★まずは水声社さんの6月新刊から。ラインナップがすごいです。
『セガレン著作集(8)煉瓦と瓦』ヴィクトル・セガレン著、渡辺諒訳、水声社、2021年6月、本体5,500円、A5判並製函入345頁、ISBN978-4-8010-0577-8
『サド全集(七)こぼれ話、物語、笑い話 他』ドナシアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド著、橋本到/太原孝英訳、水声社、2021年6月、本体6,500円、A5判上製函入415頁+別丁図版2頁、ISBN978-4-89176-880-5
『バフチン、生涯を語る』ミハイル・バフチン+ヴィクトル・ドゥヴァーキン著、佐々木寛訳、水声社、2021年6月、本体4,000円、四六判上製447頁+モノクロ別丁32頁、ISBN978-4-8010-0500-6
★『セガレン著作集』全8巻が完結。最終配本は第8巻『煉瓦と瓦』と第2巻『ゴーガンを讃えて/異教の思考』だったのですが、後者を買いそびれたので、後日購入したいと思います。第1回配本は2001年8月の第5巻『ルネ・レイス』。以来20年をかけての完結です。『煉瓦と瓦』は1909年から1910年にかけての中国への旅日記。中国旅行を終えた後には続けて日本にも渡り、長崎、神戸、京都、東京などを廻っています。付録として、1967年版のアンドレ・マッソンによるものを含む各版の序文や、書簡(1909年5月~1909年12月)などが収められています。
★『サド全集』全11巻の第6回配本となる第七巻『こぼれ話、物語、笑い話 他』は、収監中のバスティーユ牢獄で1787~88年に執筆した50篇の中短編小説のうち、『恋の罪』に収録された11篇以外の25篇と、断片的な3篇(「言葉」「あとがき」「テレーヌ侯爵夫人あるいは放蕩の報い」、さらに戯曲「オクスティエルナ伯爵あるいは放蕩の危険」、資料5点などを収録した一巻。初訳多数とのことです。水声社版『サド全集』は美麗な函入本でコレクター心をくすぐります。同全集も『セガレン著作集』と同様の息の長いシリーズで、全11巻のタイトルを以下に列記しておきます。続刊はいずれも既訳のある代表作の新訳となります。
◎水声社版『サド全集』全11巻(続刊の訳者は2018年12月現在のもの)
続刊
01『ソドム百二十日あるいは放蕩学校/閨房哲学』橋本到/中村英俊訳
02『美徳の不運/司祭と臨終男の対話/ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』植田祐次/余語毅憲訳
03『新ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』鷲見洋一訳
04『ジュリエットの物語あるいは悪徳の栄え(上)』真部清孝訳
05『ジュリエットの物語あるいは悪徳の栄え(下)』真部清孝訳
既刊
06『恋の罪、壮烈悲惨物語』私市保彦/橋本到訳、2011年10月
07『こぼれ話、物語、笑い話/オクスティエルナ伯爵あるいは放蕩の危険』橋本到/太原孝英訳、2021年6月
08『アリーヌとヴァルクールあるいは哲学的物語(上)』原好男訳、1998年9月
09『アリーヌとヴァルクールあるいは哲学的物語(下)』原好男訳、1998年9月
10『ガンジュ侯爵夫人』橋本到訳、1995年2月
11『フランス王妃イザベル・ド・バヴィエール秘史/ザクセン大公妃アーデルハイト・フォン・ブラウンシュヴァイク』原好男/中川誠一訳、2014年11月
★『バフチン、生涯を語る』は、これまた水声社の長寿シリーズ『ミハイル・バフチン全著作』(全7巻、既刊4点、1999年より)にはエントリーされなかったものの、「唯一の回想録」(帯表1)だという晩年のインタヴューをまとめた一冊。原著は1996年プログレス社版で、2002年ソグラスィエ社版の本文と原注の記述内容を適宜取り入れているとのことです。インタヴューはバフチンが逝去する2年前の1973年2月から3月にかけて、モスクワ市内の自宅で計6回のべ13時間行なったもの。「ソ連崩壊後にはじめて公刊が可能になった非公式のインタビュー」(帯表4)。実に貴重な肉声の記録です。多数の人名への訳注も親切。
