1951年に創業され、長年にわたり人文社会書の学術書刊行を継続されてきた創文社さんの刊行物が今月いっぱいで販売終了となります。2016年9月付の「会社解散のお知らせ(読者の皆様へ)」(ウェブ公開は2017年3月)が出されて以降、店頭からは創文社さんの本が随時返品されていき、書店での購入が困難となっていました。実際は取り寄せ注文はできたわけですが、現物を見て買いたいという私のような人間には不便な状況でした。
その後、東京堂書店神田神保町店3Fで2回(2019年1月21日~2019年3月25日、2019年8月6日~2019年11月13日)にわたりフェアが行なわれ、ジュンク堂書店池袋本店4F人文書売場では今月20日(金)までフェアを行なっています。創文社さんに直接注文できるのも今月3月25日(水)が最終受付。直販は代引です。
私は東京堂の2回のフェアとジュンク堂でのフェアの合計3回で10万円以上の買物をしました。いつか購読しようと思ってそのままになっていた本をまとめ買いしたのです。今月も他社さんの新刊を買う余裕がまったくなくなるほど購入しました(その一部を写真に載せておきます※)。それでも買いそびれている書目はまだまだあるのです。創文社さんの図書目録の最終版は2016年版。頁をめくるたびに、数々の刊行物の堂々たる威容に圧倒されます。個人として購入する以外に何かできないのか、と自問自答を繰り返してきました。
周知の通り『ハイデッガー全集』は東京大学出版会に引き継がれ、既刊書もオンデマンド版で入手可能となる予定です。また、いくつかの単行本が、創文社さんの解散後に他社版元さんで刊行されることも先月告知されています。しかし、今なお気になることがあります。トマス・アクィナスの『神学大全』はどうなるのでしょう。『オッカム『大論理学』註解』全5巻や、『ドイツ神秘主義叢書』全12巻、『キリスト教古典叢書』既刊16巻、はどうなるのでしょう。『名著翻訳叢書』は、そしてまだ再刊告知の出ていない数々の既刊単行本は。
月曜社では哲学書房さんが2016年に廃業された折、『季刊哲学』『季刊ビオス』『羅独-独羅学術語彙事典』を引き取りました。あまり認知度は高くないかもしれませんが、現在も在庫のあるものは直販でご購入いただけます。哲学書房さんの場合はご遺族との交流があったので、そうしたことが実現できました。
しかし創文社さんとは関わりがこれと言ってありません。遠い昔どこかの席上で、営業の方と名刺交換をしたくらいです。本当は、もし可能ならば、創文社さんの在庫の一部をお引き受けできれば、と思っていました。しかし僭越に過ぎる気がしましたし、すべての在庫を弊社が買い取れるわけでもありません。でも、それでも、やはり解散に伴って在庫が処分されるならば、それは同業者として以上に一読者として悔しい。70年近い活動の結晶がここで失われていいはずがないのです。
思い返せば胸の内には解散を知った2016年からそうした思いがあったのですが、さすがにこれだけの遺産がある版元の本が処分されてしまうわけがない、と想像する一方で、在庫をすべて引き受けることの困難は、書店にとっても他社版元にとっても変わりないだろう、という危機感がありました。そして、終売まであとわずかとなる日まであっという間に日々が過ぎました。今もうひとたび「会社解散のお知らせ(読者の皆様へ)」を拝読するといっそう胸に迫るものがあります。
ジュンク堂書店池袋本店でのフェアは残り一週間を切っています。店頭で現物をご覧になりたい方はぜひご訪問されてください。初期在庫はすでにずいぶん売り切れてしまっていますが、最後の機会をどうぞお見逃しなく。
※写真に撮った書目(購入したものの一部)は以下の通り。
クローチェ『十九世紀ヨーロッパ史――附・クローチェ自伝 増訂版』坂井直芳訳、1992年2刷
ジョン・フォーテスキュー『自然法論』直江眞一訳、2012年1刷
渋谷克美訳註『オッカム『大論理学』註解V』2003年1刷
薗田坦『無底と意志-形而上学――ヤーコプ・ベーメ研究』2015年1刷
オリゲネス『ローマ信徒への手紙注解』小高毅訳、キリスト教古典叢書14、1990年1刷
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★なお、ここ最近では以下の新刊との出会いがありました。
『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。――古代ローマの大賢人の教え』山本貴光/吉川浩満著、筑摩書房、2020年3月、本体1,400円、四六判並製224頁、ISBN978-4-480-84750-8
『歴史と生命――西田幾多郎の苦闘』鈴木貞美著、作品社、2020年3月、本体3,600円、392頁、ISBN978-4-86182-793-8
『ナショナルな欲望のゆくえ――ソ連後のロシア文学を読み解く』松下隆志著、共和国、2020年3月、本体2,800円、菊変型判上製308頁、ISBN978-4-907986-62-9
『羽音に聴く――蜜蜂と人間の物語』芥川仁著、共和国、2020年3月、本体2,400円、菊変型判上製88頁、ISBN978-4-907986-69-8
