『情報爆発――初期近代ヨーロッパの情報管理術』アン・ブレア著、住本規子/廣田篤彦/正岡和恵訳、中央公論新社、2018年8月、本体5,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-12-005110-4
『現代経済学――ゲーム理論・行動経済学・制度論』瀧澤弘和著、中公新書、2018年8月、本体880円、新書判並製296頁、ISBN978-4-12-102501-2
『フェティッシュとは何か――その問いの系譜』ウィリアム・ピーツ著、杉本隆司訳、以文社、2018年8月、本体2,700円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0347-8
★ブレア『情報爆発』は『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』(Yale University Press, 2010)の全訳。序論にはこうあります。「本書の目的は、初期近代ヨーロッパにおけるそのような参照道具〔レファレンス書〕を研究し、それらが同時代人によっていかに着想され、産出され、利用されたかを考察することによって、われわれの時代に先立つ過去の一時期において、時代錯誤的にではあるが「情報管理」と呼びうるものの理念と実践について洞察を得ることである。その目的に向かって、私は、多様な時代や場所、そしてさまざまなジャンルのレファレンス書を射程に収め、コンテクストの網を大きく広げるとともに、1500年から1700年のあいだに印刷された、規範的で一般的なラテン語のレファレンス書のいくつかを個々の焦点として浮かび上がらせた」(7頁)。
★「当事者たちの概念に従って、当時ごくあたりまえに用いられていた語を用いれば、初期のレファレンス書は〈言葉と物(verba et res)〉を蓄えて利用しやすくするためのものであった。それは、自然界についての定義や記述から、人間が何を行い何を言ったかにいたるまで、広く網羅していた。レファレンス書の作者たちは、みずから編纂者をもって任じ、〔…〕自分自身の見解や立場を発信する者というよりは、情報を伝達する者であった」(8頁)。「本書で私が示そうとしたように、ラテン語のレファレンス書は、何世代もの学者たちが古代のテクストやそれに関する注解を渉猟して行った共同でのノート作成の典型であり、公益と読者の多様な関心に訴える思慮深い言葉とともに提供された。だが、それらの書物は、謳い文句以上の働きをしてきた。すなわち、出版物が爆発的に増加した時代に文書情報を管理する革新的な方法を考案し、われわれ自身の読書法や情報処理の方法に恩恵をもたらしたのである」(330頁)。以下に目次を記します。
目次:
序論
第1章 比較の観点から見た情報管理
第2章 情報管理としてのノート作成
第3章 レファレンス書のジャンルと検索装置
第4章 編纂者たち、その動機と方法
第5章 初期印刷レファレンス書の衝撃
エピローグ
謝辞
訳者解題
原注
引用文献
索引(人名・書名)
★「歴史家にとって、参照ツールは、過去の文化体系の豊かで大きな遺物として役立ち、他の種類の資料よりもしばしばよりはっきりと、それらを作成した人々の知識や理想、作業方法を見せてくれる」(328頁)。「私は歴史家として、一世代もしくはそれ以上の年月にわたって暗がりの中に忘れ去られた古い源泉を再訪する能力を、われわれは失ってはならないと思っている。そのような能力は、しばしば、実り豊かなものであった〔…〕。データのほとんどを電子メディア上に蓄える方向に向かうにつれて、われわれは、新しいメディアに定期的にアップデートされないものは、何であれ、伝達の連鎖から抹消していくという危険を冒している。なぜなら、ソフトウェアもハードウェアも、人の一生のうちですら何度も時代遅れになるものと予測できるからである。だが、とりわけ歴史家は、古い素材――他の人々にとっては無用で、すでに十分に掘り尽くされたと見える素材――から新たに問題提起して活力を得る」(329~330頁)。
★「バートレットの『引用句辞典』の初期の諸版の索引を完成させるには、20人が6か月間働かねばならなかったが、現在の版の索引をコンピュータで作成すれば3時間でできてしまう――19世紀にはのべ約1万9200時間かかっていたものが、ここまで短縮されるのである。参照ツールは、その内容だけではなく、それらを作成する方法も時代遅れになりがちである。われわれ自身が現在用いている方法や成果も、おそらく急速に廃れてしまうことであろう。/にもかかわらず、先人の世代の人々がかくも大きな犠牲を払って作成した参照ツールは、多くの点において、過去にも――そして現在も――有用であり続けている。〔…〕情報管理の手本としても役立つのである」(328頁)。本書は古い歴史の話のようでいて、現代人が「情報爆発」(information explosion:1941年に初出用例を見ることができる言葉とのこと)と今後どうやって付き合っていくのかを考える上で、必読書であると感じます。
★瀧澤弘和『現代経済学』は「多様かつ複雑に展開してきた20世紀半ば以降の現代経済学」(iv頁)を紹介する入門書。「20世紀半ばにかけて新古典派経済学を主流派的地位に置くことによって、次第にある程度の統一的枠組みを形づくるようになった頃の経済学から始め、そこから新たに立ち上がってきた各分野に即しながら」(同頁)解説したもの。目次は以下の通り。
目次:
まえがき
序章 経済学の展開
第1章 市場メカニズムの理論
第2章 ゲーム理論のインパクト
第3章 マクロ経済学の展開
第4章 行動経済学のアプローチ
第5章 実験アプローチが教えてくれること
第6章 制度の経済学
第7章 経済史と経済理論との対話から
終章 経済学の現在とこれから
あとがき
参考文献
★「〔経済学が〕より広く人間に関する現象を洞察する人間科学として発展していくことが望ましい」(266頁)と述べる著者は、終章では、まもなく河出書房新社より刊行となるユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』や、先日来日したマルクス・ガブリエルの『私は脳ではない』にも言及しています。また著者は、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年)で日本でも知られる科学哲学者フランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の『制度を理解する』を目下翻訳中とのことです。本書で取り上げた制度論について理解を深める上での重要文献です。人文書売場で哲学と経済学を架橋させようと試みる場合、本書の終章が特に参考になるのではないかと思われます。
