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注目新刊:カーター『SS先史遺産研究所アーネンエルベ』ヒカルランド、ほか

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『SS先史遺産研究所アーネンエルベ――ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術』ミヒャエル・H・カーター著、森貴史監訳、北原博/溝井裕一/横道誠/舩津景子/福永耕人訳、ヒカルランド、2020年2月、本体9,900円、四六判ハード、ISBN9784864718271
『世界史の針が巻き戻るとき――「新しい実在論」は世界をどう見ているか』マルクス・ガブリエル著、大野和基訳、PHP新書、2020年2月、本体960円、232頁、ISBN978-4-569-84594-4
『共産党宣言』マルクス/エンゲルス著、森田成也訳、光文社古典新訳文庫、2020年2月、本体1,040円、ISBN:75420-4
『今昔物語集 震旦篇 全現代語訳』国東文麿訳、講談社学術文庫、2020年2月、本体1,850円、576頁、ISBN978-4-06-518693-0
『柳田國男民主主義論集』柳田國男著、大塚英志編、平凡社ライブラリー、2020年2月、本体1,600円、B6変判並製376頁、ISBN9784582768855



★『SS先史遺産研究所アーネンエルベ』は『Das "Ahnenerbe" der SS 1935-1945. Ein Beitrag zur Kulturpolitik des Dritten Reiches』(4. Aufl., Oldenbourg, 2006)の「著作本文のほぼ全訳」(凡例)。初版は1974年刊ですが長く読み継がれている古典的文献です。まさかヒカルランドさんから学術書版元De Gruyter Oldenbourgの研究書が出るとは夢にも思いませんでしたが、森貴史さんによる監訳者あとがきによれば「翻訳書はヒカルランド最初の専門学術書の翻訳だそうである」とのこと。編集ご担当は小澤祥子さん。森さん曰く「原著にはいっさいない図版の蒐集や難解な組織図の見やすいアレンジはすべて、彼女の孤軍奮闘のおかげ」。凡例にある「ほぼ全訳」というのは、注や参考文献にドイツ語が残っているためそう書かれてあるのだと思われます。こうしたことは学術専門書では通例の範囲内であり、全訳と言い切って問題ないと思われます。カバーソデ紹介文に曰く、アーネンエルベとは「1935年、ナチス親衛隊(SS)全国指導者ハインリヒ・ヒムラーの主導により、ドイツ先史時代の精神史研究を目的として設立された知られざる研究機関。当初はゲルマン民族の歴史・民俗を主な対象としていたが、次第にオカルティックな研究を含め、ユダヤ人を使った人体実験や気象学、化学、軍事研究などの分野にも拡大し、大学への介入も強めながら、ドイツ支配地域に多数の支部を有する巨大機関に発展。1945年のナチス・ドイツ崩壊に至るまで、親衛隊のアーリア=大ゲルマン帝国構想の推進においてきわめて重要な役割を果たした」。目次詳細と本書冒頭は書名のリンク先のPDFで立ち読みすることができます。著者のカーター(Michael Hans Kater, 1937-)はドイツ出身でカナダで教鞭を執ってきた歴史家。トロントのヨーク大学名誉教授。既訳書に『第三帝国と音楽家たち――歪められた音楽』(明石政紀訳、アルファベータ、2003年;著者名表記は英語式に「マイケル・H・ケイター」)があります。



★2月の新書や文庫新刊から注目書を4点。『世界史の針が巻き戻るとき』は大野和基さんと編集部の大岩央さんによるガブリエル氏への独占ロングインタヴューを全7章+補講にまとめたもの。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。まだガブリエルを読んだことがないという読者には内容的にも値段的にも本書をまずお薦めするのが最適だと思います。第2章「なぜ今、新しい実在論なのか」の末尾では、スティーヴン・ピンカー『21世紀の啓蒙――理性、科学、ヒューマニズム、進歩』(上下巻、草思社、2019年12月)への痛烈な批判が述べられていて、印象的です。曰く「モダニティは人類の自滅を引き起こすのです。近代科学ほど人を殺したものはありません」(62頁)。ピンカーとガブリエルの年齢差は26歳。若い世代はガブリエル氏の議論をより切実に感じるのではないかと創造します。


★『共産党宣言』は近年も幾度となく新訳されてきましたが、今回の森田訳では100通超の関連する手紙を抜粋収録しているのがミソ。『今昔物語集 震旦篇 全現代語訳』は、本朝世俗篇上下巻、天竺編に続く4点目。巻末特記に曰く、1983年から84年に刊行された講談社学術文庫版『今昔物語集』第6巻から第9巻までの中から抜粋し再編集したもの。『柳田國男民主主義論集』は「大正デモクラシー・普通選挙導入期から戦後の社会科・国語教育論までたどり、民主主義の推進者、主権者教育の「運動家」として柳田國男を読み直す」独自編集版の論文集。収録テクストは例えばhontoの単品頁をご覧ください。



