『知性改善論/神、人間とそのさいわいについての短論文』スピノザ著、佐藤一郎訳、みすず書房、2018年2月、本体7,800円、A5判上製584頁、ISBN978-4-622-08348-1
『音楽言語の技法』オリヴィエ・メシアン著、細野孝興訳、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス出版部、2018年1月、本体7,000円、A4判並製128頁、ISBN
978-4-636-95138-7
『『青色本』を掘り崩す――ウィトゲンシュタインの誤診』永井均著、講談社学術文庫、2018年2月、本体1,130円、A6判並製320頁、ISBN978-4-06-292449-8
『国家の神話』エルンスト・カッシーラー著、宮田光雄訳、講談社学術文庫、2018年2月、本体1,830円、A6判並製624頁、ISBN978-4-06-292461-0
『顔氏家訓』顔之推著、林田愼之助訳、講談社学術文庫、2018年2月、本体930円、A6判並製256頁、ISBN978-4-06-292477-1
★『知性改善論/神、人間とそのさいわいについての短論文』は『スピノザ エチカ抄』(みすず書房、2007年)につづく、佐藤一郎さんによるスピノザ新訳第二弾。カヴァー表4紹介文に曰く「後年の主著『エチカ』へと至る哲学の根本動機と独自の方法論が記述される二篇を、ラテン語刊本およびオランダ語写本から半世紀ぶりに新訳。最新の研究を踏まえた精細な訳注と解題を付した待望の一巻」。目次詳細は書名のリンク先でご確認ください。近年では吉田量彦さんによる『神学・政治論』(上下巻、光文社古典新訳文庫、2014年)も刊行されており、スピノザの新訳が増えつつあります。さらに國分功一郎さんの『中動態の世界』が広く読まれることによってデビュー作『スピノザの方法』が再び注目される機運も高まっています。なお『知性改善論』と『短論文』はともに畠中尚志訳が岩波文庫から出ており、後者は品切中ですが、前者は今なお手頃な値段で入手できます。みすず書房版は高額ではありますけれども、この値段でも版元や訳者が「儲かる」とまではいかないだろうと思われます。売れないという意味ではなくて、みすず書房のように多数の専門書を毎月何点も出版している会社で経営が維持できているというのは、本当にたいへんなことなのです。
★メシアン『音楽言語の技法』は『Technique de mon langage musical』(Leduc, 1944;『わが音楽語法』平尾貴四男訳、教育出版、1954年)の新訳です。旧訳は半世紀以上前のもののため、猛烈に高額な古書となっている様子。今回の新訳も早速版元品切になっているようですが、書店店頭にはまだありますし、このまま品切というわけではないと思われます。とはいえ早めに購入しておくのが良いでしょうね。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。平尾はるな〔平尾貴四男氏の四女〕さん、藤井一興さん、小鍛冶邦隆さんらによる「日本語版への序文」3本が巻頭に掲載されています。メシアンは序論で本書について、「私の音楽言語の技法、つまり音楽言語の3つの観点、リズム、旋律、和声を考察するものであり、作曲法概論ではない」(6頁)と明記しています。「この著書の目的は、〔・・・〕私が暗闇の中で希求した一条の光へと彼ら〔生徒たち〕をゆっくり導いていくことである」(同)とも。
★講談社学術文庫の今月新刊より3点を挙げると、まず、永井均『『青色本』を掘り崩す』はナカニシヤ出版から2012年に刊行された単行本の文庫化。文庫化にあたり、正副題が入れ替わっています。巻頭の「はじめに」に曰く、本書はウィトゲンシュタイン『青色本』後半部を「解読し論評したもの」。すなわち『青色本』の永井さん自身による新訳と論評で構成されています。『青色本』には「すでに大森正蔵氏〔『ウィトゲンシュタイン全集6』所収、大修館書店、1975年;ちくま学芸文庫、2010年〕と黒崎宏氏〔『『論考』『青色本』読解』所収、産業図書、2001年〕の二種類の邦訳があるが、この翻訳によって著者の意図がより明確になるように努めたつもりである」(6頁)と。永井さんはウィトゲンシュタインのことを「画期的な病人」と評するのですが、その真意はぜひ本書を手に取ってご堪能下さい。
