『ヘーゲル全集 第8巻1 精神現象学 Ⅰ』山口誠一責任編集/訳/注解、知泉書館、2021年5月、本体6,300円、菊判上製460頁、ISBN978-4-86285-337-0
『フロイト、夢について語る』フロイト著、中山元訳、光文社古典新訳文庫、2021年5月、本体1,040円、文庫判336頁、ISBN978-4-334-75443-3
★知泉書館版『ヘーゲル全集』全19巻24冊の第6回配本は、第8巻第1分冊となる『精神現象学』第Ⅰ巻(全2巻)。ヘーゲルの主著のひとつで、原著は1807年刊(参照原典は戦後刊行の4種が凡例に掲出)。「意識がどのようにして日常的意識の「感性的確信」の段階から「絶対知」にまで自己を高めていくのか,人間精神の歴史を描き独自の「体系」を示した」(カバー表4紹介文より)書。西欧哲学史における最重要古典に数え上げられているのは周知の通りです。近年の新訳としては熊野純彦訳『精神現象学』(上下巻、ちくま学芸文庫、2018年)に続くもの。第Ⅰ巻では「序説」「緒論」「意識」を収録。訳者の山口誠一(やまぐち・せいいち, 1953-)さんは、法政大学文学部教授。本書は「半世紀にわたる訳者の『精神現象学』研究の集大成」(同文より)とのことです。
★同全集は「批判的校訂によるアカデミー版の成果を踏まえ,日本語版独自の編集により訳出,解説と詳細な注は新たなヘーゲル研究の基盤と最新のヘーゲル像を提供し,従来の関連作品を一新する待望の本格的全集」(同文より)。縦組ではなく、横組というのもユニークです。哲学の名著とはいえ、個人全集や著作集を刊行すること自体が非常に困難になってきた昨今、新訳全集を刊行されつつある知泉書館さんにはただただ尊敬の念しかありません。
★『フロイト、夢について語る』は、古典新訳文庫での中山さん訳フロイトの第5弾。「夢について」1901年、「証拠としての夢」1913年、「夢に出てくる童話の素材」1913年、「夢とテレパシー」1922年、「夢の理論へのメタ心理学的な補足」1917年、「夢解釈の全体への補足」1925年、の6篇を収録したオリジナル論集。カバー表4の紹介文に曰く「『夢解釈』刊行後も増補・改訂を重ねたフロイトだが、本書は、夢についての考察、理論がどのように生まれ、その後の「メタ心理学」の構想を境に深化し、展開されたかをたどる」。
★中山さんによる長文解説(286~319頁)によれば、「本書第一部〔「夢についての考察」〕に収録した「夢について」「証拠としての夢」「夢に出てくる童話の素材」は、1922年の「夢とテレパシー」〔同じく第一部に収録〕を除いて、メタ心理学以前の時期に属するものであり、『夢解釈』〔1900年〕の第六章までの内容を補足しながら、新たなアイデアを展開したものである。第二部に収録した「夢の理論へのメタ心理学的な補足」と「夢解釈の全体への補足」は、メタ心理学的な考察にあわせて『夢解釈』の第七章を補足し、展開したものである。この第二部の二つの論文は、メタ心理学的な理論構築が開始された後の1914年の第四版で行われた大幅な補筆の背景を示すものとして、読みごたえのあるものとなっている」(288頁)。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『ヒッピーのはじまり』ヘレン・S・ペリー著、阿部大樹訳、作品社、2021年5月、本体2,700円、四六判並製328頁、ISBN978-4-86182-845-4
『現代思想2021年6月号 特集=いまなぜポストモダンか』青土社、2021年5月、本体1,700円、A5判並製278頁、ISBN978-4-7917-1415-5
『マルクスと《価値の目印》という誤謬』井上康/崎山政毅著、社会評論社、2021年5月、本体4,000円、A5判上製400頁、ISBN978-4-7845-1878-4
『レイシズムを考える』清原悠編、共和国、2021年5月、 本体3,000円、菊変型判並製440頁、ISBN978-4-907986-38-4
