★最近出会いがあった2点の新刊を列記します。
『ベンヤミン メディア・芸術論集』ヴァルター・ベンヤミン著、山口裕之訳、河出文庫、2021年11月、本体1,320円、文庫判416頁、ISBN978-4-309-46747-4
『社会のなかの「少年院」――排除された子どもたちを再び迎えるために』少年の社会復帰に関する研究会編、作品社、2021年11月、本体2,700円、46判並製336頁、ISBN978-4-86182-873-7
★『ベンヤミン メディア・芸術論集』は、2011年の『ベンヤミン・アンソロジー』に続く、山口裕之 (やまぐち・ひろゆき, 1962-)さんによる新訳論集第2弾。収録作は15篇。目次は以下の通りです。
夢のキッチュ――シュルレアリスムについての短評
公認会計士(『一方通行路』より)
ロシア映画芸術の状況について
オスカル・A・H・シュミッツへの返答
シュルレアリスム――ヨーロッパ知識人層の最後のスナップショット
チャップリン回顧
叙事的演劇とは何か――ブレヒトのための研究ノート〔初稿〕
写真小史
演劇とラジオ放送――教育作業の相互点検
厳密な芸術学――『芸術学研究』第一巻について〔初稿〕
経験と貧困
生産者としての執筆者――パリのファシズム研究所でのスピーチ 1934年4月27日
技術的複製可能性の時代の芸術作品〔第二稿〕
エドゥアルト・フックス 蒐集家と歴史家
叙事的演劇とは何か〔第二稿〕
訳者解説
★「写真小史」ではベンヤミンが添えた写真8点のほか、テクストに関係する多数の写真が収録されています。「技術的複製可能性の時代の芸術作品」は最終ヴァージョンである第三稿が『ベンヤミン・アンソロジー』に訳出されていますが、本書では第二稿が翻訳されています(第二稿というのは1989年の旧全集第7巻での呼称で、2012年の新全集第16巻では第三稿と呼ばれ、一方で最終稿は第五稿と数えられるとのこと)。
★『社会のなかの「少年院」』は、2013年に発足した学際的研究者グループ「少年の社会復帰に関する研究会」による論文集。刑事法、教育社会学、犯罪社会学、矯正社会学、臨床心理学、学校社会学、社会福祉学、家族社会学などの専門家や、少年鑑別所職員を含む、11人が寄稿。「本書が試みようとしているのは、少年院という場所で行われている少年を変えるための営みがどのようなものかを共有することで、少年院というブラックボックスを解体し、「非行」と社会復帰した少年を直接つなげるのではなく、少年院において生じた変化を社会復帰した少年とつなげるための基本的な作業である」(11~12頁)。帯文に曰く「〈バイパス教育〉の実態を詳細に明らかにし、子どもたちのための未来に向けて提言」と。全11章のほか終章は対談、コラムは9本。
★このほか、ここしばらく言及できていなかった注目既刊書を列記します。
『ポスト・ヒューマニズム――テクノロジー時代の哲学入門』岡本裕一朗著、NHK出版新書、2021年10月、本体880円、新書判240頁、ISBN978-4-14-088664-9
『デジタル・ファシズム――日本の資産と主権が消える』堤未果著、NHK出版新書、2021年8月、本体880円、新書判272頁、ISBN978-4-14-088655-7
『アーノルド・ベネットの賢者の習慣――賢く生きるとは自分の能力を最大限に発揮して生きることだ』アーノルド・ベネット著、渡部昇一/下谷和幸訳、三笠書房、2021年7月、本体1,300円、B6変型判並製224頁、ISBN978-4-8379-5806-2
『ILLUMINATIONS I〔イリュミナシオン[創刊号]〕』合同会社EK-Stase(イーケーステイス)、2021年6月、本体2,000円、A5変形判・並製336頁
ISBN978-4-9910041-1-7
★『ポスト・ヒューマニズム』は、数々の啓発的な哲学入門書を上梓されてきた岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう, 1954-)さんの最新著で、思弁的実在論、加速主義、新実在論、といった近年日本でもよく紹介されるようになった海外思潮を、「ポスト・ヒューマニズム(人間中心主義以後)」という主題からの一連の派生としてまとめ、淵源であるニーチェやフーコーなどから、昨今のガブリエル、メイヤスー、ブラシエ、グラント、ハーマン、ランドらに至るまで、簡潔にその関係性を紹介してくれる便利な一冊です。巻末に参考文献あり。類書中ではもっとも手堅い入門書の誕生です。
