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藤原書店さんの2019年8月新刊3点『気候と人間の歴史(I)』『資本主義の政治経済学』『国難来』

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★藤原書店さんの2019年8月の新刊3点をご紹介します。


『気候と人間の歴史(Ⅰ)猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀』エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ著、稲垣文雄訳、藤原書店、2019年8月、本体8,800円、A5判上製736頁、ISBN978-4-86578-237-0
『資本主義の政治経済学――調整と危機の理論』ロベール・ボワイエ著、山田鋭夫監修、原田裕治訳、藤原書店、2019年8月、本体5,500円、A5判上製440頁、ISBN978-4-86578-238-7
『国難来』後藤新平著、鈴木一策=編・解説、藤原書店、2019年8月、本体1,800円、B5変上製192頁、ISBN978-4-86578-239-4



★『気候と人間の歴史(Ⅰ)』は『Histoire humaine et comparée du climat, t. 1 Canicules et glaciers XIIIe-XVIIIe siècles』(Fayard, 2004)の全訳。以後、2006年に第2巻『食糧不足と革命 1740年から1860年まで』(t. 2, Disettes et révolutions)、2009年に第3巻『1860年から今日までの再温暖化』(t. 3, Le réchauffement de 1860 à nos jours)が原著では刊行されており、訳書も続刊予定となっています。ル=ロワ=ラデュリ(Emmanuel Le Roy Ladurie, 1929-)は、ジョルジュ・デュビー(Georges Duby, 1919-1996)や、ジャック・ル・ゴフ(Jacques Le Goff, 1924-2014)らと並ぶアナール学派第3世代の代表的な歴史学者。彼はすでに今から半世紀以上前のデビュー当時に『気候の歴史』(Histoire du climat depuis l'an mil, Paris, Flammarion, 1967;稲垣文雄訳、藤原書店、2000年)を上梓しており、訳者は「研究活動のスタートとその締めくくりの時期に気候に正面から取り組んだ著書を出版したことは、著者にとって気候は終生の重要テーマであったことをうかがわせる」と指摘しています。『気候の歴史』から『気候と人間の歴史』の間には実に37年が経過しています。



★フランスを中心にヨーロッパの気候を扱う本書では「人間にとっての気候の歴史が問題となるであろう。気候と気象の変動がわれわれの社会に与えた影響、特に食糧不足と、ある場合には疫病をも媒介とした影響も扱うことになろう」(まえがき、13頁)。温暖化と寒冷化の繰り返しがもたらす影響には現代人が想像しえないものがあります。例えば第3章「クワットロチェント――夏の気温低下、引き続いて冷涼化」に引かれている当時のパリの一市民による記録では、1439年の冬の終わりから春にかけての飢饉の風景が伝えられています。曰く「この時期はルーアンでも値段が高い時期であり、粗末な小麦1スティエが10フランするし、食料は皆値段が高い。そして、毎日、路に小さな子供たちが死んでいて、それを犬や豚が食べているのを目にする」(139頁)。第Ⅰ巻はこのあと、17世紀半ばから18世紀初頭まで続いたマウンダー極小期やその始まりの頃に数年間続いた「フロンドの乱」について論究しています。間違いなく新聞書評に取り上げられるであろう大作です。


★なお、先立つこと10年前に同訳者によって上梓された『気候と人間の歴史・入門――中世から現代まで』(稲垣文雄訳、藤原書店、2009年)は『Abrégé d'histoire du climat du Moyen Âge à nos jours. Entretiens avec Anouchka Vasak』(Fayard, 2007)の訳書です。ル=ロワ=ラデュリと文学研究者アヌーチカ・ヴァサックとの対談本で、『気候と人間の歴史』の第Ⅱ巻と第Ⅲ巻との間に上梓されており、基本的には今回から訳書全三巻の刊行開始となった『気候と人間の歴史』とは別物です。