★『フェティッシュとは何か』は、概念史家でアクティヴィストとしても知られるピーツ(William Pietz, 1951-)の高名な代表的論文「The problem of the fetish」を訳出したもの。第1論文(1985年)、第2論文(1987年)、第3a論文(1988年)と連作になっており、本書ではこれらを一冊にまとめています。フェティシズムを論じる上で欠かせない基礎文献の待望の日本語訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。各章のタイトルには各論文の副題があてられていますが、副題のない第1論文にはフランス語訳の合本版(Le fétiche : généalogie d'un problème, Kargo & L'éclat, 2005)の第1章のタイトルを借用しているとのことです。ちなみにそのフランス語版では、第4章(英語では未公刊の第4論文)が掲載されているものの、著者本人やフランス語訳の訳者と連絡が取れないとのことで、日本語版での訳出は見送られています。ちなみにピーツの既訳論考には「フェティッシュ」(ネルソン/シフ編『美術史を語る言葉――22の理論と実践』所収、加藤哲弘/鈴木廣之監訳、ブリュッケ、2002年、355~371頁;Critical Terms for Art History, University of Chicago Press, 1996)があります。訳者の杉本さんはシャルル・ド・ブロス『フェティシュ諸神の崇拝』(法政大学出版局、2008年)の翻訳も手掛けておられます。なお以文社さんでは、ピールの当論考へのオマージュである、デヴィッド・グレーバーによる『価値の人類学理論に向けて(仮)』が続刊予定であるとのことです。
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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。
『渚に立つ――沖縄・私領域からの衝迫』清田政信著、共和国、2018年8月、本体2,600円、四六変型判上製276頁、ISBN978-4-907986-47-6
『シュリンクス――誰も語らなかった精神医学の真実』ジェフリー・A・リーバーマン著、宮本聖也監訳、柳沢圭子訳、金剛出版、2018年8月、本体2,800円、A5判並製280頁、ISBN978-4-7724-1639-9
『当事者研究と専門知――生き延びるための知の再配置』熊谷晋一郎責任編集、金剛出版、2018年8月、本体2,400円、B5判並製200頁、ISBN978-4-7724-1641-2
『軍隊指揮――ドイツ国防軍戦闘教範』ドイツ国防軍陸軍統帥部/陸軍総司令部編纂、旧日本陸軍/陸軍大学校訳、大木毅監修・解説、作品社、2018年8月、本体7,800円、四六判上製880頁、ISBN978-4-86182-707-5
『ねむらない樹 vol.1』書肆侃侃房、2018年8月、本体1,300円、A5判並製176頁、ISBN978-4-86385-326-3
『海を渡った日本書籍――ヨーロッパへ、そして幕末・明治のロンドンで』ピーター・コーニツキー著、ブックレット〈書物をひらく〉14:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36454-5
『伊勢物語 流転と変転――鉄心斎文庫本が語るもの』山本登朗著、ブックレット〈書物をひらく〉15:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製88頁、ISBN978-4-582-36455-2
『周作人読書雑記4』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫891:平凡社、2018年8月、本体3,200円、B6変判上製函入396頁、ISBN978-4-582-80891-9
★『渚に立つ』は沖縄の詩人・清田政信(きよた・まさのぶ:1937-)さんの作品を独自にまとめた34年ぶりの新刊。単行本未収録の連載「沖縄・私領域からの衝迫」(1980~82年)を始め、詩人論などを併載。共和国さんのシリーズ「境界の文学」の第6弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「自己を最初の他者として定立し得るとき、人は始めて一人の民への発語を準備できるのだ。それは自らの内実を他者に伝達するという風な手順をふむのではなく、自らが自閉し堅い実に成るとき、その実が割れてはじける風に言葉に化する以外にないのだ。今はそれ以外の言葉は信じようとは思わない」(「微視的な前史」より、10頁)。「ただ個として、私としての内実を掘りすすむことによって、その観念を掘りすすむ思想の行為が深さをもつまで言葉を生きる以外にないだろう。それは極度の精神の集中と持続を要する作業だろう。共生を説くすべての思想を対象化せよ。一言で尽くすとすぐれて個を造形し得る思想のみが他者の心を動かす言葉をもち得るということだ」(同、11頁)。
★リーバーマン『シュリンクス』は『Shrinks: The Untold Story of Psychiatry』(Little, Brown and Company, 2015)の訳書。シュリンクというのは精神科医の俗称。著者のリーバーマン(Jeffrey Alan Lieberman, 1948-)はコロンビア大学教授で精神科医学科長であり、ニューヨーク州立精神医学研究所所長など複数の職責を果たしてきた重鎮で、彼が会長になったばかりのアメリカ精神医学会が2013年に出版したのがかの『DSM-5』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2014年)です。本書は著者が初めて一般読者に向けて書いた本で、「精神疾患とは何なのか」「精神医学や心のケアは何を治療できるのか」が精神医学の歴史的進展を追いつつ平易に明かされています。監訳者の宮本さんはあとがきで次のように紹介しています。「本書は、神秘的な偽科学として生誕したカルト宗教のようなシュリンクが、第二次世界大戦後より生命を救済する科学的な職業として緩徐に成熟していった足跡をたどっている」(287頁)。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。
