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注目新刊:バディウ『存在と出来事』藤原書店、ほか

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『存在と出来事』アラン・バディウ著、藤本一勇訳、藤原書店、2019年12月、本体8,000円、A5判上製656頁、ISBN978-4-86578-250-9
『世界の悲惨Ⅰ』ピエール・ブルデュー編、荒井文雄/櫻本陽一監訳、藤原書店、2019年12月、本体4,800円、A5判並製496頁、ISBN978-4-86578-243-1
『全著作〈森繁久彌コレクション〉第2巻 人――芸談』森繁久彌著、松岡正剛解説、藤原書店、2019年12月、本体2,800円、四六版上製512頁/口絵2頁、ISBN978-4-86578-252-3
『いのちを刻む――鉛筆画の鬼才、木下晋自伝』木下晋著、城島徹編著、藤原書店、2019年12月、本体2,700円、A5判上製304頁/口絵16頁、ISBN978-4-86578-253-0



★藤原書店さんの12月新刊はいずれも力強い内容。バディウの主著『L'Être et l'Événement』(Seuil, 1988)の全訳は当初別の訳者名が挙がっていたものの、おそらく様々なドラマを経て今回、藤本さんの単独訳として成ったもの。「数学的存在論では語り尽くすことのできない出来事性のポテンシャルを、数学的存在論の臨界点において、しかし数学的に証明すること」(訳者解説より)を試みた難解な書ですが、理解できそうかどうかという迷いなど一切無視して構わない、購読すべき、挑戦すべき大著です。メイヤスーらの思弁的実在論に先立つ理論的前史として本書は再読されるでしょう。


★「われわれの目標は、数学とは〈存在としての存在〉に関する言説の歴史性であるという、メタ存在論のテーゼを立証することにある。そしてこの目標のさらに先にある目標は、哲学ではない二つの言説(および実践)のありうる分節を思考する仕事を、哲学に与えることである。その二つの言説(および実践)とは、一方は存在の学である数学であり、もう一方は出来事(これはまさしく「〈存在としての存在〉ではないもの」を指す)に関する介入的な諸学説である」(序論、28頁)。


★『世界の悲惨Ⅰ』は『La misere du monde』(Seuil,1993)の全訳で全3分冊の第1回配本。第1分冊では第Ⅰ部「様々な視点からなる空間」、第Ⅱ部「場所の作用」、第Ⅲ部「国家の不作為」を収録。帯文に曰く「ブルデューとその弟子ら23人が、52のインタビューにおいて、ブルーカラー労働者、農民、小店主、失業者、外国人労働者などの「声なき声」に耳を傾け、その「悲惨」をも たらした社会的条件を明らかにする」。巻頭には加藤晴久さんによるブルデューへのインタビュー「『世界の悲惨』とは何か」が収められています。これは加藤さんの編書『ピエール・ブルデュー1930-2002』(藤原書店、2002年)に収められたインタビューの前半部分を再録したものです。


★『全著作〈森繁久彌コレクション〉第2巻 人――芸談』は全5巻の第2回配本「月報2には、大宅映子/小野武彦/伊東四朗/ジュディ・オング、の4氏が寄稿。本書に収められた「交友録」にせよ月報にせよ、森繁さんが語り、語られるエピソードはいずれも興味深いものばかりです。『いのちを刻む』は鉛筆画家の木下晋(きのした・すすむ:1947-)さんの「初の自伝」(帯文より)。胸打つ逸話の中にも、桜井哲夫さんとの出会いは、木下さんの描く桜井さんの肖像画の迫力とあいまって、強い印象を読者に抱かせます。


★「その後ろ姿を見た瞬間、背筋に何か走るものがあった。こういう背中をした人を私は二人知っていた。それが瞽女の小林ハルであり、私の母であった。顔はテレビで見ているから驚きはしない。だがその背中にはぞっとした。いわゆる孤独という、我々が日ごろ抱く孤独のイメージとは全然違う、はかりしれない深みのある孤独だった。人間の尊厳そのものが剥ぎ取られ、絶対の孤島に佇む人物に私はどう向き合えばよいのか。/「この人の孤独を知りたい」/心の底から湧き上がってくるものを感じた。ハルさんとの出会いもそうだったが、桜井さんとの出会いも、私には「偶然の必然」だった。幼少時の過酷な体験から私に身についた、人物の闇の深さを感知する能力が、激しく揺さぶられたのである」(169~170頁)。


