『ユングの『アイオーン』を読む』エドワード・エディンジャー著、岸本寛史/山愛美訳、青土社、2020年11月、本体2,600円、385+xiii頁、ISBN978-4-7917-7328-2
『地球が燃えている――気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言』ナオミ・クライン著、中野真紀子/関房江訳、大月書店、2020年11月、本体2,600円、4-6判上製376頁、ISBN978-4-272-33099-7
★『ユングの『アイオーン』を読む』は『The Aion Lectures: Exploring the Self in C.G. Jung's Aion』(Inner City Books, 1996)の全訳。書名の通り、ユング晩年の名著『アイオーン』(人文書院、1990年)をパラグラフごとに丁寧に読み解くもので、エディンジャー自身の連続講義が元になっています。巻頭の凡例によれば、野田倬訳『アイオーン』を参照しつつ、適宜改変を加えたとのことです。巻末にはユングにおける占星術の重要性について論及した、鏡リュウジさんによる「本書に寄せて」が加えられています。
★巻頭の著者覚書がこの読解書の端的な紹介文となっているので、引用します。「ユングの『アイオーン』は、人間の知について、全く新しい部門、元型的な心の歴史学とでも呼べるような学問分野の基礎を築いたと言えるでしょう。それは深層心理学の洞察を文化史のデータに応用したものです。歴史的プロセスは、今や、集合的無意識の元型が、人類の行動や空想を通して、時間と空間の中で出現し発展していく、自己顕現の過程とみなすことができます。/『アイオーン』の中で、ユングは神イメージ(自己)の元型を主題として取り上げ、それがキリスト教時代の中でどのように進展しながらその姿を現してきたのかを示しています。『アイオーン』は読者に多大な負担をかける凄まじい著作です。本書はこの困難さを軽減し、『アイオーン』をもっと近づけるものにしようとする試みです」(9頁)。
★著者のエドワード・エディンジャー(Edward Edinger, 1922-1998)はユング派の分析家で、ニューヨークのユング研究所の創立メンバーであり、「ユング派の理論かとして、米国において指導的な存在であった」(訳者あとがきより)と。既訳書には『心の解剖学――錬金術的セラピー原論』(著者名表記は「エディンガー」、岸本寛史/山愛美訳、新曜社、2004年)があります。
★『地球が燃えている』は『On Fire: The (Burning) Case for the Green New Deal』(Simon & Schuster、2019)の全訳。オーストラリアの森林火災の写真が印象的な帯には次の文言が印刷されています。「残された時間はあと10年――『ショック・ドクトリン』を著した世界的ジャーナリストが描く、人類存亡の危機とその突破口」。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。ここ10年間に各種媒体で発表されてきたテクストがまとめられており、環境破壊からグリーン・ニューディールへの政治的経済的大転換が訴えられています。なお同書刊行を記念して、2020年12月1日(火)13:00~14:10に著者によるオンライン講演会が開催されるとのことです。定員1000名。
★上記のほか、以下の新刊にも注目しています。
『改革か革命か』T・セドラチェク/D・グレーバー著、ロマン・フルパティ聞き手、三崎和志/新井田智幸訳、以文社、2020年11月、本体2,200円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0360-7
『三つの庵――ソロー、パティニール、芭蕉』クリスチャン・ドゥメ著、小川美登里/鳥山定嗣/鈴木和彦訳、幻戯書房、2020年11月、本体2,900円、四六判並製232頁、ISBN978-4-86488-211-8