★『当事者研究と専門知』は『臨床心理学』増刊第10号。同増刊第9号『みんなの当事者研究』(2017年8月刊)に続き、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう:1977-)さんが責任編集をつとめられています。熊谷さんは巻頭の論説「知の共同創造のための方法論」や巻末の編集後記の執筆のほか、編集委員7氏との座談会「言いっぱなし聞きっぱなしの「当事者研究会議」」で司会を担当されています。収録論考は、木村草太「差別されない権利と依存症」、信田さよ子「専門家と当事者の境界」、上野千鶴子「アカデミズムと当事者ポジション」など。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。
★『軍隊指揮』は帯文に曰く「秘中の秘とされた「電撃戦」の運用指針であり、ソ連を破滅の淵に追い込み、勝者アメリカも学んだ、現代における「孫子の兵法」。現代用兵思想の原基となった、勝利のドクトリン」と。本文だけでも800頁近くあり、付録や解説を併せると880頁近い大冊です。監修者序を参照すると、本書は、ドイツ国防軍が1921~23年に編纂公布し1933~34年に新版を刊行した陸軍教範『軍隊指揮』を、日本陸軍が1922~44年に翻訳出版したものの再刊本。新字新かなへの変更をはじめ、句読点・濁点・送り仮名などを補い、さらに補注を付すなど、読みやすさに配慮されています。
★『ねむらない樹 vol.1』は福岡の出版社でありブックカフェも営まれている「書肆侃侃房」さんから創刊された短歌ムック。目次詳細は誌名のリンク先でご覧いただけます。短歌観や所属が異なるという若手歌人4氏(伊舎堂仁、大森静佳、小島なお、寺井龍哉)が編者となって、2001年以降に各誌で発表された短歌から100首を討議のうえ選んでコメントを付した「新世代がいま届けたい現代短歌100」をはじめ、今年6月に名古屋で行われた同人誌「フォルテ」刊行30年記念シンポジウムにおける討議「ニューウェーブ30年」(荻原裕幸×加藤治郎×西田政史×穂村弘)など、充実した内容です。読者投稿欄もあり、たくさんの作品に接することのできる瑞々しい創刊号です。扱いは地方小。書肆侃侃房さんでは歌人笹井宏之(ささい・ひろゆき:1982-2009)さんを記念し「笹井宏之賞」を創設。第1回の募集締切は締切は2018年10月15日(月)24時とのことです。受賞作は来年刊行の『ねむらない樹』第2号に掲載される予定。
★コーニツキー『海を渡った日本書籍』は目次に明らかなように主に江戸時代における日本書籍の海外流通史を扱ったもの。著者コーニツキー(Peter Kornicki, 1950-)はケンブリッジ大学名誉教授で日本文化史がご専門。「ケンペルの時代、つまり元禄年間(1688-1704)には、ヨーロッパ人が中近東、東アジアなど、遠く離れたところまで渡航したときは、必ずといっていいぐらい各地域の貨幣、植物、書物に注意していた。つまり、文字が読めなくてもとにかく外国の文明や自然環境の証として上記の三つのものをなるべく収集していたのだ。その後、十八世紀末から、日本書籍が別の何かの象徴でなくなり、むしろ情報源となったのである。それは知日家のティチング、クラプロート、シーボルトのように日本語能力を活用し、日本書籍を頼りに知識を蓄える時代を迎えた、いわば日本学の台頭する時代でもあったのである」(91頁)。
目次:
はじめに
一 日本書籍の海外流通史――元禄年間まで
二 日本書籍の海外流通史――ペリー来航前夜まで
三 日本書籍の海外流通史――明治初期まで
四 ロンドンの日本書籍売買
むすび
あとがき
参考文献一覧
掲載図版一覧
★山本登朗『伊勢物語 流転と変転』は国文学研究資料館所蔵の「鉄心斎文庫に集められたさまざまな伊勢物語のうち、一部の書物の来歴や内容を紹介しながら、鉄心斎文庫と、そこに集まった伊勢物語、さらには伊勢物語という作品について考えようとするもの」(はじめに、5頁)。「前半ではいくつかの書物それ自体の流転のあとをたどり、後半では伊勢物語の伝本が伝えている変転の姿について、さまざまな側面から考えたものであるが、それに加えて、伊勢物語という文学作品がたどってきた成立と享受の過程をふり返り、それらすべてを合わせて、伊勢物語がいかに変転に満ちた来歴を経て現在に至っているかを述べようと試みた」とのことです(あとがき、84頁)。目次は以下の通り。
目次:
はじめに
一 流転と出会い――鉄心斎文庫のはじまり
二 ヨーロッパを流転した伊勢物語――ルンプ旧蔵書
三 さまざまな流転、さまざまな変転
四 変転する伊勢物語
五 さまざまな「古注」
あとがき
掲載図版一覧
★『周作人読書雑記4』は全5巻中の第4巻。第4巻は「中国新文学、文学としての経書、詩文集、日記・書簡・家訓、俗文学、妓院梨園をめぐる読書雑記を収録」(帯文より)。東洋文庫の次回配本は10月刊『周作人読書雑記5』で、これで全巻完結予定。
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★最後に、ちくま学芸文庫とちくま文庫の8月新刊から。
『狂い咲け、フリーダム――アナキズム・アンソロジー』栗原康編、ちくま文庫、2018年8月、本体880円、文庫判並製384頁、ISBN978-4-480-43535-4
『証言集 関東大震災の直後――朝鮮人と日本人』西崎雅夫編、ちくま文庫、2018年8月、本体900円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-43536-1
『精講 漢文』前野直彬著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製656頁、ISBN978-4-480-09868-9
