★一年の上半期が瞬く間に過ぎていく予感がする昨今、今年は新書の当たり年のように感じています。ここしばらく言及できずにいた、今年2月から5月15日現在までの新書新刊から選んだ注目書を列記します。これらのほかにも注目すべき書目は多々ありましたが、実際ここ数か月で購入したものは以下の通りでした。
『ルネサンス 情報革命の時代』桑木野幸司著、ちくま新書、2022年5月、本体1,000円、新書判352頁、ISBN978-4-480-07474-4
『パンデミック監視社会』デイヴィッド・ライアン著、松本剛史訳、ちくま新書、2022年3月、本体840円、新書判256頁、ISBN978-4-480-07468-3
『現代思想入門』千葉雅也著、講談社現代新書、2022年3月、本体900円、新書248頁、ISBN978-4-06-527485-9
『スピノザ――人間の自由の哲学』吉田量彦著、講談社現代新書、2022年2月、本体1,200円、新書416頁、ISBN978-4-06-527324-1
『わかりあえない他者と生きる――差異と分断を乗り越える哲学』マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳、PHP新書、2022年3月、本体1,020円、新書判208頁、ISBN978-4-569-85157-0
『コロナ後の未来』ユヴァル・ノア・ハラリほか著、大野和基編、文春新書、2022年3月、本体800円、新書判208頁、ISBN978-4-16-661342-7
『合成生物学――人が多様な生物を生み出す未来』ジェイミー・A・デイヴィス著、藤原慶監修、徳永美恵訳、ニュートン新書、2022年4月、本体1,000円、新書判230頁、ISBN978-4-315-52537-3
『人新世の科学――ニュー・エコロジーがひらく地平』オズワルド・シュミッツ著、日浦勉訳、岩波新書、2022年3月、本体880円、新書判246頁、ISBN978-4-00-431922-1
『中国哲学史――諸子百家から朱子学、現代の新儒家まで』中島隆博著、中公新書、2022年2月、本体1,050円、新書判384頁、ISBN978-4-12-102686-6
★ちくま新書からは2点。5月刊の『ルネサンス 情報革命の時代』は、目次を見るだけでももう美味しい。プロローグ「情報爆発の時代」、第一章「ルネサンスの地図の世界」、第二章「百学連環の華麗なる円舞」、第三章「印刷技術の発明と本の洪水」、第四章「ネオラテン文化とコモンプレイス的知の編集」、第五章「記憶術とイメージの力」、第六章「世界の目録化――ルネサンス博物学の世界」、エピローグ「「情報編集史」の視点から見えてくる新たなルネサンス像」。出版史の古層を知るうえでも必読です。3月刊の『パンデミック監視社会』は『Pandemic Surveillance』(Polity Press, 2022)の訳書。原書電子書籍版が昨年11月、紙媒体が今年1月に発売されている新著のいち早い翻訳です。監視社会論で著名なライアンが新書で読めるのは今回が初めて。原著より断然安いのが素晴らしいです。
★講談社現代新書より2点。3月刊の『現代思想入門』は小さな本屋から大書店まで各地で新書売上ランキング1位を獲得していると聞くベストセラー。帯文に「人生が変わる哲学」とあるように、現代人のためのお勉強という次元に留まらず読者自身の〈生きること〉に関わる深度を持った、まさに新書オブ新書の好例。担当編集者は栗原一樹さん。2月刊の『スピノザ』は、『神学・政治論』の新訳を手掛けた(上下巻、光文社古典新訳文庫、2014年)訳者による、400頁を超える新書歴代最大のスピノザ論。
