:鹿島出版会、2018年8月、本体2,400円、四六判並製220頁、ISBN978-4-306-05270-3
『驚くべきCIAの世論操作』ニコラス・スカウ著、伊藤真訳、インターナショナル新書:集英社インターナショナル、2018年8月、本体760円、新書判並製256頁、ISBN978-4-7976-8027-0 C0231



★ソールズベリ『ペルペトゥアの殉教』は『Perpetua's Passion: The Death and Memory of a Young Roman Woman』(Routledge, 1997)の訳書。帯文に曰く「起源203年のカルタゴ。闘技場で野獣刑に処された、キリスト教徒の殉教の記憶を鮮烈に蘇らせる」と。『聖ペルペトゥアと聖フェリキタスの殉教』をひもときつつ、当時21、22歳だった若い母親であった女性の生と死、そして後世への影響について論じられています。処刑の目撃者による記録に基づき、第五章「闘技場」では執行の詳細が綴られますが、ペルペトゥアの気高い振る舞いに畏怖を覚えます。なお『聖ペルペトゥアと聖フェリキタスの殉教』は本書において細かく引用されていますが、『キリスト教教父著作集(22)殉教者行伝』(教文館、1990年、オンデマンド版あり)でも読むことができます。



★『魔女・怪物・天変地異』は、魔女狩りの激化と驚異(天変地異や怪物)の増殖を同時代の現象として分析し、新世界や新奇な物事への好奇心の高まりが近代的学知の形成に寄与するさまを論じたもの。「近世以前の驚異と好奇心」「大航海時代の幕開けと驚異の増殖」「氾濫する宗教改革時代の怪物と驚異」「「魔女狩りと好奇心」、そして近代的精神の成立」の四章立て。分類コードは「22」で外国歴史ですが、文化史としてだけでなく思想史としてもたいへん興味深く読めると思います。


★『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958』は、二人の著書『自然現象と心の構造――非因果的連関の原理』(河合隼雄訳、海鳴社、1976年)でユングが論じている共時性(シンクロニシティ)をめぐる重要書の待望の邦訳。「この書簡集は、パウリが物理学者として共時性の考え方を強く支持していたことを明らかにしている」と湯浅泰雄さんは解説で指摘されています(333頁:生前に執筆されたもの)。底本は1992年にシュプリンガー・フェアラークから刊行されたC・A・マイヤー編のドイツ語原版ですが、日本語版では新たな校訂作業を行ない、独自に注を付したとのことです。関連書として湯浅さんによる『ユング超心理学書簡』(白亜書房、1999年)があります。なお、ユングの新刊としてはまもなく『心理療法の実践』(横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房)が発売されます。


★クブラー『時のかたち』は、『The Shape of Time: Remarks on the History of Things』(Yale University Press, 1962)の全訳。「人のつくったすべての事物を芸術として扱うことで出現する単線的でも連続的でもなく、持続する様々な時のかたち。〔・・・〕革命的書物、宿願の初邦訳」と述べる岡﨑乾二郎さんによる推薦文全文と主要目次は版元さんのサイトに掲出されています。「本書の目的は、シリーズやシークエンスのなかで持続する形態学的問題に注意を向けることにある。これらの問題は意味やイメージとは独立して生じる」(7頁)。「あらゆる事物はそれぞれに異なった系統年代に起因する特徴を持つだけでなく、事物の置かれた時代がもたらす特徴や外観としてのまとまりを持った複合体となる」(193頁)。「すべての事物は時とともに変化し、場所によっても変化する。私たちには、様式概念が想定するような不変の特質にもとづいて、どこかに事物をとどめおくことはできない。〔・・・〕事物における持続とその位置づけを視野に入れると、私たちは、生きた歴史のなかに、移行する関係、過ぎゆく瞬間、変わりゆく場所を見出すことができる」(247~248頁)。「出来事はすべて独自なのだから分類は不可能だとするような非現実的な考え方をとらず、出来事にはその分類を可能とする原理があると考えれば、そこで分類された出来事は、疎密に変化する秩序を持った時間の一部として群生していることがわかる」(189頁)。SD選書なので建築論の書棚に置かれると思うのですが、本書は建築論や芸術論の枠組みを超えており、哲学書のような印象があります。


★スカウ『驚くべきCIAの世論操作』は、『Spooked – how the CIA manipulates the media and hoodwinks Hollywood』(Skyhouse, 2016)の訳書。CIAが政府当局の機密情報を隠したり、印象操作のために、海外メディアや大手メディア、そしてハリウッドなどと通じてせっせと活動していることが暴かれています。従軍記者が国防総省の宣伝ボランティアに成り下がったり、悪名高いグアンタナモ収容所での虐待事件の隠蔽工作やそれを暴いたジャーナリストがマスコミから抹殺された次第なども書かれています。まもなく集英社新書で『スノーデン 監視大国 日本を語る』が発売となるので、併せて読むとたいへん涼しくなりそうです。


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「週刊読書人」にメニングハウス『生のなかば』の書評

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「週刊読書人」2018年8月10日号に、弊社1月刊(2月発売)、メニングハウス『生のなかば』(竹峰義和訳)の書評「古典的文学研究の静かな凄み――巨大な問題系への繊細で厳密な通路」が掲載されました。評者は守中高明さんです。「古典的文学研究の静かな凄み。このような一冊をこの時代に問うた訳者および出版社に敬意を表したい」と評していただきました。守中先生、ありがとうございます。


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月曜社・シリーズ「叢書・エクリチュールの冒険」既刊書一覧

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本日8月16日、マラルメ『詩集』の新刊配本分を取次に搬入いたしました。書店さんでの店頭発売開始はおおよそ20日(月)以降となります。「叢書・エクリチュールの冒険」の第11回配本です。先日告知を開始しましたが、丸善京都本店、東京堂書店神田神保町店、フランス図書には、初回配本分にマラルメの名刺のレプリカが付属します。なお、次回の第12回配本は8月20日取次搬入予定の『来るべき種族』です。書店さんでの店頭発売開始はおおよろ23日(木)以降の予定です。


◎叢書「エクリチュールの冒険」既刊書

1)2007年09月:『書物の不在〔初版朱色本〕』モーリス・ブランショ著、中山元訳、本体2500円、800部限定[完売]
1-2)2009年02月『書物の不在〔第二版鉄色本〕』モーリス・ブランショ著、中山元訳、本体2500円、1000部限定[完売]
2)2012年02月『いまだない世界を求めて』ロドルフ・ガシェ著、吉国浩哉訳、本体3000円、版元在庫有
3)2012年08月『到来する共同体〔初版黄色本〕』ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男訳、本体1800円、完売
3-2)2015年02月『到来する共同体〔新装版白色本〕』ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男訳、本体1800円、版元在庫有
4)2012年09月『盲目と洞察』ポール・ド・マン著、宮崎裕助/木内久美子訳、本体3200円、版元在庫有
5)2013年08月『労働者』エルンスト・ユンガー著、川合全弘訳、本体2800円、版元在庫有
6)2013年12月『翻訳について』ジョン・サリス著、西山達也訳、本体3,400円、版元在庫有
7)2014年06月『デリダと文学』ニコラス・ロイル著、中井亜佐子/吉田裕訳、本体2,800円、版元在庫有
8)2014年12月『謎の男トマ 一九四一年初版』モーリス・ブランショ著、門間広明訳、本体2,800円、品切
9)2015年04月『ドラマ』フィリップ・ソレルス著、岩崎力訳、本体2,400円、版元在庫有
10)2018年01月『生のなかば』ヴィンフリート・メニングハウス著、竹峰義和訳、本体2,500円、版元在庫有
11)2018年08月『詩集』ステファヌ・マラルメ著、柏倉康夫訳、本体2,200円、版元在庫有
12)2018年08月『来るべき種族』エドワード・ブルワー=リットン著、小澤正人訳、本体2,400円、版元在庫有


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このシリーズは1冊ごとに造本が異なりますし、ジャンルもバラバラなので、書店さんの店頭でまとめて置かれることはおそらくないと思われます。また、完売や品切があるため、全部を揃いで購読されている方はさほど多くはないかも、とも想像します。並べて写真を撮ったのは初めてですが、帯があるのは『生のなかば』と『来るべき種族』だけですね。今後もまだまだ色々と刊行予定があります。


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注目新刊:ロザリンド・E・クラウス『独身者たち』平凡社

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◆ロザリンド・E・クラウスさん(共著:『アンフォルム』)
「女性作家のみを論じた彼女唯一の書物」(帯文より)である『Bachelors』(MIT Press, 1999)の全訳本がついに平凡社さんより発売されました。「9人の写真家を取り上げ、女性とアヴァンギャルド、とりわけシュルレアリスムとの関係という古くて新しいテーマを定位し直す」(版元紹介文より)と。クラウスは第一章でこう書いています。「書く主体には、ジェンダーの固有性があるという考え方。より正確に言えば、ジェンダーは必然的に書き手の層をはっきりと区別するため、女性作家が男性作家と同じ視点を共有するには、男性の視線と結託するか、あるいは皮肉を込めて距離をとり「擬態」という手段に訴えるか――この場合、模倣は厄除けの身振りとして自覚的に遂行される――しかないという確信。女の作家たちの作品をめぐる本書のイントロダクションとして、私はこうしたものに対して異議を差し挟んでおきたい。なぜならシュルレアリスムに関して、ことシュルレアリスムの写真実践に関しては、この運動のもっとも象徴的な――もっとも典型的で強烈だという意味で、もっとも象徴的な――作品のいくつかは、女たちによって作られているからである」(23頁)。「女たちの作品に特別な弁護は必要ない〔…〕、この後につづくエッセイでも、別段その必要はないだろう」(46頁)。


独身者たち
ロザリンド・クラウス著 井上康彦訳
平凡社 2018年8月 本体3,600円 A5判上製248頁 ISBN978-4-582-23129-8


目次
第一章 クロード・カーアンとドラ・マール――イントロダクションとして
第二章 ルイーズ・ブルジョワ――《少女》としての芸術家の肖像
第三章 アグネス・マーティン――/雲/
第四章 エヴァ・ヘス――コンティンジェント
第五章 シンディ・シャーマン――アンタイトルド
第六章 フランチェスカ・ウッドマン――課題群
第七章 シェリー・レヴィーン――独身者たち
第八章 ルイーズ・ローラー
原註
訳者あとがき
解説 『独身者たち』の領土――無産性の耀きについて(林道郎)
人名索引


