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注目新刊:カスー=ノゲス『ゲーデルの悪霊たち――論理学と狂気』みすず書房、ほか

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『ゲーデルの悪霊たち――論理学と狂気』ピエール・カスー=ノゲス著、新谷昌宏訳、みすず書房、2020年7月、本体5,500円、四六判上製456頁、ISBN978-4-622-08916-2
『マルクス 古き神々と新しき謎――失われた革命の理論を求めて』マイク・デイヴィス著、佐復秀樹訳、明石書店、2020年7月、本体3,200円、4-6判上製392頁、ISBN978-4-7503-5040-0

『霊的理想主義の人間観――比較思想から思想対決へ』サルヴェパッリ・ラーダークリシュナン著、山口泰司訳、知泉書館、2020年7月、本体6,000円、新書判上製502頁、ISBN978-4-86285-318-9



★『ゲーデルの悪霊たち』は、フランスの哲学者ピエール・カスー=ノゲス(Pierre Cassou-Noguès, 1971-)による『Les Démons de Gödel : Logique et folie』(Seuil, 2007)の全訳。訳者あとがきの言葉を借りると本書は「数年にわたって、ゲーデル文書(プリンストン大学図書館に遺贈された大量のメモ・草稿類)に取り組んだ成果」で、「ゲーデルが公にすることのなかった多くの考察が含まれる「ゲーデル文書」を、彼の人的交流、発表された論文、書簡などと照らし合わせることで、ゲーデルの(ゲーデルがその中で生きた)世界を馬び上がらせているが、その世界を著者は(括弧に入れて)《狂気》と呼んでいる」と。


★例えばカスー=ノゲスはこう書いています。「彼〔ゲーデル〕は哲学者は時代精神を怖れなければならないと(これから見ていくように)確信している。だから彼の言うところでは、《私は用心深いので、自分の哲学の最も論争の的になりにくい部分しか公表していない》のである。/しかし私にとっては、ゲーデルの哲学は、彼のいた環境や時代の中でただ独創的であるというばかりではない。それは《狂気》のものなのである。/ゲーデルは《狂気》の人である」(18頁)。ゲーデルは空調の作りだす悪い空気が耐え難いという理由で転居を繰り返し、同様の理由で冷蔵庫も幾度となく買い替え、さらには毒殺されることへの恐怖から食事が困難になり、医師への不信に取りつかれ、死去した際の体重は31キロだったと、カスー=ノゲスは紹介しています。


★「私は、一人の論理学者のそのような《狂気》が何によって成り立っているのかを理解しようと努める」(21頁)。「私に関心があるのは、ゲーデルの《狂気》が彼の哲学的メモの中に表現され、そして論理学に結びつく、その仕方である。彼の生活ぶりよりは、きわめて多くの資料が集められている彼の哲学の中でこそ、ゲーデルの《狂気》、そしてたぶん、一般に狂気とは何かということを捉えるチャンスを得ることができるのである」(21~22頁)。「いくつかのメモの中には、ある幻想的(ゲーデルの言うところでは《神秘的》)哲学の輪郭を読み取ることができ、それは、未完成ではあるが、我々の科学、すなわち論理学や物理学を拡張して(この倫理学者の言葉では《敷衍》して)、そこからあらゆる種類の奇異な観念を飛び出させる、一つのサイエンス・フィクションの体系のようなものとなっている」(22頁)。


★実在論としての数学的プラトニズム、神の存在証明、時間旅行、さらには数学的対象や概念や非物質的存在を知覚する脳内器官で、天使や悪霊、悪魔といった精神的存在との交流をも可能にする、数学的な眼である「松果眼」など、ゲーデル論理学のこれまで一般読者にはなじみの薄かった〈別の顔〉が浮かび上がります。非常に興味深い一書として、日本でも話題を呼ぶのではないかと思われます。ちなみにカスー=ノゲス自身の略歴は次のように特記されています。「フランスの数学者カヴァイエス研究から出発したが、本書以降、意想外の、時に奇怪な設定の、一人称で語られるフィクションによって哲学的・科学思想史的考察を展開していくという独自のスタイルを確立していき、多数の著作を発表している」。未訳のフィクションが多数あるというのも、読者の関心を惹くところではないでしょうか。


★『マルクス 古き神々と新しき謎』は、アメリカの歴史家で都市理論家、政治活動家のマイク・デイヴィス(Mike Davis, 1946-)による『Old Gods, New Enigmas: Marx's Lost Theory』(Verso, 2018)の全訳。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。巻末解説は宇波彰さんが書かれています。帯文に曰く「非正規労働、自国第一主義、地球温暖化……資本主義が生んだ諸矛盾に『感染爆発』『スラムの惑星』の著者デイヴィスが挑む渾身の論考」と。


★デイヴィスはこう書いています。「歴史は21世紀初頭に、人口の増加と歩調を合わせて職を生み出せず、食料の安定も保証できず、破局的な気候変動に人間の生活環境を適応させることもできない世界経済の中で、完全にひと巡りした。暴虐がわれわれの周りじゅうを取り巻いている」(211頁)。「現在の惨めな政治に任せたら、もちろん、貧困の都市はほとんど間違いなく希望の棺桶となるだろう。われわれがますますノアのように考え始めなければならない理由である。歴史上の巨木のほとんどがすでに切り倒されているから、新しい箱舟は死にもの狂いとなった人類が、反乱を起こした共同体で、剽窃した科学技術で、密輸されたメディアで、反逆の科学で、そして忘れられたユートピアで、手近に見出すような材料で作られる必要があるだろう」(270頁)。


★なお訳者あとがきによれば明石書店ではデイヴィスの2000年末の著書『Late Victorian Holocausts: El Niño Famines and the Making of the Third World』の訳書が続刊予定であるとのことです。


