★今月末は色々な用事が立て込んでおりまして、省力化版となっております。今後もこの忙しさは続くかもしれず、どうしたものかと思案しています。
★最寄駅周辺の書店では、岩波文庫や岩波現代文庫の新刊が、思い出しうる範囲でここ20年間は扱われたことはありません。二駅先の書店でも扱わなくなり、ターミナル駅周辺の大書店まで時間をかけて行かないと現物を見て買うことはできなくなりました。これが都下でも当たり前の風景となって久しいです。それでも私は、岩波文庫は重要な文化遺産を伝える貴重なレーベルと思っているので、講読し続けたいです。5~6月の新刊および重版から9点をようやく購入できました。
『梵文和訳 華厳経入法界品(上)』梶山雄一/丹治昭義/津田真一/田村智淳/桂紹隆訳注、岩波文庫、2021年6月、本体970円、文庫判358頁、ISBN978-4-00-333451-5
『楚辞』小南一郎訳注、岩波文庫、2021年6月、本体1,200円、文庫判542頁、ISBN978-4-00-320019-3
『熱輻射論講義』マックス・プランク著、西尾成子訳、岩波文庫、2021年6月、本体1,070円、文庫判366頁、ISBN978-4-00-339491-5
『パサージュ論(四)』ヴァルター・ベンヤミン著、今村仁司/三島憲一/大貫敦子/高橋順一/塚原史/細見和之/村岡晋一/山本尤/横張誠/與謝野文子/吉村和明訳、岩波文庫、2021年6月、本体1,070円、文庫判480頁、ISBN978-4-00-324636-8
『ゴヤの手紙(上)』大髙保二郎/松原典子編訳、岩波文庫、2021年5月、文庫判350頁、ISBN978-4-00-335841-2
『ゴヤの手紙(下)』大髙保二郎/松原典子編訳、岩波文庫、2021年6月、本体1,010円、文庫判366頁、ISBN978-4-00-335842-9
『功利主義』J・S・ミル著、関口正司訳、岩波文庫、2021年5月、本体780円、文庫判254頁、ISBN978-4-00-390004-8
『道徳と宗教の二源泉』ベルクソン著、平山高次訳、岩波文庫、1977年(2021年5月、31刷)、本体1,010円、文庫判390頁、ISBN978-4-00-336457-4
『歴史が後ずさりするとき――熱い戦争とメディア』ウンベルト・エーコ著、リッカルド・アマデイ訳、岩波現代文庫、2021年5月、本体1,740円、A6判並製474頁、ISBN978-4-00-600437-8
★特記しておきたいのは6月新刊『梵文和訳 華厳経入法界品(上)』と5月重版『道徳と宗教の二源泉』。前者は華厳経入法界品(けごんきょう・にゅうほっかいぼん)の、サンスクリット語原典から現代日本語への初完訳となるもの※。上中下の全三巻で、上巻では序章から第十七章「アナラ王」までを収録。岩波書店ではここ十数年の間に、サンスクリット語から現代語への仏典新訳としては、植木雅俊さんによる『法華経』を単行本で刊行していました。植木訳は普及版が出ましたが、まだ文庫化はされていません。それだけに『華厳経』がいきなり文庫で出版されるのは驚きでした。岩波文庫では『法華経』の場合、坂本/岩本訳というド定番があるので、植木訳をまず単行本で出したのかもしれません。しかしそれでも、難解で知られる『華厳経』が「入法界品」のみとはいえポケットサイズの廉価版で携帯できるようになるのは快挙であり、さすがの岩波、と讃嘆せざるをえません。
※正確に言えば「初完訳した親本を改訂して文庫化したもの」。凡例(六)によれば「本書は、『さとりへの遍歴――華厳経入法界品』(上下巻、中央公論社、1994年)を底本として、文庫(全三巻)としたものである。文庫化にあたり、丹治昭義と桂紹隆が改めて校正作業を行なった」。同じく(七)に曰く「上巻、中巻の「解説」は『さとりへの遍歴』に収録された梶山雄一による「解説」を再録した。下巻には、丹治昭義・桂紹隆による文庫版「解説」を新たに収録した」。