★『資本主義の政治経済学』は『Économie politique des capitalismes. Théorie de la régulation et des crises』(La découverte, 2015)の全訳。第Ⅰ部「基礎編」は2004年に原著が刊行されていた『レギュラシオン理論――その基礎』の再録であり、レギュラシオン理論の基本概念を解説するもの。第Ⅱ部「展開編」では、同理論の新たな展開が示されています。帯文に曰く「「レギュラシオン」の基本教科書、ついに誕生!」「「レギュラシオン派」の旗手による最高かつ最後の教科書である」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ボワイエ(Robert Boyer, 1943-)はフランスの経済学者。訳書の多くは藤原書店さんから刊行されています。



★「複雑で変わりゆく政治と経済の関係を分析することはまさに、レギュラシオン理論の目的のひとつである。それは本書の今後の諸章で十分に展開される」(日本の読者へ、11頁)。「政治的過程と経済的過程は本来的に組み重なっているのであり、しかもその階層性は時期によって変化するのである」(同、15頁)。「新たなレギュラシオン(調整)はどのように出現するのか、そしてひとつの資本主義形態が別の形態へと移行するのを保証する過程はどのようなものであるか。変化は本質的に内生的なものである。つまり、ひとつの発展様式が成功し、普及し、ついで成熟する間に、それを不安定化させ、大危機に陥らせていくような諸力が働く。こうした過程は、諸制度が局地的であるか、部門レベルのものであるか、あるいは反対にグローバルなものであるかに応じて、大いに異なる。大危機は、社会的対立に対して政治的なものが介在することによってしか乗り越えられない」(序論、45~46頁)。


★『国難来(こくなんきたる)』は、政治家・後藤新平(ごとう・しんぺい:1857-1829)の講演要旨『国難来』(内観社、1924年、非売品)に、翌1925年に巷間で印刷に附された論考「普選に備えよ」を一部中略して併録し(全文は例えば、軽井沢町立図書館デジタルアーカイブの「軽井澤町報」1925年8月20日発行にて閲覧可能)、巻末に編者の鈴木一策さんによる解説「『国難来』を読む――後藤新平の「東西文化融合」の哲学」と、「世界比較史年表(1914–1926)」を配したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。編者による巻頭の「はじめに」によれば「1923年9月1日に首都東京、横浜を襲った関東大震災から半年後の1924年3月5日、東北帝国大学に招かれて学生たちに講演したものに、後藤新平が手を入れ、翌月私家版の小冊子として出版したもの」とのこと。



★「私は、因縁・情実・利害の縄で十重二十重に縛られている今日の人びとが何と思おうとも、政府ないし政党・政派を超越した見地から、国家の憂うべき現状を赤裸々に述べて、純真な青年諸君に訴え、その囚われない判断を乞おうとすることは、明日の国家と国民の命運に対する私の義務であると信ずる。すなわち、過日、東北帝国大学の学生諸君の求めに応じて試みた講演の要旨を抄録して、真理探究の忠実なる使徒である生年・学生諸君の厳正なる批評を仰ぎたいと思う」(18頁)。


★「最大級の国難として挙げざるをえないのは、政治の腐敗・堕落」である」(34頁)と指摘する後藤は次のように政党政治を批判します。「極言すれば、政党はすべて利権獲得株式会社である。とっくに利権獲得を目的とする集団になっている。だからこそ、いったん政権を手に入れれば、早速に国家の金蔵から盗み、公有の山林をこっそり奪い取り、あらゆる罪悪的な利益の独占に溺れ浸りきって、少しも恥じないばかりでなく、わが会社の株主に、これこれの利益配当を与えると偉そうに言いふらし、全国に株主を募り、多くの株主を背景にもっと大掛かりな盗み略奪の輪を拡大して、止まるところを知らぬに至っているではないか」(41~42頁)。「はたしてまさに、言葉は心の象徴である。彼らが日常の口癖としている「我党内閣」という言葉は、国家を私有財産視する徒党の本領を、切実に見事に表現した名文句である」(42頁)。


