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注目新刊:ミシュレ『万物の宴』藤原書店、ほか

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『万物の宴――すべての生命体はひとつ』ジュール・ミシュレ[著]、大野一道[編]、大野一道/翠川博之[訳]、藤原書店、2023年2月、本体2,800円、四六変判上製320頁、ISBN978-4-86578-380-3

★19世紀フランスの歴史家ミシュレ(Jules Michelet, 1798-1874)の遺作『宴〔Le Banquet〕』を、エリック・フォーケ編『ミシュレ全集』の第16巻(Flammarion, 1980)に収録された下書きをもとに、日本語版編者である大野さんが「全体を読みやすいように編成し直し」て全訳したもの。大野さんによれば「ミシュレは、1853年から54年にかけての北イタリアで、食にも事欠く貧しい民衆の現実を目の当たりにし、それがこの地の荒れた自然と、不当なまでに不公平な社会のあり方から生じているという事実に気がついた。そして、あらゆるものが共に豊かな食事にあずかれる「宴」を思い、それがいかに実現可能かを思索した」(「編者はしがき」13頁)。

★「人間は本性からして集いよって生きる〔ソシアブル=社会的な〕ものだから、決して長いこと一人ではいられない。わたしはいくつかの友情を結んだ。/三種類の人的存在と、まず山々、海、そして星々とである」(「山々、星々、トカゲたち」33頁)。「夜は、昼のあかりの千倍にも値する。それは光の真の祝祭となる。いずれにせよあらゆるものがそこにいて、真昼よりもさらに優しくなっている」(34頁)。

★「わたしたちの周りに形成された広大な世界のなかでは、全体性が大いに拡大しているというのに、それに反して、個々人は、ほぼいたるところ全般的調和の一部分でしかない。しかじかの専門分野に身を捧げる個は、人間としての全般性を犠牲にしてそこに立てこもっている」(「祝祭を! わたしたちに祝祭を与えたまえ!」(225頁)。「近代人には、古代人がもっていなかったような祝祭が大いに必要なのだ。〔…〕ついさっきは孤独な歯車でしかないことで彼が嘆いていたこの現実世界が、友愛満ちた心の美しくはつらつとした調和であることを示す……〔…〕結社〔アソシアシオン〕のもつ奇跡的な力の望ましい働きによって」(226頁)。

★周知の通り、ミシュレはパリの印刷業者の一人息子でした。ミシュレが夢見た、アソシアシオンの力と祝祭を、現代人もまた見直すべき時期ではないかと思います。なお『万物の宴』のほか、藤原書店さんの2月新刊は以下の3点でした。

『自決と粛清――フランス革命における死の政治文化』ミシェル・ビアール[著]、小井髙志[訳]、藤原書店、2023年2月、本体5,300円、A5判上製408頁、ISBN978-4-86578-378-0
『植民地化・脱植民地化の比較史――フランス‐アルジェリアと日本‐朝鮮関係を中心に』小山田紀子/吉澤文寿/ウォルター・ブリュイエール=オステル[編]、藤原書店、2023年2月、本体6,200円、A5判上製544頁、ISBN978-4-86578-379-7
『核分裂・毒物テルルの発見――原爆/核実験/原発被害者たちの証言から』山田國廣[著]、本間都[協力]、藤原書店、2023年2月、本体3,600円、A5判並製モノクロ288頁/カラー120頁、ISBN978-4-86578-375-9

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『岡潔の教育論』岡潔/森本弘[著]、中沢新一[編/解説]、唐澤太輔[解説]、コトニ社、2023年3月、本体2,500円、46判並製272頁、ISBN978-4-910108-10-0
『新人類からZ世代への40年――『失われた時、盗まれた国』をめぐる対話:東京経済大学「現代思想a/社会思想a」』早尾貴紀/増田幸弘[編]、CCM Hong Kong、2023年2月、本体2,400円、四六判並製288頁、ISBNなし
『アナーキズム――政治思想史的考察』森政稔[著]、作品社、2023年2月、本体2,700円、46判上製328頁、ISBN978-4-86182-706-8
『ロシア・サイバー侵略――その傾向と対策』スコット・ジャスパー[著]、川村幸城[訳]、作品社、2023年2月、本体2,600円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-954-3

★『ロシア・サイバー侵略』は、アメリカ海軍大学院上級講師のスコット・ジャスパー氏の著書『Russian Cyber Operations: Coding the Boundaries of Conflict』(Georgetown University Press, 2020)の全訳。巻頭には駐日ウクライナ特命全権大使のコルスンスキー・セルギー氏の推薦文が掲げられています。曰く「サイバー空間におけるロシアの侵略は、本書で描かれているように、通常の兵器がまだ使われていない時期にすでに始まっていたのです。同じサイバー脅威にさらされている日本の皆さんにもぜひ本書を手に取っていただき、われわれの教訓と脅威への対処法を学んでいただきたい」と。

