★まず、まもなく発売となるちくま学芸文庫の9月新刊5点から。
『決断の法則――人はどのようにして意思決定するのか?』ゲーリー・クライン著、佐藤佑一監訳、ちくま学芸文庫、2022年9月、本体1,700円、文庫判576頁、ISBN978-4-480-51137-9
『江戸 食の歳時記』松下幸子著、ちくま学芸文庫、2022年9月、本体1,300円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51139-3
『東方キリスト教の世界』森安達也著、ちくま学芸文庫、2022年9月、本体1,300円、文庫判416頁、ISBN978-4-480-51140-9
『プルースト 読書の喜び――私の好きな名場面』保苅瑞穂著、ちくま学芸文庫、2022年9月、本体1,300円、文庫判400頁、ISBN978-4-480-51141-6
『遊歴算家・山口和「奥の細道」をゆく』鳴海風著、高山ケンタ画、ちくま学芸文庫、2022年9月、本体1,300円、文庫判464頁、ISBN978-4-480-51146-1
★『決断の法則』は1998年にトッパンより刊行された単行本の文庫化。米国の認知心理学者ゲーリー・クライン(Gary Klein, 1944-)の著書『Sources of Power: How People Make Decisions』(MIT Press, 1998)の訳書で、文庫化にあたり2017年に刊行された原著の20周年記念版から序文が新たに訳出され、監訳者あとがきも新しくなっています。文庫版解説「直観から人間らしさを理解する」は追手門学院大学准教授の本田秀仁さんがお寄せになっています。カバー裏紹介文に曰く「消防士、集中治療室の看護師、軍指揮官、チェスピレイヤーなどを調査し、豊富なエピソードから意思決定のメカニズムの解明に努めた」と。
★『江戸 食の歳時記』は、千葉大学名誉教授の松下幸子(まつした・さちこ, 1925-2016)さんによる「全建ジャーナル」誌での連載「江戸の食文化」(2010年7月~2015年12月)をまとめ、歌舞伎座ウェブサイトでの連載「江戸食文化紀行」から7篇を増補して文庫化したもの。四季折々の江戸の食文化が当時の図版とともに紹介されています。解説「江戸料理の豊かな世界」を寄せられた食文化史研究家の飯野亮一さんが監修され、誤字等を修正したとのことです。
★『東方キリスト教の世界』は1991年に山川出版社より刊行された単行本の文庫化。文庫版解説「「人間の顔をしたキリスト教」を求めて」は東大大学院准教授の浜田華練さんが寄せておられます。著者の森安達也(もりやす・たつや, 1941-1994)さんは東大教授で、浜田さんの言葉を借りると「日本における東方キリスト教研究のパイオニア」。カバー裏紹介文に曰く「東方キリスト教全体を扱いつつも、教義や歴史にとどまらず、巡礼・神秘思想・教会建築・イコン・天国地獄表象など幅広く信仰文化にまで踏み込」んだもの。
★『プルースト 読書の喜び』は、2010年に筑摩書房より刊行された単行本の文庫化。巻末解説「無心で読むことの素晴らしさ」は東大名誉教授の野崎歓さんがお寄せになっています。帯文に曰く「プルースト歿後100年――『失われた時を求めて』の世界へいざなう最良の書」と。著者の保苅瑞穂(ほかり・みずほ, 1937-2021)さんは東大名誉教授。ちくま文庫では編訳書『プルースト評論選』(全2巻、2002年)を上梓されていますが、現在品切。
★『遊歴算家・山口和「奥の細道」をゆく』は、作家の鳴海風(なるみ ふう, 1953-)さんによる「数学文化」誌での連載(2015年2月~2021年8月)を、一部修正し刊行するもの。あとがきに曰く「連載した短編をまとめることで、30年近く追求してきた、江戸時代の数学者・山口和を、風雅の人として各ことができた」。文庫解説「数学が文化であった江戸時代」は2009年に設立された関孝和数学研究所の所長、上野健爾さんが寄せておられます。Math&Scienceシリーズで小説が出るのは珍しいことではないかと思います(2006年の遠藤寛子『算法少女』以来ではないかと耳にしました)。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『ミシェル・アンリ読本』川瀬雅也/米虫正巳/村松正隆/伊原木大祐編、法政大学出版局、2022年9月、本体3,100円、A5判並製354頁、ISBN978-4-588-15127-9