『ツボちゃんの話――夫・坪内祐三』佐久間文子著、新潮社、2021年5月、本体1,700円、四六判上製199頁、ISBN978-4-10-353981-0
『ゴフスタイン――つつましく美しい絵本の世界』M・B・ゴフスタイン著、柴田こずえ編、平凡社、2021年5月、本体2,600円、A5変型判上製128頁、ISBN978-4-582-83872-5
『草のみずみずしさ――感情と自然の文化史』アラン・コルバン著、小倉孝誠/綾部麻美訳、藤原書店、2021年5月、本体2,700円、四六判上製256頁+カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-315-5
『ゾラの芸術社会学講義――マネと印象派の時代』寺田光徳著、藤原書店、2021年5月、本体5,800円、A5判上製624頁+カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-313-1
★『ヒッピーのはじまり』は、『The Human Be-In』(Basic Books, 1970)の全訳。「はじまりの地で、はじまりの時からフラワー・チルドレンに混じり、観察を続けた女性人類学者による鮮烈な記録」(帯文より)。原書には図版がないそうですが、訳書では「本文にあげられている記事紙面をなるべく採録する方針とした」とのことです。著者のペリー(Helen S. Perry, 1911~2001)は精神科医H・S・サリヴァンの秘書や遺稿整理や雑誌編集に関わり、カナダのコミューン運動にも関わった女性。著書に『サリヴァンの生涯』(全2巻、みすず書房、1985/1988年、品切)があります。
★「1966年10月から67年9月までのほぼ1年間、私はサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区の観察研究をした。合間にする他の仕事は、若者と交わることに比べれば取るに足らないことだった。アレン・ギンズバーグが若き求道者と呼んだこの街の生年および少女たちを知ることは、私を、つまり女性であり人類学者である私を、全く別人にしてしまうほどの衝撃だったからである。おそらく私も「ヒッピー」になったということなのだろう」(プロローグ、2頁)。「街の若者はまさに新しい〈実りの村〉を築こうとしていたのだった。まだ総数は少なく、三万人が住むうちに千人程度だったろうか。しかしそれでも、ひどく目を引いた。異様な装束、和気藹々と路上で交わしている会話、いつも突飛な言動。この街に昔から住んでいる住人も、外からやってきた私のような人間も、この若者たちを無視して済ますことはできなかった」(第一章、10頁)。
★『現代思想2021年6月号 特集=いまなぜポストモダンか』は、「ポストモダンに未知の可能性」(版元紹介文より)を探る特集号。大橋完太郎・千葉雅也・宮﨑裕助の三氏による討議「フラット化する時代に思考する――ポストモダン思想再考」に始まり、22篇のテクストを収録。翻訳は、フレドリック・ジェイムソンへのインタヴューと、リオタール『ポストモダンの条件』出版40周年記念のカンファレンスでのユク・ホイの講演原稿。次号(7月号)の特集は「和算の世界」。
★『マルクスと《価値の目印》という誤謬』は、「『マルクスと商品語』(社会評論社、2017年)で『資本論』研究に新たな1ページをつけくわえた著者たちによる、新たな、そして必読の一冊」(版元紹介文より)。「〔『資本論』〕第一巻の蓄積論における〈目印〉論という誤謬を糺す作業を通じて、「第二部」草稿の核心ともいうべき再生産過程表式論における〈目印〉論的誤謬も指摘し、その誤謬を糺して「再生産過程表式の一般化モデルを作る」(あとがきより、362~363頁)、批判的論考の力作。「本書は前著とひとしく「呼びかけであり、新たな課題に確固として応えるための理論的次元にいたる過渡的な「成果」であり、人間解放のたたかいにもとめられている批判の武器の新たな「素材」たらんと志す一冊」(はしがきより、17頁)。
