『パンソフィア――普遍的知恵を求めて』J・A・コメニウス著、太田光一訳、東信堂、2020年9月、本体6,400円、A5判上製640頁、ISBN978-4-7989-1650-7
『原典完訳 アヴェスタ――ゾロアスター教の聖典』野田恵剛訳、国書刊行会、2020年9月、本体8,800円、菊判函入648頁、ISBN978-4-336-06382-3
★『パンソフィア』はシリーズ「コメニウス セレクション」の第4回配本で、コメニウスの遺稿『人間に関わる事柄の改善についての総合的熟議』全7部の中でもっとも分量が多く中核的な論考となっている第3部を抄訳したもの。凡例および訳者はしがきによれば原著は長大であるため「所々省略して訳した箇所があ」り、「全体の40%ほど」を訳出したとのこと。それでも本文だけで560ページ以上あります。帯文に曰く「やまぬ戦乱から平和を求め、そのための人類共有の普遍的知恵=学問・知識の体系化を目指した」著作と。パンソフィアは従来では汎知学とも訳されましたが、本訳書ではそのままカタカナで表記されています。その意味は「普遍的知恵」であり、可能界、原型界、天使界、物質界、技術界、道徳界、霊魂界、永遠界、の8段階に分けて解説されています。
★「世界の対立を有効に除去するための何らかの治療薬が必要です。文字の時代以来、麻痺するほどに多種多様な憶測で対立しており、そのためにとうとう私たちは、何も読まない、何も信じないと恐れるほどに混乱させられています。憶測(思いつき、論争、反論など)がはびこるのに対して閂がかけられ、憶測が衝突する混乱や至る所で出会う誤りの多岐道から解放されて、けっして荒野に引き込まれることのない単一の開かれた、真理の王道へと進みださればなりません」(30~31頁)。「一冊ですべてを含んでいるような総合的な書物を作成する」(34頁)ことを目指したコメニウスによる知の体系的探究と情熱は、今こそ現代人が触れるべきものではないかと感じます。
★『人間に関わる事柄の改善についての総合的熟議』全7部のうち、序文、第1部「パンエゲルシア(普遍的覚醒)」、第2部「パンアウギア(普遍的光)」は、『覚醒から光へ――学問、宗教、政治の改善』として2016年に、第4部「パンパイデイア(普遍的教育)」は『パンパイデアイア――生涯にわたる教育の改善』は2015年に、それぞれ訳書が刊行されています。次回作として、世界会議の提案を謳う第6部「パンオルトシア〔普遍的改革〕」の訳書が出版予定とのことです。
★『原典完訳 アヴェスタ』は帯文に曰く「ゾロアスター教の聖典をアヴェスタ語原文から全訳」したもの。2段組で600頁を超える大冊です。既訳では、全訳だけれど重訳(木村鷹太郎訳『アヹスタ経』上下巻、世界聖典全集刊行会、1920~21年;改造社、1930年)だったり、原典からの訳だが抄訳(伊藤義教訳「アヴェスター」、『世界古典文学全集3』所収、筑摩書房、1967年;『アヴェスター』ちくま学芸文庫、2012年)だったりしたので、全訳は実に意義深い偉業です。白を基調とした化粧函に、レインボー箔が美しい書籍本体で、さすが国書刊行会さんらしい、愛書家への贈物だと感銘を覚えました。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『99%のためのフェミニズム宣言』シンジア・アルッザ/ティティ・バタチャーリャ/ナンシー・フレイザー著、惠愛由訳、菊地夏野解説、人文書院、2020年10月、本体2,400円、4-6判上製170頁、ISBN978-4-409-24135-6
『その場に居合わせる思考――言語と道徳をめぐるアドルノ』守博紀著、法政大学出版局、2020年10月、本体5,400円、A5判上製416頁、ISBN978-4-588-15110-1
『絵画の力学』沢山遼著、書肆侃侃房、2020年10月、本体2,700円、A5判上製408頁、ISBN978-4-86385-422-2
『石元泰博 生誕100年』東京都歴史文化財団ほか編、平凡社、2020年10月、本体3,300円、B5判上製304頁、ISBN978-4-582-20720-0