★『霊的理想主義の人間観』は「知泉学術叢書」の第12弾。インド共和国第2代大統領で哲学者のサルヴェパッリ・ラーダークリシュナン(Sarvepalli Radhakrishnan, 1888-1975)の主著のひとつである『An Idealist View of Life』(1932年)の訳書です。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。本書のもととなっているのはオックスフォード大学での講義。現代科学や伝統的宗教、さらにはプラトンからベルクソン、クローチェ、ホワイトヘッドに至る西洋哲学やヴェーダーンタ哲学が論じられ、人間の霊的進化の道が探究されています。ラーダークリシュナンの単独著の訳書にはこれまでに『印度思想の人生観』(金谷熊雄訳、永田文昌堂、1957年)、『宗教における東と西』(金谷熊雄訳、永田文昌堂、1959年)、『インド仏教思想史』(三枝充悳/羽矢辰夫訳、大蔵出版、1985年;新装版2001年;新装再版2004年)などがあり、『インド仏教思想史』のみ現在も「版元在庫あり」とのことです。


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。


『子供時代』ナタリー・サロート著、湯原かの子訳、幻戯書房、2020年7月、本体3,800円、四六変形判ソフト上製376頁、ISBN978-4-86488-202-6
『颱風(タイフーン)』レンジェル・メニヘールト著、小谷野敦訳、幻戯書房、2020年7月、本体2,800円、四六変形判ソフト上製224頁、ISBN978-4-86488-201-9

『なぜ彼女は革命家になったのか――叛逆者フロラ・トリスタンの生涯』ゲルハルト・レオ著、小杉隆芳訳、法政大学出版局、2020年7月、本体3,300円、四六判上製320頁、ISBN978-4-588-36420-4

『中国伝道四五年――ティモシー・リチャード回想録』ティモシー・リチャード著、蒲豊彦/倉田明子監訳、東洋文庫、2020年7月、本体3,800円、B5変判上製函入456頁、ISBN978-4-582-80903-9



★『子供時代』と『颱風』は、幻戯書房の「ルリユール叢書」の最新刊。奇しくも、ともにユダヤ人作家の作品です。まず『子供時代』は、フランスの「ヌーヴォー・ロマン」を代表する作家ナタリー・サロート(Nathalie Sarraute, 1900-1999)による自伝的小説『Enfance』(Gallimard, 1983)の全訳。訳者解説の説明を借りると、サロート自身だと解釈できる「私」と、「内なる声であり分身」である「あなた」との対話形式によって、「物心がつく頃からリセに入学するまでの子供時代の想い出」を描いたもの。サロートの訳書は復刊を除くと、小説『あの彼らの声が……』(菅野昭正訳、中央公論社、1976年;原著1972年)以来、44年ぶりの出版です。現在も新本で手に入る既刊書がないので、書店さんの置き場所としてはロブ=グリエの隣などが無難かと思います。


★『颱風』は、ハンガリーの劇作家レンジェル・メニヘールト(Lengyel Menyhért, 1880-1974;メルヒオール・レンジェルとも)による1909年作の戯曲『Taifun』を、ローレンス・アーヴィングが英訳した『Typhoon: a play in four acts』(1913年)を底本として訳出したもの。もとはハンガリー語で書かれたもので、演劇仲間によってドイツ語に訳され、さらにアーヴィングは独訳から英訳。訳者解説によれば「アーヴィングはかなり原作を改修して」いるとのことですが、世界的に有名なのはこの英訳だそうです。ちなみにアーヴィングは同作のロンドン公演に俳優としても参加しています。パリ(ハンガリー語原典ではベルリン)の日本人集団の「愛国的」任務と殺人事件の顛末をめぐるこの物語は、日本でも1915年に帝国劇場で上演されました。その前年には早川雪洲が主演するアメリカ映画『The Typhoon』としても公開されています。


★『なぜ彼女は革命家になったのか』は、ゴーギャンの祖母でフランスの社会革命運動家のフロラ・トリスタン(Flora Tristan, 1803-1844)をめぐる伝記『Flora Tristan : la révolte d'une paria』(Le Temps des Cerises, 1994)の全訳です。著者のゲルハルト・レオ(Gerhard Leo, 1923-2009)は、ドイツ生まれのポーランド系ユダヤ人ジャーナリスト。若き日はナチス・ドイツに抗するレジスタンス運動にも関わったといいます。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。図版多数。レオはこう書きます、「今を遡ること150年前、自由なくしては正義に適う新しい社会は成り立ち得ないことを確認した、この慧眼で情熱溢れる民主的な女性の存在は、これからも絶えず私たちの心を捉えて離さないだろう」(267~268頁)。なお訳者の小杉さんはこれまでに、法政大学出版局よりトリスタンの著書『ロンドン散策』や『ペルー旅行記』の翻訳を上梓されています。


★『中国伝道四五年』は東洋文庫の第903巻。南ウェールズ出身でキリスト教宣教師を長年務めティモシー・リチャード(Timothy Richard, 1845-1919)の自叙伝で、最晩年の1916年に出版された『Forty-five Years in China: Reminiscences』の全訳。全21章。共監訳者の倉田さんは巻末解説で「生い立ちから始まり、おおむね1914年までの経歴が、ほぼ時系列に沿って語られている。45年間にわたって中国で宣教師として働いたリチャードの記述は臨場感にあふれており、19世紀末から20世紀初めにかけての中国の社会、事件、景色の記録としても、十分読み応えのある作品」と評しておられます。日清戦争については1章が割かれています。東洋文庫の次回配本は10月、『ケブラ・ナガスト』とのこと。エチオピア建国史の初訳かと思われます。



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