『「きめ方」の論理――社会的決定理論への招待』佐伯胖著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,300円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-09876-4
『人知原理論』ジョージ・バークリー著、宮武昭訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製288頁、ISBN978-4-480-09879-5
『西洋古典学入門――叙事詩から演劇詩へ』久保正彰著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製352頁、ISBN978-4-480-09880-1
『裏社会の日本史』フィリップ・ポンス著、安永愛訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製640頁、ISBN978-4-480-09881-8
★栗原康編『狂い咲け、フリーダム』はアナキズム・アンロソジーと銘打たれており、大杉栄、伊藤野枝、辻潤、中浜哲、金子文子、朴烈、石川三四郎、八太舟三、高群逸枝、八木秋子、宮崎晃、向井孝、平岡正明、田中美津、神長恒一、矢部史郎、山の手緑、マニュエル・ヤン、といった各氏のテクストを集めています。帯文にも使用されている推薦文「アナキスト百花繚乱、一冊まるごと檄文だ!」はブレイディ・みかこさんによるもの。今までの栗原さんの著書もそうですが、本書でも栗原さんによる「はじめに」の最初の一文が相変わらず強烈。「はじめにファックありき。わたしは正論がキライだ、ファックである」(7頁)。「なんつうのかな、もっともらしいことをいって、他人をしたがわせようとするやつが大キライなんだ」(同頁)。集められたテクストそれぞれに付された栗原さんの導入文も秀逸です。
★西崎雅夫編『証言集 関東大震災の直後』は震災直後の朝鮮人虐殺をめぐる、文化人や一般人の証言や回想、児童らの作文、朝鮮人の証言、公的史料の記録など約180篇を集成。編者解説「関東大震災時の朝鮮人虐殺とは何か?」で西崎さんは次のように書いておられます。「朝鮮人を最も多く虐殺したのは自警団である。本来なら町を守り人の命を守るはずの集団が、多くの人の命を奪ってしまった。当時は日本人より低賃金で働く朝鮮人・中国人に対して、日本人労働者が排外意識を高めていた時期でもあったのだ。そこへ震災が起き、流言に煽られた自警団が各地で朝鮮人を虐殺した」(406頁)。「犠牲者数が今日でも不明なのは、日本政府が犠牲者調査を行ってこなかったためであることを、ここであらためて確認しておく」(410頁)。「朝鮮人虐殺事件関連の史料は極めて少ない。とりわけ公的史料はごくわずかだ。それは当時の政府が虐殺事件を徹底的に隠蔽したからである」(412頁)。
★映画界の巨星、黒澤明監督は13歳の折の出来事を次のように回想しています。「関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は〔…〕デマゴーグの仕業である」(123頁)。「馬鹿馬鹿しい話がある。/町内の、ある家の井戸水を、飲んではいけないと云うのだ。/何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だと云うのである。/私は惘〔あき〕れ返った。/何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。/私は、こういう大人達を見て、人間というものについて、首をひねらないわけにはいかなかった」(124~125頁)。当時監督は小石川大曲に住んでいたそうです。現在で言うと、神田川を挟んだ、トーハン本社の向こう岸近辺のようです。
★ちくま学芸文庫の8月新刊は全5点。バークリーの『人知原理論』(宮武昭訳)は文庫としては大槻春彦訳(岩波文庫、1958年)以来の快挙で、中央大学文学部紀要での連載に大幅な改訂を加えたもの。底本は1734年の第2版を収録した1949年の全集『The Works of George Berkeley』第2巻。初版(1710年)や各版との異同については「重要と思われるものだけを注記した」と凡例にあります。バークリーは序論でこう述べています。「要するに、これまで哲学者たちを惑わし、知識への道を塞いできた困難の(すべてではないにしても)大部分は、まったく、われわれ自身のせいなのである」(第3節、23頁)。「したがって私の目的は、哲学のさまざまの学派のなかにこれほどの疑いや不確実性を、あの不合理や矛盾のすべてを引き入れてきた原理を発見できるかどうか試してみることである」(第4節、同頁)。「人間的知識の第一原理を厳密に探求し、あらゆる側面にわたって精査し吟味するのは、間違いなく苦労しがいのある仕事である」(同節、23~24頁)。
★「管見によれば、抽象的で一般的な観念は意思疎通にとってだけでなく、知識の拡大にとっても不要である」(第15節、38頁)。「言葉による欺瞞から完全に解放されねばならない。〔…〕言葉と観念のあいだの結合ほど早くに始まって長期の習慣によって固められたものはないので、この結び目を解きほぐすのはきわめて困難なことだ〔…〕。この困難をさらに増大させたのが、抽象の学説であるように思われる」(第23節、49~50頁)。「言葉ゆえの混乱と幻惑から知識の第一原理を浄化するよう気をつけなければならない。言葉にすがって果てしなく推論を重ねたところで、まったくの徒労に終わるだろう。どれほど帰結を引き出しても、その分だけ賢くなることはけっしてないだろう。先へ進めば進むほど、それだけ取り返しのつかないほどに方向を見失い、困難と虚偽の深みにはまり込むだろう」(第25節、51頁)。バークリーにとって「抽象的観念の最たるものが「物質」の観念だ」と訳者はあとがきで紹介しています。「標準的な現代日本語で読める」ことに留意された今回の新訳は、今後スタンダードとして読み継がれていくだろうと思います。
★学芸文庫のほかの4点の親本情報を列記します。ポンス『裏社会の日本史』→筑摩書房、2006年。佐伯胖『「きめ方」の論理』→東京大学出版会、1960年。前野直彬『精講漢文』→学生社、1966年。久保正彰『西洋古典学入門』→『西洋古典学』放送大学教育振興会、1988年。うち、『精講漢文』以外は文庫版へのあとがきが加えられています。『精講漢文』には堀川貴司さんによる解説が付されています。