★次に、購入が遅れていた12月から1月の新刊のうち、振り返っておくべき重要な書目を3点挙げます。


『ユダヤ神話・呪術・神秘思想事典』ジェフリー・W・デニス著、木村光二訳、柏書房、2020年1月、本体15,000円、A5判上製814頁、ISBN9784760151714
『騎士道』レオン・ゴーティエ著、武田秀太郎編訳、中央公論新社、2020年1月、本体2,700円、四六判368頁、ISBN978-4-12-005259-0
『スピノザ――よく生きるための哲学』フレデリック・ルノワール著、田島葉子訳、ポプラ社、2019年12月、本体2,500円、四六判254頁、ISBN978-4-591-16470-9



★『ユダヤ神話・呪術・神秘思想事典』は『The Encyclopedia of Jewish Myth, Magic and Mysticism』(Second edition, Llewellyn Publications, 2016)の訳書。2007年の原著初版から大幅増補された第二版を訳出し、さらに初版にあって第二版で削除されている項目も復活させているとのことです。値段ゆえに後回しされがちかもしれませんが、美麗な造本で内容も特異なこうした事典類は品切になると厄介なので、今のうちに購読しておくべきです。「本事典は旧約聖書とその人物、歴史、出来事、祭儀、祭具、祝祭日、動物、植物、事物、そして、占い、ディブーク(憑霊)、悪霊祓い、輪廻転生、ゴーレム、マギード(霊的案内人)、習俗、迷信、伝説などのユダヤ人の民間信仰とユダヤ教神秘主義、カバラーの秘教的教義とカバリスト、ハスィディズムとハスィディーム、数秘学、ヘブライ語の言語神秘主義についての事典であり、換言すれば、「ユダヤ民俗宗教事典」とも言うべき事典である」(訳者あとがき、786頁)。訳者の木村光二(きむら・こうじ:1949-)さんはビアールによるショーレム伝『カバラーと反歴史』(晶文社、1984年)などのほか、近年ではエレン・フランケル『図説ユダヤ・シンボル事典』(悠書館、2015年)なども手掛けておられます。


★『騎士道』はフランスの文学史家レオン・ゴーティエ(Émile Théodore Léon Gautier, 1832-1897)の大著『La Chevalerie』(1884年)の英訳版(1891年)からの抄訳。日本語版の「編訳者序」によれば仏語原著は個人出版であり誤記等が目立つため、「丁寧な校正が為されたラウトレッジ社版」を用い、「必要に応じ適宜原著を参照する形を採った」(11頁)とのことです。訳出されたのは、第一章~第四章、第七章、第二十章。本書の第二部として、1270年代に成立した、ラモン・リュイ(Ramon Llull, c.1232-c.1316)の著書『騎士道の書』(カタルーニャ語:Llibre de l'orde de cavalleria)のウィリアム・キャクストンによる英訳(1428年)からの全訳が収められています。言うまでもありませんがリュイというのはかの神学者ライムンドゥス・ルルスのことです。今までに哲学的著作や神秘主義的著作の一部が翻訳されてきましたが、騎士道論が訳出されるのは今回が初めてではないかと思います。なお『騎士道』ではゴーティエとリュイの翻訳に続いて「武勲詩要覧」が付録として収められており、中世の武勲詩の解説とあらすじがまとめられています(シャルルマーニュ詩群、ギヨーム・ドランジュ詩群、ドーン・ド・マイヤンス詩群、ロレーヌ詩群、その他)。編訳者の武田秀太郎(たけだ・しゅうたろう:1989-)さんは現在、京都大学大学院総合生存学館特任助教。もともとは理系のご出身で、略歴によれば「専門はエネルギー政策、発展途上国援助政策、開発哲学(ハイデガー技術論、西洋騎士道)」とのことで、ユニークです。


★『スピノザ』はマダガスカル生まれのフランスの作家ルノワール(Frédéric Lenoir, 1962-)による『Le miracle Spinoza〔奇蹟のスピノザ〕』(Fayard, 2017)の全訳。前半では『神学・政治論』、後半では『エチカ』に焦点を当て、スピノザの生涯と思想を「平易に解説」(訳者あとがきより)しています。ルノワールの訳書はすでに単独著だけでも10冊近い既刊書があり、日本でも相応に親しまれてきたと思います。今回のスピノザ論で特筆しておきたいのは、巻末に「付記」として収められた「ロベール・ミスライとの往復書簡」(203~217頁)です。ミスライ(Robert Misrahi, 1926-)は戦後フランスにおけるスピノザ研究の古参で幸福論の大家ですが、訳書がなく、わずかに論文が読めるだけです。ミスライとルノワールは互いのスピノザ解釈の相違点について述べており、ミスライは神について、またアフェクトゥスとアフェクティオの違いについて明快に言及しています。







