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注目新刊:レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』新潮文庫、ほか

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『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン著、上遠恵子訳、新潮文庫、2021年9月、本体590円、文庫判並製142頁、ISBN978-4-10-207402-2

★『センス・オブ・ワンダー』は初の文庫化。親本は1996年に新潮社より刊行。それに先立つ単行本は、佑学社より1991年に刊行。原著は1965年の『The Sence of Wonder』です。カーソンの遺著であり、未完のエッセイ。新潮文庫では『沈黙の春』(青樹簗一訳、1974年)に続く久しぶりの文庫となります。まだ入手可能な親本では森本二太郎さんによる写真が添えられていましたが、文庫版では川内倫子さんの写真に変更されています。さらに文庫版では巻末に「私のセンス・オブ・ワンダー」として4氏によるエッセイがまとめられています。福岡伸一「きみに教えてくれたこと」、若松英輔「詩人科学者の遺言」、大隅典子「私たちの脳はアナログな刺激を求めている」、角野栄子「見えない世界からの贈りもの」。

★写真を除くとカーソン自身のわずか本文は40頁。読み終えるのに手間がかかる本ではりません。しかし本書を読むには、心を落ち着けることと、静かに一人で読む場所と時間が必要かもしれません。赤ん坊(姪の息子)を抱えて風雨の激しい夜の海辺へと降りていく著者自身の回想から書き起こすので、人によっては「そんな危ないことを」と眉をひそめられてしまうかもしれません。安心できない現代社会で神経をすり減らしている人々には最初の数頁は存外に「入りにくい」ものかも。しかし、一呼吸おいてカーソンの語りをありのままに受け止め、読み進めれば、童心に帰って自然と向き合うことの素晴らしさと、自然と触れ合って活力を得ることの大切さを率直に綴った本だということが分かるはずです。

★「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激に満ちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。/もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。/この感性はやがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです」(33, 35頁)。

★本書は遺作であるためか、いささか唐突な終わり方をします。しかしそこから先はまさに読者が歩き出すべき旅です。この小著が読者に長く愛されてきたのは、カーソンからの私信であるかのような親密さを読者と分かち、断片的ではあれ、世界が輝いて見えた遠い日の記憶を思い出せてくれるからでしょう。本書を読むと、舞台となっているメイン州の海辺の別荘を訪れたくなります。旅行には行けなくても、植物や昆虫、鳥、貝殻など固有名詞が色々出てくるので、図鑑やスマホなどで調べることができればいっそう楽しみが増すかと思います。読了後には、道端や公園に咲く花にもあらためて発見があることに気づくようになれるのではないでしょうか。

★最近の注目新刊、既刊についても列記します。大型書店を訪問する機会が極端に減っているため、購入できるのは新書までで、専門書は通販に頼ることになります。

『東京古書組合百年史』東京都古書籍商業協同組合、2021年8月、本体7,273円、A5上製本696頁+巻頭カラー16頁、ISBNなし
『自由の奪還――全体主義、非科学の暴走を止められるか』アンデシュ・ハンセン/ロルフ・ドべリ/ジャック・アタリ/ほか著、大野和基インタビュー・編、PHP新書、2021年8月、本体920円、新書判並製224頁、ISBN978-4-569-85037-5
『私たちはどう生きるか――コロナ後の世界を語る2』マルクス・ガブリエル/東浩紀/ほか著、朝日新聞社編、朝日新書、2021年8月、本体750円、新書判並製200頁、ISBN978-4-02-295135-9
『対訳 武士道』新渡戸稲造著、山本史郎訳、朝日新書、2021年7月、本体900円、新書判並製376頁、ISBN978-4-02-295132-8
『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック著、奥山真司訳、文春新書、2021年7月、本体800円、新書判並製200頁、ISBN978-4-16-661320-5

★予約を入れていた記念出版、『東京古書組合百年史』が届きました。編集責任者は佐古田亮介さん。目次詳細は書名のリンク先で公開されています。近年の業界関係の史誌では、『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史――1956→2007』(『50年史』編集委員会編、2007年11月)、『日本出版取次協会五十年史』(五十年史編集委員会編、2001年9月)、『日書連五十五年史』(日書連五十五年史刊行委員会編、日本書店商業組合連合会、2001年7月)などがありますが、その後はこうした記念出版が新刊業界では途絶えており、各団体とも予算がないと聞いているので、そんな困難な時代に古書業界が百年史を刊行するというのは、非常に意義深いことです。編纂委員による編集後記のひとつには「記録が残っていることの有難さ」という声があり、強く強く共感します。東京古書組合では1974年12月に『東京古書組合五十年史』を刊行されています。(いつも書いていることですが)歴史に学んでこそ未来があるのだと思います。

