★まず、まもなく発売となる新刊から注目書を取り上げます。
『四方対象――オブジェクト指向存在論入門』グレアム・ハーマン著、岡嶋隆佑監訳、山下智弘/鈴木優花/石井雅巳訳、人文書院、2017年9月、本体2,400円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-409-03094-3
『ダスクランズ』J・M・クッツェー著、くぼたのぞみ訳、人文書院、2017年9月、本体2,700円、4-6判上製240頁、ISBN978-4-409-13038-4
『PANA通信社と戦後日本――汎アジア・メディアを創ったジャーナリストたち』岩間優希著、人文書院、2017年9月、本体3,200円、4-6判上製326頁、ISBN978-4-409-24118-9
『ゲンロン6』ゲンロン、2017年9月、本体2,400円、A5判並製366頁、ISBN978-4-907188-22-1
『トラクターの世界史――人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』藤原辰史著、中公新書、2017年9月、本体860円、新書判288頁、ISBN978-4-12-102451-0
★ハーマン『四方対象』はまもなく発売。『The Quadruple Object』(Zero Books, 2011)の全訳で、グレアム・ハーマン(Graham Harman, 1968-)の単独著の本邦初訳であり、昨今日本でも注目を浴びている「対象(オブジェクト)指向存在論(OOO:Object-Oriented Ontology)」の第一人者による入門書です。目次は書名のリンク先をご覧下さい。本書では、二種類の対象(実在的対象/感覚的対象)と、二種類の性質(実在的性質/感覚的性質)の、四つの極からなる対象指向哲学の基礎的なモデルが提示されます。「四つの極の組み合わせのうち、一つの対象の極と一つの性質の極の間の特殊な緊張関係を含むものには四つあり、それらは時間、空間、本質、そして形相と名付けられ」ています(191頁)。ハーマンの整理は、フッサールによる「事象そのものへ」向かう哲学的思惟の更新と、ハイデガーの「四方界」に倣う包括的存在論の刷新を図るものと見えます。小さな著作ですが、それだけに論点が凝縮されており、思想地図の現在だけでなくその未来をも展望する上でひとつの重要な里程標になっていると感じます。
★原著を刊行した版元Zero BooksはJohn Hunt Publishingのインプリントで、ハーマンのほかに、アルベルト・トスカーノ、ブルーノ・ラトゥール、ユージン・サッカー、グラント・ハミルトン(ややこしいですが、イアン・ハミルトン・グラントとは別人)、マウリツィオ・フェラーリス、スティーヴン・シャヴィロや、『四方対象』の序文で名前が特記されているマーク・フィッシャーやタリク・ゴダール、等々の著書を刊行しており、現代思想系ではもっとも活動的な出版社のひとつです。新刊を継続的にチェックしておけば何かしらの出会いが期待できるでしょう。なお、ハーマンのここ最近の著書には『Immaterialism: Objects and Social Theory』(Polity, 2016)や、マヌエル・デランダとの共著『The Rise of Realism』(Polity, 2017)などがあり、さらに近刊予定では、その名もズバリ『Object-Oriented Ontology: A New Theory of Everything』(Penguin, 2018)という著書が来春発売予定と聞きます。ハーマンの動向は今後も注目を浴びそうで、特にこの近刊書はおそらく日本語でも翻訳が出るのではないかと思われます。
★本書のほか人文書院さんよりまもなく発売となる新刊には、クッツェー『ダスクランズ』と、岩間優希『PANA通信社と戦後日本』があります。『ダスクランズ』はクッツェーのデビュー作(1974年)の新訳。既訳には、赤岩隆訳(『ダスクランド』アフリカ文学叢書、スリーエーネットワーク、1994年)があります。新訳本のシンプルかつ力強い装丁は、藤田知子さんによるもの。『PANA通信社と戦後日本』は中部大学専任講師の岩間優希(いわま・ゆうき:1982-)さんの単独著第一作で(編著書としては2008年に人間社から刊行された『文献目録 ベトナム戦争と日本――1948~2007』があります)、「戦後アジアに誕生したPANA通信社の歴史を、関わったジャーナリストらのライフヒストリーを軸にしながら執筆」(あとがきより)したもの。帯文に「敗戦から朝鮮戦争、安保闘争、東京オリンピック、ヴェトナム戦争の時代――個性的なジャーナリストたちを軸に描く戦後史」と。