◎水声社版『ミハイル・バフチン全著作』全7巻、新谷敬三郎責任編集
1『行為の行為の哲学によせて/美的活動における作者と主人公/他―― 一九二〇年代前半の哲学・美学関係の著作』伊東一郎/佐々木寛訳、1999年2月
2『フロイト主義/文芸学の形式的方法/他―― 一九二〇年代後半のバフチン・サークルの著作Ⅰ』V・N・ヴォローシノフ著(磯谷孝訳)/P・N・メドヴェージェフ著(佐々木寛訳)、2005年1月
3『マルクス主義と言語の哲学/他―― 一九二〇年代後半のバフチン・サークルの著作Ⅱ』野中進/北岡誠司/斎藤俊雄/佐々木寛訳
4『小説の言葉/他―― 一九三〇年代以降の小説の言葉論・テキスト理論』新谷敬三郎/伊藤一郎/国松夏紀/佐々木寛訳
5『小説における時間と時空間の諸形式/他―― 一九三〇年代以降の小説ジャンル論』伊東一郎/北岡誠司/佐々木寛/杉里直人/塚本善也訳、2001年4月
6『ドストエフスキイ論』新谷敬三郎/伊藤一郎訳
7『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネサンスの民衆文化/他』杉里直人訳、2007年6月
★このほか水声社さんでは同月(2021年6月)に、アラン・バディウ『思考する芸術――非美学への手引き』(坂口周輔訳)も刊行していますが、これも買い逃したので他日を期します。また、「叢書・記号学的実践」の4点……うち3点はジュネット『物語のディスクール』『パランプセスト』『フィクションとディクション』、1点はプロップ『昔話の形態学』と、「叢書・言語の政治」2点……リオタール『ポストモダンの条件』、クラストル『国家に抗する社会』を重版したとのことです。まとめ方がすごいですね。
★次に、まもなく発売となる注目近刊書を列記します。
『サボる哲学――労働の未来から逃散せよ』栗原康著、NHK出版新書、2021年7月、本体930円、新書判288頁、ISBN978-4-14-088658-8
『陸軍将校の教育社会史――立身出世と天皇制(上)』広田照幸著、ちくま学芸文庫、2021年7月、本体1,200円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51053-2
『陸軍将校の教育社会史――立身出世と天皇制(下)』広田照幸著、ちくま学芸文庫、2021年7月、本体1,200円、文庫判352頁、ISBN978-4-480-51054-9
『ヴードゥーの神々――ジャマイカ、ハイチ紀行』ゾラ・ニール・ハーストン著、常田景子訳、ちくま学芸文庫、2021年7月、本体1,600円、文庫判464頁、ISBN978-4-480-51058-7
『アメリカを作った思想――五〇〇年の歴史』ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン著、入江哲朗訳、ちくま学芸文庫、本体1,300円、文庫判384頁、ISBN978-4-480-51064-8
『日本的思考の原型――民俗学の視角』高取正男著、ちくま学芸文庫、2021年7月、本体1,000円、文庫判224頁、ISBN978-4-480-51074-7
★『サボる哲学』は栗原康さんの最新書き下ろし。まだ版元サイトに書誌情報が上がっていないので、最小限のネタバレとして目次と、本書を象徴する印象的な言葉を巻頭巻末から転記しておきます。
はじめに
第1章 笑殺の論理――『鬼滅の刃』とはなにか?
第2章 アナキスト、モノを買う――「いきなり!ステーキ」がいきなり燃えた
第3章 いまこの場を旅して住まう――痕跡のアナキズム
第4章 海賊たちの宇宙技芸――たたかうべきだ、逃げるために
第5章 アンダーコモンズ!――『ランボー、ハリエット』
第6章 やっちゃえ――労働の動員か、それとも生の拡充か
第7章 懐かしい未来の革命を生きろ――アナーキーの自発
第8章 失業者のストライキ――所有じゃねえよ、居住だよ
第9章 未来をサボれ――大杉栄、日本脱出の思想
第10章 機械を破壊し、機械になれ――フリー・フリーダム!