『カラヴァッジョ――ほんとうはどんな画家だったのか』石鍋真澄著、平凡社、2022年8月、本体5,600円、A5判上製618頁、ISBN978-4-582-65211-6
『李禹煥』国立新美術館/兵庫県立美術館編、平凡社、2022年8月、本体3,300円、A4判上製304頁、ISBN978-4-582-20725-5
『尹致昊日記 1上:1883‐1885年』尹致昊著、木下隆男訳注、東洋文庫:平凡社、2022年8月、本体3,800円、B6変型判上製函入376頁、ISBN978-4-582-80909-1
『尹致昊日記 1下:1886‐1889年』尹致昊著、木下隆男訳注、東洋文庫:平凡社、2022年8月、本体3,800円、B6変型判上製函入424頁、ISBN978-4-582-80910-7
『雨、太陽、風――天候にたいする感性の歴史』アラン・コルバン編、小倉孝誠監訳、小倉孝誠/野田農/足立和彦/高橋愛訳、藤原書店、2022年8月、本体2,700円、四六判上製288頁+カラー口絵16頁、ISBN978-4-86578-355-1
『新しい女〈新版〉――19世紀パリ文化界の女王 マリー・ダグー伯爵夫人』ドミニク・デザンティ著、持田明子訳、藤原書店、2022年8月、本体2,700円、四六判並製416+口絵16頁、ISBN978-4-86578-358-2
『「新しいアイヌ学」のすすめ――知里幸恵の夢をもとめて』小野有五著、藤原書店、2022年8月、本体3,300円、A5判並製448頁+カラー口絵4頁、ISBN978-4-86578-357-5
『日本とアジア――経済発展と国づくり』市村真一著、藤原書店、2022年8月、本体6,200円、A5判上製440頁、ISBN978-4-86578-344-5
『高校生のための「歴史総合」入門――世界の中の日本・近代史(Ⅰ)日本に「近代」到来』浅海伸夫著、藤原書店、2022年8月、本体3,000円、A5判並製384頁、ISBN978-4-86578-352-0
★『ミシェル・アンリ読本』は、フランスの哲学者ミシェル・アンリ(Michel Henry, 1922-2002)をめぐる研究論文集。アンリ生誕100年・没後20年記念出版とのこと。帯文に曰く「人間性の危機と文明の野蛮に抵抗する絶対的な内在と〈生〉の哲学。レジスタンスに身を投じ、現代文明の野蛮やマルクスの可能性を論じ、小説作品も残した孤高の哲学者の全体像を、日仏の執筆者約30名が総力を挙げて多面的に描く」。主要著作解題では哲学書だけでなく、小説についても4冊紹介しており、興味深いです。アンリの訳書のほとんどは法政大学出版局さんより刊行されていて、その持続的刊行には脱帽するばかりです。
★平凡社さんの8月新刊より4点。『カラヴァッジョ』は、成城大学名誉教授の石鍋真澄(いしなべ・ますみ, 1949-)さんによる「カラヴァッジョ評伝の決定版」(帯文より)。著者はあとがきでこう書いています。「本文で述べた通り、カラヴァッジョを人格破綻者や異常性格者、あるいは凶暴な殺人者や「呪われた画家」と見るのには賛成しかねる。また、カラヴァッジョの革新性は初期の風俗画的な作品からすでに顕著であり、それは文学や演劇や音楽などを含むより広い文化を背景に生まれたものである。対抗宗教改革の精神や宗教性からは彼の革新や「近代性」は理解しえない、と私は思う」(574頁)。「私は、カラヴァッジョという画家を、彼が生きた時代と社会の中で理解しようとする本を書いたのである。本書で描かれたカラヴァッジョ像は、これまで知られてきたそれとはかなり異なるものだろうと思う」(575頁)。