★『ゲンロン6』は一般書店では9月23日(土)発売開始。目次詳細は誌名のリンク先をご覧下さい。メイン特集は「ロシア現代思想Ⅰ」。帯文に曰く「革命100周年。資本主義と宗教回帰のあいだで揺れるもうひとつの現代思想」と。ドゥーギン(1962-)、マグーン(1974-)らの論考のほか、折り込み付録として、1991年から今日に至る年表「ロシア現代思想史見取図」や、「ロシア現代思想重要人物10人 2017年版」が付いているのが良いです。今のところボリス・グロイス(1947-)くらいしか訳書はありませんが、来年1月発売予定の次号でも同特集の第2弾が組まれるので、今後の盛り上がりを期待したいです。小特集「遊びの哲学」ではスティグレールの来日講演「有限のゲーム、無限のゲーム」(2017年5月27日、アンスティテュフランセ東京)や、東浩紀さんによる特別インタヴューなどを読むことができます。また、同号では第1回ゲンロンSF新人賞を受賞した、高木刑(たかぎ・けい:1982-)さんによる創作「ガルシア・デ・マローネスによって救済された大地」が掲載されています。註だけを見ていると『中世思想原典集成』『キリスト教神秘主義著作集』『科学の名著』『世界の名著』のほか、ギリシア哲学や聖書など、まるで学術論文のようで興味深いです。
★『トラクターの世界史』はまもなく発売。「トラクターがそれぞれの地域にもたらした政治的、文化的、経済的、生態的側面について考察し、20世紀という時代の一側面を、ただし、けっして見逃すことができない重要な側面を追っていく」(vii頁)ユニークな試みで、トラクターによる大地の束縛からの人間の解放と、今なお進行中であるその変化を描出しつつ、「農業生産の機械化・合理化と農地内物質循環の弱体化という二つの決定的な影響を〔・・・〕20世紀の人間たちにもたらした」(iii頁)ことの帰結を分析しています。新書大賞にエントリーしそうな予感がする良作です。目次を転記しておきます。
まえがき
第1章 誕生――革新主義時代のなかで
1 トラクターとは何か
2 蒸気機関の限界、内燃機関の画期
3 夜明け――J・フローリッチの発明
第2章 トラクター王国アメリカ――量産体制の確立
1 巨人フォードの進出――シェア77%の獲得
2 農機具メーカーの逆襲――機能性と安定性の進化
3 農民たちの憧れと憎悪――馬への未練
第3章 革命と戦争の牽引――ソ独英での展開
1 レーニンの空想、スターリンの実行
2 「鉄の馬」の革命――ソ連の農民たちの敵意
3 フォルクストラクター――ナチス・ドイツの構想
4 二つの世界大戦下のトラクター
第4章 冷戦時代の飛躍と限界――各国の諸相
1 市場の飽和と巨大化――斜陽のアメリカ
2 東側諸国での浸透――ソ連、ポーランド、東独、ヴェトナム
3 「鉄牛」の革命――新中国での展開
4 開発のなかのトラクター――イタリア、ガーナ、イラン
第5章 日本のトラクター――後進国から先進国へ
1 黎明――私営農場での導入、国産化の要請
2 満州国の「春の夢」
3 歩行型開発の悪戦苦闘――藤井康弘と米原清男
4 機械化・反機械化論争
5 日本企業の席捲――クボタ、ヤンマー、イセキ、三菱農機
終章 機械が変えた歴史の土壌
あとがき
参考文献
関連年表
索引
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★次に発売済の新刊の中から注目書をいくつか書き出します。
『近代の〈物神事実〉崇拝について――ならびに「聖像衝突」』ブリュノ・ラトゥール著、荒金直人訳、以文社、2017年9月、本体2,600円、四六判上製248頁、ISBN978-4-7531-0342-3
『こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹著、晶文社、2017年9月、本体1,850円、四六判並製376頁、ISBN978-4-7949-6972-9