★『レイシズムを考える』は、研究者21名による、差別問題をめぐる論集。「差別とは何か」「差別を支えるもの」「差別に抗する」の三部構成。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。序に曰く「2014年7月から2015年10月にかけて『図書新聞』にてリレーエッセイ「ヘイトスピーチ・レイシズムを考える」を企画・運営した(隔週で31回連載)。本書はこの連載での論考を大幅に拡充して一冊にまとめることで、読者が「差別」に関する多角的かつ重層的な理解を得ることを目的として編まれたもの」。巻末には「読者のためのブックガイド」が付されています。
★このブックガイドを基に書店さんでブックフェアを試みることは可能かと思いますが、この手のフェアは1ヶ月や1ヶ月程度で終わらせるのではなく、半年以上手を掛けて育て、常設棚への転換を目指す助走とするのが一番です。短期決戦型のフェアもあるでしょうが、学術書では担当者やお客様とともに成長する、長期育成型のフェア企画の開催を強くお勧めします。
★『ツボちゃんの話』は、評論家の坪内祐三(つぼうち・ゆうぞう, 1958-2020)さんの妻、元新聞記者で文筆家の佐久間文子(さくま・あやこ, 1964-)さんによる回想録。帯文に曰く「妻が語る25年間の記憶」と。坪内さんが神保町の東京堂書店でよく買物をしていたことは、版元営業マンの間では有名な話ですが、本書によればやはり書店街をよく歩いていらしたらしく、かの又吉直樹さんに偶然会って声を掛けたのも神保町だったとか。
★『ゴフスタイン』は、米国の絵本作家ゴフスタイン(Marilyn Brooke Goffstein, 1940−2017)の画文集で、日本版オリジナル編集。「絵本作家の魅力を、インタビューや写真、幼少期の記録や絵画等の未発表作品で伝える貴重な一冊」(版元紹介文より)。巻末に詩人の谷川俊太郎さんによる詩篇「「真実の気配」――M・B・ゴフスタインに」が掲載されています。ゴフスタインの言葉をひとつ紹介すると「私の本で伝えたいことのひとつは、自分が信じる何か良いものを作るために力を注ぐ人生の、美しさと誇りなのです」(110頁)。彼女がペンで描くシンプルなイラスト群と印象が異なり、油彩は抽象的ですが、天使の絵(91頁)など不思議な魅力があります。
★『草のみずみずしさ』は、フランスの歴史家コルバン(Alain Corbin, 1936-)による『La Fraîcheur de l'herbe : histoire d'une gamme d'émotions de l'Antiquité à nos jours』(Fayard, 2018)の全訳。「“感性の歴史”の第一人者による、「草」と「人間」の歴史」(帯文より)。2013年に同じくファイヤールから刊行された『La Douceur de l'ombre : l'arbre, source d'émotions, de l'Antiquité à nos jours』(『木陰の快さ――感情の源としての樹木、古代から現代まで』として藤原書店より続刊予定)の姉妹編に位置づけられています。
★「草という自然要素が、人間(あるいは人類)の誕生から、幼年時代、青年時代、壮年期、そして死までの時間的流れに寄り添うかもように、人間の感情や感覚生活と分かち難くつながっていることを、さながら一編の抒情詩のように描いて見せた。/『木陰の快さ』と本書に共通しているのは、作家・哲学者の日記と手紙、文学作品、とりわけ近現代の詩が頻繁に引用されていることだ。〔…〕コルバンの本は、樹木と草地を主題にした文学史的研究に分類されても違和感がないほどだ」(訳者あとがきより)。
★『ゾラの芸術社会学講義』は、「ブルデュー『芸術の規則』などの“芸術社会学”の視座から、初めてゾラの美術批評を観る」(帯文より)大著。同じく藤原書店より刊行のシリーズ「ゾラ・セレクション」第9巻『美術論集』(三浦篤/藤原貞朗訳、2010年)などとともにひもときたい一冊。