★まず注目新刊を列記します。眼鏡が壊れたため入力作業に支障をきたしており、省力投稿となります。また、今回は取り上げる冊数が多いため、今まで2回やった注目既刊書は次回に持ち越します。
『100分de名著 リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』朱喜哲(著)、NHKテキスト:NHK出版、2024年1月、本体545円、A5判並製116頁、ISBN978-4-14-223160-7
『偶然性・アイロニー・連帯――リベラル・ユートピアの可能性』リチャード・ローティ(著)、齋藤純一/山岡龍一/大川正彦(訳)、岩波書店、2000年10月;2023年12月(16刷)、本体4,800円、四六判上製456頁、ISBN978-4-00-000449-7
『新訳 平和の経済的帰結』ジョン・メイナード・ケインズ(著)、山形浩生(訳・解説)、東洋経済新報社、2024年1月、本体2400円、四六判並製284頁、ISBN978-4-492-31557-6
★NHKEテレの「100分de名著」2024年2月放送は、大阪大学招聘教員の朱喜哲(ちゅ・ひちょる, 1985-)さんによる、リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』をめぐる講義。『偶然性・アイロニー・連帯』の原著は『Contingency, Irony, and Solidarity』(Cambridge University Press, 1989)で、全訳書は岩波書店から2000年に刊行されています。最新刷は昨年末の第16刷で、今回の番組放送に合わせた帯が巻かれています。曰く「人間の連帯はいかにして可能になるのか? 私的な生の成就と人間の連帯の根源が同一でないなら、時間と偶然を超えた永遠の秩序が存在しないなら、真理への希求を放棄したあと、果たして私たちにあるべき社会を構想することは可能なのか」。『偶然性・アイロニー・連帯』の目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。
★NHKテキストの表紙に記載されている紹介文は以下の通り。「現代アメリカを代表する哲学者でありながら、真理を探究する近代哲学を根本から否定したリチャード・ローティ。分断やポピュリズムを乗り越え、連帯可能な社会を目指すための「新しい哲学」の役割を追求した、実践的な思想を読みとく」。目次を下段に掲出しておきます。
【はじめに】哲学者とは会話の守護者である
第1回 近代哲学を葬り去った男(2月5日放送、6日・12日再放送)
第2回 「公私混同」はなぜ悪い?(2月12日放送、13日・19日再放送)
第3回 言語は虐殺さえ惹き起こす(2月19日放送、20日・26日再放送)
第4回 共感によって「われわれ」を拡張せよ(3月26日放送、27日・3月4日再放送)
★朱さんは「はじめに」でこう書いています。「今日、世界では政治的な分極化がますます進んでいます。特にSNSを中心に、エコーチェンバー、フィルターバブル、「論破」といった、議論や会話が成り立たなくなってしまう事態が深刻になっています。そのとき、一種の処方箋になるのがローティです。『偶然性・アイロニー・連帯』は、われわれがどうすれば会話を止めずに立ち回ることができるかについてのヒントや、その理論を提供してくれる本として読むことができます。また、いまの時代はいわゆる「炎上」が日常茶飯事となり、ひとたび失言があればすぐそこに人格的非難が集中します。その結果、安心して会話ができる場所が世の中からどんどん消えていっている。『偶然性・アイロニー・連帯』は、それを消さないようにするための足場にもなりうる本です」(8~9頁)。
★『新訳 平和の経済的帰結』は、『The Economic Consequences of the Peace』(Macmillan, 1919)の新訳。既訳には同じ東洋経済新報社から刊行されている『ケインズ全集』の第2巻に早坂忠訳(1977年;こちらの底本は原書全集版『The Collected Writings of John Maynard Keynes』Macmillan/Cambridge University Press)が収められていますが、そちらは高額本ということもあり、入手しやすい価格で新しい訳書が出たのは幸いでした。帯文はこうです。「今こそ読みたい、平和のための経済論。100年前、憎悪へ突き進む世界に警鐘を鳴らした20世紀最高の経済学者ケインズの傑作が復活」と。
★本書の冒頭はこんな言葉で始まります。「人類の顕著な特徴として、自分を取り巻く環境をあたりまえのものと思ってしまうということがある。西ヨーロッパが過去半世紀にわたり頼ってきた経済的な仕組みが、きわめて異例で、不安定でややこしく、信頼できない、一時的なものでしかないということを、はっきり認識している人はほとんどいない。/人々は自分たちの最近の経済的に恵まれた仕組みの中でも、最も特異で一時的な部分について、あたりまえで、永続的であり、あてになるものだと考えて、それに基づいて計画を立てている」(序論、2頁)。百年以上前の著作ですが、人類が歴史を繰り返す愚かさから脱することができていない以上、本書は再読に値すると思われます。
