★先日も書きましたが、コロナの影響で新刊購入のタイミングがズレこみ、紹介していないままの既刊書が昨夏以降増えています。新刊備忘録として未入手のものも含めた新刊を掲出するようにしようかとも思うものの、踏ん切りがつかず。さらに、土日の時間を使いたい課題が新刊紹介以外にも二、三あって、一週間をどう配分したものか、悩んでいます。もとより本業がますます忙しく、一日が24時間では足りないほどです。そんな風に考えていると、ベネットに叱られそうなのですが(参照:アーノルド・ベネット『自分の時間』(渡部昇一訳、三笠書房、2016年)。
★まず、注目の新書および文庫を列記します。
『新しい世界――世界の賢人16人が語る未来』クーリエ・ジャポン編、講談社現代新書、2021年1月、本体900円、新書判256頁、ISBN978-4-06-522546-2
『晩年のカント』中島義道著、2021年1月、本体900円、新書判240頁、ISBN978-4-06-522233-1
『津波の霊たち──3・11 死と生の物語』リチャード・ロイド・パリー著、濱野大道訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2021年1月、本体1,020円、文庫判448頁、ISBN978-4-15-050569-1
『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』橋本勝雄編訳、光文社古典新訳文庫、2021年1月、本体1,000円、文庫判336頁、ISBN978-4-334-75437-2
『石ノ森章太郎コレクション――初期少女マンガ傑作選』石ノ森章太郎著、ちくま文庫、2021年1月、本体800円、文庫判並製336頁、ISBN978-4-480-43723-5
『現代マンガ選集 少女たちの覚醒』恩田陸編、ちくま文庫、2020年12月、本体800円、文庫判416頁、ISBN978-4-480-43678-8
★『新しい世界』は、巻頭の「はじめに」によれば「世界の主要メディアから厳選された記事だけを翻訳・紹介するオンラインメディア『クーリエ・ジャポン』から、特に反響の高かったインタビューを中心に加筆修正をおこなったうえで、「コロナと文明」「世界経済」「不平等」「アフター・コロナの哲学」「私たちはいかに生きるか」といったテーマ別の再構成して」おり、「世界最高の知性と洞察力を兼ね備えた、いわば「21世紀の賢人」たちが、それぞれの専門分野の立場から世界のいまを分析しつつ、「世界のこれから」について論じた一冊」とのこと。目次は以下の通り。
はじめに|クーリエジャポン編集部
第1章 コロナと文明
「私たちが直面する危機」ユヴァル・ノア・ハラリ
「パンデミックがさらす社会のリスク」エマニュエル・トッド
「危機を乗り越えられる国、乗り越えられない国」ジャレド・ダイアモンド
「ポピュリズムと『歴史の終わり』」フランシス・フクヤマ
第2章 不透明な世界経済の羅針盤
「コロナ後の世界経済」ジョゼフ・スティグリッツ
「『反脆弱性』が成長を助ける」ナシーム・ニコラス・タレブ
「ITソリューションの正体」エフゲニー・モロゾフ
「スクリーン・ニューディールは問題を解決しない」ナオミ・クライン
第3章 不平等を考える
「豊かさと幸福の条件」ダニエル・コーエン
「ビリオネアをなくす仕組み」トマ・ピケティ
「すべての問題の解決を市場に任せることはできない」エステル・デュフロ
第4章 アフター・コロナの哲学
「世界を破壊する『資本主義の感染の連鎖』」マルクス・ガブリエル
「能力主義の闇」マイケル・サンデル
「コロナ後の“偽りの日常”」スラヴォイ・ジジェク
第5章 私たちはいかに生きるか
「レジリエンスを生む新しい価値観」ボリス・シリュルニク
「絞首台の希望」アラン・ド・ボトン
★今月は、中公新書ラクレでも、「世界の知性21人が当国家と民主主義」という副題が添えられた『自由の限界』という新刊が発売されています。本書と重なる識者は、ハラリ、トッド、ダイアモンド、スティグリッツ、ガブリエル、ジジェク、の6名です。
