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注目新刊:ディディ=ユベルマン『「それ」のあったところ』新曜社、ほか

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★最近出会いがあった新刊を列記します。


『「それ」のあったところ――《ビルケナウ》をめぐるリヒターへの4通の手紙』ジョルジュ・ディディ=ユベルマン(著)、西野路代(訳)、新曜社、2024年9月、本体4,900円、4-6判並製296頁、ISBN978-4-7885-1856-8
『幸徳秋水伝――無政府主義者宣言』栗原康(著)、夜光社、2024年9月、本体2,800円、四六判並製480頁、ISBN978-4-906944-23-1

『ラフカディオ・ハーンの耳、語る女たち――声のざわめき』西成彦(著)、洛北出版、2024年9月、本体2,700円、四六判並製400頁、ISBN978-4-903127-35-4

『原田康子の挽歌――北海国の終焉』南富鎭(著)、作品社、2024年9月、本体2,400円、四六判上製224頁、ISBN978-4-86793-048-9

『廷臣たちの英国王室――英国王室を支える影の力』ヴァレンタイン・ロウ(著)、保科京子(訳)、作品社、2024年9月、本体3,600円、四六判並製440頁、ISBN978-4-86793-042-7



★『「それ」のあったところ』は、フランスの哲学者で美術史家のジョルジュ・ディディ=ユベルマン(Georges Didi-Huberman, 1953-)による書簡形式のリヒター論を訳したもの。4通の書簡から成り、1冊にまとまったかたちではドイツ語訳版『“Wo Es war”, Vier Briefe an Gerhard Rochter』(Walther König, 2018)が出ていますが、今回の訳書はドイツ語訳版に加え、オリジナル版であるフランス語書簡(2016年、2回にわたって「カイエ(フランス国立近代美術館報告書)」誌に掲載されたもの)を参照して訳出されています。


★ドイツの抽象画家ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter, 1932-)の連作絵画「ビルケナウ」をめぐってリヒターに宛てた手紙の形式を本書は取っています。訳者あとがきの説明を借りつつ補足すると、リヒターの絵画「ビルケナウ」は、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所のゾンダーコマンド(特務班)に任命されたユダヤ人収容者によって、内部告発の目的で(第五死体焼却所において)1944年8月に撮影された4枚の写真をもとに描かれたものです。ディディ=ユベルマンは4枚の写真について『イメージ、それでもなお――アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』(Images malgré tout, Minuit, 2004;橋本一径訳、平凡社、2006年)で論じていますから、リヒターの作品も論じることになったのは必然的と言えるでしょう。


★「あなたがゾンダーコマンドの4枚の写真から出発し、作品の制作を企図したことは、フェティシズムを我がものとする戦略――ウォーホルのやり方のように――とは無関係であることは明らかだと思います。その理由として、たとえば、あなたはそもそもこの写真に関しては私的利用するために「権利を買った」わけではないということが挙げられます。1945年、ヴワディスワフ・スチシェミンスキ〔ポーランドの画家〕がナチスの収容所の写真を自身の抽象ドローイングに取り入れたとき、彼はこれらの写真を否認(事実を伝えるという記録としての性質を超えて「芸術的」にするために)したわけでもなく、またそれを流用(これを「我がもの」にするため、あるいは自分の「スタイル」に従わせるために)したわけでもありません。ゲルハルト・リヒターさん、あなたもまた、ゾンダーコマンドの4枚の写真を「否認」することも、ましてや「流用」することも絶対にしてはならないと、注意深くこの作業について考えを巡らせ続けてこられたのではないでしょうか」(第2の手紙「絵画がアポリアに直面するとき」109~110頁)。


