★まず、まもなく発売となる新刊3点を取り上げます。
『LIFE 3.0――人工知能時代に人間であるということ』マックス・テグマーク著、水谷淳訳、紀伊國屋書店、2019年12月、本体2,700円、46判並製512頁、ISBN978-4-314-01171-6
『誤解としての芸術――アール・ブリュットと現代アート』ミシェル・テヴォー著、杉村昌昭訳、ミネルヴァ書房、2019年12月、本体2,800円、A5判上製208頁、ISBN978-4-623-08751-8
『国家に抗するデモクラシー ――マルクスとマキァヴェリアン・モーメント』ミゲル・アバンスール著、松葉類/山下雄大訳、法政大学出版局、2019年12月、本体3,400円、四六判上製310頁、ISBN978-4-588-01108-5
★『LIFE 3.0』は『Life 3.0: Being Human in the Age of Artificial Intelligence』(Knopf, 2017)の全訳。帯文はこうです。「AI開発の指針「アシロマAI原則」の取りまとめに尽力し、AI安全性研究を牽引する著者が、来るべき世界の姿と生命の究極の未来を考察する。労働、法律、軍事、倫理から、生命と宇宙、機械の意識まで多岐にわたる問題を論じた全米ベストセラー。31か国で刊行」。ホーキング、オバマ元大統領、ビル・ゲイツなど、著名人の称讃を集めた話題書の翻訳です。目次の確認や第1章の途中までの試し読みは書名のリンク先で可能です。
★水谷さんは訳者あとがきで本書をこう紹介しています。「本書は、AIによって生命と宇宙はどのような未来を迎えるか、安全なAIを実現させるにはどのような課題を克服しなければならないかという、重大な問いに挑んだ本である。テグマークはこれらの問いに対して、まずは間近に迫る短期的な課題(AIによる失業や格差拡大、自律型兵器の軍拡競争など、おもに政治・経済・法律に関する問題)を取り上げ、次いで遠い未来(数千年~数十億年後まで)の地球と宇宙の姿に思考をめぐらせ、最後には「意識とは何か」という「本当に難しい問題」にまで踏み込んで深く掘り下げていく。エピローグでは、FLI〔生命の未来研究所〕の立ち上げから「アシロマAI原則」に漕ぎつけるまでの顛末がスリリングに描かれている」(487頁)。
★72頁には本書の構成の全体的見取り図があり、さらに各章末尾には要約が箇条書きされています。「自らのハードウェアもデザインできて、自身の運命を司ることのできる技術的段階」であるライフ3.0の新世界が間近に迫っていることを教える本書は、鳥肌を催さずにはおかないスリリングな内容となっています。著者のテグマーク(Max Erik Tegmark, 1967-)はスウェーデン出身の、アメリカで活躍する理論物理学者。既訳書に『数学的な宇宙――究極の実在の姿を求めて』(谷本真幸訳、講談社、2016年;Our Mathematical Universe, Knopf, 2014)があります。
★『誤解としての芸術』は『L'Art comme malentendu』(Minuit, 2017)の全訳。スイスの美術史家でキュレーターのテヴォー(Michel Thévoz, 1936-)の訳書は『不実なる鏡――絵画・ラカン・精神病』(岡田温司/青山勝訳、人文書院、1999年)、『アール・ブリュット』(杉村昌昭訳、人文書院、2017年)に次いで本書が3冊目です。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。巻頭には日本語版への序文として「誤解の創造性」という一文が加えられています。簡潔な翻訳論ともなっているこの序文は本書の主題である「誤解」の根本的な重要性に繋がっています。「昔から今に至るまで、作品から作品へと目を通してみると、芸術の歴史はひとえに芸術の受容の歴史にほかならず、芸術の歴史はいわゆる意思疎通によってではなく誤解によってよりよく説明されうるものであることに気づかされる」(第6章「誤解としての芸術」104頁)。
★またテヴォーはこうも書いています。「退行的と形容される時代――後期古代、初期中世、あるいはわれわれの生きるポスト・ヒストリカルな時代――においては、象徴的秩序は崩壊し、すべては平らになり新たにグローバルな再形状化に身をさらすようになる。カオスという移行的段階を通ってしか袋小路から脱することはできない。/われわれはいま、あきらかに“エントロピーに左右される時代”に入った」(第8章「地球のミュージアム化」167~168頁)。「誤解も、それが広がったときには、コードを攪乱することはなく、むしりコードに取って代わる。もう一度言うなら、われわれの意図は、小さな誤解から大きな誤解への移行を浮き彫りにすることである。/拡張がある危機的量に達すると、ひとつのプロセスが内破して拡張そのもののなかに融解し、逆のプロセスが発動するというこの可逆性が現れるのは、まさに芸術のなかにおいてである」(170頁)。
