『石が書く』ロジェ・カイヨワ著、菅谷暁訳、創元社、2022年8月、本体4,200円、B5変型判上製136頁、ISBN978-4-422-44036-1
『ヒューマンカインド――人間ならざるものとの連帯』ティモシー・モートン著、篠原雅武訳、岩波書店、2022年8月、3,600円、四六判並製336頁、ISBN978-4-00-024547-0
『ポスト資本主義の欲望――マーク・フィッシャー最終講義』マーク・フィッシャー著、マット・コフーン編、大橋完太郎訳解説、左右社、2022年7月、本体2,700円、四六判上製384頁、ISBN978-4-86528-096-8
★『石が書く』は、フランスの思想家、文筆家のロジェ・カイヨワ(Roger Caillois, 1913-1978)の晩年作『L'écriture des pierres』(Skira, 1970)の約半世紀ぶりの新訳。旧訳はかの美麗な高名シリーズ「叢書 創造の小径」の一冊として刊行された、『石が書く』(岡谷公二訳、新潮社、1975年)です。この旧訳は長らく絶版で、古書が近年異常な高額で販売されていただけに、今回の新訳は喜ばしいことです。ブックデザイナーで鉱物に造詣の深い山田英春(やまだ・ひではる, 1962-)さんが企画されたとのことで、山田さんは本書の造本設計を手掛けるだけでなく、訳文への助言も行い、「本書掲載図版についての補足」と題した文章を寄稿されてもいます。
★「カイヨワが自らの石コレクションをもとに「石の美は、普遍的な美の存在を示している」と論じた、他に例を見ない論考」(帯文より)である本書は、自然の造形美に迫るカイヨワの静謐な鉱物論に、断面が独特な模様や風景のように見える鉱物の写真をカラー図版で多数添えたものです。模様を活かして絵を描き入れた石も一部紹介しています。写真については「色調や濃度を補正した」とのことですから、旧訳をお持ちの方も改めて購入されることをお薦めします。本書も品切になれば古書価が高額となることが予想されます。
★『ヒューマンカインド』は、英国出身で現在は米国で教鞭をとる哲学者ティモシー・モートン(Timothy Morton, 1968-)の著書『Humankind: Solidarity with Non-Human People』(Verso, 2016)の全訳。訳者解題の言葉を借りると本書は「人間と人間ならざるものとのあいだに生じた決断を問題化し、それにもとづき構築された人間世界の限界をいかにして乗り越えるか、新しい共存の形式をいかにして発案するかを問う著作」です。帯文に曰く「人新世における新たな環境哲学を構築する」と。「私たちの人間世界を破綻させる諸事物の一つが人類なのだ」(193頁)とモートンは言います。
★思弁的実在論、分けてもオブジェクト指向存在論を主導するモートンの訳書は『自然なきエコロジー ――来たるべき環境哲学に向けて』(原著2007年;篠原雅武訳、以文社、2018年)につづく2冊目。モートン哲学と近年伴走されてきた篠原雅武(しのはら・、まさたけ, 1975-)さんがいずれも翻訳されています。モートンは資本主義を「暴力的」だと分析します(153頁)。フィッシャーの新刊と併読すると、ポスト資本主義への視野がいっそう深まるはずです。
★『ポスト資本主義の欲望』は、英国の批評家で文化理論家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968‐2017)が、ロンドン大学ゴールドスミス校で2016年度に行った講義全5講を音声記録をもとにまとめたもの。編者のマット・コフーンによる長文解説「悲惨な月曜の朝はもうたくさんだ」が添えられています。『Postcapitalist Desire: The Final Lectures』(edited and with an introduction by Matt Colquhoun, Repeater Books, 2020)の訳書です。「今この時代に怒っていることを一緒に検証していきたい」との言葉で始まるこの講義は絶え間ない学生とのやり取りから成っており、フィッシャーの既訳書『資本主義リアリズム』(セバスチャン・ブロイ/河南瑠莉訳、堀之内出版、2018年)、『わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来』(五井健太郎訳、ele-king books:Pヴァイン、2019年)とは異なるライブ感が味わえます。
★この講義は彼の未完作『アシッド・キャピタリズム』の「共鳴板」だといいます。『アシッド・キャピタリズム』と言えば、日本の読者にとっては小倉利丸(おぐら・としまる, 1951-)さんの同名評論集(青弓社、1992年)が先行するわけですが、お二人の違いを意識しながら併読すれば様々な発見がありそうです。なおフィッシャーの2017年の著書『The Weird and the Earie』が、ele-king booksより11月刊行予定だと聞きます。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『生きられた障害――障害のある人が、妊娠、出生前検査、親や子どもについて、語ったこと』二階堂祐子著、洛北出版、2022年9月、本体2,600円、四六判並製412頁、ISBN978-4-903127-33-0