★平山訳『道徳と宗教の二源泉』は1953年に初版刊行。1977年16刷の折に改訳版を刊行。巻頭の「訳者序」の末尾に加えられた「改版追記」によれば、「全文にわたって見直し、若干の誤植、脱落のほか、不適切と思われる語句、表現を訂正、加筆したものである」と(以下略)。改訳から40年以上が経過し、近年ではちくま学芸文庫より2015年に合田正人/小野浩太郎訳で新訳『道徳と宗教の二つの源泉』も刊行されているなかでの重版です。政治的配慮から現在では使用されないだろう表現が改訳版では残っていますが、それでも次代へのつなぎとして重版しておく、という姿勢を私は評価したいです。岩波文庫の本文用紙は経年により焼けが目立ってくるので、最新刷を入手しておくことは個人の書庫といえども保管上では重要です。同文庫においては、新訳がでれば旧訳が復刊されることは稀。そろそろ岩波文庫でもこの本の新訳が準備されても良い頃合いでしょうから、その意味でも31刷は買っておいた方がいいなと感じました。
★ちなみに余計なお世話ですが、中公クラシックスの紙版がどんどん品切になっているのが残念です。電子版があるから、とか、古い訳だから、とは言わず、紙媒体で文庫化する意義はいまなおあるのではないかと想像します。森口美都男訳『道徳と宗教の二つの源泉』2巻本も全1巻で再刊してもらえたら、と願っています。「世界の名著」「日本の名著」は60~70年代の二大プロジェクトだったわけで、半世紀経ってもお役御免とはなっていないと私は思います。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『海がやってくる――気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』エリザベス・ラッシュ著、佐々木夏子訳、河出書房新社、2021年6月、本体2,650円、46変形判上製336頁、ISBN978-4-309-25425-8
『パチンコ』杉山一夫著、法政大学出版局、2021年6月、本体3,520円、四六判上製372頁、ISBN978-4-588-21861-3
『シャルル・ドゴール――歴史を見つめた反逆者』ミシェル・ヴィノック著、大嶋厚訳、作品社、2021年6月、本体2,200円、46判上製224頁、ISBN978-4-86182-857-7
『映画監督 三隅研次――密やかな革新』吉田広明著、作品社、2021年6月、本体3,600円、46判上製432頁、ISBN978-4-86182-853-9
『ありのままのイメージ――スナップ美学と日本写真史』甲斐義明著、東京大学出版会、2021年6月、本体5,200円、A5判上製360頁、ISBN978-4-13-080223-9
★特記しておきたいのは『海がやってくる』と『パチンコ』。前者はまもなく発売。『Rising: Dispatches from the New American Shore』(Milkweed, 2018)の全訳。2018年のピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門の最終候補となり、無名の書き手だったラッシュを一躍有名にしたという力作です。気候変動による海面上昇で米国各地の沿岸部に生息する動植物が、人間の住民も含め、大きな変化に晒されていると言います。住まいを放棄するか留まるか、岐路に立たされ、あるいは現実的判断を余儀なくされた地域住民たちに取材したのが本書。ここに書かれている現実は他人事ではなく、日本でも起こりうることです。「私たちの沿岸コミュニティの歴史を振り返る時が来たのでは〔…〕。とんでもない低地に再建したり、開発を続けることには意味がなくなっているのではないか、と問うべき時が来た」(293頁)。
★『パチンコ』は発売済。シリーズ「ものと人間の文化史」の第186弾。「本書は、正村ゲージがどのようなものであったかに始まり、パチンコの元になったウォールマシン、さらにその元のバガテールにさかのぼり、パチンコの誕生を物語る。/そして、手打ち式パチンコの全貌を、蒐集したパチンコ台他の遊技機、映画、文学、写真、新聞、特許資料等を駆使して明かす」(6頁)。正村ゲージというのは、正村竹一が考案したと言われる仕掛けで、「パチンコを今日の大産業に導いた」ものとのこと。著者の杉山一夫(すぎやま・かずお, 1950-)さんは版画家にして、2020年6月に横須賀にオープンしたパチンコ誕生博物館の館長。