『生まれてきたことが苦しいあなたに――最強のペシミスト・シオランの思想』大谷崇著、星海社新書、2019年12月、本体1,100円、新書判352頁、ISBN978-4-06-515162-4
『断片 1926-1932』萩原恭次郎著、共和国、2020年1月、本体2,700円、四六変型判上製264頁、ISBN978-4-907986-67-4



★『生まれてきたことが苦しいあなたに』はルーマニア思想史研究者の大谷崇(おおたに・たかし:1987-)さんの単独著第一作。一冊丸ごと、シオランをめぐる新書というのは、おそらく初めてではないかと思います。「シオランは失敗した、挫折した、中途半端な思想家であり、ペシミストである。彼の失敗と、彼のペシミズムとは、偶然のものではなく、密接な関連がある。そして失敗した思想家だからこそ、彼は素晴らしい」(288頁)。編集担当は木澤佐登志さんの『ニック・ランドと新反動主義』(星海社新書、2019年5月)も担当されたIさん。さすがの眼力です。これをきっかけにシオラン再評価が若い世代においても進むことを念じてやみません。


★『断片 1926-1932』は巻頭の特記によれば、「萩原恭次郎(1899-1938)の第2詩集『断片』(渓文社、1931年)全篇にくわえ、その収録作とほぼ同時期(1926-1932)に発表された詩と散文から〔41篇を〕選んで編んだもの」こと。巻末の「解説にかえて」は共和国代表のSさんが執筆。過去に埋もれた名作を復活させる名手としての面目に瞠目するばかりです。銀と墨を基調とした美しい造本も見事です。


『クレットマン日記――若きフランス士官の見た明治初年の日本』ルイ・クレットマン著、松崎碩子訳、東洋文庫:平凡社、 2019年12月、本体3,400円、B6変判上製函入392頁、ISBN978-4-582-80898-8
『明史選挙志――明代の学校・科挙・任官制度(2)』井上進/酒井恵子訳注、東洋文庫:平凡社、 2019年12月、本体3,800円、B6変判函入466頁、ISBN978-4-582-80899-5



★平凡社さんの「東洋文庫」の12月新刊は2点。第898巻『クレットマン日記』は『Deux ans au Japon, 1876-1878』(Boccard, 2015)のうち日記部分を訳出し、フランシーヌ・エライユの「序」を収録したもの。巻末には訳者解説のほか、保谷徹さんによる論考「幕末維新期の軍制改革とフランスの役割」が併載されています。帯文に曰く「草創期日本陸軍の教育・訓練の日々、教え子が体験する西南戦争、東京、横浜はもとより、旅先の日光、箱根、京阪神での見聞……1976-78年の日本の姿が豊富な写真とともに活写される」。第899巻『明史選挙志』は全2巻完結。第2巻には「科挙」についての続きと、「銓選」(官員選考制度)についての記述を収録。


★東洋文庫の次回配本は2020年2月、叡尊の自伝『感身学正記2』(全2巻完結)の予定。第1巻は実に1999年12月刊なので、20年越しの完結ということに。これが第901巻のようなので、そうすると900巻というのは――。なお3月には「東洋文庫マイブック」というノートが発売予定とのことです。このマイブックが「通巻900巻記念」。記番がないので、このマイブック自体が第900巻なのか、それとも別に第900巻があるのかは版元さんにお尋ねした方がよさそうです。


『現代思想2020年1月号 特集=現代思想の総展望2020』青土社、2019年12月、本体1400円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1391-2
『現代思想2020年1月臨時増刊号 総特集=明智光秀』青土社、2019年12月、本体1800円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1390-5
『scripta winter 2020』紀伊國屋書店、2020年1月、非売品、A5判並製64頁



★『現代思想』の年頭号は例年通り「総展望」。目下『思弁的ホラー論(仮)』をご執筆中だという仲山ひふみさんによる論考「ラリュエル的ホラーの言語」、篠原雅武さんと斎藤幸平さんによる討議「ポスト資本主義と人新世」、奥野克巳さんによる論考「アニミズムを再起動する――インゴルド、ウィラースレフ、宮沢賢治と、人間と非人間の「間」」、編集部の訳編によるユク・ホイさんへのインタヴュー「東西のはざまで――世界の哲学者はいま何を考えているのか」などのほか、浅沼光樹さんによる新連載「ポスト・ヒューマニティーズへの百年」の第1回「シェリングと現代実在論――メイヤスーの相関主義批判に寄せて」が掲載されています。一方、同誌の臨時増刊号は大河ドラマ「麒麟が来る」を受けてか「明智光秀」。個人的には大澤真幸「理性の狡知――本能寺の変における」、小泉義之「謀叛と歴史――『明智軍記』によせて」、福島亮大「「消失する媒介者」としての明智光秀」などが気になります。


