★まず、ようやく購入できた注目書(主に既刊書)を列記します。
『エロティシズム』ロベール・デスノス著、アニール・ブラン序文、松本完治訳、エディション・イレーヌ、2021年2月、本体2,500円、四六判上製152頁、ISBN978-4-9909157-7-3
『聖パウロ――現代の哲学者のとらえた使徒の普遍性』ジョン・カプート/リンダ・マーティン・アルコフ編、池永倫明/池永順一訳、いのちのことば社、2021年2月、本体4,000円、A5判並製336頁、ISBN978-4-264-04249-5
『芸術と創造的無意識』エーリッヒ・ノイマン著、氏原寛/野村美紀子訳、創元社、2021年2月、本体3,500円、A5判並製176頁、ISBN978-4-422-11758-4
『魔法――その歴史と正体』カート・セリグマン著、平田寛/澤井繁男訳、平凡社ライブラリー、2021年1月、本体2,400円、B6変判並製684頁、ISBN978-4-582-76912-8
『フォルモサ――台湾と日本の地理歴史』ジョージ・サルマナザール著、原田範行訳、平凡社ライブラリー、2021年2月、本体1,800円、B6変判並製424頁、ISBN978-4-582-76913-5
『疫病短編小説集』R・キプリング/K・A・ポーター/ほか著、石塚久郎監訳、平凡社ライブラリー、2021年3月、B6変判並製312頁、ISBN978-4-582-76915-9
『「利他」とは何か』伊藤亜紗編、伊藤亜紗/中島岳志/若松英輔/國分功一郎/磯崎憲一郎著、集英社新書、2021年3月、本体840円、新書判224頁、ISBN978-4-08-721158-0
『20世紀論争史――現代思想の源泉』高橋昌一郎著、光文社新書、2021年3月、本体1,200円、新書判456頁、ISBN978-4-334-04532-6
『新世紀のコミュニズムへ――資本主義の内からの脱出』大澤真幸著、NHK出版新書、2021年4月、本体880円、新書判256頁、ISBN978-4-14-088652-6
★デスノス『エロティシズム』は実に60数年ぶりの新訳。既訳には澁澤龍彦による『エロチシズム』書肆ユリイカ、1958年;『澁澤龍彦集成(5)異端の肖像――評伝・創作・翻訳篇』所収、桃源社、1970年;『澁澤龍彦翻訳全集(3)』所収、河出書房新社、1997年)があり、書肆ユリイカ版は高額古書として有名です。澁澤訳の底本は1952年のセルクル・デザール版で、今回の松本訳の底本は2013年のガリマール社イマジネール叢書版。ル・ブランによる長い序文「闇の底から愛が来たれり」(7~43頁)はこの2013版から訳したものです。一方、今回の新訳『エロティシズム』で本編の冒頭に置かれた、デスノスによる「ジャック・ドゥーセ氏への手紙」は、1952年のセルクル・デザール版から訳出したもの。
★巻末の「君の生命の日時計の上を――後跋に代えて」で松本さんはこう書かれています。「デスノスの引き締まった文章が、原文にない接続詞や修飾語で澁澤流の日本語に置き換えられていることから(多分にその方が通りの良い日本語になるのだが)、私としては、できるだけ原文に忠実に訳すことを心掛けた(同時に澁澤訳の数点に上る誤訳箇所も修正を施したつもりである)」(137頁)。
★『聖パウロ』は、『St. Paul among the Philosophers』(Indiana University Press, 2009)の訳書。2005年4月14日から16日にかけてシラキューズ大学で開催された会議「哲学者たちのとらえた聖パウロ」がもとになっています。目次は以下の通り。巻末には人名索引と訳者あとがきがあります。会議を総括する「円卓討議」では発題者と編者2氏のほか、作家のカレン・アームストロングさんが少しだけ参加しています。
謝辞
序論 パウロからの絵葉書|ジョン・D・カプート
第一章 現代の哲学者たちのとらえるパウロ
第一節《発題》普遍的主体の創始者、使徒パウロ|アラン・バディウ
第二節《発題》ヨブからキリストへ――チェスタトンのパウロ講読について|スラヴォイ・ジジェク
第二章 ユダヤ教徒とキリスト者の間のパウロ
第三節《発題》歴史的誠実・解釈の自由――哲学者の解釈するパウロとその解釈の時代錯誤の問題|ポーラ・フレドリクセン
第四節《発題》ユダヤ教とヘレニズムの間のパウロ|E・P・サンダース
第五節《発題》目的論の約束・認識論の制約・パウロにおける普遍的見解|デール・B・マーティン
第六節《発題》反哲学者たちの中のパウロ、あるいはソフィストたちの中のサウロ|ダニエル・ボヤーリン
第七節《発題》力についてのパウロの見解――可能と不可能との間|リチャード・カーニー
第八節 円卓討議――歴史家たちと体系家たちのとらえたパウロ
★『芸術と創造的無意識』は、創元社のシリーズ「ユング心理学選書」の第6巻として1984年に刊行したものを、46判からA5判に組み直して新装新組版でシリーズ「創元アーカイブス」から再刊したもの。原著は『Kunst und schöpferisches Unbewußtes』(Rascher Verlag, 1954)です。「本書ではレオナルド・ダ・ヴィンチについて、創造的人間ないし創造的な業績と集合的無意識、特に太母の元型との関係を考えるが、ちょうどフロイトが立ち止まったところからはじめることになる。そしてそこから、レオナルドの創造的天才が時代に先んじて、後に現代人の集合的意識を決定する中心的な諸問題とどのように関わっていたかを明らかにしようと思う」(「まえがき」13頁)。本書を除いてノイマンの素晴らしい既訳書の数々は新刊書店ではまったく手に入らなくなってしまってからしばらく経ちますが、もったいないことです。文庫レーベルをもつどこかの出版社が網羅的に文庫化して下さっても良いように思います。
