★まもなく発売となる、ちくま学芸文庫11月新刊6点を列記します。
『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』ジャック・デリダ(著)、マリ=ルイーズ・マレ(編)、鵜飼哲(訳)、ちくま学芸文庫、2023年11月、本体1,600円、文庫判448頁、ISBN978-4-480-51087-7
『論語』土田健次郎(訳注)、ちくま学芸文庫、2023年11月、本体1,800円、文庫判736頁、ISBN978-4-480-51195-9
『所有と分配の人類学――エチオピア農村社会から私的所有を問う』松村圭一郎(著)、ちくま学芸文庫、2023年11月、本体1,500円、文庫判448頁、ISBN978-4-480-51200-0
『国家とはなにか』萱野稔人(著)、ちくま学芸文庫、本体1,300円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51211-6
『晩酌の誕生』飯野亮一(著)、ちくま学芸文庫、2023年11月、本体1,300円、文庫判384頁、ISBN978-4-480-51216-1
『読み書き能力の効用』リチャード・ホガート(著)、香内三郎(訳)、ちくま学芸文庫、2023年11月、本体2,100円、文庫判704頁、ISBN978-4-480-51217-8
★『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』は、フランスの哲学者ジャック・デリダ(Jacques Derrida, 1930-2004)の遺著『L'animal que donc je suis』(Galilée, 2006)の全訳(筑摩書房、2014年)の文庫化。カバー表4紹介文に曰く「動物をロゴスが欠落した存在とみなして排除してきた哲学伝統の脱構築に向う思考の挑戦」。文庫化にあたり、「文庫版訳者あとがき」と、画家の福山知佐子さんによる「応鳴、息の犇めき――ジャック・デリダの動物論に寄せて」が加えられています。前者によれば「この機会に可能な限り旧版をチェックし、かなりの修正を施した」とのことです。
★『論語』は、儒教研究者の土田健次郎(つちだ・けんじろう, 1949-)さんによる文庫オリジナルの訳注書。巻頭に長めの解説が置かれ、続いて章ごとに原文、書き下し、現代語訳、語注、補説、で構成されています。周知の通り文庫で読める『論語』の現代語訳は他の中国古典に比して数多く刊行されており、分冊形式もありますが、今回の本は全一巻なのがありがたいところ。筑摩書房さんではちくま文庫で齋藤孝さん訳の『論語』など、関連書があります。複数の解釈や現代語訳に接することで理解が深まり、比べ読みする独学の楽しさが大いにあります。
★『所有と分配の人類学』は、文化人類学者の松村圭一郎(まつむら・けいいちろう, 1975-)さんが「博士論文を大幅に改変して2008年に世界思想社から出版した最初の単著の文庫版」(文庫版あとがきより)。「文庫化にあたっては、論旨には手をくわえず、文章表現を整え、誤りを訂正することに専念した」(同)とのことです。帯文に曰く「「私のもの」と「誰かのもの」、両者のスキマから社会を捉え返す」と。巻末解説として、哲学者の鷲田清一さんによる「「耕し」の思想へ――松村圭一郎の所有論」が加えられています。
★『国家とはなにか』は、政治哲学者の萱野稔人(かやの・としひと, 1970-)さんの単独著デビュー作(以文社、2005年)の文庫化。帯文に曰く「国家の存立機制から国民国家の成立、資本主義との関係までを論じ切った記念碑的論考」。文庫化にあたり、「文庫版あとがき」と、政治思想史家の大竹弘二さんによる解説「暴力なき国家はありうるのか」が収録されています。前者で萱野さんはマルクス主義国家論における暴力の理解に疑義を呈し、その限界を示すことが本書の問題意識に含まれていた、と明かしておられます。
★『晩酌の誕生』は、食文化史研究家の飯野亮一(いいの・りょういち, 1938-)さんによる文庫版オリジナルの書き下ろし。帯文に曰く「はじめて明かされる家飲みの歴史」。主要目次を掲出しておきます。非常に興味深いです。
はじめに
序章 酒は百薬の長
第一章 万葉集に詠まれた独り酒
第二章 中世の独り酒
第三章 晩酌のはじまり
第四章 明かりの灯る生活
第五章 灯火のもとでの外食
第六章 江戸庶民の夜間の暮らし
第七章 江戸で花開いた晩酌文化
第八章 晩酌の習慣が広まる
第九章 多彩な晩酌の肴
第十章 長くなった夜の生活時間
おわりに
参考資料・文献一覧
