★コロナ禍による外出自粛以後、新刊を購入するルートを確保するのがなかなか難しかった水声社さんの注目既刊書を列記します。
『ケアのロジック――選択は患者のためになるか』アネマリー・モル著、田口陽子/浜田明範訳、水声社、2020年8月、本体3,200円、46判上製281頁、ISBN978-4-8010-0504-4
『反政治機械――レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』ジェームズ・ファーガソン著、石原美奈子/松浦由美子/吉田早悠里訳、水声社、2020年4月、本体5,000円、四六判上製464頁、ISBN978-4-8010-0451-1
『哲学詩集』トンマーゾ・カンパネッラ著、澤井繁男訳、水声社、2020年4月、本体6,000円、A5判上製536頁、ISBN978-4-8010-0403-0
『没入と演劇性――ディドロの時代の絵画と観者』マイケル・フリード著、伊藤亜紗訳、水声社、2020年7月、本体5,000円、A5判上製374頁、ISBN978-4-8010-0506-8
★叢書「人類学の転回」では4月にファーガソン『反政治機械』、8月にモル『ケアのロジック』が配本されました。「反政治」に取消線が引かれている『反政治機械』は、アメリカの人類学者ジェームズ・ファーガソン(James Ferguson, 1959-)が、自身の1985年の博士論文「『開発』産業の言説、知、構造の生成」に加筆修正して出版した、『The Anti-Politics Machine: 'Development,' Depoliticization, and Bureaucratic Power in Lesotho』(Cambridge University Press, 1990)の訳書。帯文に曰く「技術的支援にみせかけて、国家機構を拡張する装置――開発。〔…〕「開発の人類学」の古典的名著」と。ファーガソンの訳書は本書が初めてのものです。
★『ケアのロジック』は、オランダの人類学者アネマリー・モル(Annemarie Mol, 1958-)の著書『The logic of care: health and the problem of patient choice』(Routledge, 2008)の全訳。叢書「人類学の転回」で刊行された『多としての身体――医療実践における存在論』(原著2002年;浜田明範/田口陽子訳、水声社、2016年)に続く訳書第2弾です。帯文に曰く「オランダの大学病院における糖尿病外来の調査を軸に、予測や制御が不可能な事象に向かい合う方法である「ケアのロジック」を抽出し、医療の現場を超えた私たちの生の指針を描き出す、現代人類学における新たな実践の書」と。
★カンパネッラ『哲学詩集』はシリーズ「イタリアルネサンス文学・哲学コレクション」の第3巻。1622年にドイツで刊行された『幾篇かの哲学詩の選集』(Scelta di alcune poesie filosofiche)の訳書。「四半世紀にも及んだ獄中生活において綴った89篇の詩」(帯文より)が収められています。イタリアの聖職者トンマーゾ・カンパネッラ(Tommaso Campanella, 1568-1639)の訳書は、本書の訳者でもある澤井繁男さんがお訳しになった『ガリレオの弁明』(工作舎、1991年;ちくま学芸文庫、2002年)以来のこと。
★『没入と演劇性』は、米国の美術史家マイケル・フリード(Michael Fried, 1939-)の主著のひとつ『Absorption and Theatricality: Painting and Beholder in the Age of Diderot』(University of California Press, 1980)の全訳。論文単位の翻訳はあったものの、高名な割には著書の翻訳は今回が初めて。しかも訳者は著書『どもる体』(医学書院、2018年)などで注目を集め続けている伊藤亜紗(いとう・あさ、1979-)さん。伊藤さんの言葉を借りると、『没入と演劇性』は、『クールベのリアリズム』(1990年)、『マネのモダニズム』(1996年)と続く、18世紀とミニマリズムの間を埋める重厚な3部作の1冊。人文系・美術系の訳書で今年もっとも注目しておくべき書目です。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『聖伝』シュテファン・ツヴァイク著、宇和川雄/籠碧訳、幻戯書房、2020年8月、本体3,000円、四六変形判ソフト上製304頁、ISBN978-4-86488-205-7
『後藤新平の劇曲 平和』後藤新平案、平木白星稿、藤原書店、2020年8月、本体2,700円、B5変上製200頁、ISBN978-4-86578-281-3
『楕円の日本――日本国家の構造』山折哲雄/川勝平太著、藤原書店、2020年8月、本体3,600円、四六判上製528頁、ISBN978-4-86578-277-6
『経済人類学入門――理論的基礎』鈴木康治著、作品社、2020年8月、本体2,400円、46判並製272頁、ISBN978-4-86182-819-5
『太平洋島嶼戦――第二次大戦、日米の死闘と水陸両用作戦』瀬戸利春著、作品社、2020年8月、本体2,800円、A5判並製336頁、ISBN978-4-86182-818-8
『トラウマにふれる――心的外傷の身体論的転回』宮地尚子著、金剛出版、2020年9月、本体3,400円、4-6判上製320頁、ISBN978-4-7724-1770-9
