★まず注目の新刊と既刊を1点ずつ。
『アセンブリ――新たな民主主義の編成』アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著、水嶋一憲/佐藤嘉幸/箱田徹/飯村祥之訳、岩波書店、2022年2月、本体4,500円、A5判上製492頁、ISBN978-4-00-061518-1
『心的現象論・本論』吉本隆明著、知の新書SONDEOS、2022年1月、本体3,600円、新書判並製784頁、ISBN978-4-910131-26-9
★『アセンブリ』は、『〈帝国〉』『マルチチュード』『コモンウェルス』『叛逆』に続くネグリ=ハートの共著の久しぶりの訳書。『Assembly』(Oxfird University Press, 2017)の全訳で、巻頭にはハートによる「日本語版への序文」が付されています。そこにはこう書かれています。「この本は二つの層で構成されている。最初と最後の諸章〔第一部「指導という問題」の第1章から第5章までと、第四部「新しい〈君主〉」の第13章から第16章までのこと〕は、本書の外層、つまり殻にあたる部分である。そこでの論究は主として政治的なものであり、今日の社会運動と政治運動が提示する潜勢力と諸問題に焦点を当てている。一方、本書の核にあたる内側の諸章〔第二部「社会的生産」の第6章から第三部「金融の指令と新自由主義のガバナンス」の第12章までのこと〕では、とりわけ現代における諸々の生産的主体性の有する力を明らかにするために、経済的かつ社会的な思考の道筋が展開されている」(v頁)。
★「今日では、社会的活動の他のすべての配置に先立って、〈共〔コモン〕〉が最初にくるというのが、私たちの前提である。しかしながら、〈共〉を認識するためには、近代の政治哲学や法思想によって絶えず繰り返されてきた、私有財産と公有財産、市場と国家のあいだの二者択一が、本当の意味での選択ではないということを見ておかねばならない」(第13章「政治的リアリズム」309頁)。「マルチチュードの起業家活動とは、〈共をつくること〔コモニング〕〉のプロセスにほかならない。利己的個人が可能な限りの蓄積を行うという悲しむべきイメージは、かくして時代遅れとなり、すたれた近代性の卑俗な遺物となっている」(同章304頁)。
★「パシュカーニスは、主権は私有財産にもとづくものであり、またそれを表現するものである――近代の公法と憲法的法律〔立憲主義体制の基本を定める法律〕は資本主義的所有と商品形態から派生したものにほかならない――と主張している。法構造の前提条件は、国家権力ではなくて、物質的な生産諸関係に根ざしており、ゆえに公的なものは、私有財産が投影されたものであるとともに、それを保証するものにほかならないのだ」(同章309頁)。「〈私〉と〈公〉の結びつきはパシュカーニスをして、私有財産の廃止には国家の廃止も必要であるという主張へと導くことになた。パシュカーニスのこうした立場が、スターリンとその側近たちに好意を抱かせるものでなかったことは確かである。〔…〕パシュカーニスはスターリンの命令で1937年に処刑されたのだった」(434頁註3)。
★「共産主義運動は打ち負かされたり、壊滅寸前になることもあるが、現在性の存在論に、つまりは、マルチチュードの「共に在ること」に根を張っている限り、いつでも生き返り、生まれ変わることだろう」(同章306頁)。
★『心的現象論・本論』は、文化科学高等研究院出版局の新書レーベル「知の新書」の中でも特に大部のものを扱っているSONDEOSシリーズの最新刊。2008年に同出版局から刊行された単行本の廉価版です。巻末にある山本哲士さんによる「新書版 編者あとがき」によれば、「初出を含みいくつかの誤りを修正し刊行」するもの。「愛蔵版〔序論と本論の合本版『心的現象論』限定300部、2008年〕のパンフとして当時おさめた」はしがきについては「「本論まえがき」としてこの新書でおさめることができた」とのこと。カバーソデには「この新書を〈定本〉への基礎としたい」とあります。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『琉球・沖縄寄留民の歴史人類学――移住者たちの生活戦術』玉城毅著、共和国、2022年2月、本体6,000円、菊変型判上製440頁、ISBN978-4-907986-84-1