★『読み書き能力の効用』は、レイモンド・ウィリアムズ((Raymond Henry Williams, 1921-1988)とともに英国におけるカルチュラル・スタディーズの草分け的存在の一人であったリチャード・ホガート(Herbert Richard Hoggart, 1918-2014)の代表的著作『The Uses of Literacy: Aspects of Working Class Life』(Chatto and Windus, 1957)の訳書(晶文社、1974年;新装版1986年)の待望の文庫化。訳者の香内三郎(こううち・さぶろう, 1931-2006)はお亡くなりになっているため、訳文改訂の有無については特記されていません。巻末解説は京都大学教授の佐藤卓己さんによる「文化研究(カルチュラル・スタディーズ)の金字塔」。佐藤さんはこう書いておられます。「本書刊行から66年後の今日読むとき、労働者階級出身の知識人が20世紀の「福祉国家」イギリスで書いた著作であることを忘れてはならない」(637頁)。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『歴史をどう書くか――カルロ・ギンズブルグの実験』上村忠男(著)、みすず書房、2023年11月、本体5,000円、四六判上製256頁、ISBN978-4-622-09656-6
『風狂と遊戯――閑に読む一休と良寛』沓掛良彦(著)、目の眼、2023年6月、本体3,200円、A5判上製366頁、ISBN978-4-907211-25-7
『久保田万太郎と現代――ノスタルジーを超えて』慶応義塾大学『久保田万太郎と現代』編集委員会(編)、平凡社、2023年10月、本体4,800円、A5判上製440頁、ISBN978-4-582-83938-8
『1930年代の只中で――名も無きフランス人たちの言葉』アラン・コルバン(著)、寺田寅彦/實谷総一郎(訳)、藤原書店、2023年10月、本体2,600円、四六変型判上製240頁、ISBN978-4-86578-398-8
『師恩友益――一経済学者の交友の想い出』市村真一(著)、藤原書店、2023年10月、本体4,400円、四六判上製328頁+カラー口絵4頁、ISBN978-4-86578-401-5
『熊沢蕃山と後藤新平――二人をつなぐ思想』鈴木一策(著)、楠木賢道(監修)、藤原書店、本体4,400円、四六判上製360頁、ISBN978-4-86578-402-2
『ヨモギ文化をめぐる旅――シェイクスピアと石牟礼道子をつなぐ』鈴木一策(著)、藤原書店、2023年10月、本体2,700円、四六判上製256頁、ISBN978-4-86578-403-9
『マゼラン船団 世界一周500年目の真実――大航海時代とアジア』大野拓司(著)、作品社、2023年10月、本体2,700円、四六判並製265頁、ISBN978-4-86182-977-2
『マレーシアに学ぶ経済発展戦略――「中所得国の罠」を克服するヒント』熊谷聡/中村正志(著)、作品社、2023年10月、本体2,600円、46判並製288頁、ISBN978-4-86793-003-8
『善鸞』三田誠広(著)、作品社、2023年10月、本体2,600円、46判上製328頁、ISBN978-4-86793-000-7
★上記より2点について特記します。『歴史をどう書くか』はまもなく発売。思想史家の上村忠男(うえむら・ただお, 1941-)さんによる2冊目のギンズブルグ論(1冊目は『歴史家と母たち――カルロ・ギンズブルグ論』未來社、1994年)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。10本の論考に加え、付録としてギンズブルグがオンライン雑誌に今年寄稿した論文「わたしはアルナルド・モミリアーノから何を学んできたか」が訳出されています。「〈表象と真実〉問題をめぐってのホワイト=ギンズブルグ論争とも深くかかわる論考」とのことです。ホワイト=ギンズブルグ論争については、アンソロジー『アウシュヴィッツと表象の限界』(未來社、1999年;復刊2013年)でホワイトの論考「歴史のプロット化と真実の問題」と、ギンズブルグの論考「ジャスト・ワン・ウィットネス」を上村さんの訳で読むことができます。
★『1930年代の只中で』は発売済。フランスの歴史家アラン・コルバン(Alain Corbin, 1936-)が1967年にフランスの地方都市リムーザンで一般市民に聞き取り調査をした未刊の研究論文に新たな序文(「序幕」と題されています)を添えて出版した『Paroles de Français anonymes : au cœur des années trente』(Albin Michel, 2019)の全訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の訳者付記によれば「コルバンがリムーザンの人々に尋ねたのは、迫りくるファシズムの脅威を前に、左派連合の人民戦線が成立した1934年から36年の記憶についてであり、本書では第一次世界大戦以降この時期までのフランス史の諸事実が頻繁に言及される」(2頁)とのことです。コルバンの「原点」(同頁)とも言える一冊。