★最近では以下の新刊との出会いがありました。
『感情の歴史 Ⅰ――古代から啓蒙の時代まで』アラン・コルバン/ジャン=ジャック・クルティーヌ/ジョルジュ・ヴィガレロ監修、ジョルジュ・ヴィガレロ編、片木智年監訳、藤原書店、2020年4月、本体8,800円、A5判上製760頁、ISBN978-4-86578-270-7
『全著作〈森繁久彌コレクション〉4 愛――人生訓』森繁久彌著、佐々木愛解説、藤原書店、2020年4月、本体2,800円、四六判上製360頁、ISBN978-4-86578-268-4
『生きる――17歳の生命誌 中村桂子コレクション いのち愛づる生命誌 第6巻』中村桂子著、伊東豊雄解説、藤原書店、2020年4月、本体2,800円、四六変上製360頁+口絵2頁、ISBN978-4-86578-269-1
『日本の「原風景」を読む――危機の時代に』原剛著、佐藤充男写真、藤原書店、2020年4月、本体2,700円、四六判並製328頁+カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-264-6
★藤原書店さんの4月新刊は4点。概要や目次詳細はそれぞれの書名のリンク先でご確認いただけます。特に注目したいのは『感情の歴史』全3巻の刊行開始。第1巻「古代から啓蒙の時代まで」は『Histoire des émotions, vol. 1 : De l'Antiquité aux Lumières』(Seuil, 2016)の訳書。「古代」「中世」「近代」の3部構成で24本の論考を収録し、巻頭に「総序」が置かれています。帯文に曰く「心性史を継承するアナール派の到達点!」と。藤原書店さんで刊行されてきた、コルバン/クルティーヌ/ヴィガレロ監修による『身体の歴史』(全3巻、2010年)と『男らしさの歴史』(全3巻、2016~2017年)に続く、「シリーズ〈歴史の時空〉三部作完結編」とのことです。
★「感情 émotions」という語が16世紀に初めて使用され〔…〕内面空間の増大と複雑化が、感情の歴史によって明らかにされる。たとえば感情、感傷、情念、さらには倒錯、狂気へと深みを段階的に増しながら、絶えず多様になっていく混乱を把握すること。人生の幼年期から、内的均衡を予期せぬかたちで破るさまざまな偶発症状――たとえば19世紀末に示唆された「トラウマ」という豊かな主題――まで、混乱の痕跡を段階的に示す思いがけない影響を考察すること。そして20世紀に入ると、感情システムそのものが根本的に移動したことが不可避的に確認される」(総序、24~25頁)。
★「感情の歴史はこうして、西洋人の意識における心的空間のゆるやかな構築をめぐる歴史に接合される。感情の歴史は内面性の果てしない変化を示す。〔…〕当事者たちが感じていることにできるかぎり果断に接近し、彼らが「内面的に」みずからの世界をどのように生きているか、そして彼らがどのようにその世界の反映になっているかを明らかにしなければならない」(25頁)。
★さらに次の新刊との出会いもありました。
『1964年の東京パラリンピック――すべての原点となった大会』佐藤次郎著、紀伊國屋書店、2020年5月、本体1,800円、46判並製240頁、ISBN978-4-314-01172-3
『ドイツ軍攻防史――マルヌ会戦から第三帝国の崩壊まで』大木毅著、作品社、2020年4月、本体2,700円、46判上製336頁、ISBN978-4-86182-807-2
『美術手帖 2020年6月号 特集:新しいエコロジー 危機の時代を生きる、環境観のパラダイムシフト』美術手帖編集部編、美術出版社、2020年5月、本体1,600円、A5判並製220頁、雑誌コード07611-06
★『1964年の東京パラリンピック』は「日本の障碍者福祉・医療・スポーツに多大な貢献をした中村裕医師と、1964年の国際身体障害者スポーツ大会(のちに第2回パラリンピックとして認定)に出場した選手や関係者、そして、戦後の障碍者を取り巻く社会を描いたノンフィクション」(版元プレスリリースより)。日本パラ陸上競技連盟会長の増田明美さんが推薦文を寄せておられます。曰く「日本が共生社会への第一歩を踏み出した瞬間」と。