★『改革か革命か』は『(R)Evolutionary Economics of Systems and Men』の翻訳。これまでに2013年にチェコ語訳版、2016年にドイツ語訳版が刊行されていますが、オリジナルの未刊英語版から訳出されています。『善と悪の経済学』(正続、東洋経済新報社、2015年、2018年)で著名なチェコの経済学者セドラチェク(Tomas Sedlacek, 1977-)と、『ブルシット・ジョブ』(岩波書店、2020年)が話題の人類学者グレーバー(David Graeber, 1961-2020)が、2013年にドイツのミュンヘンで行なった対話で、ジャーナリストのフルパティが進行役を務めています。
★「対話の大きな構図は、現在のシステムのあり方に対する批判的視点については、セドラチェクとグレーバーは大枠において意見を同じくしつつも、その出口として、セドラチェクはあくまでも〈改革〉を主張し、グレーバーはより根本的な〈革命〉が必要だと考えている、とまとめられる」(訳者解説より)。修正資本主義を標榜するセドラチェクと、オルタナティヴの創出を目指すグレーバーとのあいだの、共通点と相違点は読者へと開かれており、自分ならどう応えるか、刺激を受けます。
★『三つの庵』は『Trois huttes』(Fata Morgana, 2010)の全訳。帯文に曰く「H・D・ソロー、パティニール、芭蕉――孤高なるユートピアンの芸術家たちがこしらえた「庵」の神秘をめぐる随想の書。世界中のすべての隠遁者におくる《仮住まいの哲学》、孤独な散歩者のための《風景》のレッスン」。カヴァーを飾るのはフランドルの画家パティニール(Joachim Patinir, 1480-1524)による色鮮やかな「荒野のヒエロニムス」です。著者のクリスチャン・ドゥメ(Christian Doumet, 1953-)はフランスの作家でソルボンヌ大学教授。既訳書に『日本のうしろ姿』(鈴木和彦訳、水声社、2013年)があります。
★「あらゆる庵/小屋は、現実のものであれ夢見られたものであれ、作家や画家といった世界の作り手たちが自分たちの必要とするささやかなものを彼ら自身の生き方として表現したものである。世の中から離れ、孤立し、身をひそめること。孤独な苦行を伴うそうした身ぶりはすべて、最終的にはこの世の生をいっそう深く味わうためになされるのである。〔…〕思考は、おのれの住まいを離れるときにこそ、そこに逢着する好機に恵まれる」(序、9頁)。
★なお、幻戯書房さんでは来月(2020年12月)より、ミシェル・ビュトールの評論集『レペルトワール』(全5巻、1960~1982年)の全訳が刊行開始となるとのことです。版元さんのチラシに曰く「フランス文学を基軸に、文芸批評、創作技法のみならず芸術、読書や地理など、広汎な諸領域を境界侵犯しながら展開される、「レペルトワール」=「レパートリー」=目録。各巻21篇、全5巻」と。すごいですね。
★さらにこのほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『アルマ』J・M・G・ル・クレジオ著、中地義和訳、作品社、2020年11月、本体2,800円、46判上製333頁、ISBN978-4-86182-834-8
『うつせみ』鈴木創士著、作品社、2020年11月、本体2,200円、46判上製255頁、ISBN978-4-86182-833-1
『ディスタンクシオン――社会的判断力批判〈普及版〉1』ピエール・ブルデュー著、石井洋二郎訳、藤原書店、2020年11月、本体3,600円、A5判並製528頁、ISBN978-4-86578-287-5
『ディスタンクシオン――社会的判断力批判〈普及版〉2』ピエール・ブルデュー著、石井洋二郎訳、藤原書店、2020年11月、本体3,600円、A5判並製520頁、ISBN978-4-86578-288-2
『ブルデュー『ディスタンクシオン』講義』石井洋二郎著、藤原書店、2020年11月、本体2,500円、四六判並製304頁、ISBN978-4-86578-290-5
『感情の歴史 2――啓蒙の時代から19世紀末まで』A・コルバン/J-J・クルティーヌ/G・ヴィガレロ監修、アラン・コルバン編、小倉孝誠監訳、藤原書店、2020年11月、本体8,800円、A5判上製680頁、ISBN978-4-86578-293-6
『ベートーヴェン 一曲一生』新保祐司著、藤原書店、2020年11月、本体2,500円、四六判上製264頁、ISBN978-4-86578-291-2