★『晩年のカント』は半世紀以上カントを研究して現在74歳となった中島義道さんが、ヴァジヤンスキー『晩年におけるカント――その人と家庭生活』などをはじめとするカント伝の数々をひもとき、カントの老いと衰え、そしてその「枯れ木のよう」な死までを追ったもの。このうえなく興味深い、人間カントの最後の日々。
★『津波の霊たち』は2018年刊の単行本の文庫化。東日本大震災による津波被害や遺族が逢着した心霊現象、それと向き合う僧侶や牧師らを取材したもの。著者はイギリスの「ザ・タイムズ」紙の記者で震災を東京で経験しています。心霊体験に焦点を当てた文庫で読める類書としては、日本人フリージャーナリストの宇田川敬介さんによる『震災後の不思議な話――三陸の〈怪談〉【増補文庫版】』(飛鳥新社、2020年1月)があります。
★『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』は9名の作家の「知られざる傑作」を本邦初訳で「発掘」したもの。イジーノ・ウーゴ・タルケッティ、ヴィットリオ・ピーカ、レミージョ・ゼーナ、アッリーゴ・ボイト、カルロ・ドッスィ、カミッロ・ボイト、ルイージ・カプアーナ、イッポリト・ニエーヴォ、ヴィットリオ・インブリアーニ、の作品を収録。貴重です。
★ちくま文庫では12月に「現代マンガ選集」全8点が恩田陸編『少女たちの覚醒』で完結し、1月からは「石ノ森正太郎コレクション」全3巻が刊行開始となりました。後者の第1弾は『初期少女漫画傑作選』。「竹宮惠子、萩尾望都ら「花の24年組」のマンガ家たちに影響を与えた」とカヴァー表4紹介文に謳われています。解説は「現代マンガ選集」の総監修を務めておられた中条省平さんがお書きになっています。本書のあと『ファンタジー編』『SF編』と続くようです。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『ジーザス・イン・ディズニーランド――ポストモダンの宗教、消費主義、テクノロジー』デイヴィッド・ライアン著、大畑凜/小泉空/芳賀達彦/渡辺翔平訳、新教出版社、2021年1月、本体3,500円、四六判上製336頁、ISBN978-4-400-40753-9
『人文的、あまりに人文的――古代ローマからマルチバースまでブックガイド20講+α』山本貴光/吉川浩満著、本の雑誌社、2021年1月、本体1,900円、四六判並製304頁、ISBN978-4-86011-451-0
『吉本隆明全集24[1987-1990]』吉本隆明著、晶文社、2021年1月、本体7,000円、A5判変型上製726頁、ISBN978-4-7949-7124-1
★『ジーザス・イン・ディズニーランド』は、監視社会をめぐる数々の著作で日本でも知られているカナダの社会学者デイヴィッド・ライアン(David Lyon, 1948-)による、『Jesus in Disneyland: Religion in Postmodern Times』(Polity Press, 2000)の訳書。原著副題にある通り、ポストモダン時代の宗教を論じたもの。書き出しはこうです、「この本は、ポストモダンの時代のおける宗教の変わりゆく運命についての本である」(12頁)。「この本では、『尖塔の影』と『ポストモダニティ』で検証された諸テーマが、さらに探求されることとなる」(17頁)。前者は未訳ですが、後者(原著94年刊)は合庭惇訳『ポストモダニティ』(せりか書房、1996年)という訳書があります。
★『人文的、あまりに人文的』は「ゲンロンβ」連載の書籍化で、40点の人文書をめぐる山本さんと吉川さんの対話篇。月曜社の既刊書、ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』(江川隆男訳)を取り上げていただいており、担当者としては光栄至極です。山本さん曰く「単に古い時代の哲学の学説というのではなくて、先ほど述べたように、この世界をどうとらえるかという古くて新しい、いまでは自然科学が主に取り組んでいる問題や、あるいは存在や動きや変化を言葉でどう捉えられるかという、言語学だけでなく文芸や人工知能のような技芸術にまでおおいに関わる発想なんだよね、そういうものと重ねながら読むといっそう面白い」(94頁)。
