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注目新刊:キケロの失われた著書『ホルテンシウス』を再構成

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『キケロ『ホルテンシウス』――断片訳と構成案』廣川洋一著、岩波書店、2016年1月、本体3,000円、四六判上製240頁、ISBN978-4-00-061104-6
『道化と笏杖』ウィリアム・ウィルフォード著、高山宏訳、白水社、2016年1月、本体6,400円、4-6判上製568頁、ISBN978-4-560-08306-2

『ぼくたちの倫理学教室』E・トゥーゲントハット/A・M・ビクーニャ/C・ロペス著、鈴木崇夫訳、平凡社新書、2016年1月、本体800円、新書判272頁、ISBN978-4-582-85801-3

『シャルリとは誰か?――人種差別と没落する西欧』エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳、文春新書、2016年1月、本体920円、新書判320頁、ISBN978-4-16-661054-9

『三十歳』インゲボルク・バッハマン著、松永美穂訳、岩波書店、2016年1月、本体860円、文庫判320頁、ISBN978-4-00-324721-1



★『キケロ『ホルテンシウス』』は、キケロが晩年に「哲学へのすすめ=プロトレプティコス」のために書き、6世紀には失われたという著作『ホルテンシウス』の残存断片をもとにその全体を廣川先生が再構成した研究書です。セネカ、タキトゥス、ラクタンティウス、アウグスティヌスなどに影響を与えたという幻の名著に迫る本書は「キケロと『ホルテンシウス』」「『ホルテンシウス』断片訳」「『ホルテンシウス』構成案」の三部構成。断片訳の底本はミュラー版キケロ全集第4巻第3分冊(1890年)とのことです。103個ある断片のうち、もっとも多いのは、後4世紀の辞典編集者ノニウス・マルケルスによる『学識要覧(De compendiosa doctrina)』における引用で、65個に上ります。言うまでもなく廣川先生には『ソクラテス以前の哲学者』(講談社、1987年;講談社学術文庫、1997年)や『アリストテレス「哲学のすすめ』」(講談社学術文庫、2011年)、ヘシオドス『神統記』(岩波文庫、1984年)をはじめとする数々の古典の翻訳研究があり、いずれもロングセラーとなっています。


★『道化と笏杖』は高山宏セレクション〈異貌の人文学〉の第2シリーズの第1回配本です。原書は1969年刊、親本は晶文社より1983年に刊行されています。新版で新たに追加されたのは山口昌男さんによる「道化と幻想絵画――イコンの遊戯」(瀧口修造『幻想画家論』改訂版のために書かれたが収録されなかった論考)および「ウィリアム・ウィルフォード『道化と笏杖』書評」(『海』1983年6月号)の二篇と、高山さんによる新版へのあとがき「あらためてマサオ・ヤマグチ!」です。この末尾にはこうあります、「この『道化と笏杖』にしても同氏〔藤原義也さん〕の、細部にいたるチェックや提案なしに原書の輝きをとり戻すことはできなかったように思う」と。〈異貌の人文学〉第2シリーズの続刊予定には、ロザリー・L・コリー『シェイクスピアの生ける芸術』、エルネスト・グラッシ『形象の力』、アンガス・フレッチャー『アレゴリー』、ウィリアム・マガイアー『ボーリンゲン』が挙がっています。


★トゥーゲントハットほか『ぼくたちの倫理学教室』と、トッド『シャルリとは誰か?』は今月の新書新刊です。前者の原書はWie sollen wir handeln? (Reclam, 2000)、後者のはQui est Charlie? (Seuil, 2015)です。前者はトーゲントハットの既訳書『論理哲学入門』(ウルズラ・ヴォルフとの共著、晢書房、1993年)の印象からは良い意味でかけ離れたたいへん親しみやすい道徳入門です。少年少女たちが日常生活で出会ったニュースや事件をめぐってクラスメートたち会話を交わすという体裁を取り、容易に解きえぬ難問(殺人や窃盗など)へと読者を誘ってくれます。共著者のビクーニャとロペスは当時チリで中高生の倫理教育に携わっていたそうです。確かに中高生でも充分に読みやすい本です。


