★注目新刊単行本と注目新書既刊を列記します。
『終わるまではすべてが永遠――崩壊を巡るいくつかの欠片』木澤佐登志(著)、青土社、2024年9月、本体2,600円、46判並製++頁、ISBN978-4-7917-7659-7
『アメリカの罠――トランプ2.0の衝撃』イアン・ブレマー/ポール・ダンス/ポール・クルーグマン/ジム・ロジャーズ/ジョン・ボルトン/ジャック・アタリ/ジェフリー・サックス/ユヴァル・ノア・ハラリ(著)、大野和基(編)、文春新書、2024年8月、本体900円、新書判192頁、ISBN978-4-16-661465-3
『無支配の哲学――権力の脱構成』栗原康(著)、角川新書、2024年8月、本体1,200円、新書判408頁、ISBN978-4-04-082513-7
『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』戸谷洋志(著)、講談社現代新書、2024年8月、本体900円、新書判208頁、ISBN978-4-06-536989-0
『意識の脳科学――「デジタル不老不死」の扉を開く』渡辺正峰(著)、講談社現代新書、2024年6月、本体1,200円、新書判392頁、ISBN978-4-06-536111-5
★『終わるまではすべてが永遠』は、文筆家の木澤佐登志(きざわ・さとし, 1988-)さんが、2019年から2023年にかけて「現代思想」「ユリイカ」「文藝」ほかの各媒体に発表してきた13本の論考に加筆修正を行い、書き下ろしの「はじめに」と「おわりに」を加えたもの。「加速する世界の憂鬱」「生まれてこないほうがよかった――ではどこへ?」「現実としてのことではないどこか」の3部構成です。カウンターカルチャーの遺産と可能性、反出生主義、Qアノンやヴェイパーウェイヴなどが論じられます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「私たちは、世界は、壊れながら生きる。崩壊こそが生の本質だから。しかし壊れることで、私たちは〈外〉へと向かい、同時に〈外〉をこちら側へ呼び寄せる。そのとき、「ここ」は「ここではないどこか」に変容するだろう。/私は歓待する。壊れた生を」(319頁)。
★『アメリカの罠』は、大野和基さんによる識者インタヴューの最新刊。米国大統領にトランプが再選された場合、米国や世界、そして日本はどうなるか、という主題を8人が分析しています。8人というのは国際政治学者のイアン・ブレマー、トランプ政権で人事管理庁の首席補佐官を務めた法律家のポール・ダンス、経済学者のポール・クルーグマン、投資家のジム・ロジャーズ、トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン、フランスの思想家ジャック・アタリ、経済学者のジェフリー・サックス、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ、といった面々。
★トランプが「打倒」を目標に掲げている「ディープ・ステート」に言及しているのは、ブレマー、ダンス、ハラリ。特に、シンクタンク「ヘリテージ財団」による2025年政権移行のための「プロジェクト2025」を7月まで指揮していたダンス(Paul Dans)は、「ディープ・ステート(闇の政府)」「行政国家(第四の府)」について熱心に説明しています。陰謀論として笑うのは簡単ですが、この厄介なマジックワードに見え隠れする政治闘争の特徴を注意深く観察する必要があります。
★ダンスはこう述べます。「どれほど素晴らしいアイデアや政策でも、直接かかわる人が実行して初めて現実になるのです。もし直接かかわる人が保守派の思想に合わない人であれば、その素晴らしいアイデアや政策は実現しません。/政権が始まってから動き始めたら遅すぎるのです。/今度トランプが返り咲いたら前回のようなことが起こらないために、より一貫して保守的な思想を持つ人々が政権に入るようにする。/それが「プロジェクト2025」です。大統領就任一日目から起動できるように準備をするための新しいパラダイムです」(41頁)。
★「間違いなく「闇の政府」は存在します。〔…〕「闇の政府」はお金持ちで権力のある利益団体によって、政府内に入れられた高官から始まっています。そういう人は大統領を通して国民を導く実際の方向よりも、その団体に利益をもたらすために仕事をします。議員などとして議会の内側に入る人もいれば、議会の外側にある利益団体にいる場合もあれば、メディアや学界にもいます」(42頁)。「彼らは自分たちが与えられている権力を使って、水面下で操作するのです」(43頁)。
