あるデザイナーさんから聞いた話です。
もう20年以上前のこと。取引先の出版社さんの事務所移転祝いにお邪魔した時、すでに引退されている編集者の方に会うことができました。引っ越しの際に社内の荷物を整理したところ編集者氏の私物が出てきたということで、引き取りに来られていたのでした。私はその編集者氏と昵懇だった先達が創立したデザイン事務所の出身だったので、ご挨拶をさせていただきました。「私は旧社屋の佇まいが大好きだったんです。戦前からある古い建物だと聞きました。建築遺産として保存されたらなあと思っていました」。すると編集者氏は隣にいる現役社員とアイコンタクトを取り、私にこう告げました。「保存は難しかったろうね。夜遅くになると館内放送が流れるんだ。地下に物置同然にしていた放送室があって、鍵がかけられたまま長いあいだ使われていなかった。電源すら入っていないはずなのに、各階のスピーカーから時折異音が流れるんだよ。先代社長の話だと、あの建物は戦時中は軍に徴発されてた。戦後は出版社に返還されたけど、戦争の記憶の染みついた建物は、取り壊されるまで館内放送を続けたってわけさ」。私はからかわれていると思い、現役社員さんを見つめましたが、社員さんはじっとうつむいて顔を上げませんでした。その話はそこで終わり。タブーに触れてしまったと思いましたね。
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【「営業夜話」はフィクションです。実在の店舗や会社、人物、事件に似ていることがあるかもしれませんが、それはあくまでも偶然でしょう。】
営業夜話(2022年全5話)・・・「おーい」「僕のです」「センサーライト」「キッズコーナー」「館内放送」
営業夜話(2019年全5話)・・・「閉店後」「ドミノ」「パートワーク」「ショタレ本」「コレクター」
もう20年以上前のこと。取引先の出版社さんの事務所移転祝いにお邪魔した時、すでに引退されている編集者の方に会うことができました。引っ越しの際に社内の荷物を整理したところ編集者氏の私物が出てきたということで、引き取りに来られていたのでした。私はその編集者氏と昵懇だった先達が創立したデザイン事務所の出身だったので、ご挨拶をさせていただきました。「私は旧社屋の佇まいが大好きだったんです。戦前からある古い建物だと聞きました。建築遺産として保存されたらなあと思っていました」。すると編集者氏は隣にいる現役社員とアイコンタクトを取り、私にこう告げました。「保存は難しかったろうね。夜遅くになると館内放送が流れるんだ。地下に物置同然にしていた放送室があって、鍵がかけられたまま長いあいだ使われていなかった。電源すら入っていないはずなのに、各階のスピーカーから時折異音が流れるんだよ。先代社長の話だと、あの建物は戦時中は軍に徴発されてた。戦後は出版社に返還されたけど、戦争の記憶の染みついた建物は、取り壊されるまで館内放送を続けたってわけさ」。私はからかわれていると思い、現役社員さんを見つめましたが、社員さんはじっとうつむいて顔を上げませんでした。その話はそこで終わり。タブーに触れてしまったと思いましたね。
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【「営業夜話」はフィクションです。実在の店舗や会社、人物、事件に似ていることがあるかもしれませんが、それはあくまでも偶然でしょう。】
営業夜話(2022年全5話)・・・「おーい」「僕のです」「センサーライト」「キッズコーナー」「館内放送」
営業夜話(2019年全5話)・・・「閉店後」「ドミノ」「パートワーク」「ショタレ本」「コレクター」