おわりに
★「いつも心に労働廃絶を。これまであたりまえだとおもわされてきた労働の未来から、自分の身体をズラしていくことができるかどうか。おのずと怠けることができるかどうか。そして、それをゆるさないこの社内の権力装置を破壊することができるかどうか」(8頁)。「人生は遊びである、震えである。〔…〕子どもに還れ。〔…〕おのずと踊れ〔…〕アナーキーの自発だ」(280頁)。「いまこのときに全人生がつめこまれる。現在が究極の将来になる」(6頁)。「だいじなのは、いまここで無支配の生をいきることができるかどうか。逆に将来を背負わされ、他人に征服されてきたこの身体を、いまこの場でたたき壊すことができるかどうか。奴隷のように収奪されてきたこのわたしを、わたし自身がうち砕くのだ。無政府は事実だ」(284頁)。
★ちくま学芸文庫の7月新刊は4点5冊。『陸軍将校の教育社会史』は世織書房より1997年に刊行され、サントリー学芸賞を受賞した快著の分冊文庫化。「文庫版のためのまえがき」によれば「ばらつきがあった表現の統一や誤記の修正など、最小限の加筆にとどめることにした」とのこと。解説は日本政治思想史がご専門の、立教大学教授、松田宏一郎さんが寄せておられます。
★『ヴードゥーの神々』は新宿書房より1999年に「ハーストン作品集」の一冊として刊行された単行本の文庫化。訳文が見直されるとともに、原著『Tell My Horse: Voodoo and Life in Haiti and Jamaica』(初版は1938年刊)の1990年版に掲載されていたあとがき――ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアによる「ゾラ・ニール・ハーストン、「黒人の語り口」」と、著者紹介として掲載されていたヴァレリー・ボイドによる「パーティの花形」が新たに訳出されています。今福龍太さんが文庫版解説「いくつものルネサンス」をお書きになっています。ちなみに先行するハーストンの唯一の文庫本『騾馬とひと』(平凡社ライブラリー、1997年)は版元品切で恐ろしい古書価がつきがちのようです。
★『アメリカを作った思想』は文庫オリジナル。『アメリカのニーチェ』(法政大学出版局、2019年)が話題となったアメリカ思想史の専門家である著者が、2019年にオックスフォード大学出版より上梓した『The Ideas That Made America: A Brief History』の全訳。著者の書き下ろしとなる「日本語版への序文」が巻頭に付されています。最初から文庫で読めるというのが素晴らしいですね。目次を掲出しておきます。
日本語版への序文
序論
第1章 諸帝国の世界――コンタクト以前から1740年まで
第2章 アメリカと環大西洋啓蒙――1741年から1800年まで
第3章 リパブリカンからロマンティックへ――1800年から1850年まで
第4章 思想的権威をめぐる諸抗争――1850年から1890年まで
第5章 モダニズムの諸反乱――1890年から1920年まで
第6章 ルーツと根なし草――1920年から1945年まで
第7章 アメリカ精神の開始――1945年から1970年まで
第8章 普遍主義に抗して――1962年から1990年代まで
エピローグ グローバリゼーションの時代のアメリカ再考、あるいは会話の継続
謝辞
訳者あとがき
原註
さらに学ぶためのブックリスト
索引
★『日本的思考の原型』は、講談社現代新書(1975年)、平凡社ライブラリー(1995年)を経ての文庫化。帯文に曰く「民俗学入門の傑作」と。著者は1981年に逝去されており、新たに加えられた解説「「現在学」としての「民俗学」」は宗教学者の阿満利麿さんがお書きになっています。
★最後に、最近出会いがあった新刊を列記します。
『過去への旅 チェス奇譚』シュテファン・ツヴァイク著、杉山有紀子訳、幻戯書房、2021年6月、本体2,400円、四六変形判ソフト上製224頁、ISBN978-4-86488-223-1
『フィールド版 改訂新版 日本の野生植物Ⅰ ソテツ科~コミカンソウ科』大橋広好/門田裕一/邑田仁/米倉浩司/木原浩編、平凡社、2021年6月、B6変判上製函入1364頁、ISBN978-4-582-53538-9
『フィールド版 改訂新版 日本の野生植物Ⅱ ミゾハコベ科~スイカズラ科』大橋広好/門田裕一/邑田仁/米倉浩司/木原浩編、平凡社、2021年6月、本体12,000円、B6変判上製函入1364頁、ISBN978-4-582-53539-6
『いのちの原点「ウマイ」――シベリア狩猟民文化の生命観』荻原眞子著、藤原書店、2021年6月、本体2,600円、四六判上製256頁、ISBN978-4-86578-318-6
『新型コロナ「正しく恐れる」2――問題の本質は何か』西村秀一著、井上亮編、藤原書店、2021年6月、藤原書店、2021年6月、本体1,800円、B6変型判上製256頁、ISBN978-4-86578-316-2
『祈り――上皇后・美智子さまと歌人・五島美代子』濱田美枝子/岩田真治著、藤原書店、2021年6月、本体2,700円、四六判上製408頁+カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-307-0
★特記したいのは『過去への旅 チェス奇譚』です。「ルリユール叢書」第15回配本でシリーズ通算22冊目。同シリーズではツヴァイク『聖伝』が昨夏に刊行されています。今回の新刊では2篇の中編小説を掲載。未完作「過去への旅」(Reise in die Vergangenheit, 1929年)と、妻とともに自死する前に完成したものの刊行は死後であった作品『チェス奇譚』(Schachnovelle, 1942年)です。訳者解説「ツヴァイクの生涯と思想――精神の自由に殉じて」によれば、前者は2008年にフランスで翻訳出版されてベストセラーになったとのこと。『チェス奇譚』の先行訳としては、大久保和郎 訳「チェスの話」(『チェスの話――ツヴァイク短篇選』所収、みすず書房、2011年)や、西義之訳「西洋将棋綺譚」(『イレーネ夫人の秘密 他三篇』所収、角川文庫、1957年)があります。