★まず、最近出会いがあった新刊を並べます。
『新編 閑な老人』尾崎一雄著、荻原魚雷編、中公文庫、2022年2月、本体900円、文庫判296頁、ISBN978-4-12-207177-3
『清沢満之における宗教哲学と社会』鈴村裕輔著、法政大学出版局、2022年2月、本体4,000円、A5判上製238頁、ISBN978-4-588-15124-8
『ジャン=リュック・ナンシーと不定の二人称』伊藤潤一郎著、人文書院、2022年2月、本体4,500円、4-6判上製326頁、ISBN978-4-409-03113-1
『沖縄とセクシュアリティの社会学――ポストコロニアル・フェミニズムから問い直す沖縄戦・米軍基地・観光』玉城福子著、人文書院、2022年2月、本体4,500円、4-6判上製308頁、ISBN978-4-409-24145-5
『すれ違う歴史認識――戦争で歪められた歴史を糺す試み』早瀬晋三著、人文書院、2022年1月、本体5,800円、4-6判上製412頁、ISBN978-4-409-51091-9
★『新編 閑な老人』はまもなく発売。編者の荻原魚雷さんによる巻末解説によれば「『新編 閑な老人』は『閑な老人』(中央公論社、1972年。文庫は1981年)の収録作を大幅に変更している(「片づけごと」「苔」「閑な老人」の三篇は残した)。旧版は素晴らしい作品集である。枕元に置いてその題名を見ているだけで幸せな気分になる。しかし“閑な老人”は一日にしてならず。新編では、尾崎一雄が様々な困難を乗り越え、楽し気な老後を迎えるまでの軌跡がわかるようにしたいと考えた」とのこと。つまり旧文庫版とは別物ということで、巻末の編集付記によれば「本書は文庫オリジナル編集です」と特記されています。また同付記に曰く「底本は『尾崎一雄全集』(筑摩書房、1982~86年)とした。ただし全集未収録の「狸の拙」については初出誌(『小説新潮』1967年1月号)を底本とします」と。
★「ただ、生きていること、生きていることの毎日は、何となく滑稽で面白い。つまらぬことも、撫で廻していると面白い。平凡な草でも木でも、よく見ていると面白い。水の流れ、雲の流れ、子供の顔、とりどりに面白い。だが、そんなこと面白がって書いたとて、他人に見せたとて、どうもなるまい――そんな気持だ」(「五年」1936年、20頁)。「私は退屈ということを知らない。何でも面白い。かうて(三十年くらい前)ある小説で「つまらぬこともなで廻していると面白い」と書いたら、ある批評家からしかられたが、その時分から私にはそんな傾向があったのだろう。その傾向は年と共にいよいよ募って、今では何物の何ごとも、鮮烈で珍妙ならぬはない。そこにそういうものが在るというだけで、私には興味満点だ。ただ、人間のさかしらだけには、なかなかなじめなかったが、今ではそれも面白いと思えてきた」(「生きる」1963年、281頁)。
★「巨大な時間の中の、たった何十年というわずかなくぎりのうちに、偶然在ることを共にした生きもの、植物、石――何でもいいが、すべてそれらのものとの交わりは、それがいつ断たれるかわからぬだけに、切なるものがある。在ることを共にしたすべてのものと、できるだけ深く濃く交わること、それがせめて私の生きることだと思っている。/本来私は、生まれて死ぬのではなく、生かされてそして死なされるのだと思っている。私自身の意志に変わりなく、断固として私を生かし、そして死なす力のあることはわかっても、それが何なのかはわからない。わかりたいと思うが、わかりそうでない。恐らくそれは、小さな人間の頭の中にははいり切らぬものなのだろう。わかっているようにいう人たちもあるが、私はそれを素直に受け取ることはできない。私が愚かな上に疑り深いせいなのかもしれないが。/知らぬ間に自分というものが在り、知らぬ間にそれが無くなってしまう。実に実に不思議なこともあればあるものだ」(同、281~282頁)。老作家の言葉はあたかも哲学者のそれのようです。
★『清沢満之における宗教哲学と社会』は発売済。名城大学准教授の鈴村裕輔(すずむら・ゆうすけ, 1976-)さんの博士論文の書籍化。博士号取得から14年後の刊行です。「本書は、清沢の思想のうち、とりわけ宗教哲学に焦点を当てることでその思索のあり方を解明するとともに、哲学者であると同時に信仰の実践と普及に取り組む宗教者でもあった清沢が、自らの信仰の中に社会をどのように位置づけ、いかなる理解を示し、どのような対応をとったかを明らかにすることを目指すものである」(序論、6頁)。
★今年創立百周年を迎えるという人文書院さんのここ二か月の新刊は3点。『ジャン=リュック・ナンシーと不定の二人称』はまもなく発売。早稲田大学ほかで非常勤講師を務める伊藤潤一郎(いとう・じゅんいちろう, 1989-)さんによる博士論文を加筆修正して刊行するもの。ナンシー自身の著作の訳書の多さに比して、日本語で書かれたナンシー論の単行本はいまなお、澤田直(さわだ・なお, 1959-)さんによる『ジャン=リュック・ナンシー ――分有のためのエチュード』(白水社、2013年)のみと少ないため、貴重な成果です。
