★まずは先月刊行された、待望の新訳書から。
『インテンション――行為と実践知の哲学』G・E・M・アンスコム著、柏端達也訳、岩波書店、2022年3月、本体3,400円、四六判上製292頁、ISBN978-4-00-061527-3
★英国の哲学者でウィトゲンシュタインの弟子、ガートルード・エリザベス・マーガレット・アンスコム(Gertrude Elizabeth Margaret Anscombe, 1919-2001)の代表作『Intention』(Oxford: Blackwell, 1957; 2nd edition, 1963)の全訳。既訳『インテンション――実践知の考察』(菅豊彦訳、産業図書、1984年)から約40年ぶりの新訳です。アンスコムの単独著の訳書はこの『インテンション』のみ。今回の新訳では、同時期に執筆された2論文「トルーマン氏の学位」(1956年)、「生の事実について」(1958年)が特別に併録されています。帯文の文言を借りると前者は「原爆投下を命じたトルーマン大統領への名誉学位授与に抗議する」論考、後者は「わずか数ページの長さで哲学的制度論の最重要古典となった」論考です。
★「トルーマン氏の学位」から引きます。「罪のない人を死に至らしめることを、自らの目的のための手段として選択することは、例外なく虐殺である」(228頁)。「無力な者による抗議は時間の無駄だ。原子爆弾に対して「抗議のジェスチャー」を示す機会を私は得られなかった。それでも私は、トルーマン氏に名誉を授けるというこのわれわれの一連の行ないには断固として反対したい。というのも、人は、悪行を弁護することによってだけでなく、悪行に対し賞賛と追従を口にすることによっても、その罪に加担しうるからである」(239頁)。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『陰謀論入門――誰が、なぜ信じるのか?』ジョゼフ・E・ユージンスキ著、北村京子訳、作品社、2022年4月、本体2,400円、四六判並製256頁、ISBN978-4-86182-894-2
『橋川文三とその浪曼』杉田俊介著、河出書房新社、2022年4月、本体3,900円、46変形判上製504頁、ISBN978-4-309-23115-0
『運河の家 人殺し』ジョルジュ・シムノン著、森井良訳、瀬名秀明解説、幻戯書房、2022年4月、本体3,200円、四六変上製416頁、ISBN978-4-86488-246-0
『ポエジーへの応答――詩と批評の戦いでは、抵抗主体に支援せよ』宗近真一郎著、幻戯書房、2022年4月、本体3,000円、四六判上製264頁、ISBN978-4-86488-243-9
★『陰謀論入門』は、マイアミ大学教養学部政治学教授で陰謀論研究の専門家ジョゼフ・E・ユージンスキ(Joseph E. Uscinski)さんの近著『Conspiracy Theories: A Primer』(Rowan & Littlefield, 2020)の全訳。「本書では主要な用語と概念を解説し、陰謀論にまつわる神話の一部を解き明かしていく。〔…〕本書では真実と権力という、意見の相違を引き起こしがちなふたつのトピックに言及する」(序文、12頁)。「たくさんの人たちがわたしに、陰謀論によってどんなふうに人間関係が破壊されつつあるかを訴えてくる。〔…〕魔法の弾丸や解毒剤となる答えを差し出せたならよかった。しかしそれは叶わぬ願いだ」(12~13頁)。昨今の報道で耳目にするようになった通り、陰謀論は日本でも浸透しつつあります。今や陰謀論の理解は現代人のリテラシーのひとつでもあり、国内でも類書はどんどん増えています。目次は以下の通りです。
日本語版への序文
序文
第一章 なぜ陰謀論を学ぶのか
第二章 陰謀論とは何か
第三章 陰謀・特異なものへの信念の支持
第四章 陰謀論の心理学と社会学
第五章 陰謀論の政治学
第六章 トランプ大統領、インターネット、陰謀、陰謀論
訳者あとがき
参考文献
注
人名索引・事項索引
★『橋川文三とその浪曼』は、まもなく発売。批評家の杉田俊介 (すぎた・しゅんすけ, 1975-)さんが集英社の月刊文芸誌「すばる」で全21回(2019年6月号~2021年3月号、1回休載)にわたり連載した「橋川文三とその浪曼」を加筆修正して書籍化したものです。「保田與重郎、丸山眞男、柳田国男、三島由紀夫、西郷隆盛、北一輝……。橋川とそれらの人々の具体的対決の断面と諸相から、何を学び取れるのか。橋川はどんな文体で書かねばならず、あるいは書いてしまうことを自らに禁じたのか。橋川にとってカウンター・ユートピアとは何か。日本的な革命のロマンとは。その思想的かつ文体論的な軌跡を、私は本書の中で可能な限り追っていきたい」(序章、28頁)。目次は以下の通り。
序章 橋川文三にとって歴史意識とは何か
第一章 保田與重郎と日本的ロマン主義
第二章 丸山眞男と日本ファシズム
第三章 柳田国男と日本ナショナリズム
第四章 三島由紀夫と美的革命
あとがきにかえて
参考文献一覧
人名索引
★『運河の家 人殺し』は、〈ルリユール叢書〉第22回配本(30冊目)。帯文に曰く「シムノン初期の、「純文学」志向の〈硬い小説〉の傑作2篇がついに本邦初訳で登場! シムノン研究家の顔をもつ小説家・瀬名秀明による、決定版シムノン「解説」を収録」。「La Maison du canal」(1933年)、「L’Assassin」(1937年)の2篇は、瀬名さんの評価では「「初期後半」の時代に書かれた2作で、シムノンのキャリアを俯瞰する上で絶対に見逃すことのできない重大な転換期にあたっている」(374頁)と。「「初期」時代のシムノン作品は、あまりにも人の心が“見えすぎる”青年によって書かれた、他のどんな作家にも真似することのできない孤高の青春小説であった」(395頁)。
★『ポエジーへの応答』は、批評家で詩人の宗近真一郎(むねちか・しんいちろう, 1955-)さんによる、「2020年以降に公表された論攷、書評、対談(宇野邦一さんとは2018年5月)から編まれた1冊」(巻末「覚書」より)。「つまり、大半が、新型コロナ・パンデミックongoingのタイムラインの言説である」(同)と。時評集「Status Quo」、対談集「Dialogues」、評論集「Critiques」、書評集「Reviews」の4部構成。対談相手は、野村喜和夫、藤原安紀子、宇野邦一さんの3氏。「パンデミックはファシズムへのショートカットである。仕掛けられた因果の連鎖に回収されてはならない」(帯文より)。