『愛するということ』エーリッヒ・フロム著、鈴木晶訳、紀伊國屋書店、2020年8月、本体1,300円、46判上製212頁、ISBN978-4-314-01177-8
『マルクス・ガブリエル 危機の時代を語る』丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班著、NHK出版新書、2020年9月、本体800円、新書判224頁、ISBN978-4-14-088635-9
『名著ではじめる哲学入門』萱野稔人著、NHK出版新書、2020年9月、本体950円、新書判312頁、ISBN978-4-14-088633-5
『《新装版》ひきこもれ――ひとりの時間をもつということ』吉本隆明著、SB新書、2020年9月、本体860円、新書判176頁、ISBN978-4-8156-0458-5
★『愛するということ』は、フロム生誕120年記念の改訳新装版。「30年ぶりに訳文に大幅に手を入れた」(帯文より)とのことです。本書が懸田克躬訳で紀伊國屋書店より初めて刊行されたのが1959年。原著は1956年の『The Art of Loving』です。心理学者フロム(Erich Seligmann Fromm, 1900-1980)の著書のうちもっとも世界各国で読まれた本ではないでしょうか。日本でもその後80年代まで幾度となく版を重ね、1991年に鈴木晶さんによる新訳が刊行されました。新旧あわせ、こんにちまで日本で累計50万部のロングセラーとのことです。詩人の谷川俊太郎さんが推薦文を寄せておられます。「『愛するということ』を、若いころには観念的にしか読んでいなかった。再読してフロムの言葉が大変具体的に胸に響いてくるのに驚いた。読む者の人生経験が深まるにつれて、この本は真価を発揮すると思う」。
★「もし現代の社会経済組織全体が、自分の利益ばかりを追求する個々人から構成されていて、自己中心主義に支配され、利己主義が公平の倫理によってかろうじて抑えられているのだとしたら、既存の社会の枠組みのなかで商売をし、行動をしながら、愛の習練を積むことなど、はたしてできるのだろうか。愛の習練を積むためには、世俗的な欲求をすべて断念し、もっとも貧しい人びとと生活をともにしなければならないのではないだろうか。この問いは、キリスト教の修道士や、トルストイ、アルベルト・シュヴァイツァー、シモーヌ・ヴェイユらによって根本的な形で提起され、回答を与えられてきた」(194頁)。
★「現代社会は、企業の経営陣と職業的政治家によって運営されており、人びとは大衆操作によって操られている。人びとの目的は、もっと多く生産し、もっと多く消費することだ。それが生きる目的になっている。すべての活動は経済上の目標に奉仕し、手段が目的と化している。いまや人間はロボットである。おいしい物を食べ、しゃれた服を着てはいるが、自分のなかにあるきわめて人間的な資質や社会的役割にたいする究極的な関心をもっていない。/人を愛せるようになるためには、人間はその最高の位置に立たなければならない。経済という機構に奉仕するのではなく、経済機構が人間に奉仕しなければならない。たんに利益を分配するだけでなく、経験や仕事も分配できるようにならなければいけない。人を愛するという社交的な本性と、社会生活とが、分離するのではなく一体化するような、そんな社会をつくりあげなくてはならない」(197頁)。
★愛することは、憎しみと嫉妬と悪意と冷酷さに満ちて細かく分断され断片化したこんにちの社会では、ますます利己的範疇に押しとどめられ、困難になっているようです。しかし、異なる者同士が互いに斬り捨てることなく共に生きていくほかないのが、社会の本当の現実ではないでしょうか。他者なしに誰が生き残れるでしょうか。フロムの『愛するということ』は、比較的に多くの書店さんに配本されているので、今なら店頭で購入しやすいです。ぜひ多くの方が手に取って下さればと念じます。
★『マルクス・ガブリエル 危機の時代を語る』は、NHK-ETVで今春放送された全5回の特番「欲望の時代の哲学2020 NY思索ドキュメント」の書籍化。ガブリエルさんのインタヴュー「コロナ嬉々と新自由主義の終焉」に始まり、ガブリエルさんと5人の知性の対談を収録しています。対談相手はカート・アンダーセン(訳書『ファンタジーランド』東洋経済新報社)、クリスチャン・マスビアウ(訳書『センスメイキング』プレジデント社)、デイヴィッド・チャーマーズ(訳書『意識する心』白揚社)、ダニエル・ケールマン(訳書『世界の測量』三修社)、張旭東(チャン・スートン、ニューヨーク大学教授)、の5氏。ガブリエルさんはさいきん東大の中島隆博さんとの共著『全体主義の克服』(集英社新書、2020年8月)を上梓したばかり。活躍の場はまだまだ広がりそうです。