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注目新刊:アン・ブレア『情報爆発』中央公論新社、ほか

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a0018105_00180191.jpg『情報爆発――初期近代ヨーロッパの情報管理術』アン・ブレア著、住本規子/廣田篤彦/正岡和恵訳、中央公論新社、2018年8月、本体5,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-12-005110-4
『現代経済学――ゲーム理論・行動経済学・制度論』瀧澤弘和著、中公新書、2018年8月、本体880円、新書判並製296頁、ISBN978-4-12-102501-2
『フェティッシュとは何か――その問いの系譜』ウィリアム・ピーツ著、杉本隆司訳、以文社、2018年8月、本体2,700円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0347-8



★ブレア『情報爆発』は『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』(Yale University Press, 2010)の全訳。序論にはこうあります。「本書の目的は、初期近代ヨーロッパにおけるそのような参照道具〔レファレンス書〕を研究し、それらが同時代人によっていかに着想され、産出され、利用されたかを考察することによって、われわれの時代に先立つ過去の一時期において、時代錯誤的にではあるが「情報管理」と呼びうるものの理念と実践について洞察を得ることである。その目的に向かって、私は、多様な時代や場所、そしてさまざまなジャンルのレファレンス書を射程に収め、コンテクストの網を大きく広げるとともに、1500年から1700年のあいだに印刷された、規範的で一般的なラテン語のレファレンス書のいくつかを個々の焦点として浮かび上がらせた」(7頁)。


★「当事者たちの概念に従って、当時ごくあたりまえに用いられていた語を用いれば、初期のレファレンス書は〈言葉と物(verba et res)〉を蓄えて利用しやすくするためのものであった。それは、自然界についての定義や記述から、人間が何を行い何を言ったかにいたるまで、広く網羅していた。レファレンス書の作者たちは、みずから編纂者をもって任じ、〔…〕自分自身の見解や立場を発信する者というよりは、情報を伝達する者であった」(8頁)。「本書で私が示そうとしたように、ラテン語のレファレンス書は、何世代もの学者たちが古代のテクストやそれに関する注解を渉猟して行った共同でのノート作成の典型であり、公益と読者の多様な関心に訴える思慮深い言葉とともに提供された。だが、それらの書物は、謳い文句以上の働きをしてきた。すなわち、出版物が爆発的に増加した時代に文書情報を管理する革新的な方法を考案し、われわれ自身の読書法や情報処理の方法に恩恵をもたらしたのである」(330頁)。以下に目次を記します。
目次:
序論
第1章 比較の観点から見た情報管理
第2章 情報管理としてのノート作成
第3章 レファレンス書のジャンルと検索装置
第4章 編纂者たち、その動機と方法
第5章 初期印刷レファレンス書の衝撃
エピローグ
謝辞
訳者解題
原注
引用文献
索引(人名・書名)


★「歴史家にとって、参照ツールは、過去の文化体系の豊かで大きな遺物として役立ち、他の種類の資料よりもしばしばよりはっきりと、それらを作成した人々の知識や理想、作業方法を見せてくれる」(328頁)。「私は歴史家として、一世代もしくはそれ以上の年月にわたって暗がりの中に忘れ去られた古い源泉を再訪する能力を、われわれは失ってはならないと思っている。そのような能力は、しばしば、実り豊かなものであった〔…〕。データのほとんどを電子メディア上に蓄える方向に向かうにつれて、われわれは、新しいメディアに定期的にアップデートされないものは、何であれ、伝達の連鎖から抹消していくという危険を冒している。なぜなら、ソフトウェアもハードウェアも、人の一生のうちですら何度も時代遅れになるものと予測できるからである。だが、とりわけ歴史家は、古い素材――他の人々にとっては無用で、すでに十分に掘り尽くされたと見える素材――から新たに問題提起して活力を得る」(329~330頁)。


★「バートレットの『引用句辞典』の初期の諸版の索引を完成させるには、20人が6か月間働かねばならなかったが、現在の版の索引をコンピュータで作成すれば3時間でできてしまう――19世紀にはのべ約1万9200時間かかっていたものが、ここまで短縮されるのである。参照ツールは、その内容だけではなく、それらを作成する方法も時代遅れになりがちである。われわれ自身が現在用いている方法や成果も、おそらく急速に廃れてしまうことであろう。/にもかかわらず、先人の世代の人々がかくも大きな犠牲を払って作成した参照ツールは、多くの点において、過去にも――そして現在も――有用であり続けている。〔…〕情報管理の手本としても役立つのである」(328頁)。本書は古い歴史の話のようでいて、現代人が「情報爆発」(information explosion:1941年に初出用例を見ることができる言葉とのこと)と今後どうやって付き合っていくのかを考える上で、必読書であると感じます。



★瀧澤弘和『現代経済学』は「多様かつ複雑に展開してきた20世紀半ば以降の現代経済学」(iv頁)を紹介する入門書。「20世紀半ばにかけて新古典派経済学を主流派的地位に置くことによって、次第にある程度の統一的枠組みを形づくるようになった頃の経済学から始め、そこから新たに立ち上がってきた各分野に即しながら」(同頁)解説したもの。目次は以下の通り。


目次:
まえがき
序章 経済学の展開
第1章 市場メカニズムの理論
第2章 ゲーム理論のインパクト
第3章 マクロ経済学の展開
第4章 行動経済学のアプローチ
第5章 実験アプローチが教えてくれること
第6章 制度の経済学
第7章 経済史と経済理論との対話から
終章 経済学の現在とこれから
あとがき
参考文献


★「〔経済学が〕より広く人間に関する現象を洞察する人間科学として発展していくことが望ましい」(266頁)と述べる著者は、終章では、まもなく河出書房新社より刊行となるユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』や、先日来日したマルクス・ガブリエルの『私は脳ではない』にも言及しています。また著者は、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年)で日本でも知られる科学哲学者フランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の『制度を理解する』を目下翻訳中とのことです。本書で取り上げた制度論について理解を深める上での重要文献です。人文書売場で哲学と経済学を架橋させようと試みる場合、本書の終章が特に参考になるのではないかと思われます。


★『フェティッシュとは何か』は、概念史家でアクティヴィストとしても知られるピーツ(William Pietz, 1951-)の高名な代表的論文「The problem of the fetish」を訳出したもの。第1論文(1985年)、第2論文(1987年)、第3a論文(1988年)と連作になっており、本書ではこれらを一冊にまとめています。フェティシズムを論じる上で欠かせない基礎文献の待望の日本語訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。各章のタイトルには各論文の副題があてられていますが、副題のない第1論文にはフランス語訳の合本版(Le fétiche : généalogie d'un problème, Kargo & L'éclat, 2005)の第1章のタイトルを借用しているとのことです。ちなみにそのフランス語版では、第4章(英語では未公刊の第4論文)が掲載されているものの、著者本人やフランス語訳の訳者と連絡が取れないとのことで、日本語版での訳出は見送られています。ちなみにピーツの既訳論考には「フェティッシュ」(ネルソン/シフ編『美術史を語る言葉――22の理論と実践』所収、加藤哲弘/鈴木廣之監訳、ブリュッケ、2002年、355~371頁;Critical Terms for Art History, University of Chicago Press, 1996)があります。訳者の杉本さんはシャルル・ド・ブロス『フェティシュ諸神の崇拝』(法政大学出版局、2008年)の翻訳も手掛けておられます。なお以文社さんでは、ピールの当論考へのオマージュである、デヴィッド・グレーバーによる『価値の人類学理論に向けて(仮)』が続刊予定であるとのことです。


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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。


『渚に立つ――沖縄・私領域からの衝迫』清田政信著、共和国、2018年8月、本体2,600円、四六変型判上製276頁、ISBN978-4-907986-47-6
『シュリンクス――誰も語らなかった精神医学の真実』ジェフリー・A・リーバーマン著、宮本聖也監訳、柳沢圭子訳、金剛出版、2018年8月、本体2,800円、A5判並製280頁、ISBN978-4-7724-1639-9
『当事者研究と専門知――生き延びるための知の再配置』熊谷晋一郎責任編集、金剛出版、2018年8月、本体2,400円、B5判並製200頁、ISBN978-4-7724-1641-2
『軍隊指揮――ドイツ国防軍戦闘教範』ドイツ国防軍陸軍統帥部/陸軍総司令部編纂、旧日本陸軍/陸軍大学校訳、大木毅監修・解説、作品社、2018年8月、本体7,800円、四六判上製880頁、ISBN978-4-86182-707-5
『ねむらない樹 vol.1』書肆侃侃房、2018年8月、本体1,300円、A5判並製176頁、ISBN978-4-86385-326-3
『海を渡った日本書籍――ヨーロッパへ、そして幕末・明治のロンドンで』ピーター・コーニツキー著、ブックレット〈書物をひらく〉14:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36454-5
『伊勢物語 流転と変転――鉄心斎文庫本が語るもの』山本登朗著、ブックレット〈書物をひらく〉15:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製88頁、ISBN978-4-582-36455-2
『周作人読書雑記4』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫891:平凡社、2018年8月、本体3,200円、B6変判上製函入396頁、ISBN978-4-582-80891-9



★『渚に立つ』は沖縄の詩人・清田政信(きよた・まさのぶ:1937-)さんの作品を独自にまとめた34年ぶりの新刊。単行本未収録の連載「沖縄・私領域からの衝迫」(1980~82年)を始め、詩人論などを併載。共和国さんのシリーズ「境界の文学」の第6弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「自己を最初の他者として定立し得るとき、人は始めて一人の民への発語を準備できるのだ。それは自らの内実を他者に伝達するという風な手順をふむのではなく、自らが自閉し堅い実に成るとき、その実が割れてはじける風に言葉に化する以外にないのだ。今はそれ以外の言葉は信じようとは思わない」(「微視的な前史」より、10頁)。「ただ個として、私としての内実を掘りすすむことによって、その観念を掘りすすむ思想の行為が深さをもつまで言葉を生きる以外にないだろう。それは極度の精神の集中と持続を要する作業だろう。共生を説くすべての思想を対象化せよ。一言で尽くすとすぐれて個を造形し得る思想のみが他者の心を動かす言葉をもち得るということだ」(同、11頁)。