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『現代経済学――ゲーム理論・行動経済学・制度論』瀧澤弘和著、中公新書、2018年8月、本体880円、新書判並製296頁、ISBN978-4-12-102501-2
『フェティッシュとは何か――その問いの系譜』ウィリアム・ピーツ著、杉本隆司訳、以文社、2018年8月、本体2,700円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0347-8
★ブレア『情報爆発』は『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』(Yale University Press, 2010)の全訳。序論にはこうあります。「本書の目的は、初期近代ヨーロッパにおけるそのような参照道具〔レファレンス書〕を研究し、それらが同時代人によっていかに着想され、産出され、利用されたかを考察することによって、われわれの時代に先立つ過去の一時期において、時代錯誤的にではあるが「情報管理」と呼びうるものの理念と実践について洞察を得ることである。その目的に向かって、私は、多様な時代や場所、そしてさまざまなジャンルのレファレンス書を射程に収め、コンテクストの網を大きく広げるとともに、1500年から1700年のあいだに印刷された、規範的で一般的なラテン語のレファレンス書のいくつかを個々の焦点として浮かび上がらせた」(7頁)。
★「当事者たちの概念に従って、当時ごくあたりまえに用いられていた語を用いれば、初期のレファレンス書は〈言葉と物(verba et res)〉を蓄えて利用しやすくするためのものであった。それは、自然界についての定義や記述から、人間が何を行い何を言ったかにいたるまで、広く網羅していた。レファレンス書の作者たちは、みずから編纂者をもって任じ、〔…〕自分自身の見解や立場を発信する者というよりは、情報を伝達する者であった」(8頁)。「本書で私が示そうとしたように、ラテン語のレファレンス書は、何世代もの学者たちが古代のテクストやそれに関する注解を渉猟して行った共同でのノート作成の典型であり、公益と読者の多様な関心に訴える思慮深い言葉とともに提供された。だが、それらの書物は、謳い文句以上の働きをしてきた。すなわち、出版物が爆発的に増加した時代に文書情報を管理する革新的な方法を考案し、われわれ自身の読書法や情報処理の方法に恩恵をもたらしたのである」(330頁)。以下に目次を記します。
目次:
序論
第1章 比較の観点から見た情報管理
第2章 情報管理としてのノート作成
第3章 レファレンス書のジャンルと検索装置
第4章 編纂者たち、その動機と方法
第5章 初期印刷レファレンス書の衝撃
エピローグ
謝辞
訳者解題
原注
引用文献
索引(人名・書名)
★「歴史家にとって、参照ツールは、過去の文化体系の豊かで大きな遺物として役立ち、他の種類の資料よりもしばしばよりはっきりと、それらを作成した人々の知識や理想、作業方法を見せてくれる」(328頁)。「私は歴史家として、一世代もしくはそれ以上の年月にわたって暗がりの中に忘れ去られた古い源泉を再訪する能力を、われわれは失ってはならないと思っている。そのような能力は、しばしば、実り豊かなものであった〔…〕。データのほとんどを電子メディア上に蓄える方向に向かうにつれて、われわれは、新しいメディアに定期的にアップデートされないものは、何であれ、伝達の連鎖から抹消していくという危険を冒している。なぜなら、ソフトウェアもハードウェアも、人の一生のうちですら何度も時代遅れになるものと予測できるからである。だが、とりわけ歴史家は、古い素材――他の人々にとっては無用で、すでに十分に掘り尽くされたと見える素材――から新たに問題提起して活力を得る」(329~330頁)。
★「バートレットの『引用句辞典』の初期の諸版の索引を完成させるには、20人が6か月間働かねばならなかったが、現在の版の索引をコンピュータで作成すれば3時間でできてしまう――19世紀にはのべ約1万9200時間かかっていたものが、ここまで短縮されるのである。参照ツールは、その内容だけではなく、それらを作成する方法も時代遅れになりがちである。われわれ自身が現在用いている方法や成果も、おそらく急速に廃れてしまうことであろう。/にもかかわらず、先人の世代の人々がかくも大きな犠牲を払って作成した参照ツールは、多くの点において、過去にも――そして現在も――有用であり続けている。〔…〕情報管理の手本としても役立つのである」(328頁)。本書は古い歴史の話のようでいて、現代人が「情報爆発」(information explosion:1941年に初出用例を見ることができる言葉とのこと)と今後どうやって付き合っていくのかを考える上で、必読書であると感じます。
★瀧澤弘和『現代経済学』は「多様かつ複雑に展開してきた20世紀半ば以降の現代経済学」(iv頁)を紹介する入門書。「20世紀半ばにかけて新古典派経済学を主流派的地位に置くことによって、次第にある程度の統一的枠組みを形づくるようになった頃の経済学から始め、そこから新たに立ち上がってきた各分野に即しながら」(同頁)解説したもの。目次は以下の通り。
目次:
まえがき
序章 経済学の展開
第1章 市場メカニズムの理論
第2章 ゲーム理論のインパクト
第3章 マクロ経済学の展開
第4章 行動経済学のアプローチ
第5章 実験アプローチが教えてくれること
第6章 制度の経済学
第7章 経済史と経済理論との対話から
終章 経済学の現在とこれから
あとがき
参考文献
★「〔経済学が〕より広く人間に関する現象を洞察する人間科学として発展していくことが望ましい」(266頁)と述べる著者は、終章では、まもなく河出書房新社より刊行となるユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』や、先日来日したマルクス・ガブリエルの『私は脳ではない』にも言及しています。また著者は、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年)で日本でも知られる科学哲学者フランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の『制度を理解する』を目下翻訳中とのことです。本書で取り上げた制度論について理解を深める上での重要文献です。人文書売場で哲学と経済学を架橋させようと試みる場合、本書の終章が特に参考になるのではないかと思われます。