★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。


『感身学正記2――西大寺叡尊の自伝』叡尊著、細川涼一訳注、東洋文庫、2020年2月、本体3,400円、B6変判上製函入336頁、ISBN978-4-582-80901-5
『イヴの七人の娘たち――遺伝子が語る人類の絆』ブライアン・サイクス著、大野晶子訳、河出文庫 文庫、2020年2月、本体1,200円、400頁、ISBN978-4-309-46707-8
『アダムの運命の息子たち――遺伝子が語る人類の盛衰』ブライアン・サイクス著、大野晶子訳、河出文庫、2020年2月、本体1,200円、456頁、ISBN978-4-309-46709-2
『凧』ロマン・ガリ著、永田千奈訳、共和国、2020年2月、本体2,700円、菊変型判並製316頁、ISBN978-4-907986-61-2
『アンタゴニズムス――ポピュリズム〈以後〉の民主主義』山本圭著、共和国、2020年2月、本体2,700円、四六判上製280頁、ISBN978-4-907986-68-1
『現代思想2020年3月臨時増刊号 総特集=フェミニズムの現在』青土社、2020年2月、本体1,800円、ISBN978-4-7917-1394-3



★平凡社さんの東洋文庫2月新刊は1点。『感身学正記2』は東洋文庫の第901巻。真言律宗の僧侶、叡尊(えいそん:1201-1290)の自伝『金剛仏子叡尊感身学正記』の読み下し文に詳細な注釈を付したもの(底本は西大寺所蔵の「法隆寺五師重懐書写本」1359年)。原文は漢文で巻末にまとめられています。全2巻完結で、第2巻は「71歳から85歳、非人休載から禁酒運動まで、その旺盛な活動が記される」(帯文より)。巻末には「1巻注補遺」「解説」「索引(人名/地名・寺社名)が収められていますが、注釈者の細川涼一さんが同じく東洋文庫で2011年1月に上梓された、性海『関東往還記』の「注補遺」も併録されています。なお『感身学正記1』(1歳から70歳までの記録)は東洋文庫第664巻として、1999年12月に刊行されています。第1巻のあとがきで「十年以上かかって二分冊のうち一冊をようやく刊行〔…〕しかし本書は、これまでの私の仕事の中でも、時間だけは最も多くかけた仕事である」(366頁)とお書きになっています。細川さんは今年度で京都橘大学を定年退職されるとのことで、第2巻解説には「ようやくぎりぎり間に合わせることができた」(312頁)とあります。なお第1巻の紙媒体は版元品切で、電子書籍かオンデマンド版が入手可能です。


★河出文庫2月新刊より2点。『イヴの七人の娘たち』『アダムの運命の息子たち』は、人類遺伝学の国際的権威サイクス(Bryan Sykes, 1947-)のベストセラー2点の再文庫化。『イヴ』は2001年にソニー・マガジンズから単行本が、『アダム』は2004年にソニー・マガジンズから単行本(旧題『アダムの呪い』)がそれぞれ出版されて、ともに2006年に文庫化(ヴィレッジブックス)。再文庫化にあたり、それぞれ副題が加わり、各巻末に「河出文庫版訳者あとがき」が新たに付されています。『イヴ』ではミトコンドリアDNAの解読により西欧の母系の淵源を辿り、『アダム』ではY染色体の分析により戦争と暴力を生む呪いの歴史と男性絶滅の未来を説いています。ちなみにサイクスは昨年、犬の遺伝的進化をめぐる著書『Once a Wolf』を公刊しています。



★共和国さんの2月新刊より2点。『凧』は叢書「世界浪漫派」の第4弾で、フランスの作家ガリ(Roman Gary, 1914-80)がピストル自殺する前に上梓した最後の小説『Les cerfs-volants』(Gallimard, 1980)の訳書。第二次大戦下のフランスに生きる人間像を豊かに描いた一冊。同叢書でのガリの訳書は2017年の『夜明けの約束』に続く2点目です。『夜明けの約束』は自伝的小説ですが、『母との約束、250通の手紙』という題で映画化されて、先月末より日本でも全国ロードショーが始まっています。いっぽう『アンタゴニズムス』は、2017年から2019年にかけて各媒体で発表されてきた論考9本に加筆修正を施して一冊にまとめたもの。『不審者のデモクラシー――ラクラウの政治思想』(岩波書店、2016年)に続く単独著第2弾です。アンタゴニズムスとは敵対性の意。「日常と非日常のあいだ、同質的なものと意識なもののあいだ、あるいは諸制度と異議申し立てのあいだの絶え間ない交渉を可能にする」(18頁)ラディカル・デモクラシーの未来を論じたもの。


★『現代思想』3月臨時増刊号は2点。『総特集=磯崎新』は未見ですが、再録の対談やテクストも含め、保存版となるだろう一冊。『総特集=フェミニズムの現在』は文芸書での継続的注目に比して人文社会系では焦点を絞るのがかえって困難だと思われる当世における一試行として受け止めました。翻訳に言及しておくと、シェリー・バジェオン「成功した女性性の矛盾――第三波フェミニズム、ポストフェミニズム、そしてさまざまな「新しい」女性性」(芦部美和子訳、河野真太郎解題、169~183頁)と、アンジェラ・マクロビー「ポストフォーディズムのジェンダー――「やりがいある仕事」、「リスク階級」と「自分自身の人生」」(中條千晴訳、田中東子解題、184~208頁)。前者は2011年に公刊されたアンソロジー『New Femininities: Postfeminism, Neoliberalism and Subjectivity』に収録されたもの。後者は2015年に刊行された単独著『Be Creative: Making a Living in the New Culture Industries』の第4章で論文としての初出は2011年。


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