★『李禹煥』は、帯文に曰く「「もの派」を代表する世界的なアーティスト・李禹煥。60年代の初期作品から、彫刻の概念を変えた〈関係項〉シリーズ、最新の絵画作品を収録。国立新美術館、兵庫県立美術館での展覧会公式図録」。李禹煥(リ・ウーファン: 이우환, 1936-)は、大韓民国出身の美術家で、多摩美術大学名誉教授。国立新美術館開館15周年記念「李禹煥」展は11月7日まで開催。
★『尹致昊日記 1上:1883‐1885年』『尹致昊日記 1下:1886‐1889年』は、東洋文庫の第909巻と910巻。尹致昊(ユン・チホ, 1865-1945)の日記を全15巻で刊行予定。帯文に曰く「朝鮮開国から植民地時代の60年にわたる朝鮮知識人の政治生活と内面的葛藤を克明に記録した朝鮮近代史第一級資料の初めての全巻個人訳」。第1巻上は日本留学から上海時代。第1巻下は上海から米国留学時代。東洋文庫次回配本は11月、『フマユーン・ナーマ』。
★藤原書店さんの8月新刊は5点。『雨、太陽、風』は、フランスの歴史家アラン・コルバン(Alain Corbin, 1936-)による編書『La Pluie, le soleil et le vent : Une histoire de la sensibilité au temps qu'il fait』(Aubier, 2013)の全訳。コルバンのほか、クリストフ・グランジェ、マルティーヌ・タボー+コンスタンス・ブルトワール+ニコラ・シェーネンヴァルド、アレクシ・メツジェール、リオネット・アルノダン・シェガレー、アヌーシュカ・ヴァザック、マルタン・ド・ラ・スディエール+ニコル・フルザ、による全7論考を収録。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。なお、原著には付録として19~20世紀の作家の作品の抜粋が「読書ノート」として収録されていますが、訳書では省略されています。
★『新しい女〈新版〉』は、フランスの作家ドミニク・デザンティ(Dominique Desanti, 1914-2011)の著書『Daniel ou le visage secret d'une comtesse romantique, Marie d'Agoult』(Stock, 1980)の訳書。訳者あとがきの言葉を借りると本書は「19世紀パリ社交界の輝かしい存在であったマリー・ダグー伯爵夫人の人生の軌跡を、大革命、産業革命、さらに数度の革命が相次いだ、激動の時代の中で辿りなおすことで、その障害が現代人へ投げかけるメッセージを読み取ろうとする」もの。初版は1991年。新版では訳者による「新版にあたって」という一文が新たに付されています。9月まで公演されている宝塚歌劇「巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨」に合わせて刊行されたようです。ちなみに著者ドミニクの伴侶は、数理哲学者として高名なジャン=トゥサン・ドゥサンティ(Jean-Toussaint Desanti, 1914-2002)です。
★『「新しいアイヌ学」のすすめ』は、知里幸恵(ちり・ゆきえ, 1903-1922)没後百年記念出版。著者は北大名誉教授、小野有五(おの・ゆうご, 1948-)さん。「この本は、アイヌの人たちと関わってきた小野有五という一和人の語り(ナラティヴ)だとも言えるでしょう」(「はじめに」より)。『日本とアジア』は、経済学者の市村真一(いちむら・しんいち, 1925-)さんの論文集。「1980年代初めから2014年末までに私が執筆した大切な論文は、極力本書に入れた」(英文原著まえがき(修正版)より)。『高校生のための「歴史総合」入門――世界の中の日本・近代史』は全3巻予定の第1巻。ジャーナリストの浅海伸夫(あさうみ・のぶお, 1951-)さんによる「読売新聞オンライン」好評連載を大幅加筆修正したもの、とのこと。