★『フェティッシュとは何か』は、概念史家でアクティヴィストとしても知られるピーツ(William Pietz, 1951-)の高名な代表的論文「The problem of the fetish」を訳出したもの。第1論文(1985年)、第2論文(1987年)、第3a論文(1988年)と連作になっており、本書ではこれらを一冊にまとめています。フェティシズムを論じる上で欠かせない基礎文献の待望の日本語訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。各章のタイトルには各論文の副題があてられていますが、副題のない第1論文にはフランス語訳の合本版(Le fétiche : généalogie d'un problème, Kargo & L'éclat, 2005)の第1章のタイトルを借用しているとのことです。ちなみにそのフランス語版では、第4章(英語では未公刊の第4論文)が掲載されているものの、著者本人やフランス語訳の訳者と連絡が取れないとのことで、日本語版での訳出は見送られています。ちなみにピーツの既訳論考には「フェティッシュ」(ネルソン/シフ編『美術史を語る言葉――22の理論と実践』所収、加藤哲弘/鈴木廣之監訳、ブリュッケ、2002年、355~371頁;Critical Terms for Art History, University of Chicago Press, 1996)があります。訳者の杉本さんはシャルル・ド・ブロス『フェティシュ諸神の崇拝』(法政大学出版局、2008年)の翻訳も手掛けておられます。なお以文社さんでは、ピールの当論考へのオマージュである、デヴィッド・グレーバーによる『価値の人類学理論に向けて(仮)』が続刊予定であるとのことです。
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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。
『渚に立つ――沖縄・私領域からの衝迫』清田政信著、共和国、2018年8月、本体2,600円、四六変型判上製276頁、ISBN978-4-907986-47-6
『シュリンクス――誰も語らなかった精神医学の真実』ジェフリー・A・リーバーマン著、宮本聖也監訳、柳沢圭子訳、金剛出版、2018年8月、本体2,800円、A5判並製280頁、ISBN978-4-7724-1639-9
『当事者研究と専門知――生き延びるための知の再配置』熊谷晋一郎責任編集、金剛出版、2018年8月、本体2,400円、B5判並製200頁、ISBN978-4-7724-1641-2
『軍隊指揮――ドイツ国防軍戦闘教範』ドイツ国防軍陸軍統帥部/陸軍総司令部編纂、旧日本陸軍/陸軍大学校訳、大木毅監修・解説、作品社、2018年8月、本体7,800円、四六判上製880頁、ISBN978-4-86182-707-5
『ねむらない樹 vol.1』書肆侃侃房、2018年8月、本体1,300円、A5判並製176頁、ISBN978-4-86385-326-3
『海を渡った日本書籍――ヨーロッパへ、そして幕末・明治のロンドンで』ピーター・コーニツキー著、ブックレット〈書物をひらく〉14:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36454-5
『伊勢物語 流転と変転――鉄心斎文庫本が語るもの』山本登朗著、ブックレット〈書物をひらく〉15:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製88頁、ISBN978-4-582-36455-2
『周作人読書雑記4』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫891:平凡社、2018年8月、本体3,200円、B6変判上製函入396頁、ISBN978-4-582-80891-9
★『渚に立つ』は沖縄の詩人・清田政信(きよた・まさのぶ:1937-)さんの作品を独自にまとめた34年ぶりの新刊。単行本未収録の連載「沖縄・私領域からの衝迫」(1980~82年)を始め、詩人論などを併載。共和国さんのシリーズ「境界の文学」の第6弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「自己を最初の他者として定立し得るとき、人は始めて一人の民への発語を準備できるのだ。それは自らの内実を他者に伝達するという風な手順をふむのではなく、自らが自閉し堅い実に成るとき、その実が割れてはじける風に言葉に化する以外にないのだ。今はそれ以外の言葉は信じようとは思わない」(「微視的な前史」より、10頁)。「ただ個として、私としての内実を掘りすすむことによって、その観念を掘りすすむ思想の行為が深さをもつまで言葉を生きる以外にないだろう。それは極度の精神の集中と持続を要する作業だろう。共生を説くすべての思想を対象化せよ。一言で尽くすとすぐれて個を造形し得る思想のみが他者の心を動かす言葉をもち得るということだ」(同、11頁)。
★リーバーマン『シュリンクス』は『Shrinks: The Untold Story of Psychiatry』(Little, Brown and Company, 2015)の訳書。シュリンクというのは精神科医の俗称。著者のリーバーマン(Jeffrey Alan Lieberman, 1948-)はコロンビア大学教授で精神科医学科長であり、ニューヨーク州立精神医学研究所所長など複数の職責を果たしてきた重鎮で、彼が会長になったばかりのアメリカ精神医学会が2013年に出版したのがかの『DSM-5』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2014年)です。本書は著者が初めて一般読者に向けて書いた本で、「精神疾患とは何なのか」「精神医学や心のケアは何を治療できるのか」が精神医学の歴史的進展を追いつつ平易に明かされています。監訳者の宮本さんはあとがきで次のように紹介しています。「本書は、神秘的な偽科学として生誕したカルト宗教のようなシュリンクが、第二次世界大戦後より生命を救済する科学的な職業として緩徐に成熟していった足跡をたどっている」(287頁)。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。
