Quantcast
Channel: URGT-B(ウラゲツブログ)
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

注目新刊:ファム・コン・ティエン『新しい意識』東京外国語大学出版会、ほか

$
0
0
『新しい意識』ファム・コン・ティエン著、野平宗弘訳、東京外国語大学出版会、2022年4月、本体3,800円、四六判変形並製564頁、ISBN978-4-904575-96-3
『アンドレ・バザン研究6』アンドレ・バザン研究会発行、2022年3月、非売品、A5判並製184頁、ISSN2432-9002



★『新しい意識』はベトナムの詩人思想家ファム・コン・ティエン(Phạm Công Thiện, 1941–2011)による批評集『Ý thức mới trong văn nghệ và triết học(文芸と哲学における新しい意識)』(1964年)の全訳。訳者解説によれば、著者は出版当時23歳。10台後半から20代初めまでに文芸誌に発表してきた文章を中心にまとめたものとのことです。附録として、第四版序文(1970年刊)、第五版序文(1983年執筆/1987年刊)、1966年刊『思想の深淵』所収の「新しい意識の深淵」の3篇が併録されています。苛烈で繊細、純粋で極限的な、台風のように周囲を巻き込んで渦を巻く言葉が全篇にたぎっています。著者の訳書は、『深淵の沈黙』(原著1967年;野平宗弘訳、東京外国語大学出版会、2018年)に続く2冊目。


★「ぼくはこの本を君のためだけに書こうと思う。つまり、ぼくは15歳から25歳までの若い世代のためだけに書こうと思っている」(序文に代えての手紙(二)、16頁)。「ぼくが15歳から25歳までに限定したかったのは、15歳以下ではまだまだ青いし、25歳を過ぎれば、人は発育が止まり、大人の世界に入り始めてしまう。つまり人生に投降するからだ。/大人の世界は共同墓地、死の世界、愚かな魔物の世界だ。(若者の世界も今では、大人の世界にも増して、共同墓地、死、愚かな魔物の世界だ」(同、17頁)。


★「ニコス・カザンザキスはこうは言わなかった。「お前の本分は、愛国、人をいたわること、奉仕、仕事、素直、援助、忠誠等々だ……」。ニコス・カザンザキスはこう言った。「お前の本分は深淵へと旅立つこと」。こうしてカザンザキスは人間意識の中心点を打った。この深淵への旅立ちは、僕の最も重要な本分である。他のすべては付属物にすぎない。〔…〕この本分をまっとうしないということは逃亡である。この本分をまっとうしないものを、人間と呼ぶにはふさわしくない」(第二部第一章「悲壮の意識」、353頁)。


★特に本書の最終章「自決の意識」では、ニーチェを引用しつつ、激越な言葉が並んでいます。「人類よ、撃ち合え、殺し合え。戦争よ、このちっぽけな人類すべてを殲滅せよ。最後の一人まで殺してしまえ。地上に新しい人類を作るため。この世に新しい意識を造るため」(501頁)。「ぼくは、聞き、見、嗅ぎ、感じ、理解し、そして、世の人たちにみすぼらしく扱われ、辱められ、そして極限まで自らを軽蔑し、自分自身を疑い、自らを虐げながら、苦痛苦悶の中へ、病的な痛みの中へ、肉体と魂を丸ごと投げ込まねばならない。〔…〕もしぼくが、それらすべての苦しみに耐えてもまだ、しっかりと立っている力が残っているのなら、その時こそ、ぼくは生きるにふさわしいのだ。耐えられなければ、死ぬまでだ」(503頁)。


★「〈超人〉は、残酷であって残酷でなく、堅固であって堅固でなく、非人道的であって非人道的でなく、戦争を讃えつつも戦争を讃えない。〔…〕反対に、ちっぽけな人間たちは、残酷ならばその通り残酷であり、堅固ならば堅固、非人道的ならば非人道的、戦争を讃えるならば戦争を讃えるままだ。ちっぽけな人間は何をやるにしても、それはちっぽけなままだ」(514頁)。「一切を破壊せよ! ニーチェはそう言った。そうだろう、ニーチェ? それは創造するものの、特別な人間の、唯一の力だ。〔…〕主となれ。師となれ。奴隷になるな。服従に身を任せることなど決してするな。導け。あるいは、孤独の一本道を進むのだ」(516~517頁)。


