『大教授学――すべての人にすべての事を』J・A・コメニウス[著]、太田光一[訳]、東信堂、2022年11月、本体4,300円、A5判上製432頁、ISBN978-4-7989-1806-8
『中世の美学――トマス・アクィナスの美の思想』ウンベルト・エーコ[著]、和田忠彦[監訳]、石田隆太/石井沙和[訳]、慶應義塾大学出版会、2022年11月、本体 4,200円、四六判上製352頁、ISBN978-4-7664-2846-9
『ソクラテスの思い出』クセノフォン[著]、相澤康隆[訳]、光文社古典新訳文庫、2022年11月、本体1,160円、文庫判392頁、ISBN978-4-334-75470-9
『壊れゆく世界の標〔しるべ〕』ノーム・チョムスキー[著]、デヴィッド・バーサミアン[聞き手]、富永晶子[訳]、NHK出版新書、2022年11月、本体980円、新書判288頁、ISBN978-4-14-088687-8
★『大教授学』は、「コメニウス セレクション」の第6弾。17世紀モラヴィア(現チェコ)の教育思想家コメニウス(Johannes Amos Comenius, 1592-1670)の主著『Didactica Magna』(1657年)の全訳。全33章立てで、章題(書名のリンク先に詳細あり)と各章冒頭「訳者による紹介」を読むだけでも、概要を把握できるようになっています。既訳には、稲富栄次郎訳(玉川大学出版部、1956年)、鈴木秀勇訳(明治図書出版、1962年)がありましたが、新本で入手可能なのは今回の新訳のみです。
★第15章「人生を長くする基本原則」にはこうあります。「自然の1日は24時間である。それを生活の利用に散文勝士、8時間は睡眠、同じく8時間を外面的な用事にあて(健康への配慮、食事、着替え、上品な娯楽、友人とのおしゃべりなど)、あどは真剣な労働の時間だ。熱心に飽きることなく活用すべき8時間が残る。1週間では(7日目は全部休息にあてるので)仕事に充てるのは48時間、1年では2496時間である。それが10年、20年、30年ではどうなるだろう」(130頁)。「もしも1時間ごとに何らかの知識の定理を1つ、熟練作業の規則を1つ、美しい物語あるいは格言を1つ、学ぶならば(それが何の苦労もなくできるのは明らかだ)、いったいどれだけの学識の財宝が生み出されることだろう」(同)。
★「だからセネカが言うのはその通りである。「人生は使い方を知れば十分に長い。全生涯を立派に活用すれば、最大の事柄を完成させるのに十分である」。そこで重要なことは1つ、全生涯を立派に活用する巧みな技術に無知であってはならないということであろう。ではそれを調べねばならない」(同)。続く第16章は「教え学ぶ全般的な要件。すなわち、教えと学びを確実に、効果が現れざるをえないようにするにはどうしたらよいか」が主題であり、第17章から第19章は「教えと学びを容易にする基本原則」「教えと学びを着実にする基本原則」「教える際に簡略に、迅速にする基本原則」と続きます。本書は優れた、自己陶冶の書でもあります。
★『中世の美学』は、イタリアの作家で記号学者、思想家のウンベルト・エーコ(Umberto Eco, 1932-2016)のデビュー作となる学士論文『聖トマスにおける美学の問題(Il problema estetico in Tommaso d'Aquino)』(1956年)に、序文と結論部を追加し改訂した改題第二版『トマス・アクィナスにおける美学の問題(Il problema estetico in Tommaso d'Aquino)』(1970年)を全訳したもの。エーコの原点、出発点とも言える記念碑的著作の待望の訳書です。
★解説「「美」の宝庫としての中世哲学」は、東京大学の山本芳久教授がお寄せになっています。曰く「トマスの遺した膨大な著作群に散乱している「美」に関わるテクストのなかから論じるべきテクストを実に絶妙に選び出し、丁寧に解読するエーコの手腕は見事なものである。また、エーコは、トマスのみではなく、トマスに至る「中世美学」の重要なテクストを実に手際よく選び出し、トマス自身のテクストと対比させながらその異同を明らかにしている〔…〕「中世美学」という未体格の領域へと読者が踏み入っていくための絶好のガイドブックともなっている」と。