★『当事者研究と専門知』は『臨床心理学』増刊第10号。同増刊第9号『みんなの当事者研究』(2017年8月刊)に続き、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう:1977-)さんが責任編集をつとめられています。熊谷さんは巻頭の論説「知の共同創造のための方法論」や巻末の編集後記の執筆のほか、編集委員7氏との座談会「言いっぱなし聞きっぱなしの「当事者研究会議」」で司会を担当されています。収録論考は、木村草太「差別されない権利と依存症」、信田さよ子「専門家と当事者の境界」、上野千鶴子「アカデミズムと当事者ポジション」など。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。
★『軍隊指揮』は帯文に曰く「秘中の秘とされた「電撃戦」の運用指針であり、ソ連を破滅の淵に追い込み、勝者アメリカも学んだ、現代における「孫子の兵法」。現代用兵思想の原基となった、勝利のドクトリン」と。本文だけでも800頁近くあり、付録や解説を併せると880頁近い大冊です。監修者序を参照すると、本書は、ドイツ国防軍が1921~23年に編纂公布し1933~34年に新版を刊行した陸軍教範『軍隊指揮』を、日本陸軍が1922~44年に翻訳出版したものの再刊本。新字新かなへの変更をはじめ、句読点・濁点・送り仮名などを補い、さらに補注を付すなど、読みやすさに配慮されています。
★『ねむらない樹 vol.1』は福岡の出版社でありブックカフェも営まれている「書肆侃侃房」さんから創刊された短歌ムック。目次詳細は誌名のリンク先でご覧いただけます。短歌観や所属が異なるという若手歌人4氏(伊舎堂仁、大森静佳、小島なお、寺井龍哉)が編者となって、2001年以降に各誌で発表された短歌から100首を討議のうえ選んでコメントを付した「新世代がいま届けたい現代短歌100」をはじめ、今年6月に名古屋で行われた同人誌「フォルテ」刊行30年記念シンポジウムにおける討議「ニューウェーブ30年」(荻原裕幸×加藤治郎×西田政史×穂村弘)など、充実した内容です。読者投稿欄もあり、たくさんの作品に接することのできる瑞々しい創刊号です。扱いは地方小。書肆侃侃房さんでは歌人笹井宏之(ささい・ひろゆき:1982-2009)さんを記念し「笹井宏之賞」を創設。第1回の募集締切は締切は2018年10月15日(月)24時とのことです。受賞作は来年刊行の『ねむらない樹』第2号に掲載される予定。
★コーニツキー『海を渡った日本書籍』は目次に明らかなように主に江戸時代における日本書籍の海外流通史を扱ったもの。著者コーニツキー(Peter Kornicki, 1950-)はケンブリッジ大学名誉教授で日本文化史がご専門。「ケンペルの時代、つまり元禄年間(1688-1704)には、ヨーロッパ人が中近東、東アジアなど、遠く離れたところまで渡航したときは、必ずといっていいぐらい各地域の貨幣、植物、書物に注意していた。つまり、文字が読めなくてもとにかく外国の文明や自然環境の証として上記の三つのものをなるべく収集していたのだ。その後、十八世紀末から、日本書籍が別の何かの象徴でなくなり、むしろ情報源となったのである。それは知日家のティチング、クラプロート、シーボルトのように日本語能力を活用し、日本書籍を頼りに知識を蓄える時代を迎えた、いわば日本学の台頭する時代でもあったのである」(91頁)。
目次:
はじめに
一 日本書籍の海外流通史――元禄年間まで
二 日本書籍の海外流通史――ペリー来航前夜まで
三 日本書籍の海外流通史――明治初期まで
四 ロンドンの日本書籍売買
むすび
あとがき
参考文献一覧
掲載図版一覧
★山本登朗『伊勢物語 流転と変転』は国文学研究資料館所蔵の「鉄心斎文庫に集められたさまざまな伊勢物語のうち、一部の書物の来歴や内容を紹介しながら、鉄心斎文庫と、そこに集まった伊勢物語、さらには伊勢物語という作品について考えようとするもの」(はじめに、5頁)。「前半ではいくつかの書物それ自体の流転のあとをたどり、後半では伊勢物語の伝本が伝えている変転の姿について、さまざまな側面から考えたものであるが、それに加えて、伊勢物語という文学作品がたどってきた成立と享受の過程をふり返り、それらすべてを合わせて、伊勢物語がいかに変転に満ちた来歴を経て現在に至っているかを述べようと試みた」とのことです(あとがき、84頁)。目次は以下の通り。
目次:
はじめに
一 流転と出会い――鉄心斎文庫のはじまり
二 ヨーロッパを流転した伊勢物語――ルンプ旧蔵書
三 さまざまな流転、さまざまな変転
四 変転する伊勢物語
五 さまざまな「古注」
あとがき
掲載図版一覧
★『周作人読書雑記4』は全5巻中の第4巻。第4巻は「中国新文学、文学としての経書、詩文集、日記・書簡・家訓、俗文学、妓院梨園をめぐる読書雑記を収録」(帯文より)。東洋文庫の次回配本は10月刊『周作人読書雑記5』で、これで全巻完結予定。
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★最後に、ちくま学芸文庫とちくま文庫の8月新刊から。
『狂い咲け、フリーダム――アナキズム・アンソロジー』栗原康編、ちくま文庫、2018年8月、本体880円、文庫判並製384頁、ISBN978-4-480-43535-4
『証言集 関東大震災の直後――朝鮮人と日本人』西崎雅夫編、ちくま文庫、2018年8月、本体900円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-43536-1
『精講 漢文』前野直彬著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製656頁、ISBN978-4-480-09868-9
『「きめ方」の論理――社会的決定理論への招待』佐伯胖著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,300円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-09876-4