★『シャルリとは誰か?』は帯文に曰く「イスラム恐怖症が「自由」「平等」「友愛」を破壊する――仏独英で緊急出版!〈附〉パリISテロへの特別寄稿」と。カバーソデの内容紹介文は実に端的です。「2015年1月にの『シャルリ・エブド』襲撃事件を受けてフランス各地で行なわれた「私はシャルリ」デモ。「表現の自由」を掲げたこのデモは、実は自己欺瞞的で無自覚に排外主義的であった。宗教の衰退と格差拡大によって高まる排外主義がヨーロッパを内側から破壊しつつあることに警鐘を鳴らす」と。あのデモに違和感を覚えざるをえなかった読者にとって注目すべき分析が展開されています。巻頭の「日本の読者へ」においてトッドは「本書はたしかにフランスについての本ですが、私の確信するところでは、先進国のあらゆる読者に語りかけ、話を通じさせることができるはずの本です」(6頁)と書いています。この巻頭言は書名のリンク先で全文を読むことができます。


★オーストリアの作家バッハマン(Ingeborg Bachmann,1926-1973)の短篇集『三十歳』は、Das dreißigste Jahr (Piper, 1961)の翻訳で、底本は78年に同社から出た全集第三版とのことです。旧訳には白水社の「新しい世界の文学」シリーズで1965年に出版された生野幸吉訳『三十歳』があります。今回の新訳は約半世紀ぶりということになります。収録作は「オーストリアの町での子供時代」「三十歳」「すべて」「人殺しと狂人たちのなかで」「ゴモラへの一歩」「一人のヴィルダームート」「ウンディーネが行く」の7篇。「新しい言葉がなければ、新しい世界もない」という「三十歳」の主人公の日記の言葉(85頁)は、バッハマン自身の言葉でもあっただろうかと想像します。「人間らしさとは、距離を保つことができるということなのだ。/ぼくから距離をとってくれ、そうでなければぼくは死ぬ。それとも殺す、それとも自分を殺す。距離なんだ、頼むよ!/ぼくは怒っている、始めから終わりもない怒りだ」(「三十歳」42頁)。


★さらに最近では以下の新刊との出会いがありました。


『曝された生――チェルノブイリ後の生物学的市民』アドリアナ・ペトリーナ著、粥川準二監修、森本麻衣子・若松文貴訳、人文書院、2016年1月、本体5,000円、A5判上製380頁、ISBN978-4-409-53050-4
『なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる』ジョナサン・シルバータウン著、寺町朋子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年1月、本体2,100円、46判上製264頁、ISBN978-4-7726-9549-7



★ペトリーナ『曝された生』は、Life Exposed: Biological Citizens after Chernobyl (Princeton University Press, 2002)の翻訳です。底本は、福島での原発事故についての言及がある新たな序文を加えた2013年版です。著者はペンシルベニア大学人類学教授。本書は著者のデビュー作で、医療人類学の分野において高い評価を得ています。リスク社会論で高名なウルリヒ・ベックは本書を「比類なきもの」として絶賛しています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻末解説「チェルノブイリとフクシマの生物学的市民権」をお書きになっておられる監修者の粥川さんは本書を「今後も起きるであろう大災害やバイオ医療技術の展開を見据え、広く深くそれらを考えるために、間違いなく必読書である」と評価されています。ここ最近盛り上がっている人類学でまた注目の新刊が出たかたちです。


★シルバータウン『なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる』は、The Long and the Short of It: the Science of Life Span and aging (University of Chicago Press, 2013)の翻訳です。著者は原著刊行時はイギリスの国立通信教育大学「オープン・ユニヴァーシティ」の生態学教授でしたが、2014年10月からはエディンバラ大学の進化生物学研究所に移っています。著者にとって本邦初訳となる本書は、老化と寿命という人間にとって避けがたい仕組みとそれらが意味するものについて、進化生態学(Evolutionary Ecology)の見地から興味深く解説してくれます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ヒトが進化の過程で不老不死を手に入れられなかった理由についても説明がありますが(223頁)、科学の素人でもなるほど、と納得できるものではないかと感じました。


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