★「人々の意見を変える、示唆と想像の力を動かし始めることだ。真実を主張し、幻想を剥ぎ取り、憎悪をなくし、人々の心情や精神をもっと拡大し、指導することが、その手段でなければならない。/本書執筆時の1919年秋、私たちの運命が死に絶えた季節にいる。過去5年の苦闘、恐怖、苦しみの反動が今絶頂に達している。〔…〕私たちはもはや忍耐の限界を超えて動かされ、休息が必要だ。現存する人々の生涯の中で、今ほど普遍的な要素が輝きを失った時期はない」(236~237頁)。
★最近では以下の新刊との出会いがありました。
『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』シュピンドラー/ラウパッハ/ほか(著)、森口大地(編訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2024年1月、本体4,200円、四六変上製464頁、ISBN978-4-86488-292-7
『スリーパー・エージェント――潜伏工作員』アン・ハーゲドーン(著)、布施由紀子(訳)、作品社、2024年1月、本体2,700円、四六判並製288頁、ISBN978-4-86793-005-2
『新視点 出雲古代史――文献史学と考古学』松本岩雄/瀧音能之(編)、平凡社、2024年1月、本体3,900円、4-6判並製336頁、ISBN978-4-582-46913-4
『現代思想2024年2月号 特集=パレスチナから問う――100年の暴力を考える』青土社、2024年1月、本体1,600円、A5判並製254頁、ISBN978-4-7917-1459-9
『一つの惑星、多数の世界――気候がもたらす視差をめぐって』ディペシュ・チャクラバルティ(著)、篠原雅武(訳)、人文書院、2024年1月、本体2,700円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-409-03130-8
『ディスレクシア』マーガレット・J・ スノウリング(著)、関あゆみ(監訳)、屋代通子(訳)、人文書院、2024年1月、本体2,600円、4-6判並製208頁、ISBN978-4-409-34064-6
『福澤諭吉――幻の国・日本の創生』池田浩士(著)、人文書院、2024年1月、本体4,600円、4-6判上製368頁、ISBN978-4-409-04126-0
『新装版 フロイト著作集第7巻 ヒステリー研究/科学的心理学草稿』ジークムント・フロイト(著)、小此木啓吾/懸田克躬(訳)、人文書院、2024年1月、本体6,500円、A5判上製314頁、ISBN978-4-409-34061-5
★何点かについて特記します。『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』は、ルリユール叢書の第38回配本(52冊目)。帯文に曰く「ポリドリ『ヴァンパイア』ブームのさなか、1820~30年代にかけて発表された〔…〕怪縁が織りなすドイツ・ヴァンパイア文学傑作短編集。本邦初訳」。収録作は下段に転記しておきます。巻末には「ヴァンパイア関係事項年譜」と訳者解題「ヴァンパイア文学のネットワーク」が付されています。
死人花嫁|ゴットフリート・ペーター・ラウシュニク
死者を起こすなかれ|エルンスト・ラウバッハ
ヴァンパイアの花嫁|カール・シュピンドラー
ヴァンパイア アルスキルトの伝説|J・E・H
狂想曲――ヴァンパイア|イジドーア
ヴァンパイアとの駆け落ち|ヒルシュとヴィーザー
ヴァンパイア ワラキア怪奇譚|F・S・クリスマー
★『一つの惑星、多数の世界』は、インドの歴史学者ディペシュ・チャクラバルティ(Dipesh Chakrabarty, 1948-)の『One Planet, Many Worlds: The Climate Parallax』(Brandeis University Press, 2023)の訳書。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「政治的なものは、人間的な現象学に立脚していて、したがって意見の不一致に立脚している。それは人間を、複数のもののあつまりとして考えている。この複数性を逃れるすべはない。だがそれでも、単一の地球システムが人間の日常性へと侵入するということは、この複数性そのものを、緊急の政治的争点にする」(180頁)。
★「多様で対立し合う人間の集団が、提示された惑星的な行動の行程表のまわりで一緒になるとしたら、それはどのようにしてであろうか。私は、対立している立場との類縁関係を作り出し、誰であれ他の人とは完全には一緒にならないだろうということを理解するという思想が、こういったわけのわからない時代において私たち自身を導くにあたって何らかの役にたつことを期待する。一つの政治的主体として役目を果たすことの可能な人間でできた「私たち」は存在しないが、他方では、この危機において、ンベンベがジャン=リュック・ナンシーにならって「共同における存在」と呼ぶものをめぐってなすべきことがまだ残されている」(181頁)。
★『新装版 フロイト著作集第7巻』は、同著作集の新装版シリーズの区切りとなる1冊。人文書院版『フロイト著作集』は全11巻ですが、そのうち新装版で再刊されたのは、第4巻から第7巻の計4冊ということになります。第7巻は『ヒステリー研究』(懸田克躬訳)と、『科学的心理学草稿』(小此木啓吾訳)を収録。