『治療は文化である(臨床心理学 増刊12号)――治癒と臨床の民族誌』森岡正芳編、金剛出版、2020年8月、本体2,400円、B5判並製200頁、ISBN978-4-7724-1778-5
『現代思想2020年9月号 特集=統計学/データサイエンス』青土社、2020年8月、本体1,600円、A5判並製262頁、ISBN978-4-7917-1403-2
『中古典のすすめ』斎藤美奈子著、紀伊國屋書店、2020年9月、本体1,700円、46判並製320頁、ISBN978-4-314-01152-5
★『聖伝』は「ルリユール叢書」第11回配本、13点目の新刊。オーストリア生まれのユダヤ系作家シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig, 1881–1942)が聖書や聖典を題材に「生涯にわたって折に触れて、ぽつぽつと」(訳者解説より)書き続けた聖伝5篇のうち、ノアの方舟伝説を素材とした「第三の鳩の伝説」1916年、『バガヴァッド・ギーター』から着想を得た「永遠の兄の目」1921年、古代ローマを舞台にした「埋められた燭台」1936年、の3篇を訳出し、さらに未訳のエッセイ「バベルの塔」を加えたもの。「戦争と平和」がそれぞれのテーマになっているとのことです。なお、聖伝の既訳には西義之訳で5篇すべてを収めている『ツヴァイク全集(4)レゲンデ』(みすず書房、1961年;1974年)があります。なお来月下旬発売となる「ルリユール叢書」第12回配本は、マルティン・ルイス・グスマン『ボスの影』寺尾隆吉訳、とのことです。
★藤原書店さんの8月新刊は2点。『後藤新平の劇曲 平和』は、後藤新平が、逓信大臣時代の部下で詩人の平木白星に語り下ろした、戯曲作品。巻頭に出久根達郎さんによる特別寄稿「香水郵便の考案者――後藤新平が共感した詩魂」、さらに加藤陽子さんによる解説「『劇曲 平和』を読む――日本と日本人をいかに世界に表象するかという問い」が配されています。加藤さんはこう評しています。「日露戦争後の後藤の世界戦略として散られる東西文明融和論、大アジア主義、新旧大陸対峙論等の真髄が、より豊かに展開されている」(28頁)。
★『楕円の日本』は二部構成。第Ⅰ部「楕円の日本」では、山折哲雄さんと川勝平太さんの2本の対談「日本国家の構造」「日本の「知」の課題」を収録。山折さんはこう述べます。「日本には二つの中心がある」(32頁)。「国家の中心は東京の皇居、霞が関〔…〕国土の中心は富士だ〔…〕。日本は、この二つの中心にもとづく楕円でできている」(同)。さらに全国に富士と呼ばれる山があることから、多元的な日本国家像に言及されています(42頁)。第Ⅱ部「十三世紀日本の軸の思想――親鸞を中心に」は川勝さんによる書き下ろし論考で、浄土思想と精神革命を論じています。
★作品社さんの8月新刊は2点。『経済人類学入門』は帯文に曰く「本邦初の初学者向けテキスト」で「図表を多用し、視覚的な分かりやすさにも配慮」と。「人間の経済」「経済行為の基盤」「経済行為の再編成」の3部構成。経済人類学(economic anthropology)とは「市場経済、自然環境と経済活動、農村や狩猟採集社会の在り方、さらに贈与交換といった非市場型の経済システムなど、人間の経済の全般をフィールドワーク等の人類学的な手法を用いて研究する学問」(帯表4より)。『太平洋島嶼戦』は、副題にある通り、第二次世界大戦における日米の戦闘を論じたもの。「「島嶼防衛」の歴史を紐解くとき、現在の安全保障へと結びつく教訓が甦る」と帯文に謳われています。
★金剛出版さんの新刊より2点。いずれも目次詳細は書名誌名のリンク先をご覧ください。『トラウマにふれる』はまもなく発売。一橋大学教授で精神科医の宮地尚子さんが2002年から2020年にかけて各媒体で発表されてきた論考15本とエッセイ3本に大幅な加筆修正を施し、まえがきとあとがきを加えて1冊としたもの。『治療は文化である』は「臨床心理学」増刊号。巻頭の論文で編者の森岡さんは「この増刊号では、人々が培ってきた文化の根底にあるものを見直し、文化と癒しに関わる現代課題を抽出する」と述べます。同号の刊行を記念して、9月6日と12日にトークセッションが開催されるとのことです。
★『現代思想2020年9月号 特集=統計学/データサイエンス』は版元紹介文に曰く「統計的なるものの歴史と現状をコロナ以後の地点から改めて一望し、それらが私たちの生存といかにかかわるのか、哲学的視座も交え多角的に検討」とのこと。新連載に成田龍一さんによる「「戦後知」の超克」。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。次号の通常号(2020年10月号)は9月末発売、特集「コロナ時代の大学――リモート授業・9月入学制議論・授業料問題」。楽しみです。
★『中古典のすすめ』は、紀伊國屋書店出版部のPR誌「scripta」で2006年10月の第1号から2020年4月の第55号まで連載されていた「中古典ノスゝメ」から47本を選んで大幅に加筆修正したもの。別媒体に掲載された、橋本修『桃尻娘』をめぐる1本を足して、合計で48点の中古典を紹介しています。中古典(ちゅうこてん)というのは、著者による造語で、比較的近年の本で歴史的評価が定まっておらず、まだ古典とは呼びにくいかつてのベストセラーのこと。本書では小説やルポ、エッセイ、人文書等々、60年代から80年代まで各15冊、90年代から3冊が取り上げられ、「名作度」や「使える度」を星の数で表すとともに、辛口に評価されています。