★『ドイツ軍攻防史』は、「新書大賞『独ソ戦』の著者、最新作」(帯文より)。マルヌ海戦、ダンケルク撤退、独ソ激突のほか、数々の激戦を明解に分析とのこと。「鋼鉄の嵐 第一次世界大戦とドイツ軍」「稲妻はいかにして鍛えられたか 両大戦間期から第二次世界大戦まで」「拡散する嵐 ソ連侵攻」「薄暮の狼たち ドイツ国防軍の終焉」の全4章構成。補章としてドイツ軍事史基本文献案内が付されています。
★『美術手帖 2020年6月号 特集:新しいエコロジー』では、ブリュノ・ラトゥールによる論考「地球に降り立つことへの7つの反対理由――『クリティカル・ゾーン:地球に降り立つことの科学と政治学』序論」と訳者の鈴木葉二さんによる付記「扉を開け続けること」に注目したいです。ドイツのZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター)で今年開催予定の展覧会「クリティカル・ゾーン:地球的政治学のための観測所」のカタログとして刊行される予定の『クリティカル・ゾーン:地球に降り立つことの科学と政治学』に寄せられる序論の第二草稿とのこと。
★ラトゥールはこう書いています。「科学と政治をきれいに分けておけるのは平和なときだけであって、地球の動きが加速しているのに人類の反応が鈍っているいまは違う。最初の「科学革命」のときと同様に、いまはたんに科学的事実を言明しただけで、どうしてもそのすべてが警鐘、行動の呼びかけ、政治的声明、誰かの信条への耐え難い干渉となってしまう状況なのだ。気候科学否認派がどれほどあちこちに現れていることか。社会の権力構造が現状を保てないほど、宇宙の秩序が揺さぶられているということである。本書では、こうした科学と政治学の結び目をできるだけ包み隠さずあらわにし、新たな着地点から逃れられるという幻想を払拭しよう」(122頁)。
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★複数冊注文(いわゆる「マルチ」。1点のみの注文は「シングル」)から5日後にネット書店側の手違いでキャンセルされ、渋々その5日後に再注文(再度複数冊発注)をし、ようやくその14日後に届いた書籍たちを列記しておきます。急いでいないとはいえ、コロナ影響下での本のネット注文は、なかなか厳しい状況が続きそうです。
『全体性と無限』エマニュエル・レヴィナス著、藤岡俊博訳、講談社学術文庫、2020年4月、本体1,880円、592頁、ISBN978-4-06-519344-0
『レイシズム』ルース・ベネディクト著、阿部大樹訳、講談社学術文庫、2020年4月、本体920円、224頁、ISBN978-4-06-519387-7
『ペルシア人の手紙』シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー著、田口卓臣訳、講談社学術文庫、2020年4月、本体1,880円、592頁、ISBN978-4-06-519341-9
『国富論(上)』アダム・スミス著、高哲男訳、講談社学術文庫、2020年4月、本体2,110円、736頁、ISBN978-4-06-519094-4
『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』カール・マルクス著、丘沢静也訳、講談社学術文庫、2020年4月、本体840円、192頁、ISBN978-4-06-519346-4
『稲垣足穂詩文集』稲垣足穂著、講談社文芸文庫、2020年3月、本体2,200円、352頁、ISBN978-4-06-519277-1
『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガセット著、佐々木孝訳、岩波文庫、2020年4月、本体1,070円、428頁、ISBN978-4-00-342311-0
『ロールズ政治哲学史講義 I』ジョン・ロールズ著、サミュエル・フリーマン編、齋藤純一/佐藤正志/山岡龍一/谷澤正嗣/高山裕二/小田川大典訳、岩波現代文庫、2020年4月、本体1,880円、542頁、ISBN978-4-00-600420-0
『ロールズ政治哲学史講義 II』ジョン・ロールズ著、サミュエル・フリーマン編、齋藤純一/佐藤正志/山岡龍一/谷澤正嗣/高山裕二/小田川大典訳、岩波現代文庫、2020年4月、本体1,820円、502頁、ISBN978-4-00-600421-7
『すべては消えゆく――マンディアルグ最後の傑作集』マンディアルグ著、中条省平訳、光文社古典新訳文庫、2020年4月、本体980円、312頁、ISBN978-4-334-75422-8