『台湾人の歌舞伎町――新宿、もうひとつの戦後史』稲葉佳子/青池憲司著、紀伊國屋書店、2017年9月、本体1,800円、B6判並製249頁、ISBN978-4-314-0115108
『書物の時間――書店店長の思いと行動』福嶋聡著、多摩デポブックレット/けやき出版発売、A5判並製54頁、ISBN978-4-87751-574-4
『新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録』田川建三訳著、作品社、2017年8月、本体6,600円、A5判上製874頁、ISBN978-4-86182-419-7
★ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について』は『Sur le culte des dieux faitiches suivi de Iconoclash』(Éditions La Découverte, 2009)の全訳です。ラトゥールは受容と活躍の場が英米語圏に広がっているためか、ファーストネームBrunoを「ブルーノ」と表記されることが日本でも多かったのですが、当訳書ではフランス語の発音により忠実に「ブリュノ」と表記されています。「近代の〈物神事実〉崇拝について」と「聖像衝突」の二篇を収めており、巻末の訳者解題「超越の制作」では本書の端的な要約が示されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。「物神事実」というのは本書の鍵となるラトゥールの造語で、訳者は次のように説明しています。「「事実」(fait/fact)という言葉と「物神」(fétiche/fetish)という言葉は、「なされたこと」、「作られたもの」を意味する同じ語源を有しながらも、前者が「外部の実在」という超越的側面を強調するのに対して、後者は「人間の製作物」への「主観的な信仰」という二重の内在性を強調している。しかしこの二つの側面は実践においては結び付いているとラトゥールは考え、この結び付きを示すために、「物神事実」(faitiche/factish)という造語を導入する」と。
★ラトゥールはこう書いています。「あなたたちの諸々の物神事実は、破砕されているのにも拘らず修繕されている。そしてそれは、理論が破砕と修復という二重の形式のもとでしか捉えることのできないものを、実践へ送り返すという仕方で為されている。これが我々の伝統、物神事実の破砕者と修復者の伝統であり、これが我々の祖先、あらゆる系族に対してそう為されるように、尊敬し過ぎずに尊敬すべき祖先である」(81頁)。「自分の為すところによって超過されておらず、自らの創造物を支配しているような」(144頁)創造者などいないと彼は教えます。「技師が機械を支配するだろう、〔・・・〕プログラマーが自作のプログラムを、創造者が自分の創造物を、著者が自分の文章を〔・・・〕支配するだろう。――まさか、そうお考えだろうか」(同)。一方、911以後に発表された「聖像衝突」でラトゥールは聖像破壊をめぐる五つの類型を提示しており、「脆く、弱々しく、脅かされている」(212頁)現代人への処方を示唆しています。近代的思考による人間観や社会観への呪縛に対する、解毒作用をラトゥールの著作は示しているように思えます。
★『こわいもの知らずの病理学講義』は、大阪大学大学院医学系研究科の病理学教授、仲野徹(なかの・とおる:1957-)さんによる「正しい病気の知識」(「はじめに」)について書き下ろした本です。「いろいろな病気がどのようにできてしまうのか、について、できるだけやさしく、でも、おもしろく」(同)書かれています。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。本書の後半は、「病の皇帝」であるガンの総論編と各論編です。ガンの罹患率は20代後半頃から右肩上がりになるものの、「女性ではだらだらと上昇していくのに対して、男性では、50歳代から急激に増加」(211頁)すると言います。「30歳代後半から40歳代までは女性の方が多く、60歳代以降は男性の方が女性より顕著に高率に」(同)とのことなので、気になる方はぜひ店頭で本書を手に取ってみて下さい。思うに本書は医学書コーナーに留めておけばいい本なのではなくて、ジャンルを問わず異なる種類の本の中に突然面陳しておく方が読者との出会わせ方としては有効だと思います。著者の書く通り、ひとは「一生の間、一度も病気にならないことはありえません」(18頁)から。