★『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』は筑摩書房の「webちくま」での連載「賢人エピクテトスに学ぶ人生哲学 人生がときめく知の技法」(2017年2月10日~2018年5月25日、全30回)に加筆修正を施したもの。目次詳細はアマゾン・ジャパンなどの単品頁に掲載されています。著者のお二人にとっての「心の師匠」(12頁)である古代ローマの哲学者エピクテトスの思索とストア派の味わい深さをめぐって存分に語り合った一冊。「むしろ、いまの時代ほどエピクテトス先生の教えが必要な時代もないかもしれない」(15頁)。「われわれ自身、学生の頃に岩波文庫の『人生談義』に出会って以来、エピクテトス先生の教えにどれだけ助けられてきたか分からない」(220頁)。
★本書ではエピクテトス先生その人が二度にわたり降臨するのですが、先生の発言は著者のお二人が適当に要約したものではなく、きちんと『人生談義』で伝えられている発言を踏まえたものです。参照頁数が示されているわけではありませんが、たとえば127~128頁にあるエピクテトスの言葉は『人生談義』の次の言葉に対応しています。
「まず肝心なのは、何事も突如として生じるものではないという道理を知ることだ。考えてもみたまえ。ブドウやリンゴが欲しければどうするか。私なら時間が必要だと答えるだろう。まず種を蒔き、花を咲かせ、しかる後、実を結ばせるがいい。人の心も同様であろう。違うかね?」(『その悩み』127頁)。「人間の心の実も、そんな短時間でやすやすと手に入るとはかぎるまい。それは期待せぬことだ」(同、128頁)。
「大事なことは何事でも突如として生ずるものではない、一房の葡萄や一箇の無花果の場合でもその通りである。もし君が今私に「私は無花果が欲しい」というならば、私は君に「時間が必要だ」と答えよう。まず花を咲かせるがいい、次に実を結ばせるがいい、それから熟させるがいい。かくて無花果の実は、突如として、そして一時間のうちに出来上らないのに、君は人間の心の実を、そんなに短時間に、やすやすと所有したいのか。私は君にいうが、それは期待せぬがいい」(『エピクテートス 人生談義』鹿野治助訳、上下巻、岩波文庫、1958年、上巻68頁)。
★本書は柔らかな対話体で一見すると軽やかに見えますが、実際のところその柔らかさや軽やかさは著者のお二人の日々の訓練と試行錯誤の積み重ねの賜物です。本書によってお二人は自己啓発書やビジネス書へと行動範囲を着実に拡げました。その最初の伴侶に「元祖・自己啓発哲学者というべき存在」であり「オリジネーター」(16頁)であるエピクテトスを選んだお二人の慧眼に深い感銘を覚えます。
★『歴史と生命』は西田幾多郎の生誕150周年を記念して上梓された一書。巻頭の「はじめに」の言葉を借りると「西田幾多郎の思索の歩みを出発期から晩年まで追」い、「彼の国際的な同時代思潮との絶えざる格闘の軌跡を掘り起こ」して、「哲学を狭い一分野に限定することなく、総合的な学としての哲学、今日いわゆる文・理にまたがる大兄の構築を目指していた」西田の「学のしくみとその展開を明らかにする」もの。「西田幾多郎は困難な時代に、日本の民族文化が国際的普遍性に寄与しうる道を探っていた。同時に、彼が、どれほど歴史的限界を自ら引き受けていたことか。歴史に制約された人間が、それを撥ね退け、新たな歴史の創造に向かうという独創的な哲学もまた、歴史から限定を受けざるをえなかった」(15頁)。西田哲学を「できるだけ噛み砕いて追うことを心がける。同時に彼の躓きの石もあたう限り拾ってゆく」。主要目次は以下の通りです。
はじめに
序章 いま、なぜ、西田幾多郎か
第一章 学問は“life”のためなり
第二章 『善の研究』を読む
第三章 「場所」の論理と人文学的立場
第四章 『日本文化の問題』をめぐって
第五章 歴史と生命
あとがき
西田幾多郎の著作と著作集
人名および書目索引
★「西田は、彼を囲繞する場所的諸条件に強く制約され、彼自身が切り開いた総合的な学としての哲学の方法を徹底しえなかった。そういわざるをえない。私が本書で試みたことは、西田幾多郎に学んだ方法を西田の論考群に施してみたまでである。このようにして、彼の類稀なる努力の跡を、少しでも学ぶ自由が残されている。西田幾多郎の築いた行為的立場の歴史的・場所的「自覚」をめぐる論理構成は、大きな潜在的可能性を持っていた。それをあたう限り開こうと努めたが、その可能性を汲み尽くすには、未だ遠く及ばないと、わたしの直感は告げている」(358頁)。
★『ナショナルな欲望のゆくえ』は、ソローキンやザミャーチンなどの作品の訳書を近年複数上梓されてきた松下隆志(まつした・たかし:1984-)さんが北海道大学に提出した博士論文をもとに、「その後の研究成果も加え、全体の構成を変更するなど大幅に加筆修正を行ったもの」で、「一九九〇年代ロシアの新しい潮流として影響力を持ったポストモダニズムを軸に据え、多様な現代ロシア文学の歩みをあえて一つの「物語」として読み解こうとする試み」(あとがきより)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
★『羽音に聴く』は巻末特記によれば、ウェブマガジン「羽音に聴く」に掲載された写真と文を再構成し、エッセイを加筆したもの。同ウェブマガジンはインターネット新聞「リトルヘブン」で連載されたもので、山田養蜂場の支援のもと、発信されています。写真家の芥川仁(あくたがわ・じん:1947-)さんは連載のために北海道から沖縄まで全国39ヶ所の養蜂場を訪れ、取材したとのことです。藤原辰史さんの推薦文は、書名のリンクでお読みいただけます。なお芥川さんの写真展が4月2日から8日にキヤノンギャラリー大阪で開催予定とのことです。