★『名著ではじめる哲学入門』は、近年テレビメディアでの露出も多い哲学者の萱野稔人(かやの・としひと:1970-)さんが、哲学、人間、自己と他者、道徳、存在、政治、国家、ナショナリズム、暴力、権力、正義、刑罰、自由と平和、資本主義、歴史、といった15の主題をめぐり、アリストテレスからスピノザ、ドゥルーズ/ガタリまで、西洋哲学の古今の名著38点を援用しつつ講じた入門書です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。サイゾーから刊行された既刊2点、『哲学はなぜ役に立つのか? 』(2015年8月)や『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(2018年4月)などに続く、古典を通じての人文知へのいざないです。
★『《新装版》ひきこもれ』は2002年に大和書房より単行本が刊行され、2006年にだいわ文庫で文庫化された、吉本隆明さんの『ひきこもれ』の新装版。巻頭には齋藤孝さんの解説「分断されないひとまとまりの時間をもて」が新たに加えられ、ヨシタケシンスケさんのイラストが添えらえています。齋藤さんはこう書きます。「まとまった時間と対極にあるのが、SNSによって「分」ごと、「秒」ごとに細かく「分断された時間」です。この本はSNSが登場する以前に出版されたものですが、インターネットのコミュニケーションによって自分の時間をバラバラにされるな、まとまった時間をとれ、もっと自分を耕せ、と私たちに警告しているように思えます」(6頁)。吉本さんの語り下ろしの本の中でももっとも読みやすく、また、今こそ読まれるべき〈常識外〉の良書ではないでしょうか。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『荷を引く獣たち――—動物の解放と障害者の解放』スナウラ・テイラー著、今津有梨訳、洛北出版、2020年9月、本体2,800円、46判並製444頁、ISBN978-4-903127-30-9
『アレ Vol.8:日常/非日常から〈日常〉へ』アレ★Club、2020年9月、本体1,500円、A5判並製220頁、ISDN278-4-572741-08-7
『アウグストゥス』ジョン・ウィリアムズ著、布施由紀子訳、作品社、2020年9月、本体2,600円、46判上製406頁、ISBN978-4-86182-820-1
★『荷を引く獣たち』は『Beasts of Burden: Animal and Disability Liberation』(The New Press, 2017)の全訳。著者のスナウラ・テイラー(Sunaura "Sunny" Taylor, 1982-)さんは米国の画家であり作家、アクティヴィスト。現在のところ唯一の単独著である本書は2018年のアメリカン・ブック・アワードを受賞している話題作です。食肉加工されるために劣悪な状態のまま輸送される大量の鶏を子供の頃から見てきた著者は考えます。「どうやって動物はモノになるのか? どうやってわたしたちは、このモノ化を正常なことだと考えるように教え込まれるのか?」(16頁)。
★「目を凝らせば凝らすほど、障害化された身体(disabled body)は、動物を利用した産業のいたるところに存在するということに、そして動物の身体は、こんにちのアメリカにおける障害をもった心身の抑圧のされ方と、不可分の関係にあるということに、気づかずにはいられないのである。ある考えが閃いた――もし動物と障害の抑圧がもつれあっているのならば、解放への道のりもまた、結びついているのではないか?」(17頁)。レベッカ・ソルニット(訳書『災害ユートピア』ほか)や、キャロル・J・アダムズ(訳書『肉食という性の政治学――フェミニズム-ベジタリアニズム批評』鶴田静訳、新宿書房、1994年)などから、本書に賛辞が送られています。
★『アレ』第2期(第5~8号)の締め括りだという第8号の特集は、「日常/非日常から〈日常〉へ」。2本のインタヴュー、社会学者の酒井隆史さん「「面白い」時代へ――都市と日常のダイナミズム」と、脳生理学者の北澤茂さん「先生、「時間」って何ですか?――「こころの時間額」から「時間生成学」へ」を柱に、論考3本、エッセイ4本、コラムと創作各1本で構成され、同誌最大の頁数となったとのことです。「ジャンル不定カルチャー」誌を標榜する『アレ』誌はどの商業誌とも似ていません。「「ワークして〔働いて〕、メシを食って、休むという、私たちの日常」について改めて考えること」(編集後記「日は常に、また昇る」より)へのこだわりが光る第2期でした。
★『アウグストゥス』は、『Augustus』(Vintage/Viking Press, 1972)の全訳。米国の作家ジョン・ウィリアムズ(John Edward Williams, 1922-1994)の最後の小説で、73年に全米図書賞(National Book Award)を受賞しています。初代ローマ皇帝のアウグストゥスの生涯を三部構成で描いたもの。第一部では帝国の基礎を築いた時期を、第二部では家族をめぐるドラマを、それぞれ史的資料をもとに描き、第三部では晩年の独白をウィリアムズ自身の想像力と筆致で記します。1965年の小説第3作『ストーナー』(東江一紀訳、作品社、2014年)で近年日本でも再評価された作家の、代表作の初訳です。