★注目新刊をご紹介するエントリーは土日を使ってこれまで作成してきました。しかし、週末の二日間の一定時間をどうしても割かなければならない他の複数の用事がいよいよ存在感を増してきました。しばらく注目新刊紹介は、もっとも関心を寄せている1冊のみにコメントし、その他の書目は書誌情報を列記するに留めるようにします。もとより1冊に絞ること自体が難しいし、その他の書目がコメントするに値しないというわけでもまったくありません。こうしなければならないのは、自分の日常の公私にわたる時間配分がそもそもうまくないということに原因があるのかもしれません。注目新刊紹介を止めるという選択肢はないので、しばし選択を模索したいと思っています。
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『著作権は文化を発展させるのか――人権と文化コモンズ』山田奨治著、人文書院、2021年7月、本体3,200円、4-6判上製300頁、ISBN978-4-409-24139-4
★著者の山田奨治(やまだ・しょうじ, 1963-)さんは国際日本文化研究センター(日文研)教授。本書と関連する著書に『コモンズと文化――文化は誰のものか』(東京堂出版、2010年)や『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』(人文書院、2011年)、『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』(人文書院、2016年)などがあります。今回の新刊を著者自身はこう紹介しています。「本書では、著作権を権利者からではなくユーザーの人権の側から眺めて、「文化の発展」のための発想の転換を考える」(15頁)。「300年以上つづいた著作権のパラダイム――権利者による作品の囲い込みが、「文化の発展」にとって障害になりかねない時代を迎えていることを、読者とともに考える」(16頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
★第四章「作品が身体化する」から引きます。「著作物を使うこともまた、知的な労働である。感受する行為・使う行為が、神経活動と言語活動をする身体そのものを変化させる。その作品への感受性が必要となる点で、誰でも使うことができるものではない。それを二次的に使うには、使うための知識と能力が必要になる。著作物を感受すること・使うことは、ユーザーの脳神経に刻まれた情報と言語活動をフル稼働させることである。/これはロックのいう自己の身体による労働そのものである。よってユーザーにも作品の所有権が発生しうる。ロックが念頭においた労働は、額に汗を流すような肉体労働で、無体物を対象にした知的労働のことを考えてはいなかった。しかし、労働概念が非物質的なものにまで広がった今日においても、ロックのスキームはそのまま当てはめることができる。著作物を受容し使うことは、ユーザーが身体を動かす労働なのだ」(104頁)。「ユーザーは自己が触れた文化的所産を所有する」(105頁)。
★続いて第七章「文化コモンズを考える」から。「「文化」とは、人間社会の集団的な現象である。〔…〕「文化」は、「文化的所産」の生産者と流通者が独占できるものではない。生産者に特権的な地位を必ずしも認めるものではなく、「文化」をわかちあう集団こそが主役である」(179頁)。「誰が創ったかわからないものや、コミュニティーで育まれた表現までを、個人や企業のものにしてしまうことが、「文化」の囲い込みである。/そうした囲い込みに対抗して、共的な「文化」を取り戻す動きもある。〔…〕世界の「文化」を眺めると、囲い込みと「共的世界の創造」のふたつがせめぎ合っている」(181~182頁)。「「文化」を独占と収奪の対象にする考えは、見直すべき時代がきている」(183頁)。「アメリカ流のプロ・コピーライトに追随するのではなく、「文化」の創造的活力を生み出すための、異なるモデルを模索する必要がある。〔…〕「文化」は他者の存在があってはじめて意識されるものでもある」(同頁)。「豊かな「文化」を持つ社会を実現するために、「文化」の所有と拡散についてどのようなスタンスが必要なのか。著作権保護を第一とする姿勢とは異なる方向性を模索したい」(同頁)。
★「ひとは影響を受けた作品を身体化し、所有している。作品のユーザーにも人権にもとづく権利があるのではないか。「文化」は集団的なものであり私的所有とは相性が悪いのではないか。そういった考えが本書の底流にある」(あとがき、271頁)。本書の書名はあるいは『著作権は文化の発展を阻害する』などと言い切り型に変えた方があるいは市場の興味や読者の情緒を刺激して、より多く売れるかもしれません。しかしそう単純化はしなかったところに著者と出版社の理性と賢明さを感じます。示唆に富んだ箇所を引用しようとすると上記だけではとうてい足りないのですが、本書は業界人のみならず広く読者にも薦めたい本です。肝心な本には必ずそう書き添えていますが、ビジネスマンだけでなく官僚や政治家にも読んでもらいたいです。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。『反日』はまもなく発売、そのほかの書目は書店店頭発売済です。
『反日――東アジアにおける感情の政治』レオ・チン著、倉橋耕平監訳、趙相宇/永冨真梨/比護遥/輪島裕介訳、人文書院、2021年8月、本体2,700円、4-6判並製276頁、ISBN978-4-409-24137-0
『コロナとオリンピック――日本社会に残る課題』石坂友司著、人文書院、2021年7月、本体1,600円、4-6判並製224頁、ISBN978-4-409-24143-1
『北に渡った言語学者――金壽卿1918-2000』板垣竜太著、人文書院、2021年7月、本体4,500円、4-6判上製370頁、ISBN978-4-409-52087-1
『「命のヴィザ」言説の虚構――リトアニアのユダヤ難民に何があったのか?』菅野賢治著、共和国、2021年8月、本体5,200円、菊変型判並製648頁、ISBN978-4-907986-81-0