★カッシーラー『国家の神話』の親本は創文社より1960年に刊行されたもの。帯文に曰く「古代ギリシアからナチズムまで――〈闘争〉の三千年史を描く不滅の金字塔! 全面改訂を施した決定版」と。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。原書は『The Myth of the State』(Yale University Press, 1946)で、底本は1950年の第3版です。創文社さんは2020年で解散予定。名著の数々はいったいどうなってしまうのでしょう。今回のように文庫化や再刊が進むことを念願せずにはいられません。
★『顔氏家訓』は文庫版オリジナルの新訳。同作を扱った複数の既刊書では抄訳や語釈はあるものの全篇の現代語訳は初めてのようです。まえがきによれば同作は、六世紀末に表わされた家訓書であり、宋の晁公武の『群斎読書志』では「立身、治家の法を述べ、時俗のあやまりを正して、これをもって子孫に教う」と説明されています。訳者は顔之推と本書について、こう述べています。「祖国の滅亡という悲劇を目の当たりにした後、北方異民族に拉致され、その王朝に漢民族官僚として仕えて生涯を閉じている。〔・・・今日読んでみても〕不思議とそんな遠い時代の文章とは思えないリアリティがある。〔・・・〕内容の鮮度は抜群に高い。これが古典の魅力というものであろう」(3~4頁)。
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★また、ここ最近では以下の新刊との出会いがありました。
『利己的な遺伝子 40周年記念版』リチャード・ドーキンス著、日髙敏隆/岸由二/羽田節子/垂水雄二訳、紀伊國屋書店、2018年2月、本体2,700円、A5判上製584頁、ISBN978-4-314-01153-2
『外の世界』ホルヘ・フランコ著、田村さと子訳、作品社、2018年2月、本体2,800円、四六判上製358頁、ISBN978-4-86182-678-8
★『利己的な遺伝子 40周年記念版』は、ドーキンスによる「40周年記念版へのあとがき」を付して2016年に出版された『The Selfish Gene』(Oxford University Press)の翻訳です。これまで紀伊國屋書店さんでは1976年初版本を1980年に『生物=生存機械論』として出版し、89年の第二版を91年に『利己的な遺伝子』として、2006年の30周年記念版を同年に同書増補新装版として刊行されてきました。凡例によれば、30周年記念版と40周年記念版の違いは、原書においては著者による「40周年記念版へのあとがき」が付されたことのみであり原文に改訂はない、と。訳書においてはこの新たなあとがきを訳出するとともに、岸由二さんによる「40周年記念版への訳者あとがき」を付し、訳文においては「時代的に古くなった本文中の表現・表記を修正した」とのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。紀伊國屋書店さんでは本書の刊行記念リーフレットを作成されており、佐倉統さんによる書評「世界を変えた一冊」と、橘玲さんと吉川浩満さんによる対談「『利己的な遺伝子』をめぐる10冊」が掲載されています。この豪華なリーフレットの書評と対談とはそれぞれのリンク先でご覧いただけます。
★『外の世界』はコロンビアの小説家ホルヘ・フランコ(Jorge Franco Ramos, 1962-)の小説『El mundo de afuera』(Alfaguara, 2014)の翻訳。フランコの既訳書はいずれも今回の訳者である田村さと子さんにより、2003年に『ロサリオの鋏』、2012年の『パライソ・トラベル』がともに河出書房新社から刊行されています。3冊目となる本書の訳者あとがきで田村さんは「本書は、構成の巧妙さという点で、これまでのフランコ作品の中で抜きんでている」とお書きになっておられます。「ストーリーの進行とともに、次第に増していく緊張感とリズム。だが、流動的で自然な中で交わされる軽妙な会話は象徴的な豊かさ、ユーモアに満ちている。その物語性は総合的に完成されており、アンティミズムや夢想、詩情あふれるニュアンスに満ちた文体で70年代初めのメデジン〔コロンビア西部の県都〕を見事に描き出している、と言えよう」。
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