★リーバーマン『シュリンクス』は『Shrinks: The Untold Story of Psychiatry』(Little, Brown and Company, 2015)の訳書。シュリンクというのは精神科医の俗称。著者のリーバーマン(Jeffrey Alan Lieberman, 1948-)はコロンビア大学教授で精神科医学科長であり、ニューヨーク州立精神医学研究所所長など複数の職責を果たしてきた重鎮で、彼が会長になったばかりのアメリカ精神医学会が2013年に出版したのがかの『DSM-5』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2014年)です。本書は著者が初めて一般読者に向けて書いた本で、「精神疾患とは何なのか」「精神医学や心のケアは何を治療できるのか」が精神医学の歴史的進展を追いつつ平易に明かされています。監訳者の宮本さんはあとがきで次のように紹介しています。「本書は、神秘的な偽科学として生誕したカルト宗教のようなシュリンクが、第二次世界大戦後より生命を救済する科学的な職業として緩徐に成熟していった足跡をたどっている」(287頁)。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。


★『当事者研究と専門知』は『臨床心理学』増刊第10号。同増刊第9号『みんなの当事者研究』(2017年8月刊)に続き、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう:1977-)さんが責任編集をつとめられています。熊谷さんは巻頭の論説「知の共同創造のための方法論」や巻末の編集後記の執筆のほか、編集委員7氏との座談会「言いっぱなし聞きっぱなしの「当事者研究会議」」で司会を担当されています。収録論考は、木村草太「差別されない権利と依存症」、信田さよ子「専門家と当事者の境界」、上野千鶴子「アカデミズムと当事者ポジション」など。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。


★『軍隊指揮』は帯文に曰く「秘中の秘とされた「電撃戦」の運用指針であり、ソ連を破滅の淵に追い込み、勝者アメリカも学んだ、現代における「孫子の兵法」。現代用兵思想の原基となった、勝利のドクトリン」と。本文だけでも800頁近くあり、付録や解説を併せると880頁近い大冊です。監修者序を参照すると、本書は、ドイツ国防軍が1921~23年に編纂公布し1933~34年に新版を刊行した陸軍教範『軍隊指揮』を、日本陸軍が1922~44年に翻訳出版したものの再刊本。新字新かなへの変更をはじめ、句読点・濁点・送り仮名などを補い、さらに補注を付すなど、読みやすさに配慮されています。


★『ねむらない樹 vol.1』は福岡の出版社でありブックカフェも営まれている「書肆侃侃房」さんから創刊された短歌ムック。目次詳細は誌名のリンク先でご覧いただけます。短歌観や所属が異なるという若手歌人4氏(伊舎堂仁、大森静佳、小島なお、寺井龍哉)が編者となって、2001年以降に各誌で発表された短歌から100首を討議のうえ選んでコメントを付した「新世代がいま届けたい現代短歌100」をはじめ、今年6月に名古屋で行われた同人誌「フォルテ」刊行30年記念シンポジウムにおける討議「ニューウェーブ30年」(荻原裕幸×加藤治郎×西田政史×穂村弘)など、充実した内容です。読者投稿欄もあり、たくさんの作品に接することのできる瑞々しい創刊号です。扱いは地方小。書肆侃侃房さんでは歌人笹井宏之(ささい・ひろゆき:1982-2009)さんを記念し「笹井宏之賞」を創設。第1回の募集締切は締切は2018年10月15日(月)24時とのことです。受賞作は来年刊行の『ねむらない樹』第2号に掲載される予定。



★コーニツキー『海を渡った日本書籍』は目次に明らかなように主に江戸時代における日本書籍の海外流通史を扱ったもの。著者コーニツキー(Peter Kornicki, 1950-)はケンブリッジ大学名誉教授で日本文化史がご専門。「ケンペルの時代、つまり元禄年間(1688-1704)には、ヨーロッパ人が中近東、東アジアなど、遠く離れたところまで渡航したときは、必ずといっていいぐらい各地域の貨幣、植物、書物に注意していた。つまり、文字が読めなくてもとにかく外国の文明や自然環境の証として上記の三つのものをなるべく収集していたのだ。その後、十八世紀末から、日本書籍が別の何かの象徴でなくなり、むしろ情報源となったのである。それは知日家のティチング、クラプロート、シーボルトのように日本語能力を活用し、日本書籍を頼りに知識を蓄える時代を迎えた、いわば日本学の台頭する時代でもあったのである」(91頁)。


目次:
はじめに
一 日本書籍の海外流通史――元禄年間まで
二 日本書籍の海外流通史――ペリー来航前夜まで
三 日本書籍の海外流通史――明治初期まで
四 ロンドンの日本書籍売買
むすび
あとがき
参考文献一覧
掲載図版一覧


★山本登朗『伊勢物語 流転と変転』は国文学研究資料館所蔵の「鉄心斎文庫に集められたさまざまな伊勢物語のうち、一部の書物の来歴や内容を紹介しながら、鉄心斎文庫と、そこに集まった伊勢物語、さらには伊勢物語という作品について考えようとするもの」(はじめに、5頁)。「前半ではいくつかの書物それ自体の流転のあとをたどり、後半では伊勢物語の伝本が伝えている変転の姿について、さまざまな側面から考えたものであるが、それに加えて、伊勢物語という文学作品がたどってきた成立と享受の過程をふり返り、それらすべてを合わせて、伊勢物語がいかに変転に満ちた来歴を経て現在に至っているかを述べようと試みた」とのことです(あとがき、84頁)。目次は以下の通り。


目次:
はじめに
一 流転と出会い――鉄心斎文庫のはじまり
二 ヨーロッパを流転した伊勢物語――ルンプ旧蔵書
三 さまざまな流転、さまざまな変転
四 変転する伊勢物語
五 さまざまな「古注」
あとがき
掲載図版一覧


★『周作人読書雑記4』は全5巻中の第4巻。第4巻は「中国新文学、文学としての経書、詩文集、日記・書簡・家訓、俗文学、妓院梨園をめぐる読書雑記を収録」(帯文より)。東洋文庫の次回配本は10月刊『周作人読書雑記5』で、これで全巻完結予定。


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★最後に、ちくま学芸文庫とちくま文庫の8月新刊から。


『狂い咲け、フリーダム――アナキズム・アンソロジー』栗原康編、ちくま文庫、2018年8月、本体880円、文庫判並製384頁、ISBN978-4-480-43535-4
『証言集 関東大震災の直後――朝鮮人と日本人』西崎雅夫編、ちくま文庫、2018年8月、本体900円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-43536-1
『精講 漢文』前野直彬著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製656頁、ISBN978-4-480-09868-9
『「きめ方」の論理――社会的決定理論への招待』佐伯胖著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,300円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-09876-4
『人知原理論』ジョージ・バークリー著、宮武昭訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製288頁、ISBN978-4-480-09879-5
『西洋古典学入門――叙事詩から演劇詩へ』久保正彰著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製352頁、ISBN978-4-480-09880-1
『裏社会の日本史』フィリップ・ポンス著、安永愛訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製640頁、ISBN978-4-480-09881-8


★栗原康編『狂い咲け、フリーダム』はアナキズム・アンロソジーと銘打たれており、大杉栄、伊藤野枝、辻潤、中浜哲、金子文子、朴烈、石川三四郎、八太舟三、高群逸枝、八木秋子、宮崎晃、向井孝、平岡正明、田中美津、神長恒一、矢部史郎、山の手緑、マニュエル・ヤン、といった各氏のテクストを集めています。帯文にも使用されている推薦文「アナキスト百花繚乱、一冊まるごと檄文だ!」はブレイディ・みかこさんによるもの。今までの栗原さんの著書もそうですが、本書でも栗原さんによる「はじめに」の最初の一文が相変わらず強烈。「はじめにファックありき。わたしは正論がキライだ、ファックである」(7頁)。「なんつうのかな、もっともらしいことをいって、他人をしたがわせようとするやつが大キライなんだ」(同頁)。集められたテクストそれぞれに付された栗原さんの導入文も秀逸です。


★西崎雅夫編『証言集 関東大震災の直後』は震災直後の朝鮮人虐殺をめぐる、文化人や一般人の証言や回想、児童らの作文、朝鮮人の証言、公的史料の記録など約180篇を集成。編者解説「関東大震災時の朝鮮人虐殺とは何か?」で西崎さんは次のように書いておられます。「朝鮮人を最も多く虐殺したのは自警団である。本来なら町を守り人の命を守るはずの集団が、多くの人の命を奪ってしまった。当時は日本人より低賃金で働く朝鮮人・中国人に対して、日本人労働者が排外意識を高めていた時期でもあったのだ。そこへ震災が起き、流言に煽られた自警団が各地で朝鮮人を虐殺した」(406頁)。「犠牲者数が今日でも不明なのは、日本政府が犠牲者調査を行ってこなかったためであることを、ここであらためて確認しておく」(410頁)。「朝鮮人虐殺事件関連の史料は極めて少ない。とりわけ公的史料はごくわずかだ。それは当時の政府が虐殺事件を徹底的に隠蔽したからである」(412頁)。


★映画界の巨星、黒澤明監督は13歳の折の出来事を次のように回想しています。「関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は〔…〕デマゴーグの仕業である」(123頁)。「馬鹿馬鹿しい話がある。/町内の、ある家の井戸水を、飲んではいけないと云うのだ。/何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だと云うのである。/私は惘〔あき〕れ返った。/何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。/私は、こういう大人達を見て、人間というものについて、首をひねらないわけにはいかなかった」(124~125頁)。当時監督は小石川大曲に住んでいたそうです。現在で言うと、神田川を挟んだ、トーハン本社の向こう岸近辺のようです。