★大野和基さんインタビュー本より2点。PHP新書3月『わかりあえない他者と生きる新刊』は、2020年2月刊『世界史の針が巻き戻るとき――「新しい実在論」は世界をどう見ているか』、2021年3月刊『つながり過ぎた世界の先に』に続く第3弾。大野さん曰く「今回のテーマは、「新実存主義における〈他者〉とは何か」であるが、二冊目の第Ⅲ章の「他者とのつながり」をより深く掘り下げようと試みたもの」とのこと。文春新書『コロナ後の未来』は、2020年7月刊『コロナ後の世界』の続編。前作はジャレド・ダイアモンド(生物地理学)、ポール・クルーグマン(経済学)、リンダ・グラットン(組織論)、マックス・テグマーク(理論物理学)、スティーブン・ピンカー(認知心理学)、スコット・ギャロウェイ(デジタルマーケティング)の7氏へのインタビュー集でしたが、今作ではユヴァル・ノア・ハラリ(歴史学)、カタリン・カリコ(医療ベンチャー)、ポール・ナース(遺伝学)、リンダ・グラットン、リチャード・フロリダ(都市経済学)、スコット・ギャロウェイ、イアン・ブレマー(国際政治学)の7氏が相手です。
★残る3点は3つの新書より1点ずつ。昨年11月に創刊されたニュートン新書からは3月発売(奥付は4月発行)の『合成生物学』。2021年3月刊『サイエンス超簡潔講座 合成生物学』の新書化。著者のジェイミー・A・デイヴィス氏はエディンバラ大学実験解剖学教授。既訳書には『人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち』(紀伊國屋書店、2018年)があります。ニュートン新書にはニュートンプレスの既刊書の再刊と、新作と二種類があるようです。
★岩波新書3月新刊『人新世〔じんしんせい〕の科学』は『The New Ecology: Rethinking a Science for the Anthropocene』(Princeton University Press, 2017)の全訳。著者のオズワルド・シュミッツ氏はイェール大学環境学部教授で専門は群集生物学。「本書では、持続可能な未来への道を切り開くための生態系スチュワードシップ〔資産管理〕の指針となる、刺激的な化学的発見と理解を描いています。この本は、人間を含む自然の経済がどのようにして維持されるのかを説明するだけでなく、その知識を使って、自然から触発された産業-生態系システムや都市の生態域を設計するための指針を開発する新しい考え方を提供しています」(日本語版への序文、iii頁)。
★中公新書2月新刊『中国哲学史』は、中島隆博さん単独著の新書としては初めてのもの。本書の元になったのは朝日カルチャーセンターで2016年から2年間行われた講義とのことです。編集担当は上林達也さん、胡逸高さん、編集協力が斎藤哲也さん。お三方の名前をきちんと記憶しておられる読者は、編集者つながりで本の星座を探求できる方々ですね。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『現代思想2022年6月臨時増刊号 総特集=ウクライナから問う――歴史・政治・文化』青土社、2022年5月、本体1,800円、A5判並製382頁、ISBN978-4-7917-1430-8
『ノマと愉快な仲間たち――玄徳童話集』玄徳著、鄭玄雄画、新倉朗子訳、作品社、2022年4月、本体1,800円、四六判上製200頁、ISBN978-4-86182-896-6
★『現代思想2022年6月臨時増刊号 総特集=ウクライナから問う』は、版元紹介文に曰く「事態の背景にある歴史を踏まえた射程の長い議論の場を開いていくために――政治、思想、文化など多角的な視点から「いま何が起こっているのか」を問う」と。討議1本、国内研究者の論考35本、翻訳9本、と大きな労力が割かれた総特集です。
★『ノマと愉快な仲間たち』は、玄徳(ヒョン・ドク, 1909-??)の童話27篇を1冊にまとめた貴重なもの(大半は1938年から39年に発表された作品)。本名は玄敬允(ヒョン・ギョンユン)、ソウル生まれで、1920年代より作品が知られ、30年代に文壇デビュー、1950年に北朝鮮に渡り、1962年刊の小説集を最後に消息不明となった作家です。越北作家として禁書対象となり、しばらく韓国でも忘れられた作家でしたが、近年では再評価されているとのことです。日本語訳でまとまった作品集が出るのは初めてとなるようです。