★「行政のすべての権限は大統領に帰属しています。/ところが、実際には、我々が「行政国家(administrative state)」と呼んでいる「第四の府」によって侵害されています。その第四の府は、メディアや国の方向を本質的に牛耳ろうとしているビッグビジネスなど外部の利益のネットワークから成り立っています。/すなわち、保守派の大統領が選出されても、国を動かすメカニズムは必ずしも大統領の掌中に入っていないわけです」(44頁)。これらの説明はよその国の話にすぎない、と聞き流すのは賢明ではないかもしれません。
★『無支配の哲学』は、アナキズム研究者の栗原康(くりはら・やすし, 1979-)さんの単著『何ものにも縛られないための政治学――権力の脱構成』(KADOKAWA、2018年)の改題改訂新書化です。「この世界の内側にいながらにして、この世界ではありえないものになっていく。あたらしいトポスをうちたてるのではない。トポスからトポスへ移行するあいだ、その境界こそがユートピアなのだ、革命なのだ」(399~400頁)。「よし、終わりにしよう。危機が煽られるたびにうちたてられる巨大な権力。もう従えない、がまんできない、逃げだしたい。宣言しよう。ここに積み上がった石は、ひとつのこらず崩れ落ちる。離脱とは、もうひとつの生をいきることにほかならない。ここが新天地じゃなかったら、どこにも新天地なんてないんだよ。フリーダム!」(401頁)。
★『生きることは頼ること』は、哲学者の戸谷洋志(とや・ひろし, 1988-)さんが、ハンス・ヨナス、エヴァ・フェダー・キテイ、ジュディス・バトラーを手がかりにして「「利他」の礎となる「弱い責任」の理論を構築」(帯文より)しよう試みた一冊。「本書は、「強い責任」とは異なる、もう一つの責任のあり方として、「弱い責任」という概念を提案する。〔…〕強い責任とは、自律性を偏重する近代的な人間観を前提とする、「強い」主体による責任を意味する。それに対して弱い責任は、人間が他者に頼らざるをえない「弱い」主体であることを前提とした、責任の概念である。/私たちの社会は、責任について語るとき、強い責任を過剰に重視している。しかし、強い責任は弱い責任によって補完されなければならず、そうでなければ社会は健全に機能しない」(20頁)。
★「自己責任論が蔓延する現代社会において、私たちは、未来をリスクに満ちたものだと見なしている。もちろんそれは事実だろう。しかし、そのようにリスクばかりを前景化することは、傷つきやすさを抱えた他者を、特に子どもたちを、ただいたずらに脅かし、その可能性をかえって閉塞させることになるのではないだろうか。それに対して、弱い責任における保証と信頼の実践は、そうした脅威を和らげ、子どもたちの可能性を開くものとして機能するのではないだろうか。/どんな未来が待ち受けているのだとしても、「私」は大丈夫であり、その未来を生き抜くことができる――そう子供たちが信じられる世界を維持することが、大人の責任である。そしてその責任は、責任の主体同士の連帯によって、大人たちが互いに連携し、互いに頼り合うことによって、はじめて成立するのである」(201~202頁)。
★『意識の脳科学』は、東大大学院准教授で神経科学者の渡辺正峰(わたなべ・まさたか, 1970-;正式な表記では「渡邉」)さんの『脳の意識 機械の意識――脳神経科学の挑戦』(中公新書、2017年)に続く2冊目の新書。カバー表4紹介文に曰く「意識のアップロードを可能にする秘策とは? 永遠の命を得た意識は、何を感じ、何を思うのか? 科学者人生を懸けた渾身の書」と。全16章構成で、「アップロード後の世界はどうなるか」「死を介さない意識のアップロードは可能か」「侵襲ブレイン・マシン・インターフェース」「いざ、意識のアップロード!」「意識の「生成プロセス仮説」」「AIに意識は宿るか」「意識のアップロードに向けての課題」「20年後のデジタル不老不死」など眼を惹く内容が続きます。
★このほか最近では以下の新刊近刊との出会いがありました。
『吉本隆明全集(35)2004-2007』吉本隆明(著)、晶文社、2024年9月、本体7,100円、A5判変型上製696頁、ISBN978-4-7949-7135-7
『完訳 ビーグル号航海記(下)』チャールズ・R・ダーウィン(著)、荒俣宏(訳)、平凡社ライブラリー、2024年9月、本体2,000円、B6変型判並製548頁、ISBN978-4-582-76973-9
『ダーウィンの隠された素顔――人間の動物性とは何か』ピエール・ジュヴァンタン(著)、杉村昌昭(訳)、法政大学出版局、本体3,600円、四六判上製310頁、ISBN978-4-588-01177-1