★ちくま学芸文庫の8月新刊は全5点。バークリーの『人知原理論』(宮武昭訳)は文庫としては大槻春彦訳(岩波文庫、1958年)以来の快挙で、中央大学文学部紀要での連載に大幅な改訂を加えたもの。底本は1734年の第2版を収録した1949年の全集『The Works of George Berkeley』第2巻。初版(1710年)や各版との異同については「重要と思われるものだけを注記した」と凡例にあります。バークリーは序論でこう述べています。「要するに、これまで哲学者たちを惑わし、知識への道を塞いできた困難の(すべてではないにしても)大部分は、まったく、われわれ自身のせいなのである」(第3節、23頁)。「したがって私の目的は、哲学のさまざまの学派のなかにこれほどの疑いや不確実性を、あの不合理や矛盾のすべてを引き入れてきた原理を発見できるかどうか試してみることである」(第4節、同頁)。「人間的知識の第一原理を厳密に探求し、あらゆる側面にわたって精査し吟味するのは、間違いなく苦労しがいのある仕事である」(同節、23~24頁)。


★「管見によれば、抽象的で一般的な観念は意思疎通にとってだけでなく、知識の拡大にとっても不要である」(第15節、38頁)。「言葉による欺瞞から完全に解放されねばならない。〔…〕言葉と観念のあいだの結合ほど早くに始まって長期の習慣によって固められたものはないので、この結び目を解きほぐすのはきわめて困難なことだ〔…〕。この困難をさらに増大させたのが、抽象の学説であるように思われる」(第23節、49~50頁)。「言葉ゆえの混乱と幻惑から知識の第一原理を浄化するよう気をつけなければならない。言葉にすがって果てしなく推論を重ねたところで、まったくの徒労に終わるだろう。どれほど帰結を引き出しても、その分だけ賢くなることはけっしてないだろう。先へ進めば進むほど、それだけ取り返しのつかないほどに方向を見失い、困難と虚偽の深みにはまり込むだろう」(第25節、51頁)。バークリーにとって「抽象的観念の最たるものが「物質」の観念だ」と訳者はあとがきで紹介しています。「標準的な現代日本語で読める」ことに留意された今回の新訳は、今後スタンダードとして読み継がれていくだろうと思います。


★学芸文庫のほかの4点の親本情報を列記します。ポンス『裏社会の日本史』→筑摩書房、2006年。佐伯胖『「きめ方」の論理』→東京大学出版会、1960年。前野直彬『精講漢文』→学生社、1966年。久保正彰『西洋古典学入門』→『西洋古典学』放送大学教育振興会、1988年。うち、『精講漢文』以外は文庫版へのあとがきが加えられています。『精講漢文』には堀川貴司さんによる解説が付されています。


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月曜社9月下旬新刊:AYUO(高橋鮎生)『OUTSIDE SOCIETY(アウトサイド・ソサエティ)』

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2018年9月21日取次搬入予定 *芸術/音楽


OUTSIDE SOCIETY(ヨミ:アウトサイド・ソサエティ)――あるサイケデリック・ボーイの音楽遍歴
AYUO(高橋鮎生)著
月曜社 2018年9月 本体2,000円 46判[天地190mm×左右130mm×束14mm]並製264頁 
ISBN:978-4-86503-064-8 C0073 重量:300g 装幀:軸原ヨウスケ


アマゾン・ジャパンで予約受付中


横尾忠則氏推薦!「60年~70年代、ニューヨークに滞在中、この年少の友人とよくロックコンサートに行った。まだ小学生の低学年だったが、その知識は専門家顔負け。AYUO君の才能に恐いものを感じていたぼくは、狂人にならないかと心配したが、彼の理性が彼を天才音楽家に変身させた」。熱かったLate 60’sのニューヨークで少年期をすごし、80年代の東京でデビューして以来たゆみなく先進的に活動し、ニッポンという社会の外側(OUTSIDE SOCIETY)で葛藤しつづけるミュージシャンの「失われた時を求めて」。


主な登場人物:テリー・ライリー/ジョン・ケージ/マルセル・デュシャン/ホーレス・シルヴァー/横尾忠則/寺山修司/勅使河原宏/篠山紀信/高橋睦郎/小澤征爾/三島由紀夫/ピーター・ヤロー/マイルス・ディヴィス/アンディ・ウォーホル/高橋悠治/小杉武久/スティーヴ・レイシー/間章/坂本龍一/灰野敬二/モーガン・フィッシャー/ムーンライダーズ/ジョン・ゾーン/デヴィッド・ロード/ピーター・ハミル/沢井一恵/太田裕美/EPO/スズキコージ/ジョン・ケール⋯⋯


Ayuo(高橋鮎生[アユオ:たかはし・あゆお]):1960年生まれ。ミュージシャン(作詞・作曲家、ヴォーカル、ギター、ブズーキなど撥弦楽器奏者)。3歳からヨーロッパ各国、6歳から15歳までニューヨークで生活し、数多くの音楽家や文化人と交流する。1960年代のサイケデリック文化に触れ、70年代末に東京で本格的に音楽活動を開始。1984年にエピック・ソニーよりレコードデビューする。ピーター・ハミルやジョン・ゾーンなど数多くのミュージシャンと共演する。実父は、音楽家の高橋悠治氏。


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注目新刊:保立道久訳『現代語訳 老子』ちくま新書、ほか

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a0018105_22073872.jpg『現代語訳 老子』保立道久訳、ちくま新書、2018年8月、本体1,100円、新書判448頁、ISBN978-4-480-07145-3
『往生要集 全現代語訳』源信著、川崎庸之/秋山虔/土田直鎮訳、講談社学術文庫、2018年8月、本体1,700円、576頁、ISBN978-4-06-512840-4
『永遠のファシズム』ウンベルト・エーコ著、和田忠彦訳、岩波現代文庫、2018年8月、本体940円、192頁、ISBN978-4-00-600388-3
『第七の十字架(下)』アンナ・ゼーガース著、山下肇/新村浩訳、岩波文庫、2018年8月、本体1,070円、416頁、ISBN978-4-00-324732-7
『心理療法の実践』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2018年8月、本体3,400円、四六判上製248頁、ISBN978-4-622-08704-5
『NOでは足りない――トランプ・ショックに対処する方法』ナオミ・クライン著、幾島幸子/荒井雅子訳、岩波書店、2018年7月、本体2,600円、四六判上製352頁、ISBN978-4-00-001825-8
『現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』青土社、2018年8月、本体1,400円、ISBN978-4-7917-1369-1



★ここ最近では古典作品の現代語訳や文庫化、新訳などの注目書が続いています。保立道久訳『現代語訳 老子』は、全81章を「「運・鈍・根」で生きる」「星空と神話と「士」の実践哲学」「王と平和と世直しと」の3部に並べ直し、現代語訳、原漢文、読み下し訓読文、解説で構成したもの。「『老子』は、まずは「王と士の書」として読むべきものであろう。正しい王の登場はどのように可能になるか、「士」はそのためにどう行動すべきか。老子は、それを正面から語り、国家のために悲憤慷慨する。しかし、『老子』は東アジアで初めて体系的に神話と哲学を語り、人の生死を語った書であって、そこにはさらに深い含蓄がある。〔…〕なお、各章につけた解説では、筆者の専門が日本史であることもあって、日本の神話・神道にかかわる話題にもふれた」(はじめに、13頁)。「鎌倉時代、『老子』が伊勢の神官の必携書であったことにも注意しておきたい」(同、14頁)。保立さんは老子の無為・無欲・不学の思想について「私は、『老子』の思想の根本にもっともよい意味での「保守」の思想があることは否定できないと思う」と書いておられます。ここで言う「保守」の含蓄については、本書現物をご確認下さい。平明な現代語訳と丁寧な解説で、新たな角度から老子をひもとくことができるのではないかと思います。


★『往生要集 全現代語訳』は、『日本の名著 第四巻「源信」』(中央公論社、1972年)所収の『往生要集』を文庫化したもの。文庫で読める『往生要集』には、石田瑞麿訳注全2巻(岩波文庫、1992年)がありますが、訳注書であり現代語訳ではありません。そのため、文庫全1巻で現代語訳が購読できる今回の新刊は、新訳ではないとはいえ貴重であり、長らく待たれたものではなかったかと思われます。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。川崎さんによる「日本の名著」版の解説「源信の生涯と思想」が併録されています。仏典をもとに地獄と極楽を描き、念仏のご利益についてまとめた浄土思想の古典であり、ロングセラーが期待できるのではないでしょうか。


★エーコ『永遠のファシズム』は、同名の単行本(岩波書店、1998年)の文庫化。1995年にニューヨークのコロンビア大学で著者が行った同名の講演を中心に、モラルをめぐる5篇のテクストが編まれています。1997年にはイタリア語版『Cinque scritti morali(5つの道徳的文書)』として刊行されました。文庫化にあたり、訳者による「少年ウンベルトの自由と解放を継いで――「現代文庫版訳者あとがき」にかえて」が追加されています。表題作は、エーコが考える原ファシズムの14の特徴を分析したもの。14番目の特徴「新言語」でエーコはこう指摘します。「ナチスやファシズムの学校用教科書は例外なく、貧弱な語彙と平易な構文を基本に据えることで、総合的で批判的な思考の道具を制限しようと目論んだものでした。しかしわたしたちは、それとは異なるかたちをもっているときにも、それが新言語であることにすぐさま気づかなければなりません。たとえば大衆的トークショーといった罪のないかたちをとっていることだってあるのですから」(58頁)。現代社会を考える上でこの14項目を何度でも想い起こすことがいよいよ重要になってきた気がしする今日この頃です。


★『第七の十字架(下)』は全2巻完結。下巻では第4章から第7章までを収録。ナチスの強制収容所からの脱走劇を描いた世界的に著名な反戦小説です。保坂一夫さんによる解説が付されています。筑摩書房版全2巻(1952年)、河出書房新社版全1巻(1972年)を経て、両訳者の死後、共訳者の山下肇さんのご子息・山下萬里氏による訳稿の検討と確認、訳語・訳文・表記の現代化の観点からの若干の調整、そして注記の追加が行なわれたとのことです。「六人目の脱走者が捕まった!〔…〕貴様らの見る通り、死んでいる!〔…〕七人目の奴も、もう長く待つ必要はない。そいつはいま連れてくる途中だ。国民社会主義の国家は、国民共同体を辱める奴を、何人といえども仮借なく追及する、護るべきものは護り、罰すべきものは罰し、抹殺すべきものは抹殺する。わが国にはもはや、脱走した犯罪者のための避難所はない。わが国民は健全である、病人は振り落とし、精神異常者は叩き殺す。脱走以来、五日とは経っていない。ここを見ろ――貴様らの眼を大きく開けて見ろ、これをよく覚えておけ」(下巻、156頁)。収容所の所長であり、古参の狂信的軍人で「ナチズムの残虐性の権化」(登場人物紹介より)として描かれている、ファーレンベルクが発した科白です。