★いっぽう『沖縄とセクシュアリティの社会学』と『すれ違う歴史認識』は発売済。前者は、日本学術振興会特別研究員PDの玉城福子(たましろ・ふくこ, 1985-)さんの博士論文を加筆修正したもので、後者は、早稲田大学大学院教授の早瀬晋三(はやせ・しんぞう, 1955-)さんが2016年から2021年にかけて各媒体で発表してきた論文8本をまとめたもので、「早稲田大学アジア太平洋研究センター研究叢書」の1冊。
★続いて、先週の文庫拾遺に続き、昨年後半の新刊単行本で今まで言及しそびれていた書目を列記します。
『おとぎ話の心理学』M-L・フォン・フランツ著、氏原寛訳、創元社、2022年1月、本体3,500円、A5判並製240頁、ISBN978-4-422-11772-0
『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』ノーム・チョムスキー/ロバート・ポーリン著、クロニス・J・ポリクロニュー聞き手、早川健治訳、那須里山舎、2021年12月、本体2,200円、四六判上製320頁、ISBN978-4-909515-06-3
『恋愛のディスクール――セミナーと未刊テクスト』ロラン・バルト著、桑田光平/桑名真吾/鈴木亘/須藤健太郎/内藤真奈/平田周/本田貴久/宮脇永吏訳、水声社、2021年10月、本体8,000円、A5判上製562頁、ISBN978-4-8010-489-4
『午前四時のブルー(Ⅳ)いま、夜が明ける』小林康夫責任編集、水声社、2021年10月、本体1,500円、A5判並製128頁、ISBN978-4-8010-0344-6
★『おとぎ話の心理学』は、1979年に創元社の「ユング心理学選書」第1巻として刊行された書目の、「創元アーカイブス」シリーズでの新組新装版。判型は46判上製からA5判並製に変更されています。原著は1975年の『Interpretation of Fairy Tales』。新装による再刊にあたって追加されたテクストや修正は特にないようです。
★『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』は、『Climate Crisis and the Global Green New Deal』(Verso, 2020)の全訳。12月に発売されて以来すでに4刷となっている話題書です。米国の言語学者チョムスキー(1928-)と経済学者ポーリン(1950-)へのインタヴューを、ジャーナリストのポリクロニュー(1957-)がまとめたもの。日本語版への序文は、環境活動家集団の「Fridays For Future Japan」が執筆しています。
★『恋愛のディスクール』は、「叢書記号学的実践」の第32弾。1977年に刊行された単行本『Fragments d'un discours amoureux』(日本語訳:三好郁朗訳『恋愛のディスクール・断章』みすず書房、1980年;新装版2020年)と、それに先立って行われた2年間のセミナー、そして単行本版に収められなかった未刊テクストを1冊にまとめた原著2007年版の完訳。巻頭にはエリック・マルティによる「まえがき」と、クロード・コストによる「序文」が添えられています。本書でのセミナーの記録(講義録)と公刊テクスト(みすず書房)とは別々のものとして読み比べるのが良いと思われます。講義録では100項目あった主題は、公刊テクストでは80項目に減っています。いわば講義録は貴重な元型であるわけです。
★「叢書記号学的実践」では本書の後、第35弾として、シーモア・チャットマン『ストーリーとディスコース――小説と映画における物語構造』(玉井暲訳)が2021年12月に刊行され、翌1月に第36弾、ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』(岩崎宗治訳)が出版されています。では第33弾と第34弾はどこだ、という話になりますが、『恋愛のディスクール』の巻末に記載されているシリーズ一覧の中に、バルトの2点の続刊『サラジーヌ』『作家の語彙』があるので、その2つなのだろうと想像できます。
★『午前四時のブルー』第4号は、小林康夫さん編集による特異な雑誌の最終号です。目次詳細は誌名のリンクで記でご確認いただけます。小林さんの交友と交歓の深さを物語る誌面はおそらく後年になってその真価が理解できるものではないかと思います。小林さんはこう書いています、「遠くから響いて来るものを聴く、そこにこそ「夜明け」のEthicsがあるのではないか!」(18頁)。