『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史訳、以文社、2017年12月、本体3,500円、四六判上製388頁、ISBN978-4-7531-0343-0
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(上)/クレイトポーン』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書20、2017年10月、本体3,200円、四六判並製417頁、ISBN978-4-434-23889-5
『プラトーン著作集 第八巻第二分冊 国家(中)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書21、2017年10月、本体3,000円、四六判並製386頁、ISBN978-4-434-23890-1
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(下)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書22、2017年10月、本体3,500円、四六判並製449頁、ISBN978-4-434-23891-8
★グレーバー『官僚制のユートピア』はまもなく発売。『The Utopia of Rules: On Technology, Stupidity, and the Secret Joys of Bureaucracy』(Melville House, 2015)の全訳。直訳すると「規則のユートピア――テクノロジー、愚かさ、官僚制の秘かな愉しみについて」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)は、アメリカ生まれの、イギリスで活躍する人類学者であり、社会運動家。著書の既訳書は今回の新刊で5点目になります。酒井さんは訳者あとがきで次のように紹介しておられます。
★「著者を一躍「国際的ブレイク」にみちびき、また、本人いわくイングランド銀行の貨幣史認識も一変させた――かもしれない――ほど、アカデミズムを超えて話題を呼んだ『負債論』から一転、本作は主要に原題を対象に、ラフで、手がかりにとりあげる素材も多種多様、だが、わたしたちの日常のなかの、だれも相手にしようとしない「つまらない」、しかしそこにこそわたしたちの世界の核心がひそんでいる「灰色」で覆われた領域を、劇的におもしろく、かつ、おそらく、同時代のほとんどだれよりも深くえぐりだしてみせた」(375~376頁)。
★グレーバーは「序」でこう書いています。「市場は政府と対立したり政府から独立しているという発想が、少なくとも19世紀以来、政府の役割の縮小をもくろんだレッセフェール〔自由放任主義〕の経済政策の正当化のために用いられたとしても、その政策が実際にそんな効果をもたらすことはなかった〔・・・〕。たとえば、イングランドのリベラリズムがみちびいたのは、国家官僚制の縮小などではなく、その正反対、すなわち法曹家、役所の記録係、検査官、公証人、警察官たちの際限のない膨張であった。自律した個人のあいだの自由な契約の世界というリベラルな夢をみることができるのも、かれらあってこそなのだ。自由は市場経済を維持するためには、ルイ14世風の絶対君主政の数千倍のお役所仕事が必要だったわけである。/この明白な逆説、すなわち、政府による経済への介入の縮減を意図する政策が、実際には、よく多くの規制、官僚、警察官を生みだす結果にいたるという逆説は、実はひんぱんに観察できるので、それを社会学的一般法則とみなすことも正当であるようにおもう。そこで、これを「リベラリズムの鉄則」と名づけたい」(12頁)。
★「リベラリズムの鉄則」は次のような内容です。「いかなる市場改革も、規制を緩和し市場原理を促進しようとする政府のイニシアチヴも、最終的に帰着するのは、規制の総数、お役所仕事の総数、政府の雇用する官僚の総数の上昇である」(13頁)。後段でグレーバーはこうも書いています。「申請用紙はますます長大かつ複雑なものと化している。請求書、切符、スポーツクラブや読書クラブの会員証のような日常的書類も、数頁にわたる細目の規定でパンパンになっている。〔・・・〕わたしは、このような様相を呈している原題を、「全面的官僚制化(total bureaucratization)」の時代と呼んでみたい〔・・・〕。その最初の兆候は、まさに官僚制についての公共の議論が消えはじめた1970年代の終わりにあらわれはじめ、1980年代に取り返しがたく浸透をはじめた。だが本当の離陸は1990年代である」(25頁)。
★続けてグレーバーはこう喝破します。「1970年にあらわれはじめ、今日にいたるまでまっすぐつなかっている事態には、アメリカ企業官僚制の上層による一種の戦略上の転換が文脈として作動している。すなわち、労働者から離脱して、株主に接近すること、そして最終的には金融機構総体へと接近することである。〔・・・〕かたや、企業経営がますます金融課していった。かたや、それと同時に、個人投資家にとってかわった投資銀行やヘッジファンドなどなどによって、金融セクターも企業化していった。その結果、投資家階級と企業の上級幹部職階級とは、見分けることもほとんどむずかしくなったのである」(27頁)。「万人が投資家の眼をもって世界をみるべし。これが、この時代のあたらしい信条である」(28頁)。
★序の末尾はこうです。「だれもがひとつの問題に直面している。官僚の実践、習慣、完成がわたしたちを包囲している。わたしたちの生活は、書類作成のまわりに組織されるようになった。〔・・・官僚制的なものに〕魅力があるとすればどこか、なにがそれを維持しているのか、真に自由な社会でも救済に値する潜在力を有しているとすればそれはどの要素か、複雑な社会であれば不可避に支払わざるをえない対価と考えるべきはどれか、あるいは完全に根絶できるし根絶さねばならないものはどれか、こうしたことを、理解しなければならない」(61頁)。序の途中に出てくる匿名エコノミストと著者の会話はドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ――世界不況の知られざる真実」(2011年)を思い出させました。このあとグレーバーの本論は、「想像力の死角? 構造的愚かさについての一考察」「空飛ぶ自動車と利潤率の傾向的低下」「規則(ルール)のユートピア、あるいは、つまるところ、なぜわたしたちは心から官僚制を愛しているのか」の三章へと続きます。訳者の酒井さんがお書きになった通り、本書は灰色の領域を明るみに出します。読者を冷めた覚醒へと導く重要書です。
◎デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)既訳書
2006年10月『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社)
2009年03月『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社)
2015年04月『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(木下ちがや/江上賢一郎/原民樹訳、航思社)
2016年11月『負債論――貨幣と暴力の5000年』酒井隆史/高祖岩三郎/佐々木夏子訳、以文社)
2017年12月『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(酒井隆史訳、以文社)
★水崎訳「プラトーン著作集」(実質的に全集)でついに『国家』の新訳全三分冊が刊行されました。なかなか書店さんで見かけないのでネット書店で取り寄せ購入。徳と正義について問うた短編「クレイトポーン」も併載されています。 ダイハツ感は「人間存在の在るところ」という総題が付されており、その理由については第三分冊巻末所収のあとがきに記されています。2011年より刊行開始となった水崎訳著作集では残すところ、第九巻三分冊となる『法律』(付:「ミーノース」)の刊行を待つばかりとなりました。驚嘆すべき個人全訳全集です。
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