『イタリア料理の誕生』キャロル・ヘルストスキー著、小田原琳/秦泉寺友紀/山手昌樹訳、人文書院、2022年8月、本体3,400円、4-6判上製362頁、ISBN978-4-409-51094-0
『鶴見俊輔の言葉と倫理――想像力、大衆文化、プラグマティズム』谷川嘉浩著、人文書院、2022年9月、本体4,500円、4-6判上製392頁、ISBN978-4-409-04121-5
『石油とナショナリズム――中東資源外交と「戦後アジア主義」』シナン・レヴェント著、人文書院、2022年9月、本体4,500円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-409-52090-1
『漢字の成り立ち図解』落合淳思著、2022年9月、本体1,800円、4-6判並製184頁、ISBN978-4-409-85002-2
★『生きられた障害』は発売済。医療社会学がご専門の二階堂祐子(にかいどう・ゆうこ, 1976-)さんが2022年から2014年にかけて行った「障害のある女性/男性の語る妊娠・出産・出生前検査」にもとづき、「出生前検査の社会的・倫理的課題をめぐり、「障害」の属性を自認する人たちが、これまでどのようにこの問題を受け止めてきたのか、そして出生前に医療技術によって生まれてい来ることが中止されることへの不快や違和の表明によって、何を訴えようとしているのか、これらの主張の成り立ちを明らかに」(32頁)しようとするもの。2016年に明治学院大学より博士号を授与された論文を、全面的に加筆修正したとのことです。書名のリンク先でためし読みができます。
★人文書院さんの直近の新刊4点。『イタリア料理の誕生』はまもなく発売。米国デンバー大学准教授で、イタリア現代史、イタリア料理史がご専門のキャロル・ヘルストスキー(Carol Helstosky)さんの著書『Garlic and Oil: Politics and Food in Italy』(Bloomsbury, 2004)の全訳。1861年から1960年に至るイタリアの食と政治が分析されています。著者による日本語版はしがきと、和洋女子大教授の秦泉寺友紀さんが長文の解説を寄せておられます。日本語版はしがきに曰く「本書は、19~20世紀イタリアで、何が料理や食習慣に影響を与えたのか、その数々の要因を明らかにする試みであったが、このなかで筆者は、イタリア人の食料消費習慣が経済的変化や文化習慣だけなく、政治によっても形づくられたことを議論した」(7頁)。「本書は、近現代のイタリアで政治がいかに食料消費習慣に影響を与えてきたかを強調したが、政治的決定が経済史場や文化習慣、社会動向に左右されることもまた指摘しておく必要があろう」(8頁)。ヘルストスキーさんの既訳書には『ピザの歴史』(田口未和訳、原書房、2015年)があります。
★『鶴見俊輔の言葉と倫理』はまもなく発売。帯文に曰く「鶴見俊輔生誕100年、気鋭の哲学者によりついに書かれた決定的論考」と。谷川嘉浩(たにがわ・よしひろ, 1990-)さんは京都市立芸術大学特任講師。単著に『信仰と想像力の哲学――ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房、2021年)があります。なお同書の関連イベントとして、谷川嘉浩さんのトークイベントが10月15日(土)19時から大垣書店高野店にて行われる予定とのことです(対面およびオンライン)。
★『石油とナショナリズム』は発売済。帯文に曰く「出光佐三、山下太郎、田中清玄、杉本茂ら「資源派財界人」、保守傍流とされた岸信介、中曽根康弘らの政治家、ブレーンとなった中谷武世の思想と行動を明らかにする。〔…〕関係者の聞き取りも踏まえ、「民族系資本」としての石油、資源ナショナリズムについて考察する試み」。著者のシナン・レヴェント(Sinan Levent, 1983-)さんはトルコのアンカラ大学准教授で、東洋大学アジア文化研究所客員研究員でもあります。既刊書に『日本の〝中央ユーラシア〟政策――トゥーラン主義運動とイスラーム政策』(彩流社、2019年)があります。
★『漢字の成り立ち図解』は発売済。帯文に曰く「字形に秘められた豊かな歴史を解き明かす」と。甲骨文字から篆書を経て楷書に至る漢字211字の成り立ち、移り変わりが、二色刷りで分かりやすく簡潔に図解されています。落合淳思(おちあい・あつし, 1974-)さんは立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。近著に『漢字字形史字典 教育漢字対応版』(東方書店、2022年3月)、『漢字字形史小字典』(東方書店、2019年)など多数。