『植民地朝鮮と〈近代の超克〉――戦時期帝国日本の思想史的一断面』閔東曄(著)、法政大学出版局、2024年9月、本体5,000円、A5判上製354頁、ISBN978-4-588-15139-2
『季刊 農業と経済 2024年夏号(90巻3号)』英明企画編集、2024年8月、本体1,700円、A5判並製224頁、ISBN978-4-909151-62-9
★『吉本隆明全集(35)2004-2007』はまもなく発売。晶文社版全集第36回配本です。版元紹介文によれば「単行本未収録19篇。古代から近代初期までの古典から選ばれた言葉に批評を付した『思想のアンソロジー』、拉致問題や先の見えない不況など国内外の問題を語る『「ならずもの国家」異論』、生涯のうちで一番多感な想像上の「中学生」に向けて書かれた『中学生のための社会科』などを収める」。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。付属の「月報36」は、翻訳者の末次エリザベートさんによる「越えられない存在」と、写真家の島尾伸三さんによる「吉本隆明さんのこと」を収録。次回配本は第36巻(2007-2012)で、2025年1月発売予定とのことです。
★『完訳 ビーグル号航海記(下)』は先月刊行の上巻に続く発売。下巻には第12章「中央チリ」から第21章「モーリシャス島からイングランドへ」までを収録。巻末には、ダーウィン関連略年譜、図版出典、索引三種(地名、人名、生物名)、「サンゴ礁と火山の分布図」を配し、単行本版あとがき「ダーウィン初期の出版事情について」のほか、平凡社ライブラリー版あとがき「「死の進化論」だったかもしれない‥‥ビーグル号航海」が加わっています。今回の版では、訂正や補足などの手直しをし、読みやすい文章になるよう手を入れた、とのこと。また「19世紀当時の博物航海記録から見つけた興味深い絵図も合計20枚ほど追加で」掲載したとあります。
★法政大学出版局の最新刊より2点。『ダーウィンの隠された素顔』は、フランスの動物行動学者で生態学者のピエール・ジュヴァンタン(Pierre Jouventin, 1942-)による『La face cachée de Darwin : L'animalité de l'homme』(Libre et Solidaire, 2014)の全訳。帯文に曰く「社会ダーウィニズムの過ちを糺し、人間が生まれもった協同・利他的本能もよって競争原理を補完する方途を示す、アクチュアルなダーウィン論」と。
★ジュヴァンタンはこう書きます。「大半の生物学者はダーウィニズムのなかに事実だけしか見ようとせず、また大半の人文科学の研究者はそこに思想だけしか見ようとしないため、ダーウィニズムの社会的含意が否定されてしまっている」(8頁)。「自然科学と人間科学は、人間本性の動物性を冷静に議論しようと望むなら、相互に補い合わなくてはならない。競争と協同を和解させ、われわれを取り巻く混乱と蒙昧から、少なくとも個人的に身を解き放たねばならない」(269頁)。ジュヴァンタンの訳書は『ペンギンは何を語り合っているか――彼らの行動と進化の研究』(青柳昌宏訳、どうぶつ社、1996年;著者名表記はジュバンタン)に続く久しぶりの2冊目です。
★『植民地朝鮮と〈近代の超克〉』は、「1930~40年代の植民地朝鮮/帝国日本における〈近代の超克〉をめぐる思想空間を、「転換期」の歴史意識に注目しながら横断的に捉え直そうとする試み」(序章、3頁)。「植民地朝鮮/帝国日本における東亜協同体論や「世界史の哲学」をめぐる議論を、その関係性に注目しながら横断的に読み直してゆく」(14頁)。帯文に曰く「抵抗か協力かという二元論的な枠組みを問いに付し、帝国主義の構造を再考する画期的な試み」。著者の都留文科大学准教授の閔東曄(민동엽/ミン・ドンヨプ)さんにとって本書が初の単独著となります。
★『季刊 農業と経済 2024年夏号(90巻3号)』の特集は「「地場」化する酒類の未来――日本酒、ビールの今をめぐる楽しいウンチク」。「日本の酒の未来を占う」「原料生産と製造との関係変化」「酒とともに文化と風土を発信・輸出する」「酒を基軸にした地域振興」の4部構成で、14本の論考と6本のコラム、1本の座談会が掲載されています。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。特集頁扉の紹介文に曰く「酒類をめぐる消費と生産の動向を踏まえて、米や麦など原料生産との関係、製品のみならず文化の輸出も企図する傾向、ツーリズムを含む地域振興との関連等の視角から日本の酒類を特徴づけてその未来を展望」するとのことです。