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注目新刊:ジャリ『昼と夜 絶対の愛』ルリユール叢書:幻戯書房、ほか

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★まず最初に最近出会いのあった新刊を列記します。


『昼と夜 絶対の愛』アルフレッド・ジャリ(著)、佐原怜(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2023年6月、本体3,000円、四六判変上製320頁、ISBN978-4-86488-277-4
『交差する物語――本橋成一とロベール・ドアノー』東京都写真美術館(編)、平凡社、2023年6月、本体2,600円、B5判並製244頁、ISBN978-4-582-20731-6

『荻生徂徠全詩2』荒井健/田口一郎(訳注)、東洋文庫:平凡社、2023年6月、本体3,800円、B6変型判函入上製436頁、ISBN978-4-582-80914-5

『エルドアンが変えたトルコ――長期政権の力学』間寧(著)、作品社、2023年6月、本体2,700円、46判並製320頁、ISBN978-4-86182-972-7



★特記したいのは、ルリユール叢書の第31回配本(43冊目)となる、ジャリ『昼と夜 絶対の愛』。フランスの作家アルフレッド・ジャリ(Alfred Jarry, 1873-1907)の訳書としては、旧訳の再刊を除くと、宮川明子訳『ユビュ王 Comic』(フランツィシュカ・テマソン画、青土社、1993年)以来の新刊ではないでしょうか。帯文に曰く「兵役体験における生と存在を夢幻的に描く『昼と夜』、催眠術によって新しい世界を創造しようとする『絶対の愛』の小説2篇を収録」。『昼と夜』は1897年、ジャリが23歳の折(24歳の誕生日の4カ月前)に公刊した初めての小説。『絶対の愛』は1899年、25歳の折(26歳の誕生日の4カ月前)に私家版で上梓した小説です。


★訳者解題に曰く「極めて独特なジャリ作品は同時代の読者にはほとんど理解されず、そうでなくとも多くの場合、一面的な評価を受けるにとどまった。しかしながら没後、ジャリ作品の重要性を評価する文学者たちが現れるようになった」(290頁)。「ジャリの表現方法はいまだに色褪せないものだと思う。具体的なものから抽象的なものに至るさまざまな語彙を総動員する表現や、個人的な話と形而上学的な話を混在させる飛躍の多い構成は、刺激的であり、何度読んでも常に新たな発見がある」(312頁)。


★ルリユール叢書の7月予定は2点、エレナ・ポニアトウスカ『乾杯、神さま』鋤柄史子訳、ギ・ド・モーパッサン『モン゠オリオル』渡辺響子訳、が予告されています。前者は「メキシコのルポルタージュ文学の長篇傑作」、後者は「数少ないモーパッサンの長篇小説」。後者には既訳に杉捷夫訳『モントリオル』(上下巻、岩波文庫、1957年)など、複数あります。同叢書の巻末に掲出されている続刊予定には眼をみはる書目が並んでいるのですが、セリーヌ『戦争』森澤友一朗訳、には特に驚きました。1934年の従来版では失われていた原稿が2021年に発見されて、2022年にガリマールから刊行されたばかりです。既訳には石崎晴己訳「戦争」(『セリーヌの作品(14)戦争・教会…他』所収、国書刊行会、1984年)がありますが、長期品切で厄介な古書価になっています。


★続いて、新書の注目既刊書を並べます。


『柄谷行人『力と交換様式』を読む』柄谷行人/國分功一郎×斎藤幸平/大澤真幸/東畑開人/渡邊英理/佐藤優/鹿島茂(著)、文春新書、2023年5月、本体1,000円、新書判288頁、ISBN978-4-16-661410-3
『トッド人類史入門――西洋の没落』エマニュエル・トッド/片山杜秀/佐藤優(著)、文春新書、2023年3月、本体850円、新書判208頁、ISBN978-4-16-661399-1

