『思弁的実在論入門』グレアム・ハーマン著、上尾真道/森元斎訳、人文書院、2020年7月、本体2,500円、4-6判並製300頁、ISBN978-4-409-03109-4
『イタリア料理大全――厨房の学とよい食の術』ペッレグリーノ・アルトゥージ著、工藤裕子監訳、中山エツコ/柱本元彦/中村浩子訳、平凡社、2020年7月、本体8,800円、A5判上製720頁、ISBN978-4-582-63222-4
『ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌』川端康雄著、岩波新書、2020年7月、本体880円、新書判並製286頁、ISBN978-4-00-431837-8
『人工知能のための哲学塾 未来社会篇――響きあう社会、他者、自己』三宅陽一郎/大山匠著、BNN新社、2020年7月、本体2,600円、A5判並製452頁、ISBN978-4-8025-1185-8
『戦後日本、記憶の力学――「継承という断絶」と無難さの政治学』福間良明著、作品社、2020年7月、本体2,700円、四六判上製344頁、ISBN978-4-86182-814-0
『朝露の主たち』ジャック・ルーマン著、松井裕史訳、作品社、2020年7月、本体2,600円、46判上製269頁、ISBN978-4-86182-817-1
★『思弁的実在論入門』はまもなく発売。『Speculative Realism: An Introduction』(Polity, 2018)の訳書。米国の哲学者グレアム・ハーマン(Graham Harman, 1968-)による著書『四方対象――オブジェクト指向存在論入門』(岡嶋隆佑ほか訳、人文書院、2017年;原著『The Quadruple Object』2011年)、『非唯物論――オブジェクトと社会理論』(上野俊哉訳、河出書房新社、2019年;原著『Immaterialism: Objects and Social Theory』2016年)に続く、3つめの訳書です。
★訳者あとがきに曰く、本書は「この〔思弁的実在論の〕潮流の原点と言うべき2007年4月27日のゴールドスミス・ワークショプを振り返った上で、そこに集った彼〔ハーマン〕を含む4名の哲学者の基本的着想を、主著および最近の思想的発展に基づいてつぶさに解説したもの」。4名というのは、レイ・ブラシエ(第一章「プロメテウス主義」)、イアン・ハミルトン・グラント(第二章「生気論的観念論」)、グレアム・ハーマン(第三章「対象志向存在論」)、カンタン・メイヤスー(第四章「思弁的唯物論」)のこと。ハーマンは巻頭の「はじめに」でこう書いています。「私はメイヤスーとOOO〔対象思考存在論〕とが対極に位置し、またブラシエとグラントが対極に位置すると主張したい」(16頁)。
★またこうも書いています。「思弁的実在論なんてものが本当にあるのか。あるとしたら、それは何か新しいものなのだろうか。この問いの一方ないし両方に対して、多くの批判者が「いいえ」と答えようとしてきた。しかし私の見立てでは、答えは、はっきり両方ともに「はい」である。実在論から出発しよう。この言葉は人によってさまざまなことを意味するが、哲学でふつうに言われる意味は比較的はっきりしている。つまり実在論者とは、人間の心とは独立した世界が在ることに賭ける人々だ。実在論を否定する簡単なやり方は、その反対の立場つまり観念論を採用することである。観念論にとって、実在は心と独立ではない。〔…たとえば〕バークリにとって「存在することとは知覚されること」である」(11頁)。
★「私の見るところ、ゴールドスミス・ワークショプで公けになった4つの立場は、依然、今日の哲学的地勢に見出されるもっとも興味深い方向性のうちの4つである。しかしどんな哲学も、別のものに反駁されたり、さらに先へ進むものが出てきたりするまでは、本当のところで理解されてはいない。私は特に、この本を読むもっと若い世代の読者に向けて挑戦状を送りたい。これら思弁的実在論の異なる4派の要点をまず自分のものにしたうえで、いつかさらに先へ進んで欲しいと思う」(273頁)。
★思弁的実在論はメイヤスー『有限性の後で』(千葉雅也ほか訳、人文書院、2016年)のヒット以後、関連書がじわじわと増えています。すでに哲学書売場でコーナーを作っている書店さんも多いかと思います。思弁的実在論をめぐる概説書としてはすでに、スティーヴン・シャヴィロ『モノたちの宇宙――思弁的実在論とは何か』(上野俊哉訳、河出書房新社、2016年;原著『The Universe of Things: On Speculative Realism』2014年)が4年前に出ており、メイヤスー、ハーマン、ブラシエらが紹介されていました。また先月も文理閣より、河野勝彦『実在論の新展開』が刊行されており、メイヤスーやハーマンのほか、ロイ・バスカー、マウリツィオ・フェラーリス、マルクス・ガブリエル、などが俎上に載せられています。
★ガブリエルは日本でもベストセラーとなっているので、思弁的実在論のコーナーがなくても彼の本を置いておられる本屋さんは多いかと思います。ぜひこの機会にガブリエルからさらに関連書を拡張し、思弁的実在論をまとめてみることをお薦めします。未訳のブラシエやグラントの訳書もいずれ出版されることと思います。