★ちなみに晶文社さんでは6月に刊行された『日本の覚醒のために――内田樹講演集』がとてもよく売れているそうです。まえがきで内田さんはこう書いておられます。「この本のメッセージは一言で言えば「もう起きなよ」という呼びかけです」(8頁)。米国の「属国」から「国家主権と国土を回復する」ための「目覚め」が問われています。「72年かけてじりじりと失っていった主権なんだから、今さら起死回生の大逆転というようなシンプルで劇的なソリューションがあるはずもない。僕たち日本人は長い時間をかけて、日々のたゆみない実践を通じて、こんな「主権のない国」を作りあげてしまった。だから、主権を回復するためには、それと同じだけの時間をかけて、同じような日々のたゆみない実践を通じて働くしかない」(8~9頁)と。内田さんはこうも書きます、「国語力というのは創造する力のことです。自力で言語を豊かで、多様で、味わい深いものに変成してゆく力のことです。外国語では表現できないもの、他言語において代替する概念がないような概念を創造する力です。自分たちの種族のコスモロジーの「源泉」にまで遡航して、そこから新しい生命を汲み出す力です」(226頁)。これは2013年11月の全国高校国語教育研究連合会での講演で語られたことの一部ですが、出版人の胸に刻む言葉でもあるように思われます。
★『台湾人の歌舞伎町』は映画監督の青池さんと、NPO法人理事で新宿区多文化共生まちづくり会議の委員をつとめる稲葉さんの共著。新宿区は現在、住民の8人に1人が外国人で、出身国は120か国以上にのぼると言います。本書は8年もの取材をもとに、戦後のヤミ市「新宿西口マーケット」から出発し、焼野原から興行街となった歌舞伎町を支えた台湾人華僑の歴史を、証言や写真とともに綴ったものです。歌舞伎町初の映画館「地球座」、名曲喫茶の「スカラ座」や「らんぶる」、歌声喫茶「カチューシャ」、中華料理店「東京大飯店」、総合アミューズメントビル「風林会館」など、彼らが手がけた数多くの店舗や施設は「じゅく文化」形成に影響を少なからぬ及ぼした様子が窺えます。歌舞伎町を捉え直す上で非常に興味深い一書です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。
★『書物の時間』は、特定非営利活動法人「共同保存図書館・多摩」による第25回多摩デポ講座(2016年2月27日)でのジュンク堂書店難波店の福嶋聡さんによる講演の書籍化です。目次を列記しておきます。
はじめに
1 私はなぜ、図書館にコミットするのか?
2 図書館がどう見えているか
3 出版界と図書館の不毛で不可解な抗争
4 書物の持つ時間
5 具体的な連携の実践こそが大事
6 紙の本は、滅びない
7 本と目が合う
8 ヘイト本とクレーム
9 民主主義は危ない
10 電子図書館のアポリア
終わりに――再生産が続くこと、書店に行くこと
巻末注 「図書館の自由」とは
本書は多摩デポブックレットの第11弾ですが、既刊書には図書館を来し方と未来を考える上での必読講演が揃っています。
★『新約聖書 訳と註 第七巻 ヨハネの黙示録』は田川さん訳「新約聖書」全七巻(全八冊)の完結最終配本。本文訳が40頁(7~47頁)、訳註が800頁以上あり(51~858頁)、最後に「解説と後書き」(859~874頁)が続きます。綿密なテクスト検証の結果、「ヨハネの黙示録」には原著者と、自身の文書を大量に挟み込んだ編集者、この二人の書き手がいると田川さんは指摘します。編集者が執筆したであろう文書は二文字下げで組まれています。有名な「私はアルファであり、オメガである」(本書では「我はアルファなり、オメガなり」)は編集者が書き足したものとされます。衝撃的です。2017年の人文書出版における事件として記憶されることになるでしょう。これらの新説については巻末の解説に詳しく述べられていますが、田川さんのウェブサイトでも別稿を読むことができます。なお後書きによれば、全七巻の本文訳のみをまとめた「新訳聖書」も続刊予定であるとのことです。
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