『ヒューマンカインド――人間ならざるものとの連帯』ティモシー・モートン著、篠原雅武訳、岩波書店、2022年8月、3,600円、四六判並製336頁、ISBN978-4-00-024547-0
『ポスト資本主義の欲望――マーク・フィッシャー最終講義』マーク・フィッシャー著、マット・コフーン編、大橋完太郎訳解説、左右社、2022年7月、本体2,700円、四六判上製384頁、ISBN978-4-86528-096-8
★『石が書く』は、フランスの思想家、文筆家のロジェ・カイヨワ(Roger Caillois, 1913-1978)の晩年作『L'écriture des pierres』(Skira, 1970)の約半世紀ぶりの新訳。旧訳はかの美麗な高名シリーズ「叢書 創造の小径」の一冊として刊行された、『石が書く』(岡谷公二訳、新潮社、1975年)です。この旧訳は長らく絶版で、古書が近年異常な高額で販売されていただけに、今回の新訳は喜ばしいことです。ブックデザイナーで鉱物に造詣の深い山田英春(やまだ・ひではる, 1962-)さんが企画されたとのことで、山田さんは本書の造本設計を手掛けるだけでなく、訳文への助言も行い、「本書掲載図版についての補足」と題した文章を寄稿されてもいます。
★「カイヨワが自らの石コレクションをもとに「石の美は、普遍的な美の存在を示している」と論じた、他に例を見ない論考」(帯文より)である本書は、自然の造形美に迫るカイヨワの静謐な鉱物論に、断面が独特な模様や風景のように見える鉱物の写真をカラー図版で多数添えたものです。模様を活かして絵を描き入れた石も一部紹介しています。写真については「色調や濃度を補正した」とのことですから、旧訳をお持ちの方も改めて購入されることをお薦めします。本書も品切になれば古書価が高額となることが予想されます。
★『ヒューマンカインド』は、英国出身で現在は米国で教鞭をとる哲学者ティモシー・モートン(Timothy Morton, 1968-)の著書『Humankind: Solidarity with Non-Human People』(Verso, 2016)の全訳。訳者解題の言葉を借りると本書は「人間と人間ならざるものとのあいだに生じた決断を問題化し、それにもとづき構築された人間世界の限界をいかにして乗り越えるか、新しい共存の形式をいかにして発案するかを問う著作」です。帯文に曰く「人新世における新たな環境哲学を構築する」と。「私たちの人間世界を破綻させる諸事物の一つが人類なのだ」(193頁)とモートンは言います。
★思弁的実在論、分けてもオブジェクト指向存在論を主導するモートンの訳書は『自然なきエコロジー ――来たるべき環境哲学に向けて』(原著2007年;篠原雅武訳、以文社、2018年)につづく2冊目。モートン哲学と近年伴走されてきた篠原雅武(しのはら・、まさたけ, 1975-)さんがいずれも翻訳されています。モートンは資本主義を「暴力的」だと分析します(153頁)。フィッシャーの新刊と併読すると、ポスト資本主義への視野がいっそう深まるはずです。
★『ポスト資本主義の欲望』は、英国の批評家で文化理論家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968‐2017)が、ロンドン大学ゴールドスミス校で2016年度に行った講義全5講を音声記録をもとにまとめたもの。編者のマット・コフーンによる長文解説「悲惨な月曜の朝はもうたくさんだ」が添えられています。『Postcapitalist Desire: The Final Lectures』(edited and with an introduction by Matt Colquhoun, Repeater Books, 2020)の訳書です。「今この時代に怒っていることを一緒に検証していきたい」との言葉で始まるこの講義は絶え間ない学生とのやり取りから成っており、フィッシャーの既訳書『資本主義リアリズム』(セバスチャン・ブロイ/河南瑠莉訳、堀之内出版、2018年)、『わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来』(五井健太郎訳、ele-king books:Pヴァイン、2019年)とは異なるライブ感が味わえます。
★この講義は彼の未完作『アシッド・キャピタリズム』の「共鳴板」だといいます。『アシッド・キャピタリズム』と言えば、日本の読者にとっては小倉利丸(おぐら・としまる, 1951-)さんの同名評論集(青弓社、1992年)が先行するわけですが、お二人の違いを意識しながら併読すれば様々な発見がありそうです。なおフィッシャーの2017年の著書『The Weird and the Earie』が、ele-king booksより11月刊行予定だと聞きます。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『生きられた障害――障害のある人が、妊娠、出生前検査、親や子どもについて、語ったこと』二階堂祐子著、洛北出版、2022年9月、本体2,600円、四六判並製412頁、ISBN978-4-903127-33-0