★紀伊國屋書店のPR誌「scripta」の第54号(2020年冬号)では、すでにネット上で話題になっている通り、吉川浩満さんの連載「哲学の門前」第14回が、「私の履歴書(上)国書刊行会編」が業界話として非常に興味深いです。就職当時(1994年頃?)の写真も掲載されていて、スーツの肩幅の広さが当時を思い起こさせます。私自身が未來社から哲学書房、さらに作品社に移った激動期に吉川さんの国書時代の二年半があたっています。この頃には一度もすれ違っていません。



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★このほか最近では人文書院さんの新刊4点と、作品社さんの新刊5点との出会いがありました。


『「大東亜」を建設する――帝国日本の技術とイデオロギー』アーロン・S・モーア著、塚原東吾監訳、人文書院、2019年11月、本体4,500円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-409-52080-2
『大宅壮一の「戦後」』阪本博志著、人文書院、2019年11月、本体3,800円、4-6判上製336頁、ISBN978-4-409-24127-1
『新芸とその時代――昭和のクラシックシーンはいかにして生まれたか』野宮珠里著、人文書院、2019年12月、本体3,000円、4-6判上製296頁、ISBN978-4-409-10042-4
『女性たちの保守運動――右傾化する日本社会のジェンダー』鈴木彩加著、人文書院、2019年12月、本体4,500円、4-6判上製346頁、ISBN978-4-409-24128-8
『〈未来像〉の未来――未来の予測と創造の社会学』ジョン・アーリ著、吉原直樹/高橋雅也/大塚彩美訳、作品社、2019年11月、本体2,400円、四六判上製302頁、ISBN978-4-86182-782-2
『俺のアラスカ――伝説の“日本人トラッパー”が語る狩猟生活』伊藤精一著、作品社、2019年12月、本体2,200円、四六判並製268頁、ISBN978-4-86182-738-9
『精神科医・安克昌さんが遺したもの――大震災、心の傷、家族との最後の日々』河村直哉著、作品社、2019年12月、本体2,000円、四六判並製236頁、ISBN978-4-86182-786-0
『新増補版 心の傷を癒すということ――大災害と心のケア』安克昌著、作品社、2019年12月、本体2,200円、四六判並製488頁、ISBN978-4-86182-785-3
『「ユダヤ」の世界史―― 一神教の誕生から民族国家の建設まで』臼杵陽著、作品社、2019年12月、本体2,600円、四六判並製424頁、ISBN978-4-86182-757-0



★それぞれ印象的な一冊を挙げます。人文書院さんの『女性たちの保守運動』は鈴木彩加(すずき・あやか:1985-)さんの博士論文(「現代日本社会における右傾化現象と女性たちの保守運動」2016年)に大幅な加筆修正を施したもの。「戦後の保守運動史、現代フェミニズム理論、保守派の言説分析、保守団体へのフィールドワークという四つの視点から〔…〕女性による保守運動に内在するアンビバレンスを明らかにし、ジェンダー論にも新たな視角をもたらす社会学研究の力作」(帯文より)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。


★作品社さんの『〈未来像〉の未来』は、イギリスの社会学者ジョン・アーリ(John Urry, 1946-2016)の遺作となる『What is the Future?』(Polity, 2016)の全訳。このところ未来予測をめぐる海外の著名人による新刊の日本語訳が相次いでおり、当ブログでも取り上げてきましたが――テグマーク『LIFE 3.0――人工知能時代に人間であるということ』(紀伊國屋書店、2019年12月)、ハラリ『21 Lessons――21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社、2019年11月)、ヴィリリオ/ロトランジェ『黄昏の夜明け――光速度社会の両義的現実と人類史の「今」』(新評論、2019年10月)など――、アーリは未来予測そのものを社会学的に分析しています。「平たく言うと〔…〕未来の予測は、現在に対して重大な影響をもたらす」(20頁)。


★なお同書のほか、『俺のアラスカ』『精神科医・安克昌さんが遺したもの』『新増補版 心の傷を癒すということ』を手掛けたのはすべて編集部のUさんです。ランズマン『ショアー』、アタリ『21世紀の歴史』、ハーヴェイなど人文社会系の話題書だけでなく、ロミの『~大全』や『~文化史』ものなど、左翼からエログロまでの守備範囲の広さは、Uさんならではのもの。ちなみに安克昌さん関連の2書は、来年1月18日にスタートするというNHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」の関連書でもあります。


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