『パウリの夢――C・G・ユングの夢セミナー』C・G・ユング著、スザンヌ・ギーザ―編、河合俊雄監修、猪股剛/宮澤淳滋/鹿野友章/長堀加奈子訳、創元社、2021年7月、本体4,200円、A5判並製448頁、ISBN978-4-422-11765-2
『魂のコード』ジェイムズ・ヒルマン著、鏡リュウジ訳、朝日新聞出版、2021年7月、本体2,300円、四六判並製416頁、ISBN978-4-02-251769-2
『フロイト、性と愛について語る』フロイト著、中山元訳、光文社古典新訳文庫、2021年7月、本体1,040円、文庫判336頁、ISBN978-4-334-75447-1
★心理学関連の注目新刊が3点。『パウリの夢』は、近年ようやく公刊された講義録である『個性化過程の夢象徴』(Dream Symbols of the Individuation Process: Notes of C. G. Jung's Seminars on Wolfgang Pauli's Dreams, Princeton University Press, 2019)の訳書。監修者の河合さんによるまえがきによれば、本書は「ノーベル賞物理学賞受賞者であるヴォルフガング・パウリの受けた夢分析の内容について、ユングがアメリカで1936年と1937年に英語で行なった2回のセミナーの記録」(5頁)。「本書を読むと、ユングがいかに意識と無意識の対立、そしてそれの相補的関係を重視していたのかがわかる。そのためにはまず個としての存在になることが大切で、母親や父親からの分離、万人と同一化しないことなどが強調されている。それは教会、国家、科学と同一化しないこととしても指摘されている」(7頁)。
★また編者のギーザーによれば「ユングがこのセミナーで明らかにしようとしたのは、全体性という元型の表現であるマンダラが、現代人の心の中にどのようにして自発的に出現し、そして、この出現がどのように癒しの過程に反映されるのか、という点であった。ユングは、元型を人間が生まれながらに持つものであると定義している。そして元型は文化や環境によって条件づけられる経験上の素材が「書き込まれた」変化することのない意味の核を持っている、とされる。したがって、ユングにとってさまざまな文化や時代から、そしてとりわけ宗教的な象徴の領域から凡例を挙げることが、この仮説を根拠づけるために重要であった」(11頁)。
★「講義の中で、ユングが触れている主題は幅が広い。提示されたものは、夢の理論、精神疾患、個性化過程、退行、心理療法的治療の原理、男性の心理とアニマ・影・ペルソナの重要性、タイプ論、心的エネルギー論である。ユングは、ナチズム、共産主義、ファシズム、そして群集心理といった当時の政治的動向にも言及している。現代物理学、因果関係、そして現実性の本質に関する思索も披露している。宗教の領域からは、ミトラ教の秘儀、仏教、ヒンドゥー教、中国哲学、易経、クンダリニー・ヨーガ、身体と心に関する古代エジプトの概念を例に挙げて、自分の理論を描写してもいる。また、キリスト教の伝承からは、第一にカトリックの教義と三位一体の象徴に焦点を当て、そして新しく発見された外典福音書やグノーシス思想についても論じている。オーストラリア先住民のアボリジニの夢見の概念と、癒しをもたらす物体への信仰や、古代ギリシアのアポロン崇拝やディオニュソス崇拝、北欧神話、ピタゴラスとピタゴラス学説、そしてコーランのハディルについても言及している。文学の世界からは、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』、ゲーテの『ファウスト』、マイリンクの『ゴーレム』に触れている。そして、イグナティウス・デ・ロヨラの霊操とゾシモスの幻視〔ヴィジョン〕についての議論も展開している。これらの主題とユングの後年の著作との関係は注に記してある」(12頁)。充実したセミナーであることが窺えます。