『vanitas No. 007 特集:特集=ファッションとジェンダー』蘆田裕史/水野大二郎責任編集、アダチプレス、2021年7月、本体1,800円、四六判変型192頁、ISBN978-4-908251-14-6
『機甲戦――用兵思想と系譜』葛原和三著、作品社、2021年7月、本体3,600円、A5判上製384頁、ISBN978-4-86182-860-7
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『著作権は文化を発展させるのか――人権と文化コモンズ』山田奨治著、人文書院、2021年7月、本体3,200円、4-6判上製300頁、ISBN978-4-409-24139-4
★著者の山田奨治(やまだ・しょうじ, 1963-)さんは国際日本文化研究センター(日文研)教授。本書と関連する著書に『コモンズと文化――文化は誰のものか』(東京堂出版、2010年)や『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』(人文書院、2011年)、『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』(人文書院、2016年)などがあります。今回の新刊を著者自身はこう紹介しています。「本書では、著作権を権利者からではなくユーザーの人権の側から眺めて、「文化の発展」のための発想の転換を考える」(15頁)。「300年以上つづいた著作権のパラダイム――権利者による作品の囲い込みが、「文化の発展」にとって障害になりかねない時代を迎えていることを、読者とともに考える」(16頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
★第四章「作品が身体化する」から引きます。「著作物を使うこともまた、知的な労働である。感受する行為・使う行為が、神経活動と言語活動をする身体そのものを変化させる。その作品への感受性が必要となる点で、誰でも使うことができるものではない。それを二次的に使うには、使うための知識と能力が必要になる。著作物を感受すること・使うことは、ユーザーの脳神経に刻まれた情報と言語活動をフル稼働させることである。/これはロックのいう自己の身体による労働そのものである。よってユーザーにも作品の所有権が発生しうる。ロックが念頭においた労働は、額に汗を流すような肉体労働で、無体物を対象にした知的労働のことを考えてはいなかった。しかし、労働概念が非物質的なものにまで広がった今日においても、ロックのスキームはそのまま当てはめることができる。著作物を受容し使うことは、ユーザーが身体を動かす労働なのだ」(104頁)。「ユーザーは自己が触れた文化的所産を所有する」(105頁)。
★続いて第七章「文化コモンズを考える」から。「「文化」とは、人間社会の集団的な現象である。〔…〕「文化」は、「文化的所産」の生産者と流通者が独占できるものではない。生産者に特権的な地位を必ずしも認めるものではなく、「文化」をわかちあう集団こそが主役である」(179頁)。「誰が創ったかわからないものや、コミュニティーで育まれた表現までを、個人や企業のものにしてしまうことが、「文化」の囲い込みである。/そうした囲い込みに対抗して、共的な「文化」を取り戻す動きもある。〔…〕世界の「文化」を眺めると、囲い込みと「共的世界の創造」のふたつがせめぎ合っている」(181~182頁)。「「文化」を独占と収奪の対象にする考えは、見直すべき時代がきている」(183頁)。「アメリカ流のプロ・コピーライトに追随するのではなく、「文化」の創造的活力を生み出すための、異なるモデルを模索する必要がある。〔…〕「文化」は他者の存在があってはじめて意識されるものでもある」(同頁)。「豊かな「文化」を持つ社会を実現するために、「文化」の所有と拡散についてどのようなスタンスが必要なのか。著作権保護を第一とする姿勢とは異なる方向性を模索したい」(同頁)。
★「ひとは影響を受けた作品を身体化し、所有している。作品のユーザーにも人権にもとづく権利があるのではないか。「文化」は集団的なものであり私的所有とは相性が悪いのではないか。そういった考えが本書の底流にある」(あとがき、271頁)。本書の書名はあるいは『著作権は文化の発展を阻害する』などと言い切り型に変えた方があるいは市場の興味や読者の情緒を刺激して、より多く売れるかもしれません。しかしそう単純化はしなかったところに著者と出版社の理性と賢明さを感じます。示唆に富んだ箇所を引用しようとすると上記だけではとうてい足りないのですが、本書は業界人のみならず広く読者にも薦めたい本です。肝心な本には必ずそう書き添えていますが、ビジネスマンだけでなく官僚や政治家にも読んでもらいたいです。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。『反日』はまもなく発売、そのほかの書目は書店店頭発売済です。
『反日――東アジアにおける感情の政治』レオ・チン著、倉橋耕平監訳、趙相宇/永冨真梨/比護遥/輪島裕介訳、人文書院、2021年8月、本体2,700円、4-6判並製276頁、ISBN978-4-409-24137-0
『コロナとオリンピック――日本社会に残る課題』石坂友司著、人文書院、2021年7月、本体1,600円、4-6判並製224頁、ISBN978-4-409-24143-1
『北に渡った言語学者――金壽卿1918-2000』板垣竜太著、人文書院、2021年7月、本体4,500円、4-6判上製370頁、ISBN978-4-409-52087-1
『「命のヴィザ」言説の虚構――リトアニアのユダヤ難民に何があったのか?』菅野賢治著、共和国、2021年8月、本体5,200円、菊変型判並製648頁、ISBN978-4-907986-81-0
『vanitas No. 007 特集:特集=ファッションとジェンダー』蘆田裕史/水野大二郎責任編集、アダチプレス、2021年7月、本体1,800円、四六判変型192頁、ISBN978-4-908251-14-6
『機甲戦――用兵思想と系譜』葛原和三著、作品社、2021年7月、本体3,600円、A5判上製384頁、ISBN978-4-86182-860-7