★『心理療法の実践』は、ユング著作集(Gesammelte Werke/Collected Works)第16巻『心理療法の実践(Praxis der Psychotherapie)』のうち未訳論文すべて(ドイツ語5本、英語3本)と、ドイツ語版第8巻『無意識の力動(Die Dynamik des Unbewußten)』所収の「超越機能」(ドイツ語)の計9本を1冊にまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第16巻の既訳分は、みすず書房さんの以下の既刊書で読むことができます。いずれも2016年8月に発売されたもので、林道義訳『心理療法論』新装版、林道義/磯上恵子訳『転移の心理学』新装版、大塚紳一郎訳『ユング 夢分析論』。同版元での大塚さん訳のユングは今回の本が2冊目です。なお、英語版第16巻の附録として収められている講演「心理療法実践の現実」はドイツ語原テクストが未公刊のため、英訳からの重訳です。ただし、スイス連邦工科大学チューリッヒ校が管理しているユング本人によるタイプ原稿と手書き草稿を参照して訳文を修正したとのことです。今月は『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958――物理学者と心理学者の対話』がビイング・ネット・プレスより発売されており、ユングの新刊が続くのは嬉しい限りです。


★『NOでは足りない』は先月発売。『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』上下巻(2011年:原著2007年)、『これがすべてを変える――資本主義 vs. 気候変動』上下巻(2017年:原著2014年)に続く、クライン(Naomi Klein, 1970-)の昨年の新著『No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need』(Haymarket Books, 2017)の全訳です。「なぜこうなったのか──スーパーブランドの台頭」「今どうなっているのか──不平等と気候変動」「これから何が起きる恐れがあるか──ショックがやってくるとき」「今より良くなる可能性を探る」の三部構成で、巻末には著者が関わっている、カナダ全土のさまざまな団体や運動のリーダーたちとともに作成した、新しい社会のための草案「リープ・マニフェスト──地球と人間へのケアに基づいた国を創るために」が掲載されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。


★クラインは序章でこう書いています。「私はこれまで、著書を執筆する際には毎回六年の年月をかけてテーマについてじっくりリサーチを行い、さまざまな角度から検証し、大きな影響を受けた地域には出かけて行って取材した。その結果でき上がったのは、巻末に何十ページもの注がついた分厚い本だった。ところが今回は、この本をたった数ヶ月で書き上げた。できるだけ簡潔で、話し言葉に近い文体で書くことを心がけた」(9頁)。「私が気づいたのは、これまで自分が長年行ってきたリサーチが、トランプ主義のきわめて重要な側面を明らかにするのに役立つということだった。彼のビジネスモデルや経済政策のルーツをたどり、同じように社会が不安定化した歴史上の時期について考察し、ショック戦術に抵抗するための有効な手段を見つけた人々から学ぶことによって、なぜ私たちがこの危険な道に入ってしまったのか、来るべきショックにどうすれば耐えられるのか、そしてさらに重要なのは、ここよりずっと安全な場所にできるだけ早く移るにはどうすべきか、その答えを得るうえで助けになるのではないかと考えたのだ。そしてそれが、ショックに抵抗するためのロードマップの始まりとなるはずだと」(9~10頁)。


★「本書で私が言いたいことをひとことで言えば、トランプは極端な人物ではあっても、異常というより、ひとつの論理的帰結――過去半世紀間に見られたあらゆる最悪の動向の寄せ集め――にすぎないということだ。トランプは、人間の生を人種、宗教、ジェンダー、セクシャリティ、外見、身体能力といったものを基準にして序列化する強力な思考システムの産物にほかならない」(11頁)。「彼は100%予測可能な存在であり、それどころか、かつて至るところに蔓延し、ずっと以前に抑え込まれるべきだった思想や動向の、陳腐な結果以外の何ものでもない。だからこそ、もし仮にこの悪夢のような政権が明日終わったとしても、それを生み出した政治的状況、世界中にその複製を作り出しつつある状況は、立ち向かうべきものとして存在しつづける」(12~13頁)。


★「けれども私たちには、自分を変える力、過去の過ちを正そうとする力、そして人間同士の相互関係や、人類全員が共有する地球との関係を修復する力もある。それこそが、ショックへの耐性の基盤となるものである」(224頁)。NOでは足りない、という言葉は未来を拓くために「ショック」を逆転させようという展望を示しています。本書はこれまでのトランプ関連書の中でもっとも重要な本として銘記されるだろうと思われます。


★『現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』は二つの討議、溝口孝司+國分功一郎+佐藤啓介「考古学と哲学」、中沢新一+山極寿一「生きられた世界を復元できるか」を中心に、12の論考やエッセイが掲載されています。討議にも参加しておられる佐藤啓介さんによる論文「考古学者が読んだハイデガー――考古学者はそこに何を発掘したのか?」は、イギリスの考古学者ジュリアン・トーマス(Julian Stewart Thomas, 1959-)の著書『Time, Culture and Identity: An Interpretive Archaeology(〔先史社会の〕時間・文化・アイデンティティ――解釈考古学)』(Psychology Press, 1996)に言及したもの。本書において、「ブリテン島の新石器時代の諸事象を解釈する際に、ハイデガーの存在論を大胆に活用し、自身の営みを「ハイデガー考古学」と形容したため、その奇異さゆえに、注目と、多くの批判を浴びた」とのことで、興味深いです。なお『現代思想』10月号は特集「大学の不条理」と予告されています。


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★このほか最近では以下の書目との出会いがありました。


『マテリアル・セオリーズ――新たなる唯物論にむけて』北野圭介編、人文書院、2018年8月、本体2,300円、4-6判並製306頁、ISBN978-4-409-03099-8
『バンカラの時代――大観、未醒らと日本画成立の背景』佐藤志乃著、人文書院、2018年8月、本体3,200円、4-6判上製310頁、ISBN978-4-409-10039-4
『中井久夫との対話――生命、こころ、世界』村澤真保呂/村澤和多里著、河出書房新社、2018年8月、本体2,500円、46判上製248頁、ISBN978-4-309-24871-4
『iPhuck10』ヴィクトル・ペレーヴィン著、東海晃久訳、河出書房新社、2018年8月、本体4,300円、46変形判上製480頁、ISBN978-4-309-20747-6



★人文書院さんの『マテリアル・セオリーズ』と『バンカラの時代』はまもなく発売予定。まず、『マテリアル・セオリーズ』は編者の北野圭介さんが参加された8つの対談をまとめた本。「ものをめぐる新しい思考」「ポストメディア、ポストヒューマン」「 「日本」をめぐって」の3部構成で、序とあとがきが加えられています。8本のうち7本は『表象』『思想』『現代思想』各誌に2008年から2017年にかけて掲載されたものです。伊藤守、大山真司、清水知子、水嶋一憲、毛利嘉孝、北村順生の6氏とともに鼎談した「メディアテクノロジーと権力――ギャロウェイ『プロトコル』をめぐって」のみ本書が初出で、2017年10月29日に京都のメディアショップで行われた催事の記録です。2010年代の人文知の地平を見渡すための重要な補助線となる一書ではないでしょうか。


★『バンカラの時代』は2005年から2018年にかけて各媒体で発表された論文6篇に大幅な加筆を施したもの。全7章立て。「おわりに」の言葉を借りると、本書は「明治という時代の性格をハイカラ、バンカラのふたつの属性に大別する解釈のもと、横山大観と小杉未醒をバンカラと世相風俗のなかに位置づけた」もの。「西洋的価値観が世界を圧倒していった明治期、多くの日本人が抱いていた危機感や憤り。そして新興国日本の独立を維持し、西欧列強に伍する近代国家を作り上げていくのだという国民としての意識の高まりは、ひとつには自由民権運動ともなった。そして日清、日露という国際的な戦争、不平等条約改正による税権の回復といった命題を抱えた情勢のなかで生まれた若者たちの思潮、態度、気風。彼らのあいだに沸き起こった、心身ともに強くあらねば、という切迫感、そして高揚感は、この時代を特徴づける感情であったように思う」(286~287頁)。


★「バンカラの武士道的な精神は、徳川時代から幕末維新の志士、そして民権運動の壮士より連なる気風であった。明治になっても、国民の意識は士族意識からまるっきり切り離されて「近代」になったわけではない。そして明治30年代より煩悶青年があらわれ、流行をみたことによって、この武士道的な精神は改めて強調された。バンカラが明治末に至るまで存在していたということは、士族的な、公のために働く精神が多かれ少なかれ明治全体を通じて若者に胚胎していたことを示しているのである」(287頁)。「我が国の近代化については、西洋から新しい価値観を摂取した側面ばかりに目が行きがちである。だが、西洋的価値観が基準となっていく国際社会のなかで、日本独自の精神性や美意識を再発見し、守り、さらにはそれを日本の存在価値として世界へと発信していく過程をもあわせて近代化とみるべきだろう。近代を支えたのは、西洋からもたらされた知識の受容だけではなく、幕末より引き継がれた士風であり、東洋的、日本的思想であったことを、バンカラの存在は伝えている」(288~289頁)。日本近代思想を考える上でも示唆的な一冊。


★『中井久夫との対話』は発売済。父君が中井さんの親友であったという村澤真保呂、和多里のご兄弟が中井さんと交流する過程において、なりゆきで生まれたという貴重な本です。「筆者たちがその道のりで発見する中井さんの姿は、世間で語られている「精神科医・中井久夫」の姿とは大きく違っていた」(233頁)といいます。「中井久夫の思想は、その根底にある生命論的視座によって、精神医学の領域を超えたさまざまな課題――とりわけ生態学的・文化的・社会的な危機――を私たちが理解し、克服するのに有効なのではないか。あらためて現在から振り返ってみれば、かつて中井氏が精神医学分野で取り組んだのは、現代の私たちが直面するマクロな課題を精神疾患というミクロな領域において、克服するための基本的な原理を探求することであった、と言えるのではないか。つまり、中井氏の仕事それじたいが、「徴候」として読み解かれなければならないのではないか、と」(10頁)。