★『吉本隆明全集24[1987-1990]』は第25回配本。『ハイ・イメージ論Ⅲ』『状況としての画像――高度資本主義下の[テレビ]』『南島論』などを収録。珍しいのは、46点の写真で構成された「1970東京の民家」かと。単行本としては『像としての都市』(弓立社、1989年)に収められていたもの、当全集既刊書中で別丁扱いになっている図版頁ではもっともヴォリュームの大きなものです。個人的に印象的だったのは、著者が88年に『エル・ジャポン』誌に寄せた談話でした。「今もし僕が、リオタールやボードリヤールを東京案内するとしたなら、東京タワーや超近代的な高層ビルと並んで必ず連れていきたいと思うのは、板橋にある仲宿の商店街ですね」(「板橋・仲宿商店街」684頁)。旧友に知らせたい話でした。目次詳細や月報については書名のリンク先をご覧ください。次回配本は3月下旬予定、第25巻とのことです。当初の予定では収録期間は[1987-1991で、「甦えるヴェイユ・世界転向論」などを収めるとされていたものです。
★さらに次の新刊との出会いもありました。
『現代思想2021年2月号 特集=精神医療の最前線――コロナ時代の心のゆくえ』青土社、2021年1月、本体1,500円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1409-4
『戦争が巨木を伐った――太平洋戦争と供木運動・木造船』瀬田勝哉著、平凡社、2021年1月、本体3,800円、4-6判上製528頁、ISBN978-4-582-84236-4
『寝室の歴史――夢/欲望と囚われ/死の空間』ミシェル・ペロー著、持田明子訳、藤原書店、2021年1月、本体4,200円、四六判上製552頁、ISBN978-4-86578-282-0
『金子兜太――俳句を生きた表現者』井口時男著、藤原書店、2021年1月、本体2,200円、四六判上製240頁、ISBN978-4-86578-298-1
『いのちを纏う〈新版〉――色・織・きものの思想』志村ふくみ/鶴見和子著、田中優子新版序、藤原書店、2021年1月、本体2,800円、四六判上製264頁/カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-299-8
★多くの読者を惹きつけずにはおかないように思われる『寝室の歴史』について特記しておくと、フランス歴史学界の重鎮ペロー(Michelle Perrot, 1928-)の『Histoire de chambres』(Seuil, 2009)の全訳です。2009年にフェミナ賞随筆 (評論) 部門を受賞しています。王の寝室、個人の部屋、子ども部屋、婦人部屋、ホテルの部屋、労働者の部屋、死の床と病室、などをめぐり、歴史的資料が博捜されます。
★「さまざまな体験は本書の中核をなし、各章はそれらを中心に構成される。部屋を探し求める逃亡者やよそ者や旅行者、労働者たち、屋根裏部屋と愛を望む学生、好奇心にあふれた冒険好きの子どもたち、小屋の愛好者、自信に満ちたカップルや優柔不断なカップル、自由を熱望している女性や孤独に追い詰められた女性、絶対を渇望している修道士や隠棲する女性、静寂の中で問題の解答を引き出す学者、無類の読書好き、夕暮れの静けさに霊感を得る作家は、王に劣らず、この部屋の叙事詩の主役たちである。寝室は、眠る人、恋をしている人、引きこもっている人、体が不自由な人、病んだ人、瀕死の人の証人であり、隠れ家、避難所であり、覆いである。季節がそれに、多少ともあからさまに、あるいは、ひっそりと刻印する。さまざまな色に染まる日中の時間と同じように。だが、夜の時間はたぶん最も重要であろう。本書は夜の歴史の論考である。愛のため息が、枕元の本のめくられる音が、ペン先のきしむ音が、コンピュータ〔のキーボード〕をたたく音が、夢想家のつぶやきが、猫の鳴き声が、子どもの泣き声が、叩かれる女性や犠牲者たちの現実の、あるいは、推測される叫び声が、真夜中の犯罪が、病人のうめき声や咳が、瀕死の人のぜいぜいいうあえぎがかすかな音を立てている室内で(心の内でないにしても)体験される夜。部屋のさまざまな物音が不思議な音楽を作り出す」(22~23頁)。