『イタリア料理の誕生』キャロル・ヘルストスキー著、小田原琳/秦泉寺友紀/山手昌樹訳、人文書院、2022年8月、本体3,400円、4-6判上製362頁、ISBN978-4-409-51094-0
『鶴見俊輔の言葉と倫理――想像力、大衆文化、プラグマティズム』谷川嘉浩著、人文書院、2022年9月、本体4,500円、4-6判上製392頁、ISBN978-4-409-04121-5
『石油とナショナリズム――中東資源外交と「戦後アジア主義」』シナン・レヴェント著、人文書院、2022年9月、本体4,500円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-409-52090-1
『漢字の成り立ち図解』落合淳思著、2022年9月、本体1,800円、4-6判並製184頁、ISBN978-4-409-85002-2
★『生きられた障害』は発売済。医療社会学がご専門の二階堂祐子(にかいどう・ゆうこ, 1976-)さんが2022年から2014年にかけて行った「障害のある女性/男性の語る妊娠・出産・出生前検査」にもとづき、「出生前検査の社会的・倫理的課題をめぐり、「障害」の属性を自認する人たちが、これまでどのようにこの問題を受け止めてきたのか、そして出生前に医療技術によって生まれてい来ることが中止されることへの不快や違和の表明によって、何を訴えようとしているのか、これらの主張の成り立ちを明らかに」(32頁)しようとするもの。2016年に明治学院大学より博士号を授与された論文を、全面的に加筆修正したとのことです。書名のリンク先でためし読みができます。
★人文書院さんの直近の新刊4点。『イタリア料理の誕生』はまもなく発売。米国デンバー大学准教授で、イタリア現代史、イタリア料理史がご専門のキャロル・ヘルストスキー(Carol Helstosky)さんの著書『Garlic and Oil: Politics and Food in Italy』(Bloomsbury, 2004)の全訳。1861年から1960年に至るイタリアの食と政治が分析されています。著者による日本語版はしがきと、和洋女子大教授の秦泉寺友紀さんが長文の解説を寄せておられます。日本語版はしがきに曰く「本書は、19~20世紀イタリアで、何が料理や食習慣に影響を与えたのか、その数々の要因を明らかにする試みであったが、このなかで筆者は、イタリア人の食料消費習慣が経済的変化や文化習慣だけなく、政治によっても形づくられたことを議論した」(7頁)。「本書は、近現代のイタリアで政治がいかに食料消費習慣に影響を与えてきたかを強調したが、政治的決定が経済史場や文化習慣、社会動向に左右されることもまた指摘しておく必要があろう」(8頁)。ヘルストスキーさんの既訳書には『ピザの歴史』(田口未和訳、原書房、2015年)があります。
★『鶴見俊輔の言葉と倫理』はまもなく発売。帯文に曰く「鶴見俊輔生誕100年、気鋭の哲学者によりついに書かれた決定的論考」と。谷川嘉浩(たにがわ・よしひろ, 1990-)さんは京都市立芸術大学特任講師。単著に『信仰と想像力の哲学――ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』(勁草書房、2021年)があります。なお同書の関連イベントとして、谷川嘉浩さんのトークイベントが10月15日(土)19時から大垣書店高野店にて行われる予定とのことです(対面およびオンライン)。
★『石油とナショナリズム』は発売済。帯文に曰く「出光佐三、山下太郎、田中清玄、杉本茂ら「資源派財界人」、保守傍流とされた岸信介、中曽根康弘らの政治家、ブレーンとなった中谷武世の思想と行動を明らかにする。〔…〕関係者の聞き取りも踏まえ、「民族系資本」としての石油、資源ナショナリズムについて考察する試み」。著者のシナン・レヴェント(Sinan Levent, 1983-)さんはトルコのアンカラ大学准教授で、東洋大学アジア文化研究所客員研究員でもあります。既刊書に『日本の〝中央ユーラシア〟政策――トゥーラン主義運動とイスラーム政策』(彩流社、2019年)があります。
★『漢字の成り立ち図解』は発売済。帯文に曰く「字形に秘められた豊かな歴史を解き明かす」と。甲骨文字から篆書を経て楷書に至る漢字211字の成り立ち、移り変わりが、二色刷りで分かりやすく簡潔に図解されています。落合淳思(おちあい・あつし, 1974-)さんは立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。近著に『漢字字形史字典 教育漢字対応版』(東方書店、2022年3月)、『漢字字形史小字典』(東方書店、2019年)など多数。