★『魂のコード』は『The Soul's Code: In Search of Character and Calling』(Random House, 1996)の全訳『魂のコード――心のとびらをひらく』(河出書房新社、1998年)の再刊。新装復刊にあたり、副題は削除され、河合俊雄さんによる新たな解説と、訳者の鏡さんによる新しい「訳者あとがき」が追加されています。訳文改訂については言及なし。河合さんは次のように本書を紹介されています。「本書は、ユング派の分析家で、特にこころの個人的なところを超えた側面を強調した元型的心理学を推進し、ユング以後で最も影響力のある心理学者・思想家James Hillman, 1926-2011man, 1926-2011〕のベストセラーの翻訳である」(393頁)。
★「ヒルマンが主張する「どんぐり理論」とは、自分の中には生まれつき一粒のどんぐりがある、つまり生まれ持った運命のようなもの、その人の守護霊のようなものがあるというものである。まさに個人を超えたものが、備わっているのである。それは遺伝によっても、育てられ方という環境によっても決まるものではない。〔…〕近年の心理学・心理療法は、遺伝や過去における体験によってパーソナリティーや様々な問題を説明する傾向が強いのに対して、ヒルマンはそれを徹底して論破していくのである。このあたりに、魂というものが何にも還元できず、自律性を持っているとする彼の心理学の真骨頂が見られる。〔…〕ヒルマンはまずグロウダウン、この世に着地することを強調するのが興味深い。さらには後半に悪の問題と平凡さ、つまり誰にもどんぐりはあるという話になっていって、一層議論は深まっていく」(394頁)。
★訳者の鏡さんは本書を「まさにあなたのための本だ」とはしがきに記しています。「巨大な樫の木がすでにたった一粒のどんぐりに内包されているように、あなたのなかには生まれながらの魂が存在するのだと本書は主張する。これがヒルマンが展開する「どんぐり理論」の中核だ。/あなたの「どんぐり」、あなたの「運命」、あなたの「性格」、あなたの「守護霊〔ダイモーン〕」」(11頁)。
★『フロイト、性と愛について語る』は、古典新訳文庫での中山元さんによるフロイト新訳の6点目。1908年から1925年に発表された論考7本を収録。「男性における対象選択の特殊な類型について ──「愛情生活の心理学」への寄与(1)」(1910年)、「性愛生活が多くの人によって貶められることについて ──「愛情生活の心理学」への寄与(2)」(1912年)、「処女性のタブー ──「愛情生活の心理学」への寄与(3)」(1918年)、「ある女性の同性愛の事例の心的な成因について」(1920年)、「エディプス・コンプレックスの崩壊」(1924年)、「解剖学的な性差の心的な帰結」(1925年)、「「文化的な」性道徳と現代人の神経質症」(1908年)。帯文に曰く「わたしたちはどのように他者を愛するようになるのか。また、どのような愛情関係と性愛関係を結んでいくのか。一人の人間における心的なメカニズムから、性に対して抑圧的な社会との関係にまで考察を進めた論文集」と。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。書名を列記いたします。
『マン・レイと女性たち』巖谷國士監修・著、平凡社、2021年7月、本体2,500円、A5判上製272頁、ISBN978-4-582-20722-4
『現代思想2021年8月号 特集=自由意志――脳と心をめぐるアポリア』青土社、2021年7月、本体1,600円、A5判並製256頁、ISBN978-4-7917-1417-9
『テレビ・ドキュメンタリーの真髄――制作者16人の証言』小黒純/西村秀樹/辻一郎編著、藤原書店、2021年7月、本体3,800円、A5判上製552頁、ISBN978-4-86578-314-8
『漢字とは何か――日本とモンゴルから見る』岡田英弘著、宮脇淳子編・序、樋口康一特別寄稿、藤原書店、2021年7月、本体3,200円、四六判上製392頁、ISBN978-4-86578-319-3
『何があっても、君たちを守る――遺児作文集:「天国にいるおとうさま」から「がんばれ一本松」まで』玉井義臣/あしなが育英会編、藤原書店、2021年7月、本体1,600円、四六変判並製312頁、ISBN978-4-86578-303-2