★7~8月の新書では、4点を購入。『自由の奪還』は、直近2年間に『Voice』誌に掲載された9氏へのインタヴューが大幅加筆されて1冊にまとめられたもの。アンデシュ・ハンセン、ロルフ・ドべリ、ジャック・アタリ、ネイサン・シュナイダー、ダニエル・コーエン、ダグラス・マレー、サミュエル・ウーリー、ターリ・シャーロット、スティーヴン・マーフィ重松。『私たちはどう生きるか』は、ここ2年間に朝日新聞デジタルで配信された特集「コロナ後の世界を語る 現代の知性たちの視線」の論考やインタヴューから20氏分をまとめたもの。阿川佐和子、東浩紀、岩田健太郎、宇佐見りん、オードリー・タン、カーメン・ラインハート、金原ひとみ、桐野夏生、金田一秀穂、クラウス・シュワブ、グレン・ワイル、瀬戸内寂聴、多和田葉子、筒井康隆、出口康夫、西浦博、パオロ・ジョルダーノ、マルクス・ガブリエル、柳田邦男、ロバート・キャンベル。どちらのアンソロジーにもガブリエルが登場しているのが共通点。

★『対訳 武士道』は横組で日英対訳になっているのが良いです。なにせ100年以上まえの本(底本は1905年刊の改訂版)ですから、説かれる価値観は現代人にとっては古風という以上に古臭いもの(特に女性観など)もありますが、逆に言えば失われてしまったものも多いということかと思われます。「武士道は「みかえり」の論理を峻烈に拒否するが、これはとは対照的に、目ざとい商人はもろ手をひろげてこれを歓迎する〔If Bushido rejects a doctrine of quid pro quo rewards, the shrewder tradesman will readily accept it〕」(146頁)。新渡戸から見て現代の日本の政治はどのように見えるでしょうか。

★『ラストエンペラー習近平』は、国防アドバイザーで戦略研究家ルトワックの一連の文春新書『中国4.0――暴発する中華帝国』(2016年3月)、『戦争にチャンスを与えよ』(2017年4月)、『日本4.0――国家戦略の新しいリアル』(2018年9月)に続く、奥山真司さん訳による新しい1冊。奥山さんが2019年から21年にかけて行ったインタヴューや講演録などをまとめたものです。アマゾン・ジャパンでは5年前の『中国4.0』に迫る130件以上のカスタマー・レヴューがすでに付いています。

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『ぼくのがっかりした話』セルジョ・トーファノ著、橋本勝雄訳、英明企画編集、2021年8月、本体1,400円、新書判上製160頁、ISBN978-4-909151-31-5
『ユリイカ2021年10月臨時増刊号 総特集=須永朝彦――1946-2021』青土社、2021年9月、本体2,000円、A5判並製314頁、ISBN978-4-7917-0406-4
『現代思想2021年10月臨時増刊号 総特集=小松左京――生誕九〇年/没後一〇年』青土社、2021年9月、本体1,800円、A5判並製290頁、ISBN978-4-7917-1419-3

★『ぼくのがっかりした話』は英明企画編集さんの新シリーズ「再生の文学」の第1回配本。イタリアの俳優で映画監督のセルジョ・トーファノ(Sergio Tofano, 1886-1973)による小説『Il romanzo delle mie delusioni. Racconto piuttosto lungo』(1917/1925/1977/2018)の初訳。アラジン、赤ずきん、眠れる森の美女、シンデレラ、等々の御伽噺の世界に足を踏み入れた少年の、皮肉に満ちた冒険譚です。

★「信じるって? 何を信じるの? あんたが約束した魔法はどこにあるのさ? あんなに魅力的だったあの輝きはどこに行ったの? あんたは見たの? 力は失われて、財産は消えて、偉大さも野心もなくなって、有名人は落ちぶれた。どこもがっかりすることばかり! 幻滅して、がっかりすることばっかりだ! どこも貧乏だし、真実はねじまげられているし、みじめな現実と、こけおどしや見せかけ、つまらないことだらけじゃないか! あらゆるところで失敗ばっかりだ!」(123~124頁)。主人公の少年の嘆きは、作品が発表された第一次世界大戦下の世情への痛烈な批判ともなっているように思われます。

★青土社さんは先週発売の『現代思想』と『ユリイカ』の臨時増刊号で、二人の作家をそれぞれ特集しています。充実の目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。さる五月に逝去された須永朝彦さんの特集号では、未発表作品として、短篇「彼の最期」、片歌「蠱業」そして未刊行短歌などが収録されています。

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