『人知原理論』ジョージ・バークリー著、宮武昭訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製288頁、ISBN978-4-480-09879-5
『西洋古典学入門――叙事詩から演劇詩へ』久保正彰著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製352頁、ISBN978-4-480-09880-1
『裏社会の日本史』フィリップ・ポンス著、安永愛訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製640頁、ISBN978-4-480-09881-8
★栗原康編『狂い咲け、フリーダム』はアナキズム・アンロソジーと銘打たれており、大杉栄、伊藤野枝、辻潤、中浜哲、金子文子、朴烈、石川三四郎、八太舟三、高群逸枝、八木秋子、宮崎晃、向井孝、平岡正明、田中美津、神長恒一、矢部史郎、山の手緑、マニュエル・ヤン、といった各氏のテクストを集めています。帯文にも使用されている推薦文「アナキスト百花繚乱、一冊まるごと檄文だ!」はブレイディ・みかこさんによるもの。今までの栗原さんの著書もそうですが、本書でも栗原さんによる「はじめに」の最初の一文が相変わらず強烈。「はじめにファックありき。わたしは正論がキライだ、ファックである」(7頁)。「なんつうのかな、もっともらしいことをいって、他人をしたがわせようとするやつが大キライなんだ」(同頁)。集められたテクストそれぞれに付された栗原さんの導入文も秀逸です。
★西崎雅夫編『証言集 関東大震災の直後』は震災直後の朝鮮人虐殺をめぐる、文化人や一般人の証言や回想、児童らの作文、朝鮮人の証言、公的史料の記録など約180篇を集成。編者解説「関東大震災時の朝鮮人虐殺とは何か?」で西崎さんは次のように書いておられます。「朝鮮人を最も多く虐殺したのは自警団である。本来なら町を守り人の命を守るはずの集団が、多くの人の命を奪ってしまった。当時は日本人より低賃金で働く朝鮮人・中国人に対して、日本人労働者が排外意識を高めていた時期でもあったのだ。そこへ震災が起き、流言に煽られた自警団が各地で朝鮮人を虐殺した」(406頁)。「犠牲者数が今日でも不明なのは、日本政府が犠牲者調査を行ってこなかったためであることを、ここであらためて確認しておく」(410頁)。「朝鮮人虐殺事件関連の史料は極めて少ない。とりわけ公的史料はごくわずかだ。それは当時の政府が虐殺事件を徹底的に隠蔽したからである」(412頁)。
★映画界の巨星、黒澤明監督は13歳の折の出来事を次のように回想しています。「関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は〔…〕デマゴーグの仕業である」(123頁)。「馬鹿馬鹿しい話がある。/町内の、ある家の井戸水を、飲んではいけないと云うのだ。/何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だと云うのである。/私は惘〔あき〕れ返った。/何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。/私は、こういう大人達を見て、人間というものについて、首をひねらないわけにはいかなかった」(124~125頁)。当時監督は小石川大曲に住んでいたそうです。現在で言うと、神田川を挟んだ、トーハン本社の向こう岸近辺のようです。
★ちくま学芸文庫の8月新刊は全5点。バークリーの『人知原理論』(宮武昭訳)は文庫としては大槻春彦訳(岩波文庫、1958年)以来の快挙で、中央大学文学部紀要での連載に大幅な改訂を加えたもの。底本は1734年の第2版を収録した1949年の全集『The Works of George Berkeley』第2巻。初版(1710年)や各版との異同については「重要と思われるものだけを注記した」と凡例にあります。バークリーは序論でこう述べています。「要するに、これまで哲学者たちを惑わし、知識への道を塞いできた困難の(すべてではないにしても)大部分は、まったく、われわれ自身のせいなのである」(第3節、23頁)。「したがって私の目的は、哲学のさまざまの学派のなかにこれほどの疑いや不確実性を、あの不合理や矛盾のすべてを引き入れてきた原理を発見できるかどうか試してみることである」(第4節、同頁)。「人間的知識の第一原理を厳密に探求し、あらゆる側面にわたって精査し吟味するのは、間違いなく苦労しがいのある仕事である」(同節、23~24頁)。
★「管見によれば、抽象的で一般的な観念は意思疎通にとってだけでなく、知識の拡大にとっても不要である」(第15節、38頁)。「言葉による欺瞞から完全に解放されねばならない。〔…〕言葉と観念のあいだの結合ほど早くに始まって長期の習慣によって固められたものはないので、この結び目を解きほぐすのはきわめて困難なことだ〔…〕。この困難をさらに増大させたのが、抽象の学説であるように思われる」(第23節、49~50頁)。「言葉ゆえの混乱と幻惑から知識の第一原理を浄化するよう気をつけなければならない。言葉にすがって果てしなく推論を重ねたところで、まったくの徒労に終わるだろう。どれほど帰結を引き出しても、その分だけ賢くなることはけっしてないだろう。先へ進めば進むほど、それだけ取り返しのつかないほどに方向を見失い、困難と虚偽の深みにはまり込むだろう」(第25節、51頁)。バークリーにとって「抽象的観念の最たるものが「物質」の観念だ」と訳者はあとがきで紹介しています。「標準的な現代日本語で読める」ことに留意された今回の新訳は、今後スタンダードとして読み継がれていくだろうと思います。
★学芸文庫のほかの4点の親本情報を列記します。ポンス『裏社会の日本史』→筑摩書房、2006年。佐伯胖『「きめ方」の論理』→東京大学出版会、1960年。前野直彬『精講漢文』→学生社、1966年。久保正彰『西洋古典学入門』→『西洋古典学』放送大学教育振興会、1988年。うち、『精講漢文』以外は文庫版へのあとがきが加えられています。『精講漢文』には堀川貴司さんによる解説が付されています。
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