★『99%のためのフェミニズム宣言』はまもなく発売。『Feminism for the 99%: A Manifesto』(Verso, 2019)の訳書。すでに25か国で翻訳されているとのこと。全人口の1%にすぎない富裕層や支配階級に進出することによって男女平等を目指す「企業フェミニズム(corporate feminism)」ではなく、その他大勢である99%の人々のためのフェミニズムを説く、宣言の書です。フレイザー(Nancy Fraser, 1947-)はすでに日本でも訳書が複数ある政治哲学者として知られていますが、共著者のアルッザ(Cinzia Arruzza, 1976-)はイタリア出身でフレイザーと同じくニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチで教鞭を執る哲学者で、バタチャーリャ(Tithi Bhattacharya, 1971-)はパーデュー大学で教える、南アジア史を専門とするマルクス主義系フェミニストです。
★「私たちはリベラル・フェミニズムと金融資本の癒着を断ち切ることを決意し、別のフェミニズムを提唱した。それが、99%のためのフェミニズムである。/このプロジェクトに着手したのは、2017年のアメリカ合衆国の女性たちが起こしたストライキ運動においてともに協力しあったあとのことだった。それより前から、私たちはそれぞれが資本主義とジェンダー的な抑圧の関係について書き続けていた」(115頁)。「99%のためのフェミニズムは反資本主義をうたう不断のフェミニズムである――平等を勝ち取らないかぎり同等では満足せず、公正を勝ち取らないかぎり空虚な法的権利には満足せず、個人の自由がすべての人々の自由と共にあることが確証されない限り、私たちは決して既存の民主主義には満足しない」(152頁)。
★『その場に居合わせる思考』は、2019年に一橋大学大学院言語社会研究科に提出された博士論文「アドルノにおける言語・自由・道徳――哲学的著作と音楽論の横断的読解を通して」を改訂・改題したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書の目的は、アドルノの言語哲学および実践哲学にかかわるアイディアを再構成することである。言語哲学と実践哲学という両領域は単に並列的に考察される。その核心を要約すれば、《ある対象が存在する特定の場所に居合わせその対象の来歴を語ること》の重要性を強調する、ということである」(3頁)。著者の守博紀(もり・ひろのり)さんは現在、高崎経済大学非常勤講師、一橋大学大学院言語社会研究科博士研究員。本書が初めての単独著です。
★『絵画の力学』は、2009年から2020年にかけて各媒体で発表されてきた14本の論考に書き下ろし1本(第12章「火星から見られる彫刻」)と序とあとがきを加え、1冊としたもの。「作品とは、絡み合う力の束であり、力の分布である〔…〕。芸術を経験することは、振動する差異と諸力のただなかに巻き込まれることだ。芸術の思考=批評はそこから開始される。本書は、そのような、絡み合いせめぎ合う諸力の束としての芸術作品の分析を試みる。/俎上に載せられるのは、絵画、彫刻、批評など、いずれも近現代の芸術動向と深く関わる対象群だ」(4~5頁)。著者の沢山遼(さわやま・りょう:1982-)さんは美術批評家。本書が初めての単独著です。
★岡﨑乾二郎さんは本書に「これが批評の本来あるべき姿だ。この真摯な純度を見よ!」と賛辞を送られています。なお、本書の刊行を記念して、恵比寿のNADiff a/p/a/r/tにて沢山さんによる選書フェアが行なわれています。2020年11月23日(月)まで。
★『石元泰博 生誕100年』は、東京都写真美術館、東京オペラシティアートギャラリーで開催中の、写真家・石元泰博(いしもと・やすひろ:1921-)さんの大規模回顧展の公式図録。「広範囲にわたる石元泰博の作品を15のセクションにカテゴライズし、セクションごとに年代順を基本に掲載しました。また。プレートパートで大型図版を一枚一枚じっくりご覧いただいた後、サムネイルパートでより多くの作品を比較しながらご覧いただく構成としています」(「はじめに」より)。論考編では、磯崎新さんの講演録「伊勢神宮はなぜモノクロで撮影されたのか?――石元泰博の建築写真」をはじめ、天野圭悟、朝倉芽生、藤村里美、福士理の各氏が寄稿(巻頭には森山明子さんの石元論も掲出されています)。資料編は、略年譜、主な展覧会歴、主なコレクション・受賞歴、主要文献目録、作品リスト。回顧展は来年1月16日からは高知県立美術館でも開催されます。