★「このような観点から、筆者たちは中井久夫と対話を重ねつつ、その思想の骨格を描き出そうと試みた。そこで最初に中井久夫との対話を紹介し、その後に筆者たちの論考によって先の対話の解説を兼ねる、という仕方で本書を構成することにした」(同頁)。目次は以下の通りです。


はじめに
第一部 中井久夫との対話
第二部 中井久夫の思想
 第一章「精神科医」の誕生
 第二章「寛解過程論」とは何か
 第三章 中井久夫の治療観
 第四章 結核とウィルス学
 第五章 サリヴァンと「自己システム」
 第六章 ミクロコスモスとしての精神
 第七章 生命、こころ、世界――現代的意義について
中井さんと私たち――あとがきに代えて
著作目録
略年譜


★『iPhuck10』はロシアの作家ペレーヴィン(Ви́ктор Оле́гович Пеле́вин, 1962-)が2017年に発表した15番目の長編小説最新作にしてベールイ賞受賞作の訳書。SF作家の飛浩隆さんが次のような推薦文を寄せておられます。「超ハイテク性具〔ディルド〕が演算する、美術と歴史と犯罪と映画と小説の幻惑的立体!」。帯文(表4)は以下の通りです。「21世紀後半、世界はジカ3と呼ばれる感染症により、肉体を介した性交渉が禁止され、iPhuckと呼ばれるガジェットがもっぱら重宝されていた。アメリカは南北に分断され、ヨーロッパはイスラム化するなか、戦いに明け暮れる中国と旧ヨーロッパとの間に挟まれながらクローン皇帝の戴冠によって再帝国化したロシア、警察に所属するアルゴリズムであるポルフィーリィ・ペトローヴィチは、マーラ・チョーにレンタルされて21世紀前半の芸術様式「ギプス」の調査を命じられる。その過程でマーラの怪しい過去とともに肯定をめぐる暗黒があきらかになり、ついにポルフィーリィとマーラのすべてを賭けた対決がはじまる――」。目次詳細は以下の通りです。


前書き
第一部 ギプスの時代
第二部 自分だけのための秘密の日記
第三部 メイキング・ムービーズ
第四部 ダイバーシティ・マネージメント
訳者あとがき

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注目新刊:熊野純彦『本居宣長』、栗原康/白石嘉治『文明の恐怖に直面したら読む本』、ほか

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a0018105_03294913.jpg『死海文書Ⅸ 儀礼文書』上村静訳、ぷねうま舎、2018年8月、本体4,000円、A5判上製30+208+4頁、ISBN978-4-906791-83-5
『ローティ論集――「紫の言葉たち」/今問われるアメリカの知性』リチャード・ローティ著、冨田恭彦編訳、勁草書房、2018年8月、本体4,200円、A5判上製292頁、ISBN978-4-326-10269-3
『文系と理系はなぜ分かれたのか』隠岐さや香著、星海社新書、2018年8月、本体980円、新書判253頁、ISBN978-4-06-512384-3


★『死海文書Ⅸ 儀礼文書』は原典からの初訳シリーズ『死海文書』の第二回配本。「祝福の言葉」「ベラホート」「日ごとの祈り」「光体の言葉」「祭日の祈り」「典礼文書」「安息日供犠の歌」「結婚儀礼」「浄化儀礼」を収録。「ベラホート」はヘブライ語で「祝福」を意味します。「光体(マオール)」というのは訳注や解説によれば「(天の)発光体」すなわち「天体」を意味しているそうで、「天の光る物のことで、聖書では時や季節のしるしとされているが、クムラン文書では「天使」をも意味しうる」とも説明されています。「本文書の祈りは、天体によってしるしづけられる時――すなわち、日の出ないし日没、あるいはその両方――に朗唱される言葉であった」(79頁)と。欠損の多い文書群を解読しようとする研究者の情熱を感じます。


★『ローティ論集』は、アメリカの哲学者ローティ(Richard McKay Rorty, 1931-2007)がヴァージニア大学の「人文学大学教授」を務めていた時代(1982-1998)に書いた論文三篇と、それ以降(2003-2007)の論文三篇を、「彼の思想の特徴をさまざまな切り口で示すもの」として選び、さらに「亡くなる直前に書いた」という「知的自伝」をあわせて訳出したもの(編訳者まえがき)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「紫の言葉(purple words)」というのは、明確な定義が与えられているわけではないようですが、政治的にも哲学的にも両極に囚われず、それらを共に見据えつつ大道をゆくという姿勢を表すもののように見えます。革新と保守、大陸哲学と分析哲学、それら両翼に通じた越境者の矜持と言うべきでしょうか。


★『文系と理系はなぜ分かれたのか』は帯文に曰く「サントリー学芸賞受賞の科学史界の俊英、待望の初新書」と。受賞作というのは『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011年)のこと。「はじめに」によれば今回の新書では、文系/理系という区分がどのようにできあがってきたのかについて欧米や日本の歴史的事例を確認し、続いてそうした区分が私たちの人生や社会制度とどのように関わっているか、特に産業やジャンダーとの関わりを検証。最後に学際化が進む昨今における文系/理系の関係のあるべき姿が考察されます。「文系・理系の分類が使われなくなる日もいつか来るはずです」(246頁)と著者は書いています。書店や図書館における分類にもいずれ変化が訪れるでしょうか。


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★最近では以下の書籍との出会いがありました。


『文明の恐怖に直面したら読む本』栗原康/白石嘉治著、ele-king books:Pヴァイン、2018年8月、本体1,800円、四六判並製200頁、ISBN978-4-909483-04-1
『私のティーアガルテン行』平出隆著、紀伊國屋書店、2018年9月、本体¥2,700円、B6判並製304頁、ISBN978-4-314-01163-1
『投壜通信』山本貴光著、本の雑誌社、2018年9月、本体2,300円、四六判並製448頁、ISBN978-4-86011-418-3
『ヴィクトリア朝怪異譚』ウィルキー・コリンズ/ジョージ・エリオット/メアリ・エリザベス・ブラッドン/マーガレット・オリファント著、三馬志伸編訳、作品社、2018年8月、本体2,800円、四六判上製344頁、ISBN978-4-86182-711-2
『本居宣長』熊野純彦著、作品社、2018年9月、本体8,800円、A5判上製902頁、ISBN978-4-86182-705-1
『新装版 新訳 共産党宣言』カール・マルクス著、的場昭弘訳著、作品社、2018年8月、本体3,800円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-715-0
『カール・マルクス入門』的場昭弘著、作品社、2018年8月、本体2,600円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-683-2



★『文明の恐怖に直面したら読む本』は栗原康さんと白石嘉治さんの対談本ですが、お二人それぞれにとっても初めての対談本となります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。栗原さんの軽妙で転覆的な語り口と、白石さんによる理論的な裏打ちが絶妙に交錯し、ここ最近毎月のように発売されている栗原さんの新刊(『菊とギロチン』『何ものにも縛られないための政治学』『狂い咲け、フリーダム』)の中でも出色の深い味わいとなっています。読みやすくて、情報量が多く、読み応えがあるのは対談ならでは。相変わらず栗原さんの「はじめに」のトーンも絶好調。担当編集者氏の破天荒なエピソードも暴露されています。


★『私のティーアガルテン行』は、紀伊國屋書店のPR誌「scripta」21~40号(2011年秋号~2016年夏号)に掲載された同名連載の自伝的回想録の単行本化。ティーアガルテン(Tiergarten)とはドイツ語で動物園や猟場を意味します。「気ままな筆の赴くところを自分で予測していえば、ここでいう「私のティーアガルテン」とは、ベルリンのティーアガルテンを思うたびに蘇るさまざまな私の過去の、次元は異なるが類似した空間、それらを想起の順に打ち重ねたものかと思える」(10~11頁)。瀟洒な造本は著者自身によるもの。60歳で創刊された「via wwalnuts 叢書」への言及がある「はじめての本づくり」に記されている、廃刊をくり返さないための一般原理五か条(26頁)が示唆的です。曰く:



一、刊行の基本はひとりの営みとする。
一、技術革新によって必ずやもたらされる翻弄を、あらかじめ長期的に見越しておく。
一、労力と資力の関係を精密につくり、薄利の確保のみに甘んじ、下部構造から破綻しないようにする。
一、読者を最小の数、最良の質に見定める。それ以上の数を求めず、それ以下の質に妥協しない。
一、つくっていて無駄がなく、飽きない形態とする。


★『投壜通信』はまもなく発売(9月3日取次搬入予定)。『考える人』『ユリイカ』『アイデア』「日本経済新聞」等々への寄稿をまとめ、書き下ろしを加えた一冊。「いろんな壜が取り揃えてあります。どれからなりとおためしください」とのこと。山本さんの精力的なご活躍の足跡を一望できるとともに、書物の海ないし森で翻弄されつつも探究/探求を続けている一読書人の歓喜(と悲鳴)を封じ込めた(といってもけっして禍々しいわけではない)小宇宙となっています。空想上の事物の実在性とそのたゆまぬ遷移というものを書物を通じて直感できる人々にとっては、バベルの図書館の書見台で自分と隣り合っている人物の気配が実は山本さんのものではないかと感じることがあるのではないでしょうか。私はあります。


★『ヴィクトリア朝怪異譚』は、ウィルキー・コリンズ「狂気のマンクトン」1855年、ジョージ・エリオット「剥がれたベール」1859年、メアリ・エリザベス・ブラッドン「クライトン・アビー」1871年、マーガレット・オリファント「老貴婦人」1884年、の四篇を収録。「優れた作品でありながら、選集に収録するには長すぎるし、かといって、それ一作を単行本として刊行するには短かすぎる」ために日の目を見ずにきた「長めの怪異譚の中から、読み応えのある力作で、かつ、日本の読者にはあまり馴染みがない作品を」まとめた、と解題にあります。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの絵画をあしらい、金箔文字でまとめた美麗なカヴァーも目を惹きます。