★「国民、特に純真な青年諸君がこのような大国難を招いた罪の一切を政党に押しつけ、今日の政毒にわれわれは無関係だ、われわれだけは清潔だと自認でもしようものなら、政毒の洗徐〔ママ〕など実にいつまでたっても不可能だと言わなければならない。確かに、青年諸君および選挙権のない大多数の国民は、形式上は政治の門外漢で、功績も罪も無関係で直接の責任はないと言えばそうなのであり、責任逃れの口実はあるに違いないが、私は言いたい、青年諸君よ、そういう口実は捨ててしまえ、と。そういう逃げ口上が今の国家の病である、と」(44頁)。


★「古来、聖人・賢人は、天災地変に対してさえ、自己の不徳を責めたのだ。われらは凡俗の徒であるとしても、わが父、わが兄、わが隣人の罪を分ちあって、自らを責めるくらいの、天を敬し人を愛する至情がなければ、造物主にたいしてまことに相すまぬ次第である。青年諸君、諸君は責任を他に転嫁して、政界の堕落を嘆き、社会の罪悪に腹を立てる無責任をやめよ。政治の改革も、社会の改造も、結局は、自己改造に行き着いて初めて真実の意義を帯びてくるのだ。既成政党と自分とを切り離して、既成政党の罪悪を責めるだけでは、決して政界の汚濁を洗浄することなどできっこない。諸君が、その罪を憎むとともに、その人を赦し、悪い政党員よどうか善心に立ち還って善い政党員となりますようにと祈っても祈っても足りないくらい、自ら務め自ら責める気持ちになった時、初めてわが政界は堕落の淵から救い出されるのである」(45~46頁)。


★後藤は「西洋の個人主義文明」に「わが国の皇室を中心とする一大家族主義の文明」を対置し、「同じ立憲政治といっても、あちらの憲法は闘争の血にまみれた簒奪の記録であるが、わが憲法〔大日本帝国憲法〕は君民調和の歓びを永遠に確保する大御心の発露であって、一大倫理主義に出発している」(54頁)と書いています。「普選に備えよ」の本書に収録されなかった箇所では「帝国憲法が、明らかに皇室を中心とする大家族主義の国体美の所産であり、其の参政権はこの国体美を中外に宣揚する。国民の重要なる義務であることに、最早寸毫の疑ひを挟む余地はない。苟〔いやしく〕も有権者が、明治大帝のこのご信頼に感激して起てば、我が憲政の倫理化は期して待つべきのみ。国難何ぞ恐るるに足らん」。こうした認識から現代人は敗戦を経て隔てられており、帝国憲法の時代にもはや立ち戻ることはないとはいえ、それでもなお後藤が現代人に示唆しうる視点はあると思われます。


★『国難来』に戻ると「言うまでもなく、自治教育は立憲政治の基本であって、国民の自治人として行動する訓練が行き届いていなければ、立憲政治の運用がうまくいかないのは当然である。そこで、私は日々、自治教育の標語として以下の三項目を掲げている。/一、人のお世話にならぬよう(自主自治)/一、人のお世話をするように(社会奉仕)/一、而して報いを求めぬよう(皇恩報謝)/幸いにも、有権者がこの奉仕を心がけて選挙に臨めば、政治の争いはおのずと浄化され、政治はおのずから倫理化されるに相違ない。たとえ今度の選挙で一度に変えられなくとも、ついにはそこまでゆくことは明らかである」(52~53頁)。後藤は「選挙権という言葉は日本的ではないと思う」(53頁)。「わが国では、これを選挙義務と呼ぶほうがむしろ妥当なのではなかろうか」(54頁)と述べます。


★皇室や政党政治を最終的な拠り所とすることのない自治が問われているこんにちに『国難来』を読む意義は、けっして小さくないでしょう。なお藤原書店さんでは10月よりピエール・ブルデューの大著『世界の悲惨』全3巻の完訳本の刊行がスタートするとのことです。 


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