『問題はロシアより、むしろアメリカだ――第三次世界大戦に突入した世界』エマニュエル・トッド池上彰(著)大野舞(通訳)、朝日新書、2023年6月、本体790円、新書判200頁、ISBN978-4-02-295223-3

『2035年の世界地図――失われる民主主義 破裂する資本主義』エマニュエル・トッド/マルクス・ガブリエル/ジャック・アタリ/ブランコ・ミラノビッチ/東浩紀/市原麻衣子/小川さやか/與那覇潤(著)、青山直篤/宮地ゆう/吉岡桂子(聞き手)、長野智子(コーディネーター)、朝日新書、2023年2月、本体850円、新書判256頁、ISBN978-4-02-295205-9

『目的への抵抗――シリーズ哲学講話』國分功一郎(著)、新潮新書、2023年4月、本体780円、新書判206頁、ISBN978-4-10-610991-1

『マルクス――生を呑み込む資本主義』白井聡(著)、今を生きる思想:講談社現代新書、2023年2月、本体800円、新書判128頁、ISBN978-4-06-531196-7



★目を引くのは新書でのトッドの度重なる器用でしょうか。数年前からトッドへのインタビュー本が増えているのは周知の通りですが、マルクス・ガブリエルを除くとヨーロッパの学者のうちもっとも日本での登場回数の多い人々のトップクラスに入ると思います。


★柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店、2022年10月)の副読本と言える『柄谷行人『力と交換様式』を読む』は自著について語るロングインタビューが収録されるとともに、識者による対談や書評がまとめられており、値段も手ごろです。単行本の刊行からは9カ月程度しか経っていませんけれども、単行本と並行して文庫版があったらよかったですね。


★岩波書店さんには、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(上下巻、2011年)の文庫化予定もお尋ねしたいところです。堤未果さんが同書をめぐる2つの新刊を先月出したばかりなので、注目度が否応なく高まっているでしょう。『ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』――「惨事」を狙うのは誰か』(NHKテキスト:100分de名著)、『堤未果のショック・ドクトリン――政府のやりたい放題から身を守る方法』(幻冬舎新書)。


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【雑記17】


6月23日。CCC、紀伊國屋書店、日販の三社が「書店主導の出版流通改革及びその実現を支える合弁会社設立に向けた協議を開始する基本合意契約を締結した」。このプレスリリースや各媒体での報道に驚いたのは出版人だけでなく、三社の社内でも同様だったようだ。社内には事前に知らされていなかった。これだけインパクトのある新会社のことだから、社外への情報漏洩を避けたかったのだろう。


不思議なのは「書店と出版社が販売・返品をコミットしながら送品数を決定する、新たな直仕入スキームの構築を目指します。粗利率が30%以上となる取引を増やす」と宣言しながらも、「日販の物流インフラ・配送網を利活用」とも言っているところだ。版元直取引だが取次を使う、というのだから、ただちには理解しにくい。


簡単に言えば、出版社との条件交渉は取次ではなく書店自身が行なう、ということだろう。日販のこのスタンスはトーハンのそれとは対照的である。トーハンの近藤敏貴社長は4月27日の「全国トーハン会代表者総会」で、4年連続となる赤字に触れつつ、「出版社からの協力金を加えても出版流通コストは賄いきれず」「既存構造のなかで、出版流通は機能していない」ので「今後、コストに見合わない出版社の取引条件の見直しについて相談していく」と挨拶したと業界紙に報じられた。


トーハンは取次自身による条件交渉をするつもりだが、日販はそうではない。この違いはいささか戦慄を覚えさせる。ここ半年ほどで、DNP系の丸善ジュンク堂書店やイオン系の未来屋書店の日販帳合店が、トーハンに鞍替えすることが発表された。帳合変更はこれで終わりではないだろうとの声も聞く。日販はどうなってしまうのか、と少なくない業界人が心配していた。そこへ今回の新会社設立準備の知らせである。設立は今秋を目指すという。2024年の物流問題(上限960時間問題)が間近に迫っているだけに、急ぐのも理解できる。