★『本居宣長』はまもなく発売(9月5日取次搬入予定)。カントの三批判書、ハイデガー『存在と時間』、レヴィナス『全体性と無限』などの新訳や、廣松渉論、マルクス論など数々の重要作を世に問うてきた熊野さんの最新著です。外篇「近代の宣長像」と内篇「宣長の全体像」の二部構成の大著。「本書の「外篇」は、明治改元によってこの国の近代が開かれたそののち、宣長のうえに流れてきた時間を測りなおそうとするこころみである。一方でその蓄積をふまえ、他方でその堆積をかき分けてゆくことで、私たちははじめて、今日の時代のただなかで、宣長の全体像をあらためて捉えかえすことができる。本書の「内篇」でもくろまれるのはそのくわだてにほかならない。〔…〕本居宣長はいまなお生きている」(「はしがき」2頁)。「内篇」では「本居宣長の思考を、やがてその畢生の大著『古事記傳』に焦点をあわせながら考えてゆく」(390頁)。「宣長に典型をみる、学知のいとなるの無償な立ちよう」(871頁)に肉薄する迫力は、熊野さんの大学人としての苦闘の影を感じさせるものではないでしょうか。あとがきによれば本書と並行してヘーゲルの翻訳を手掛けておられたとのことです。


★『新装版 新訳 共産党宣言』と『カール・マルクス入門』は共に8月28日取次搬入済の新刊。マルクス生誕200年を記念して同時発売。『新装版 新訳 共産党宣言』は2010年に刊行されたものの新装版であり、巻頭に「新装版によせて――今こそ共産党宣言を読む意味――資本主義の終焉と歴史の未来を考えるために」が加えられています。目次は書名のリンク先をご覧ください。同書は類書の中でももっとも資料、注釈、解題が充実しており、「共産党宣言」の本文からのみでは理解を深めにくい点はこれらの豊富な資料と注釈、解題で補うことができ、たいへん有益です。「資本主義が変遷する中で、またかつて「マルクス主義」を標榜した国家が消滅した中でも、つねに読まれ続けたのは、まさに大筋で『共産党宣言』が予想したとおり歴史が進んでいったからである。そしてこれからも読まれ続けるであろう」(「新装版によせて」4頁)。


★『カール・マルクス入門』は、『新装版 新訳 共産党宣言』の訳者であり、『超訳『資本論』』をはじめ、多数のマルクス関連書を上梓されてきた的場昭弘さんによる力作入門書です。生活編と理論編に分け、マルクスの人生と思想を丁寧に教えて下さいます。「マルクスの思想は、資本主義が独り勝ちで発展し、富の偏在を生み出し、地球環境を破壊し、それゆえ経済成長も実現できなくなりつつある、現在のような時代にこそ、その思想の意味を発揮するといえます。いつかははっきりとしないのですが、資本主義的メカニズムが役割を終えなければならない日は遠からず来る、そうでなければ、人類、いや地球は滅亡するかもしれません」(「はじめに」3頁)。ですます調で書かれており、親しみやすいです。目次詳細は以下の通り。


目次:
はじめに 今、マルクスを学ぶ意味
序 マルクスはどんな時代に生き、何を考えたか
第Ⅰ部について
第Ⅱ部について
第Ⅰ部 マルクスの足跡を訪ねて――マルクスとその時代
はじめに 旅人マルクス――その足跡を訪ねる
第一章 マルクスはどこに住んでいたか
Ⅰ-一-1 私の研究から
Ⅰ-一-2 トリーア 生まれ故郷の様子 教育、宗教、文化
Ⅰ-一-3 長い大学時代 ボンとベルリン
Ⅰ-一-4 ジャーナリスト生活の始まり
Ⅰ-一-5 新しい世界を求めて 
Ⅰ-一-6 追放生活
Ⅰ-一-7 革命の中
Ⅰ-一-8 ロンドンでの生活
第二章 マルクスの旅
Ⅰ-二-1 社会運動の旅
Ⅰ-二-2 新婚旅行の旅
Ⅰ-二-3 読書の旅
Ⅰ-二-4 調査報告書の旅
Ⅰ-二-5 療養の旅
Ⅰ-二-6 『資本論』の旅
Ⅰ-二-7 遺産の旅
第三章 家族、友人との旅
Ⅰ-三-1 エンゲルスの旅
Ⅰ-三-2 祖先の旅
Ⅰ-三-3 兄弟の旅
Ⅰ-三-4 娘たちの旅
第Ⅱ部 マルクスは何を考えたか――マルクスの思想と著作
第一章 哲学に関する著作
Ⅱ-一-1 『デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異』(一八四一年)  
Ⅱ-一-2 「ヘーゲル法哲学批判序説」と「ユダヤ人問題によせて」(一八四三年執筆、一八四四年掲載)  
Ⅱ-一-3 『経済学・哲学草稿』(一八四四年四月~七月執筆『パリ草稿』とも言われる)  
Ⅱ-一-4 「フォイエルバッハの一一のテーゼ」(一八四五年 マルクスのノートにメモ書きされたもの)  
Ⅱ-一-5 『ドイツ・イデオロギー』(一八四五~四六年執筆)  
第二章 政治に関する著作
Ⅱ-二-1 『フランスにおける階級闘争』(一八五〇年『新ライン新聞――政治・経済評論』に掲載される)  
Ⅱ-二-2 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(『レヴォルツィオーン』第一号、一八五二年掲載)  
Ⅱ-二-3 『フランスの内乱』(インターナショナル総評議会のパンフレットとして一八七一年出版された)  
Ⅱ-二-4 「フランスの憲法論」(一八五一年六月一四日チャーティストの雑誌Note to the peopleに掲載)  
第三章 経済に関する著作
Ⅱ-三-1 『哲学の貧困』(一八四七年ブリュッセルで出版されたフランス語で書かれたマルクス最初の単著)  
Ⅱ-三-2 『経済学批判』(一八五九年ベルリンで出版)、そして『経済学批判要綱』(一八五七~八年草稿)  
Ⅱ-三-3 『資本論』(第一巻は一八六七年ハンブルク、オットー・マイスナー社で出版。第二巻はエンゲルスの手で一八八五年、第三巻もエンゲルスの手で一八九四年同社から出版された)  
Ⅱ-三-4 『賃労働と資本』(一八四九年四月『新ライン新聞』に五回にわたり連載された)、『賃金、価格および利潤』(一八六五年インターナショナルの中央評議会で行った講演草稿で娘エレナーによって刊行された)  
第四章ジャーナリストとしての著作
Ⅱ-四-1 『ライン新聞』(一八四二年から一八四三年まで寄稿する)  
Ⅱ-四-2 『フォアヴェルツ』(一八四四年)  
Ⅱ-四-3 『ブリュッセル・ドイツ人新聞』(一八四七~四八年)  
Ⅱ-四-4 『新ライン新聞』(一八四八~四九年)  
Ⅱ-四-5 『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』  
第五章 政治活動家としての著作
Ⅱ-五-1 『共産党宣言』(一八四八年)  
Ⅱ-五-2 第一インターナショナル
Ⅱ-五-3 『ゴータ綱領批判』(『ドイツ労働者党綱領評注』一八七五年)  
Ⅱ-五-4 『ドイツ人亡命者偉人伝』、『フォークト氏』、『ケルン共産主義者裁判』  
補遺1 エンゲルスについて 
補遺2 マルクスの遺稿
補遺3 マルクス全集の編纂
補遺4 マルクス以後のマルクス主義
●エピソード
1  怪人ヴィドックとマルクス
2  マルクスとアメリカ南北戦争
3  マルクスは何を買っていたのか、どんな病気であったのか
4  東ドイツの中のマルクス
5  ベルリン時代のマルクス
6  マルクスの結婚とクロイツナハ
7  パンと恋と革命――ヴェールトとマルクス
8  マルクス、ソーホーに出現す
9  一八五〇年代のロンドンの生活――マルヴィダ・マイゼンブーク
10  マルクスとオランダとの関係
11  マルクスとラッフルズ
12  アルジェリアのマルクス
13  ブライトンのルーゲ
14  イェニー・マルクスの生まれ故郷ザルツヴェーデル
15  リサガレとエレナー・マルクス
16  マルクスの「自殺論」と『ゲセルシャフツ・シュピーゲル』  
17  ドイツ人社会の発行した新聞について
18  マルクスのインド論
19  編集者チャールズ・デナとマルクス
20  バクーニンのスパイ問題
21  フランス政府の資料とマルクス・エンゲルスのブリュッセル時代
22  ポール・ラファルグとラウラ・マルクス
23  マルクス・エンゲルス遺稿の中の警察報告

マルクスを知るために読んで欲しい参考文献
マルクス家の家系図とヴェストファーレン家の家系図 
マルクス略年表  
マルクス=エンゲルス関連地図


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注目新刊と注目イベント:シュミット『陸と海』、プリンチーペ『錬金術の秘密』、ほか

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a0018105_12112125.jpg★中山元さん(訳書:ブランショ『書物の不在』)
必読の名著シリーズ「日経BPクラシックス」から、シュミットの訳書を上梓されました。

陸と海――世界史的な考察
カール・シュミット著 中山元訳
日経BP社 2018年8月 本体2,000円 4-6変型判上製284頁 ISBN978-4-8222-5580-0
帯文より:海〔リヴァイアサン〕と陸〔ビヒモス〕の戦いとしての世界史を描いた、シュミット地政学の傑作。ヴェネチア共和国、オランダ、イギリス、米国――海の国の系譜に連なる〈海洋国家〉である日本の進路を考えるための必読書。



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★ヒロ・ヒライさん(編著書:『ミクロコスモス 第1号』)
ヒライさんが監修されている「bibliotheca hermetica叢書」より、ジョンズ・ホプキンス大学教授プリンチーペ(Lawrence M. Principe, 1962-)さんの著書『The Secrets of Alchemy』(The University of Chicago Press, 2013)の訳書を上梓されました。刊行記念のトークイベントも行われる予定です。


錬金術の秘密
ローレンス・M・プリンチーペ著 ヒロ・ヒライ訳
勁草書房 2018年8月 本体4,500円 A5判上製344頁 ISBN978-4-326-14830-1
帯文より:魔術? 詐欺? オカルト? ファンタジー? 古代ギリシア・エジプトから現代まで、歴史学によって「高貴なる技」が科学史、医学史、文化史に占めた地位を示すとともに、再現実験によって錬金術師たちの実際の操作を検証する。理論と実践の両面から炙りだされる錬金術の本当の姿。決定的研究書、ついに邦訳。