★シオランやニック・ランドにも通じるかに見える、若きティエン少年の言葉は、「ベトナム戦争下の若者たちの共感を呼」んだ(帯文より)と言います。1983年、ティエンはこう振り返ります。「私の名前はハノイの雑誌『学術文芸』で「虚無主義を最も集約させた輩」として糾弾されているのだ」と(第五版序文、550頁)。「虚無主義はそれを生み出した根源に回帰することは決してない〔…〕あらゆる根源の外に立ち、あらゆる原理の外に立ち、あらゆる開始と沈黙と言語の外に立ち、道理の外に立」つ(551頁)。ティエンが日本でも再発見され再評価される機運は高まっているように思います。


★『アンドレ・バザン研究6』は最終号。メイン特集は「バザンの批評的実践」でバザンの論考5篇と、土田環(早稲田大学)、岡田秀則(国立映画アーカイブ)、坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本)、の3氏の各論考を掲載。小特集は「バサンと日本映画」でバザンのテクスト7本を訳出。今までで一番厚い号となっています。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。編集担当の伊津野知多さんは「編集後記」で次のように書いています。


★「バザン自体が歴史化されたともいえる現在だが、私たちはバザンを過去の遺物とは考えない。むしろ、現在の映画を、映像と観客の関係を、上映活動や映画祭のあり方を考えるための有効な手段として、あえて言うなら映画論のアヴァンギャルドとして捉えている」。「最終号となる本号では、当時のコテクストを解き明かしつつバザンを現在へと繋ぐ各回題と、映画上映・保存の実践に携わる方々からの特別寄稿とともに、バザン自身の言葉をたっぷりとお届けする」。「本誌全六冊を通して『アンドレ・バザン全集』という巨大な岩にアタックするためのいくつかの足掛かりは残せたと自負している」。


★続いて、先週発売となったちくま学芸文庫4月新刊4点を列記します。


『世界をつくった貿易商人――地中海経済と交易ディアスポラ』フランチェスカ・トリヴェッラート著、玉木俊明訳、ちくま学芸文庫、2022年4月、本体1,300円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51119-5
『価値があるとはどのようなことか』ジョセフ・ラズ著、森村進/奥野久美恵訳、ちくま学芸文庫、2022年4月、本体1,200円、文庫判288頁、ISBN978-4-480-51114-0

『スパイス戦争――大航海時代の冒険者たち』ジャイルズ・ミルトン著、松浦伶訳、ちくま学芸文庫、2022年4月、本体1,500円、文庫判464頁、ISBN 978-4-480-51113-3

『演習詳解 力学 第2版』江沢洋/中村孔一/山本義隆著、ちくま学芸文庫、2022年4月、本体1,800円、文庫判672頁、ISBN978-4-480-51118-8



★『世界をつくった貿易商人』は、文庫オリジナルの訳書。イタリア出身の歴史家トリヴェッラート(Francesca Trivellato, 1970-)が2009年から2020年にかけて各種媒体で発表してきた論考6本を収録し、さらに著者による序文「日本の読者のみなさんへ」が添えられています。帯文に曰く「ミクロストリア最新の成果」と。なお、トリヴェッラートの既訳書には『異文化間交易とディアスポラ――近世リヴォルノのセファルディム商人』(和栗珠里ほか訳、知泉書館、2019年)があります。


★『価値があるとはどのようなことか』は、文庫オリジナルの訳書。イスラエルの法哲学者でH・L・A・ハートの弟子ラズ(Joseph Raz, 1939-)の『Value, Respect and Attachment』(Cambridge University Press. 2001)の全訳です。訳者解説によればケンブリッジ大学シーリー・レクチャーの4回分の講義がもとになっているとのことです。「道徳哲学の議論をベースとしながら、国家の不偏性、集団的アイデンティティ、普遍的人権など、法哲学・政治学上の重要トピックに関する知見も多く含む点で、広く読者を惹きつける一冊」だと訳者は評しています。ラズの著書が文庫で出るのは本書が初めてになります。


★『スパイス戦争』は、朝日新聞社から2000年に刊行された単行本の文庫化。英国の作家ミルトン(Giles Milton, 1966-)の代表作『Nathaniel's Nutmeg: How One Man's Courage Changed the Course of History』(1999年)の訳書です。巻末には早大教授の松園伸さんによる文庫版解説「単行本刊行から四半世紀、われわれに語りかけるものとは?」が付されています。


★『演習詳解 力学 第2版』は、日本評論社より2011年に刊行された単行本の文庫化(改訂増補前の初版は東京図書より1984年に刊行)。同文庫のMass&Scienceシリーズの1冊です。巻頭に「文庫版出版によせて」と題した一文が加わっています。「内容はいささか辛口のところもありますが、話題は豊富で、かつ解説は詳細であり、その意味では、初版出版以来40年近く経った今にいたるも類書のない演習書であると自負しております」とのことです。


_a0018105_01580210.jpg

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

Trending Articles