★ロシアのサイバー攻撃については類書がすでに複数ありますが、今年に入ってからは、「WIRED」誌のシニアライター、アンディ・グリーンバーグ氏の『サンドワーム――ロシア最恐のハッカー部隊』(倉科顕司/山田文[訳]、角川新書、2023年1月)が発売されており、話題を呼んでいます。また、隣接する問題圏への視線として、小泉悠/桒原響子/小宮山功一朗『偽情報戦争――あなたの頭の中で起こる戦い』(ウェッジ、2023年2月)も押さえておきたいところです。

★最後に、まもなく発売となる、ちくま学芸文庫の3月新刊5点を列記します。

『〈ほんもの〉という倫理――近代とその不安』チャールズ・テイラー[著]、田中智彦[訳]、ちくま学芸文庫、2023年3月、本体1,100円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-51160-7
『俺の人生まるごとスキャンダル――グルダは語る』フリードリヒ・グルダ[著]、田辺秀樹[訳]、ちくま学芸文庫、2023年3月、本体1,100円、文庫判224頁、ISBN978-4-480-51173-7
『増補 文明史のなかの明治憲法――この国のかたちと西洋体験』瀧井一博[著]、ちくま学芸文庫、2023年3月、本体1,300円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51174-4
『増補改訂 帝国陸軍機甲部隊』加登川幸太郎[著]、ちくま学芸文庫、2023年3月、本体1,600円、文庫判608頁、ISBN978-4-480-51169-0
『科学的探究の喜び』二井將光[著]、ちくま学芸文庫、2023年3月、本体1,000円、文庫判192頁、ISBN978-4-480-51171-3

★『〈ほんもの〉という倫理』は、2004年に産業図書から刊行され訳書の文庫化。カナダの政治哲学者チャールズ・テイラー(Charles Margrave Taylor, 1931-)の著書『The Ethics of Authenticity』(Harvard University Press, 1992)の全訳であり、テイラーの著書が文庫化されるのは初めてのことです。文庫版訳者あとがきによれば「記号の整理や一部の語句の修正・統一などを行った」とのことです。また、宇野重規さんの解説「テイラーを理解するための格好の入り口」が付されています。曰く「本書には、彼が展開した多様な議論のエッセンスが濃縮されている」と。

★ 『俺の人生まるごとスキャンダル』は有名ピアニストの対談本『グルダの真実』(洋泉社、1993年)の改題文庫化。『増補 文明史のなかの明治憲法』は2003年に講談社から刊行された単行本の増補文庫化。『増補改訂 帝国陸軍機甲部隊』は1981年に原書房より刊行された単行本の文庫化。『科学的探究の喜び』は文庫オリジナルで、生化学者の二井將光(ふたい・まさみつ, 1940-)さんは「プロローグ」に「研究生活で経験した、探究から《報告・レポート・論文》までの流れ、そして《発表》に関しての進め方やノウハウ、そして発見を伝える喜びを述べたい」と記しておられます。

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「ひとり出版社」が近年増え続けているようだ。私の身の回りでは、出版社に勤めていた編集者が独立するケースが多い。編集者であれば本を作る工程は分かっているだろうが、流通販売についても知っているかと言えばそうではないこともあるだろう。かつて所属していた会社では編集者と営業マンが鋭く対立する光景を見たこともあるかもしれない。

営業の知識と経験がない編集者は、販売の理想と現実に落差があることを簡単には理解できないだろう。「ひとり出版社」として独立したいならば、営業の苦労を知らない編集者は半人前であることを自覚する必要がある。逆もまた然りで、編集を知らない営業マンもまた半人前である。

編集者も営業マンも、互いの仕事を知識として知るだけではなく、実地で経験しておいた方がよい。出版社によっては希望すれば両方経験できるかもしれないが、たいていの場合は、どちらかを選択するかあてがわれるか、であろう。「ひとり出版社」の場合はそうはいかない。編集も営業も、経理も宣伝も理解しておく必要がある。

かつて版元営業の仕事は、出版社と取次、出版社と書店の橋渡し役が主要だった。こんにちの営業では、個々の読者への訴求力が求められるようになりつつある。宣伝部門が掲載先を新聞やテレビからウェブへと移していき、個々人の嗜好を踏まえて対象を絞っていくように、営業もまた、本と読者を繋ぐ力量が問われる。取次や書店への依存から脱却する工夫が求められる。

これは中抜きや直販への完全移行を意味するものではない。取次も書店も弱体化しつつあるが、それは出版社も同じだ。だからこそ、これからの出版社は、取次や書店の労苦を知り、本を自前で客に届ける喜びと苦しみを学ばねばならない。同様に、取次や書店はコンテンツ制作を出版社に依存するのではなく、自らもコンテンツを作り出す主体となることがいよいよ重要になってくるだろう。

これを「できるかできないか」ではなく「やるかやらないか」の問題だと捉える挑戦者たちは、すでに存在する。出版社、取次、書店、この三者の役割が従来の分業体制から越境的交差へと進展する、そんな事例が業界の広範囲で次第に増えていくような、未来への分岐点。それが近づきつつあるのかもしれない。

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