◎ヒロ・ヒライ×山本貴光「歴史学と科学から読みとく錬金術」

日時:2018年9月8日(土)15:00~17:00(14:30開場)
場所:下北沢 本屋B&B(http://bookandbeer.com/map/)電話03-6450-8272
料金:前売1,500円 + 1 drink order 当日店頭2,000円 + 1 drink order


内容:哲学と歴史を架橋し、テクスト成立の背景にあった「知のコスモス」に迫るインテレクチュアル・ヒストリー。その魅力を紹介する「bibliotheca hermetica(ヘルメスの図書館)」叢書の第5回配本は、『錬金術の秘密:再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』(8月末刊行)です。/「錬金術」と聞いて、どんなイメージをもちますか? 魔術? 偽科学? オカルト? ファンタジー? 本書では、怪しげなイメージがつきまとう錬金術について、そもそもの基礎にある化学・医薬的な技術とその発展過程、ある時代に詐欺や魔術と誤解・断罪されていく経緯、暗号化されたテクストの読解、錬金術師たちの社会的な評価、文学や演劇、宗教との関係、背景となる自然観や人間観などを通し、科学史と文化史に占めている重要な地位を示します。また実験を再現し、実際にはどんな操作が行われていたのかを解明しています。/イベントでは、ゲーム作家で『「百学連環」を読む』の山本貴光さんをお相手に迎え、本書の訳者でありBH叢書監修のヒロ・ヒライさんと、錬金術について、たっぷり語っていただきます。


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★荒木優太さん(著書:『仮説的偶然文学論』)
以下のイベントに登壇されます。さる7月7日にご著書『仮説的偶然文学論』の刊行を記念して下北沢の本屋B&Bnite行われた荒木さんと吉川さんのイベント「クリナメンズ作戦会議」に続き、今回は吉川さんの新著『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社)の刊行記念で催されるイベントで、荒木さんと山本貴光さんを交えて同書店にて行われます。



◎吉川浩満×荒木優太×山本貴光「人間問題(F+f)+、あるいは科学・文学・人間の運命」

日時:2018年9月22日(土)19:00~21:00 (18:30開場)
場所:本屋B&B(世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F)
料金:前売1,500円 + 1 drink order 当日店頭2,000円 + 1 drink order


内容:7月、吉川浩満さんの新刊『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』が刊行されました。発展をつづける認知と進化にかんするサイエンスとテクノロジーがもたらす人間観の変容についての中間報告書です。人工知能、ゲノム編集、ナッジ、認知バイアス、人新世、利己的遺伝子……我々はどこへ行こうとしているのでしょうか?/著者の吉川さんは、人間の情動(と理性の関係)、偶然性(と運命の関係)に着目することが大事だと考えています。認知科学の展開は、我々の思考や行動に情動が大きな役割をはたすことを実証してきました。また、ヒトもまたその一員であるところの生物の進化は、偶然の積み重ねが運命のごとき轍となるような仕方で進んでいくからです。/そこでゲストにお呼びしたのが、山本貴光さんと荒木優太さんのおふたりです。山本さんは近著『文学問題(F+f)+』において、文学をF(認識、理性)とf(情緒、情動)の組み合わせと考えた夏目漱石の『文学論』を現代によみがえらせました。また、荒木さんは『仮説的偶然文学論』において、日本近代文学にあらわれた偶然性という主題の諸相を見事に析出しています。おふたり以上にふさわしいゲストがいるでしょうか(いや、いないでしょう!)。/今回のイベントでは、偶然と運命、情動と理性、文学と科学という複眼的な視点から、我々の本性と運命について存分に語り合っていただきます。


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★渡名喜庸哲さん(共訳書:サラ-モランス『ソドム』)
明石書店さんより先般上梓された訳書、シャマユー『ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』の刊行を記念し、吉川浩満さんとのトークイベントが以下の通り行われます。


◎渡名喜庸哲×吉川浩満「ドローンと人間の未来」

日時:2018年10月5日(金)20:00~22:00 (19:30開場)
場所:本屋B&B(世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F)
料金:前売1,500円 + 1 drink 当日店頭2,000円 + 1 drink


内容:7月に、フランスの哲学者グレゴワール・シャマユー『ドローンの哲学』(明石書店)が発売されました。/同書は、ドローンの登場によって、戦争や私たちの社会がどう変わっていくのか、軍用ドローンの現状について考察を展開した一冊です。/この刊行を記念して、トークイベントを開催します。/出演は、同書を翻訳した、慶應義塾大学商学部准教授で、フランス現代思想を専門とする渡名喜庸哲さん。ゲストに、哲学・科学・芸術、ロック、映画など幅広い関心をもち、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』『理不尽な進化』の著者である吉川浩満さん。/ドローンは、「便利な世の中」をもたらすだけではなく、軍事、法律、政治、心理、倫理、地理などさまざまな分野に影響し、そして、わたしたち人間自身をも変えることになります。/そもそも、現代では、技術を操作するのが人間なのか機械なのか、分かりにくくなってきていますが、期待と同時に悩ましさをもつこの新しい技術をどのように考えたらよいのでしょうか。/シャマユーの話題の本『ドローンの哲学』を通じて考える人間の未来。そして、これからの戦争とは?/お二人に存分に語っていただきます。お楽しみに!


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★宮﨑裕助さん(共訳書:ド・マン『盲目と洞察』)
以下の二つの催事に登壇されます。


◎第17回アーレント研究大会(2018年度)シンポジウム「アーレントvs カント――政治・自由・判断力」宮﨑裕助×齋藤宜之×網谷壮介×小谷英生(司会)

日時:2018年9月8日(土) 15:00~18:00
場所:中央大学 後楽園キャンパス 3号館(3300教室)
大会参加費:一律1000円(高校生以下無料)


◎宮﨑裕助「ポスト・トゥルース時代における嘘の哲学――デリダ「嘘の歴史」入門」

日時:2018年9月16日(日)13:00-16:15
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
受講料(税込):会員6,480円、一般7,776円


内容:ここ数年、「ポスト・トゥルース(脱真実)」や「オルタナティヴ・ファクト(代替的事実)」といった言葉が世間を騒がせています。SNSの情報拡散にせよ公文書の改竄にせよ、真理/虚偽、事実/虚構といった二項対立が崩れ去り、まさに脱構築されつつある現実を私たちは目の当たりにしています。脱構築をキーワードとしてきたフランスの哲学者ジャック・デリダであれば、こうした事態をどう考えるでしょうか。本講座では、昨年翻訳が出たデリダの『嘘の歴史』(未來社刊)を読み解くことを通じて「嘘の哲学」を試みるとともに、私たちの時代のポスト・トゥルース的な現実にいかに向き合うべきかについて考えてみたいと思います。(講師・記)


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★星野太さん(著書:『崇高の修辞学』)
福尾匠さんの著書の刊行を記念した以下のイベントに登壇されます。


◎福尾匠×高橋明彦×星野太『眼がスクリーンになるとき』刊行記念トークイベント



日時:2018年9月8日(土) at 18:00~20:00
場所:芸宿 ge-Shuku(石川県金沢市小立野4-2-1 すみれ台ハウス)
料金:1000円(1ドリンク付)※予約不要


内容:福尾匠『眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社)が刊行された。本書は哲学と映画の正面衝突を記録したドゥルーズの『シネマ』の解説書だが、そこにはとおりいっぺんの解説におさまらない探求がたしかにある。今回のトークでは『シネマ』とその拡張可能性だけでなく、『眼がスク』の「新しさ」について、著者を含む3人によって活発な議論が交わされるだろう。/高橋明彦は近世文学研究者でありながら大著『楳図かずお論』(青弓社、2015年)を刊行しており、昨年福尾がおこなった「5時間でわかるドゥルーズ『シネマ』」を聴講したうえ、芸宿で独自に「補講」を組織していた。/星野太は『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)で高密度な学術的な達成をマークする一方で、旺盛に批評を執筆し続けている。哲学と批評の相互的な生成という『シネマ』的な方法を地で行く彼に本書はどう見えるのだろうか。/なお当日会場では特別に『眼がスクリーンになるとき』を税抜価格(2200円)で販売する。


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★森山大道さん(写真集:『新宿』『新宿+』『ニュー新宿』『大阪+』『Osaka』『ハワイ』『にっぽん劇場』『何かへの旅』『オン・ザ・ロード』『カラー』『モノクローム』『パリ+』『犬と網タイツ』『K』、フォト・ボックス:『NOVEMBRE』、エッセイ集:『通過者の視線』、共著:『鉄砲百合の射程距離』『絶対平面都市』)
bookshop Mより今年1月に刊行された写真集『Daido Moriyama: Ango』を記念し、先月末から写真展が行なわれています。



◎森山大道写真展「Ango」

会期:2018年8月31日(金)~9月30日(日)13:00~19:00
場所:gallery 176(阪急宝塚線「服部天神駅」下車徒歩1分)
※会期終わりの曜日が通常と異なります
※休廊日:9月5日(水)、6日(木)、12日(水)、13日(木) 、19日(水)、20日(木)、 26日(水)、27日(木)
※一部雑誌等で土曜、日祝日の開廊時間が11:00~と紹介されていますが、開廊時間は全日13:00~19:00となります。ご注意ください。
内容:数多く発表されている坂口安吾の著作の中でも傑作とされる『桜の森の満開の下』と、森山大道が撮りおろした漆黒の桜の写真を、デザイナーの町口覚が “交配” させ一冊の書物を生み出しました。その出版記念として、同書に収録された森山大道の写真作品を展示いたします。


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★川田喜久治さん(写真集:『地図』)
先月末より以下の通り写真展が行なわれています。


◎川田 喜久治 写真展:百幻影-100 Illusions

日時:2018年8月31日(金)~2018年10月11日(木)
場所:キヤノンギャラリー S(品川)
内容:川田氏の作品群の中から「ロス・カプリチョス」と「ラスト・コスモロジー」を再編し、タイトル「百幻影-100 Illusions」のもと50点ずつ計100点を展示致します。また、グラフィックデザイナー田中義久氏が本展のために制作したポスターを川田氏の作品と合わせて展示します。


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