『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ:自由と闘争のパラドックスを越えて』丸山俊一/NHK「欲望の時代の哲学」制作班著、NHK出版新書、2020年4月、本体800円、224頁、ISBN978-4-14-088620-5
『嘘と孤独とテクノロジー ―― 知の巨人に聞く』エドワード・O・ウィルソン/ティモシー・スナイダー/ダニエル・デネット/スティーブン・ピンカー/ノーム・チョムスキー/吉成真由美著、インターナショナル新書、2020年4月、本体940円、304頁、ISBN978-4-7976-8051-5
『人類学とは何か』ティム・インゴルド著、奥野克巳/宮崎幸子訳、亜紀書房、2020年3月、本体1,800円、四六判並製180頁、ISBN978-4-7505-1595-3
★都下23区内に住んでいても上記のすべての書目が置いてある書店は近隣にはなく、30分から小一時間をかけてターミナル駅の大書店に出向く必要があります。文庫や新書ですらそういった具合ですから、いわんや単行本の専門書となれば購入前に現物を確認するのは困難になります。なおかつコロナの影響により臨時休業や時短営業を余儀なくされている大型店が多い。本を買いにくい状況がこの先どれくらい続くでしょうか。
★店頭にない本は存在しないわけではありません。目の前にない本が実際は「ある」。紙媒体の世界はネットの情報網とは別の仕方で広大な王国です。それが実世界に接続されている環境がいかにか細く見えるとしても確かにそれらは実在します。そうしたことを理解するためには、データベースやネット書店や電子書籍だけがあればいいのではない。大書店ないし専門書を扱うことに特化した書店があって欲しいと思います。未知との遭遇を果たせる場所、他なるものたちとの出会いの場所として。
★さて、上段に掲げた既刊書の数々ですが、まず講談社学術文庫の新訳ラッシュには目をみはるものがあります。文芸文庫で足穂単独の著書が出るのが初めてだったり、岩波文庫にオルテガが入るのが今回が最初だったりというのは、意外な驚きです。また、岩波現代文庫のここ最近の、他社に先駆けてのロールズの文庫化は好感が持てます。マンディアルグはそのカルト的な人気の割には(人気のせいでというべきか)なかなか文庫化されない作家です。今回の新刊は96年に白水社から刊行された『すべては消えゆく』を大幅加筆訂正し、新たに「クラッシュフー」(« Crachefeu »、1983年『薔薇の葬儀』より )、「催眠術師」(« L'Hypnotiseur »、1976年『刃の下』より)の2編の訳を加えて文庫化したもの。
★『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ』と『嘘と孤独とテクノロジー』はそれぞれ第一線の知識人の最新インタヴューを堪能できます。インゴルド『人類学とは何か』(原著『Anthropology』Polity Press, 2018)は人類学にとってという以上に、人文学や社会科学全般にとっても重要な鍵となる小著です。第一章「他者を真剣に受け取ること」から印象的な部分を以下に引きます。
★「人間の生とは社会的なものである。それは、どのように生きるのかを理解することについての、けっして終わることのない、集合的なプロセスなのである。それゆえ、どのような生き方も、生きていく中でつくり上げるものなのだということになる。道が、まだ見ぬゴールにどうやってたどり着くかの答えではないように、生き方は、生についての問題に対する答えなのではない。そうではなく、人間の生とは、その問題に対する一つのアプローチなのである」(6~7頁)。「背景や暮らしや環境や住む場所がどのようなものであるかを問わず、世界中に住まうすべての人の知恵と経験を、どのように生きるのかという〔…〕問いに注ぎ込む」(7頁)のが人類学である、とインゴルドは言います。「私の定義では、人類学とは、世界に入っていき、人々とともにする哲学である。/人類史において、この種の哲学が今ほど必要とされたことはなかった」(9頁)。
★誤解を恐れずに言えば、私は書店はこうした人類学の営為そのものにコミットできる場でありうると思っています。動的で実践的な「読み書き」と「共有」の場としての書店。
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