ここから先の展開はすでに業界内で囁かれているけれども、今は口をつぐむしかない。ただ常識的に考えて、粗利30%以上となるためには、出版社が10%以上正味を下げるか、キックバックを設定するか、という大きな譲歩をしなければ実現は困難だろう。裏を返せば、書店が出版社の強烈な拡販施策を飲むか、相当な冊数を買い切るか、選択肢は今のところそう多くはないように見える。


実際にそれをやれるかどうかは、CCC傘下の出版社や紀伊國屋書店の出版部門でまず試してからでも遅くないだろう。出版社が売って欲しい本を好条件のために受け入れるのか、書店が売りたい本を大量に買い付けるのか、では方向性が真逆である。プロダクトアウトからマーケットインへ舵を切ろうという現在、直取引をめぐる綱引きがどちらに振れるのか、それとも妥協点を見出すのかに、注目が集まるところだ。


拡販施策にせよ大量買付にせよ、書店の現場への負荷は大きくなるだろう。紀伊國屋書店は村上春樹のエッセイ集の販売ルートを寡占した際、他書店からさんざん嫌味を言われた過去がある。今回の新会社ではどうか。紀伊國屋書店単独ではなく、CCC傘下の蔦屋/TSUTAYAや、日販傘下のリブロプラスと一緒にやるわけで、他社との協調路線が重要になるはずだ。


さらには他書店も参加可能なシステムにするのだから、ほかの日販帳合書店、例えば有隣堂や大学生協連は自分たちにどのような影響があるのか、見極める必要があるだろう。冷徹な力関係が支配する市場原理から言って、強者が改革を主導していくのは現実としては「よくあること」ではある。しかし、強者にせよマジョリティにせよ、単独では生きられない。便宜上対比して書くが「弱者やマイノリティ」が下支えに加わっているからこそ社会が成立している。目立つものも目立たぬものも、ともに社会を構成している。


売れる本があるからこそ、売れない本も出版できるし、販売できる、というまことしやかな誤解がある。そうではない。突出した数点の本が、書物の世界を支配しているのではない。少しずつでも多品種が幅広く売れていくことによって、売れる本も活かされるような、書店や出版社という森が育まれるのだ。多種多様な嗜好性を持つ様々な客を前にしていながらそれを無視して、「売れる/売れない」という短期間の金回りにすべてを還元しようとする視野狭窄が、出版人や書店人を我知らず呪縛する。滑稽だし、あさましい限りだ。文化を名乗る資格もない。ビジネスの大義のもとに自ら行動範囲を狭め、潜在力を疑って、なおも文化が耕せるだろうか。


社会を彩る価値のグラデーションの存在に、強者やマジョリティがどれだけ気づいているか。繰り返すが出版社の本や書店店頭の商品構成も同じで、多様性があり、グラデーションがある。不可視の色もスペクトルには存在している。新会社を設立し、書店主導で改革を進めようという蔦屋書店や紀伊國屋書店、リブロプラスはどうか。本の森を見ている書店員がどれくらいいるか。売れる本を出す大手版元も、売れない本を出している。売れない本だとして店頭に置いてもらえない中小版元の本も、別の場所、別の機会では地道に売れている。視野の外にあるものをどう見るか。そうした細部はあまり気づかれないものだ。


売れる本/売れない本、という恣意的な物差しで本を見る書店員は、視点を変えれば、売る力のあるなしで出版社から値踏みされる立場にある。互いに尊敬しあえる人間関係がなければ、とてもじゃないが、条件交渉などうまくいかない。誰かや何かを切り捨てる無謀な決定がまかり通るのを避けたければ、三社の新会社の方向性は三社のみで協議して済むものではけっしてない、ということにまずは気付いていなければならないだろう。


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