★『ソクラテスの思い出』は、古代ギリシアの哲学者ソクラテスの弟子で元軍人のクセノフォンが、詩人、政治家、弁論家の告発により裁かれて死刑判決を受けたソクラテスを擁護しその言行を紹介した、著名な古典の新訳です。不敬神の罪と若者を堕落させた罪に対して反論し、ソクラテスの教えを「同世代のプラトンとは異なる視点」(カバー裏紹介文より)から丁寧に解説しています。訳者あとがきによれば底本は「バンディーニ校訂のビュデ版(2000~2011年)」を用い、訳注と解説はドリオンによる詳細な仏語注解に負っているとのことです。既訳には佐々木理訳(岩波文庫、1953年)、内山勝利訳(『ソクラテス言行録1』所収、京都大学学術出版会、2011年)があります。
★『壊れゆく世界の標〔しるべ〕』は、米国の言語学者ノーム・チョムスキー(Avram Noam Chomsky, 1928-)への、アルメニア系アメリカ人のジャーナリスト、デヴィッド・バーサミアン(David Barsamian, 1945-)によるインタヴューをまとめた『Notes on Resistance』(AK Press, 2022)の訳書。2020年から21年にかけて収録されたものです。聞き手がいるとはいえ、チョムスキーの単独著といってもいい内容の「新書」形態での翻訳出版は、実に10年ぶりです。未訳分の2篇はいずれ書名のリンク先に掲載されるとのこと。なお、ウクライナ侵攻にかんしてのチョムスキーのコメントは、クーリエ・ジャポン編『世界の賢人12人が見たウクライナの未来プーチンの運命』(講談社+α新書、2022年5月)にて読むことができます。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『ピェール――黙示録よりも深く(上・下)』ハーマン・メルヴィル[著]、牧野有通[訳]、幻戯書房、2022年11月、本体各4,000円、四六変上製424頁/410頁、ISBN978-4-86488-261-3/978-4-86488-262-0
『現代思想2022年12月臨時増刊号 総特集=中井久夫――1934-2022』青土社、2022年11月、本体1,600円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1439-1
★『ピェール』上下巻は同時発売。「ルリユール叢書」第27回配本(37、38冊目)。米国の作家メルヴィル(Herman Melville, 1819–1891)の1852年の長編小説を新訳したもの。既訳には坂下昇訳(国書刊行会、1981年)がありますが現在品切。キリスト教社会の欺瞞に挑戦する内容のため、これまでの評価に毀誉褒貶があったという問題作です。「もしわれわれが、一人の男の本心に踏み入り理解しようとするならば、深く、深く、もっと深く、さらにはもっと深く降りてゆかねばならない。それはまるで垂直に掘り下げた立て坑の螺旋階段を降りてゆくようなものだ。終わりなどはない。まさしくその階段の螺旋構造と垂直坑道の暗闇によって、どこまでもその深みの無限性が秘められているのだから」(下巻167頁)。本作をメルヴィル文学の中心と見る研究家もいるのだそうです。
★『現代思想2022年12月臨時増刊号』は精神科医の中井久夫さんの追悼特集号。斯界を代表する作家だけあって、寄稿陣が豪華。上野千鶴子、大澤真幸、檜垣立哉、斎藤環+東畑開人(対談)、松本卓也、小泉義之、上尾真道、美馬達哉、伊藤亜紗、ほか多数。資料として、中井さんが青土社に一読者として書き送った「愛読者カード」(塚越敏『リルケとヴァレリー』青土社、1994年、に対するもの)の写真が掲載されているのが興味深いです。