★一部の大書店ではすでに「ポスト・ヒューマニティーズ(ポスト人文学)」という括りで、これらの新世代の思想家が文化人類学の最新動向と一緒に並べられていますが、これからまとめようという書店さんはあるいは本書を参考に棚構成を考えるのも良いかと思われます。もとよりこの思潮は半世紀以上前からこの国の書架に姿を現していましたが、よりくっきりとした物量で読者に提示されてきたのは近年の話です。目の前にあっても気づかれていなかったという意味では、書店や図書館がいかに長いスパンで変化の予兆を捉え、蓄えてきたか、その長期的な視点の重要性に改めて気づかされるのではないでしょうか。新刊書店は書物たちがただ流れ去っていく場所ではなく、先駆者だったりある予感だったりするものを後世へと手渡していくために「流れに逆らって」目印を根気強く付けておく、そんな機能を果たすべき場所なのだと思います。
★『デジタル・ファシズム』は、帯文に曰く「20万部超ベストセラー『日本が売られる』著者3年ぶりの書き下ろし! 街も給与も教育も米中の支配下に!? この国を売っているのは誰だ」と。「政府が狙われる」「マネーが狙われる」「教育が狙われる」の3部構成全9章。「「今だけ金だけ自分だけ」の強欲資本主義が、デジタル化によって、いよいよ最終ステージに入るのが見えるだろうか。/デジタルは「ファシズム」と組み合わさった時、最もその獰猛さを発揮する。/一つはっきりしているのは、私たちは今この改革を、よく理解しないままに急かされていることだ」(6頁)。「わかりやすい暴力を使われるより、便利な暮らしと引換にいつの間にか選択肢を狭められてゆく方が、ずっとずっと恐ろしい。/無法地帯の仮想空間から全てを動かすアメリカの巨大IT企業や、それに対抗し新通貨でプラットフォーマーの座を狙う中国、世界統一政府を目指すエリート集団と、目先の利益に目が眩んだ政商たちによって、今まさに日本という国の〈心臓部〉が、奪われようとしているのだ」(7頁)。すぐそこまで迫っているディストピアのありように戦慄を覚えます。
★『アーノルド・ベネットの賢者の習慣』は、英国の作家アーノルド・ベネット(Enoch Arnold Bennett, 1867-1931)のエッセイ集『知的能率(Mental Efficiency)』1912年、『友情と幸福(Friendship and Happiness)』1911年、『文学趣味(Literary Taste)』1909年、の3点より「エッセンスの部分を選んで訳出したもの」とのこと。巻末特記によれば、『自分の能力を"持ち腐れ"にするな!』(1990年)を「再編集のうえ改題したもの」とあります。三笠書房で現在発売中のベネットの既訳書には『自分の時間――1日24時間でどう生きるか』(1982/2016年)がありますが、『賢者の習慣』はその姉妹編と言えそうです。前者では時間貧乏な現代人の意識を変える時間活用術をシンプルに訴え、後者(本書)では頭脳の鍛え方をこれまた簡潔に力強く教示しています。自分の人生は自分のものであり、また、自分のものにし続けることができるように最大限の努力をせよ、とベネットは語りかけます。当たり前と言えばこれ以上に当たり前のアドバイスもないのですが、その当たり前ができなくなっているのが現代人の悲劇です。それゆえ、何度でもベネットの言葉に立ち返る必要がありそうです。
★『ILLUMINATIONS I〔イリュミナシオン[創刊号]〕』は発行人が原智広さん、編集担当が矢田真麻さんと山本桜子さん、装丁・装画・本文デザインは栗原雪彦さんが手掛けられ、印刷と製本はイニュイック(板橋区中丸町31-3)さんが担当された新雑誌です。アルトー、バタイユ、ミショー、ツァラなどの翻訳のほか、作家や哲学者、文学研究者などが寄稿されています。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。近年創刊された雑誌の中ではもっとも美しい、個性的な一冊だと思います。