★作品社さんの11月新刊より2点。ル・クレジオ『アルマ』は帯文に曰く「父祖の地モーリシャス島を舞台とする、ライフワークの最新作」。『黄金探索者』(1985年;新潮社、1993年)、『隔離の島』(1995年;ちくま文庫、2020年)、『回帰』(2003年;『はじまりの時』上下巻、村野美優訳、原書房、2005年)に続く第4作で、原書は『Alma』(Gallimard, 2017)です。『はじまりの時』以外はすべて中地義和さんによる翻訳。
★鈴木創士『うつせみ』は書き下ろし長篇小説。第一章「日誌」、第二章「廃址」、の二章立てですが、日誌が本作の大半で、第二章は日誌の作者「僕」の従兄が書き手となっています。廃屋となった従弟の家で彼は日誌のノートを見つけます。宿泊先へ持ち帰り、日誌を読む従兄の「私」。「私」は記憶を辿ろうと彷徨うものの、森は消失しています。オキシコドンの錠剤、廃屋前に佇む女性、遠ざかるヒグラシの声。夏の終わりはまるで世界の終わりのようです。
★藤原書店さんの11月新刊は5点。ブルデュー『ディスタンクシオン』は、1990年刊の全2巻本(本体各5,900円)の普及版。サイズはA5判のまま、全2巻なのも変わりはありませんが、本体各3,600円と大幅に安くなっています。これはかのNHKのテレビ番組「100分de名著」で来月、岸政彦さんが『ディスタンクシオン』を取り上げるタイミングでの刊行で、すでにテキスト『ブルデュー『ディスタンクシオン』――「私」の根拠を開示する』は発売となっています。岸さんは普及版第一巻の帯に次のような推薦文を寄せています。
★「私がどこから来て、どこへ行くのかを、すべて説明されたような気がした。これほど夢中で読んだ社会学は他にない。ブルデューの社会学は、孤独だ。そこで描かれるのは、構造に埋め込まれ、縛られて、それでもなお懸命に生きる個人たちの姿である。それは、あなたであり、私だ。地方の貧しい家に生まれたひとりの青年が、独自の理論で完全武装し、フランス社会学界に君臨する。本書は、社会学の孤独な王が書き尽くした、自らの出自と階級社会に対する「落とし前」である」。普及版第二巻の帯には北田暁大さんの推薦文が載っていて、それは書名のリンク先にも掲出されています。
★普及版第二巻巻末の「訳者解説」の末尾には「普及版への追記」が加わっており、編集部によって「細部にわたる修正・調整」が施されたことが記されています。これは普及版第一巻巻頭に掲出された訳者による「普及版の刊行にあたって」ではさらに具体的にこう書かれています。「普及版での変更は、誤植の訂正、微細な用語や記号の修正、訳注の補足、時間的経過にともなう情報の追加等にとどめることとし、訳文自体には原則として手を加えていない」(2頁)とのことです。
★なお、訳者の石井洋二郎さんは普及版の刊行と同時に『ブルデュー『ディスタンクシオン』講義』を上梓されています。この本の巻末には、ブルデュー初来日時の講演「社会空間と象徴空間――日本で『ディスタンクシオン』を読む」(1989年10月4日、於・日仏会館、初出:加藤晴久編『ピエール・ブルデュー 超領域の人間学』藤原書店、1990年)が、「差別化の構造」と改題されて補講として収録されています。石井さんによる『ディスタンクシオン』読解本は、『差異と欲望――ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む』(藤原書店、1993年)に続くものです。
★『感情の歴史 2』は全3巻の内の第2巻で、「1730年から革命後まで」と「革命後から1880年代まで」の2部構成に16篇の論考とコルバンの序論を収めています。第1巻は本年4月に刊行済み。第3巻「19世紀末から現代まで」はジャン=ジャック・クルティーヌ編で続刊予定です。第3巻の目次詳細は版元サイトでの第2巻の書誌情報に続けて掲出されています。
★『ベートーヴェン 一曲一生』は、ベートーヴェン生誕250年記念出版。文芸批評家の新保祐司(しんぽ・ゆうじ:1953-)さんがコロナ禍の100日間にベートヴェン作品を1日1曲、「ほぼ全て聴き尽くして辿りついた、〔…〕「天才」の本質に迫る力作批評」(帯文より)と。新保さんはこれまでに藤原書店から『明治の光 内村鑑三』など5点ほど著書を刊行されています。