『別冊 環(26)高群逸枝 1894-1964――女性史の開拓者のコスモロジー』芹沢俊介/服藤早苗/山下悦子編、藤原書店、2022年2月、本体3,200円、菊変判並製384頁、ISBN978-4-86578-317-9
『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』野村幻雪著、笠井賢一編、藤原書店、2022年2月、本体3,200円、四六判上製336頁+カラー口絵16頁、ISBN978-4-86578-337-7
『〈古事記〉講義――「高天原神話」を解読する』子安宣邦著、作品社、2022年2月、本体2,200円、46判上製208頁、ISBN978-4-86182-885-0
『台湾文学ブックカフェ(3)短篇小説集 プールサイド』陳思宏ほか著、呉佩珍/白水紀子/山口守編、三須祐介訳、作品社、2022年2月、本体2,400円、四六判並製252頁、ISBN978-4-86182-879-9
★『琉球・沖縄寄留民の歴史人類学』は、沖縄県ご出身で現在は奈良県立大学教授の玉城毅(たまき・たけし, 1966-)さんによる博士論文(2018年、東北大学大学院に受理されたもの)改稿して再構成したもの」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。序章に曰く「本書の目的は、居住人・寄留民をはじき出した秩序(体制的秩序)と、居住人・寄留民がつくり出した秩序(寄留民的秩序)の二つを捉え、これらの秩序の形成過程を現地調査と史料分析によって歴史的に明らかにすることである」(16~17頁)。
★「本書では、琉球・沖縄の歴史を国家、階層、親族の絡み合う歴史過程として捉える。親族を軸にする階層文化として親族の形成・再形成・変化の過程が問題になる。具体的には、上位階層で形成された父系イデオロギー=支配的イデオロギーは、下位階層にとってどのような意味があるのか/ないのか。下位階層に顕著にみられる〈きょうだい〉の実践は、父系イデオロギーと関連しているのか/いないのかを問うことになる。見通しを言えば、階層ごとに異なるハビトゥスが形成されたと考えられる。少なくとも、下層の人々は上層の人々の「戦略」とは異なる独自の「戦術」をもっていたことは間違いない」(46頁)。
★『高群逸枝 1894-1964』は「別冊 環」の第26巻。共編者の山下悦子さんによる「序」に曰く「今、私たちは、メアリ・ビーアドの『日本女性史』とアナール派の「女性の歴史」と高群逸枝史学を比較検証する環境がようやく整った時点にいるのであり、比較女性史研究を推し進めることができることを幸福とみなさなければならない。/その意味でも、まずは高群逸枝史学の検証が急務であり、資料の収集や保存も含め、次世代に高群逸枝の偉業を正確に新しい視点で伝えることが重要だと思われる。この一冊は、そのためのまずは第一歩である」(7頁)。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。
★『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』は追悼出版。観世流シテ方で人間国宝の、野村幻雪(のむら・げんせつ, 四郎改メ, 1936-2021)さんの随筆・対談集。帯文に曰く「狂言の家から能楽に転じて芸の道を追求、伝統ある「雪」号を授与されるも、惜しくも昨年8月に急逝した著者が、晩年に書き残した、芸そして自らの生涯をめぐる」文章をまとめた一冊。巻末に「略年譜・主要演能(出演)記録」あり。
★『〈古事記〉講義』は、「『古事記』が近代のわれわれの時代にどう読まれ、どう解釈されてきたのか、あるいは読むことにどれほど難渋したのかという否定面を含めた『古事記』解釈の批評史である」(はじめに、1頁)。「『古事記』上巻の「別天つ神の成立」から「須佐之男命の追放」に至る「高天原神話」をめぐるものである」(同頁)。訓み下し文に子安さんによる評注、現代語訳、評釈が加えられています。
★『プールサイド』はシリーズ「台湾文学ブックカフェ」の最終配本となる第3巻。「台湾の生活のシーンを多様に描いた、近年の佳作11作を収録する」(帯文より)。「すべて21世紀以降の創作であり、うち8篇は2010年以降のものである。〔…〕まだ日本で紹介されていない作家の作品が大半である」(訳者解説)。」短篇作品が収録された作家は以下の通り。既訳書のある作家には※印を付しておきます。陳思宏/鍾旻瑞/陳柏言/黄麗群※/李桐豪/方清純/陳淑瑤/呉明益※/ワリス・ノカン※/川貝母/甘耀明※。