★「私はあなたの企てが持つ難しさのすべてを、いまではもっとよく理解することができます(そしてなぜ、このような試練があなたに懐疑や、待つことや、ためらいを強いるのかも)。私が「あらゆるものに抗するイメージ」と呼んだ、ゾンダーコマンドの4枚の写真から出発し、4枚の大きなあらゆるものに抗する残像をあなたは描こうとしています。これは絵画による事後的な4つの決定であり、ある歴史的事後性の、これら死のイメージの、あるいは「残存」の具体的な4つの像なのです」(同116頁)。「あなたはそれを地下聖堂に埋葬するように、4枚の非具象的な絵画作品の、激しい動きを示す物質の中に埋め、暗号化することによって、「地下墓室」に変えたのです。ルイ・マランは「表現とは、時間を作品という墓の中に埋めること、あるいは埋めようと試みることだ」と述べましたが、ゲルハルト・リヒターさん、あなたもまた墓を作ったのです」(第4の手紙「樹皮の形成」234~235頁)。


★「あなたの描いた《ビルケナウ》シリーズを前にして、私は自分自身の樹皮-体験を何らかの形で再び見出すのです。暗号化され、謎めいた主題は、同時に目に見えるものとして物質そのものに付着し、内在し、基底にあります。ちょうど、肉が表皮の下にあるようなものです――はっきり露出していなくても、表皮と切り離すことができないように。それはちょうど症候――疾患や皮膚の損傷――において肉が見えるようなものだと言うことができるでしょう。絵画とは、それゆえにここでは樹皮であり、その主題の外皮だとしたならば」(同253頁)。なお、ディディ=ユベルマンがビルケナウ収容所について論じた『樹皮』(Écorces, Minuit, 2011)の日本語訳は、江澤健一郎編訳『場所、それでもなお』(月曜社、2023年)に収録されています。


★『幸徳秋水伝』は東北芸術工科大学非常勤講師でアナキズム研究がご専門の栗原康(くりはら・やすし, 1979-)さんによる「日本のアナキズム黎明期とその青春群像を描く大河評伝」(帯文より)。『大杉栄伝――永遠のアナキズム』(夜光社、2013年;角川ソフィア文庫、2021年)の「前史となる」(同じく帯文より)もの。幸徳秋水(こうとく・しゅうすい, 1871-1911)はジャーナリストでアナキスト。「検察によれば、この直接行動も暗殺を意味しているという。それは「暴力革命」であり、「爆弾を用いる暴挙」なのだと。ちゃんちゃらおかしい。直接行動とは、自分たちのことは自分たちでやる、直接やる、やれるんだということだ」(418頁)。


★『ラフカディオ・ハーンの耳、語る女たち』はまもなく発売。立命館大学名誉教授の西成彦(にし・まさひこ, 1955-)さんによる小泉八雲論を集成したもの。各媒体での発表分だけでなく既刊書(『ラフカディオ・ハーンの耳』岩波書店、1993年/同時代ライブラリー、1998年;『耳の悦楽――ラフカディオ・ハーンと女たち』紀伊國屋書店、2004年)所収のものもふくめて改訂増補してまとめています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。絵図写真を多数掲載。


★作品社の9月新刊より2点。『原田康子の挽歌』は、小説家の原田康子(はらだ・やすこ, 1928-2009)さんについて、静岡大学教授の南富鎭(なん・ぶじん, 1961-)さんが論じたもの。「原田康子文学を「喪失の文学」「喪の文学」として捉えつつ、《挽歌》の歴史的な意義を明らかにし、喪失と成熟の枠組みから北海道文学の新たな構築を試みる」(帯文より)。あとがきによれば本書は『桜木紫乃の肖像――北海共和国とクシロの人びと』(作品社、2023年9月)の姉妹編とのことです。


★『廷臣たちの英国王室』は、英国のジャーナリストで「タイムズ」紙の王室担当を務めるヴァレンタイン・ロウ(Valentine Low)の著書『Courtiers: The Hidden Power Behind the Crown』(Headline, 2022/2023)の訳書。底本は加筆修正された2023年のペーパーバック版です。帯文に曰く「側近たちの逸話が伝える、ベールの内側の真の姿」。「君主が存在すれば、宮廷が存在する。宮廷が存在すれば、廷臣が存在する。資金繰りを担当し、アドバイスを授けると同時に、宮殿生活の神髄である、ありとあらゆるもてなしを取り仕切るのが彼らだ」(第1章、12頁)。

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