★平凡社ライブラリーの1月から3月までの新刊より1点ずつ。セリグマン『魔法』は、原著『The History of Magic』(Pantheon Books, 1948)の抄訳として平凡社版「世界教養全集」第20巻として1961年に平井訳で刊行され、その後、省略されていた三つの節を澤井さんが訳出した全訳版が人文書院から1991年に出版。人文書院版はまだ入手可能ですが、今般澤井さんによる解説を新たに付してライブラリーに編入されました。この分野の古典です。
★サルマナザール『フォルモサ』は、ライブラリー・オリジナル。帯文に曰く「世紀の奇書、本邦初訳」と。サルマナザール(George Psalmanazar, 1679?-1763)はフランスに生まれ英国で活躍した文筆家。自称「日本人」、その後嘘がばれて「台湾人」を名乗り、ありったけの空想を働かせて執筆した『日本国皇帝に従属する島であるフォルモサの歴史と地理』(Historical and Geographical Description of Formosa, an Island subject to the Emperor of Japan)を1704年に上梓し、翌年には大幅に加筆修正を施した第二版を刊行。フランス語やオランダ語にも翻訳されて一世を風靡したと言います。その全訳が本書『フォルモサ』です。高名な偽史の初訳と聞いて食指の動く読者もいらっしゃることでしょう。
★『疫病短編小説集』は、「疫病」「天然痘」「コレラ」「インフルエンザ」「疾病の後」の5つの主題を立て、エドガー・アラン・ポー、ナサニエル・ホーソーン、ブラム・ストーカー、ラドヤード・キプリング(2篇)、キャサリン・アン・ポーター、J・G・バラード、による計7篇の作品を収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。同ライブラリーでは『病短編小説集』2016年、『医療短編小説集』2020年9月、といったアンソロジーもあります。
★新書3点。『「利他」とは何か』は東京工業大学「未来の人類研究センター」の研究グループ「利他プロジェクト」に参加する5人によるアンソロジー。『20世紀論争史』は高橋さんが得意とする疑似対話形式で綴る全30章。「小説宝石」での2つの連載、「20世紀大論争!」(全15回:2016年10月号~2017年12月号)と「21世紀大論争!」(全15回:2018年1月号~2019年3月号)に加筆修正し、参考文献を付したもの。2点とも啓発的です。
★『新世紀のコミュニズムへ』は「新型コロナウイルスを超えて――パンデミックの渦中で、またパンデミックの後に――どのような社会を構想すべきか、そのような社会の実現のために何を克服しなくてはならないのか、ということについての私の考えを論じている」(「まえがき」11頁)と。「現在のグローバルな資本主義にとって本質的な不平等、本質的な葛藤が関与している領域において、まずはとりわけコモンズが確立されなくてはならない。すなわち、そこで生じている(私的所有に由来する)格差が、グローバル資本主義の存続にとって死活的な重要性をもつと考えられる領域、そのような領域においてまずは、コモンズが一般化しなくてはならない」(222頁)。大澤さんは最低限の3つのコモンズを挙げています。自然環境、ヒトゲノム、一般的知性(文化)。この3番目について、出版界がなしうる貢献があるように思います。
★次に、最近出会いがあった新刊を列記します。
『吉本隆明全集25[1987-1991]』吉本隆明著、晶文社、2021年4月、本体6,800円、A5判変型上製640頁、ISBN978-4-7949-7125-8
『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』竹倉史人著、晶文社、2021年4月、本体1,700円、四六判上製350頁、ISBN978-4-7949-7261-3
『〈アメリカ映画史〉再構築――社会派ドキュメンタリーからブロックバスターまで』遠山純生著、作品社、2021年4月、本体6,300円、A5判上製724頁、ISBN 978-4-86182-850-8
★『吉本隆明全集25[1987-1991]』は第26回配本。『甦るヴェイユ』や『未来の親鸞』などを収録。「第九条を積極的に主張することだけが、現在の社会主義国と資本主義国を超えて、日本が未来へ行けるただひとつの切符なのだ。お粗末な幻想的な切符だが、これを積極的に主張しきるよりほかに、わたしたちの国家も現在の世界中のどの国家も、未来へ行けるはずがない。そしてこれを主張しきる可能性をもっているのは、世界で日本の一般大衆だけだとおもう」(1990年10月「国際連合平和協力法案と憲法第九条」354~355頁)。この言葉からもう30年も経っています。
★『土偶を読む』は、独立研究者として活動する人類学者による「土偶は植物をかたどっている」という独自の仮説を展開した一冊。たとえば「遮光器土偶はサトイモの精霊像であり、その紡錘形に膨らんだ四肢はサトイモをかたどっていたというのが私の結論となる。〔…〕つまり、縄文字たちは目に見える植物や貝の形態を手がかりに、精霊の不可視の身体を想像したのだ」(288頁)。まじか。
★『〈アメリカ映画史〉再構築』は全20章で本文と注で2段組700頁を超える大著。15年をかけて執筆された力作で、3分の1強は各媒体に発表されたものの大幅加筆改稿で、そのほかは書き下ろしとのことです。目次、「序に代えて」、「第一章 リアリズムとモンタージュ」冒頭部のPDFが書名のリンク先からダウンロードできます。著者の遠山純生(とおやま・すみお, 1969-)さんは映画評論家。