★『イタリア料理大全』はイタリアの実業家で作家のペッレグリーノ・アルトゥージ(Pellegrino Artusi, 1820-1911)が1891年に刊行し、死去するまでの20年間にわたり第15版まで増補改訂を繰り返した名著『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』の初訳。編集担当は去る2月に逝去した松井純氏。底本は1911年の第15版ですが、日本語版への序文として、カーザ・アルトゥージ財団学術顧問の料理史家アルベルト・カパッティ、同財団理事長のライラ・テントーニの2氏がそれぞれ「日本語版への序文」を寄せています。監訳者あとがきによれば、本書は「イタリアの出版史上、記録的ロングセラーのひとつ」で、「イタリアの家庭には必ず1冊はあると言われ、また、イタリア移民とともにアメリカ大陸にも持ち込まれ、広がった」もの。790ものレシピが収録されています。2020年はアルトゥージ生誕200年とのこと。
★『ジョージ・オーウェル』はカバーソデ紹介文に曰く「ポスト真実の時代に再評価が進む『一九八四年』などの代表作をはじめ、少年時代から晩年までの生涯と作品をたどり、その思想の根源をさぐる」もの。さらにあとがきの文言を借りると「生身のオーウェルに力点を置き、〔…〕彼の生涯の軌跡と著作全般を突き合わせて、彼がなにに怒り、喜び、またなにを守ろうとしたか、そしてその行動原理、思想がいかなるものであったかを立体的に浮かび上がらせる」試みです。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。著者の川端康雄(かわばた・やすお:1955-)さんは日本女子大学文学部教授でご専門は近現代の英国文化、英文学。川端さんによるオーウェルの訳書には『動物農場――おとぎばなし』(岩波文庫、2009年)や『オーウェル評論集』(全4巻、編共訳、平凡社ライブラリー、1995年;新装版2009年)があります。ちなみに2020年はオーウェルの没後70年です。
★『人工知能のための哲学塾 未来社会篇』は、2016年『人工知能のための哲学塾』〔西洋哲学篇〕、2018年『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』に続く第3弾。これまではゲームAI開発者の三宅陽一郎さんの単独著でしたが、今回の「未来社会篇」は立教大学兼任講師で哲学研究者の大山匠(おおやま・たくみ:1990-)さんとの共著となっています。2018年8月から2019年5月にかけて行われた全6回のセミナーの講演部分を大幅加筆して1冊にまとめたもの。三宅さんの巻頭言によれば本書は「「人工知能を社会の中で形成する」ことを探求する書物」とのこと。第一部「視点〈人工知能から哲学へ〉――哲学を足場に人工知能を築く」が三宅さんのパートで、第二部「視点〈哲学から人工知能へ〉――人工知能を哲学から思考する」が大山さんのパートです。目次詳細や本書の一部立ち読みは書名のリンク先でご覧いただけます。「哲学とは自分で考え、自分で行動することです。しかし、新しく考え、新しく行動するためには、新しい哲学が必要です。本書がその手助けとなれば幸いです」(50頁)。
★『戦後日本、記憶の力学』はプロローグに曰く「おもに2015年以降に雑誌・論集等に発表した個別論文を集め、主として戦後中期から現代にかけての〔戦争の記憶をめぐる〕「継承という断絶」の諸相を描」くもの。「「継承」の営みや欲望のなかで、いかなる「忘却」が生み出されてきたのか」、「いかなる論点が見失われていったのか」「それを生み出した社会的なメカニズムは何なのか」を、「空間の力学――「記憶の場」の構築と齟齬」「文化の力学――ポピュラー文化と死者の情念」「社会の力学――「無難さ」の前景化と現代」の3部構成で検討しています。著者の福間良明(ふくま・よしあき:1969-)さんは立命館大学産業社会学部教授で、ご専門は歴史社会学、メディア史。3年前の著書『「働く青年」と教養の戦後史――「人生雑誌」と読者のゆくえ』(筑摩選書、2017年)でサントリー学芸賞を受賞されています。
★『朝露の主たち』は訳者あとがきに曰く「ハイチ文学の父」ジャック・ルーマン(Jacques Roumain, 1907-1944)の最晩年作にして代表作である『Gouverneurs de la rosée』(1944年)の訳書。出稼ぎから帰国した主人公が村の水不足と不和に対峙する顛末を描いた本書は、シャモワゾー/コンフィアンの『クレオールとは何か』(西谷修訳、平凡社、1995年;平凡社ライブラリー、2004年)で「ハイチだけでなくアンティル諸島全体で、1950年代に成人した世代によってバイブルのような作品」と評されているとのこと。ルーマンの単独著の訳書は本書が初めて。今春刊行された『世界の文学、文学の世界』(松籟社、2020年3月、100~107頁)では、「上着」という作品が中村隆之さんの翻訳で収録されています。