★『国家に抗するデモクラシー』はフランスの政治哲学者アバンスール(Miguel Abensour, 1939-2017)の主著のひとつ『La Démocratie contre l'État. Marx et le moment machiavélien』(Félin, 2012)の全訳。原書初版は1997年にPUFより刊行され、2004年には第二版がFélinより刊行されました。2012年に刊行されたのはそのポケット版で、「イタリア語版への序文」が追加されているとのことです。アバンスールは論文の翻訳があったものの単行本の訳書は今回が初めてで、待望の日本語訳と言えます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「第二版への序文」でアバンスールはこう書いています。
★「真のデモクラシーを問い続ける人々に対して、蜂起するデモクラシーという名を提示するべきではないだろうか。〔…〕この語がはっきりと示しているのは、デモクラシーの到来とは、国家を「本来的」かつ特権的な標的とする闘争の舞台の幕開けであり、さらにはデモクラシーが国家に、あるいは統一し、統合し、組織化する形態-国家に抗する「永遠の蜂起」の劇場でもある」(8~9頁)。「デモクラシーがその真の意味に到達するまでに人民にデモクラシーをいきわたらせ」ること(10頁)。「みなでひとつの存在からすべての〈一者〉への転換に対する抵抗〔…〕みなでひとつの存在の共同体をつねに脅かす、すべての〈一者〉へと画一化する形態へ、複数性とその存在論的条件を否定する形態への横すべりを予防し、食い止める〔…〕この抵抗」(14頁)。
★続いて発売済の注目新刊をいくつか列記します。
『告発と誘惑――ジャン=ジャック・ルソー論』ジャン・スタロバンスキー著、浜名優美/井上櫻子訳、法政大学出版局、2019年12月、本体4,200円、四六判上製430頁、ISBN978-4-588-01106-1
『フランクフルト学派のナチ・ドイツ秘密レポート』フランツ・ノイマン/ヘルベルト・マルクーゼ/オットー・キルヒハイマー著、ラファエレ・ラウダーニ編、野口雅弘訳、みすず書房、2019年12月、本体6,500円、A5判上製456頁、ISBN978-4-622-08857-8
『イミタチオ・クリスティ――キリストにならいて』トマス・ア・ケンピス著、呉茂一/永野藤夫訳、講談社学術文庫、2019年12月、本体1,230円、336頁、ISBN978-4-06-518277-2
『告白――三島由紀夫未公開インタビュー』三島由紀夫著、TBSヴィンテージクラシックス編、講談社文庫、2019年11月、本体620円、240頁、ISBN978-4-06-517385-5
『photographers' gallery press no.14』photographers' gallery、2019年12月、本体2,500円、B5判並製360頁、ISBN978-4-907865-31-3
★『告発と誘惑』は帯文に曰く「文芸批評の名著『透明と障害』と対をなす、著者最晩年に刊行されたルソー論」。スイスの批評家スタロバンスキー(Jean Starobinski, 1920-2019)による『Accuser et séduire』(Gallimard, 2012)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の謝辞によれば「本書収録のテクストはすでにさまざまなところで発表したものである。今回の出版にあたって、すべて見直しをし、時には大幅に修正を加えた」とのことです。2012年6月28日と日付が記されているエピローグ「ジャン=ジャック・ルソーに贈る花束」には次のような言葉があります。
★「体系として組み立てられる音楽と植物学以上に彼の心を占めた問題は、人間社会と社会を一つにまとめる手段の問題であっ」た(335頁)。「ルソーは、自分を取り巻く人間的な光景のなかに、花束の花々のように一つにまとまっているものの調和ではなく、恣意と濫用とを発見したのであった。同時に、彼は現実の敵または想像上の敵のなせる業とみなす自分の人格に敵対する体系を過度に心配した。その反面、彼は人間の共同体の幸福と生き残りの必要条件を定義したいと望んだ。相互性の要求をもとにして、各人=一人ひとりの自由と全員の意志を一致させるような政治システムを望んだのだ。彼の倫理学は、相互性と従属が矛盾しないことを望んでいた」(同頁)。「彼が口にしたもろもろの問題は現在もつねに、そして今では地球全体の規模で生じている。それらの問題にわたしたちは答えを出すことができるだろうか。あの大きな花束をつくることができるだろうか」(336頁)。
★なお法政大学出版局さんでは今月、新しい雑誌『対抗言論――反ヘイトのための交差路』を創刊されました。杉田俊介/櫻井信栄編、川村湊編集協力。年1回の刊行予定だそうです。創刊号の特集は「日本のマジョリティはいかにしてヘイトに向き合えるのか」「歴史認識とヘイト──排外主義なき日本は可能か」「移民・難民/女性/LGBT──共にあることの可能性」の3本立て。
★『フランクフルト学派のナチ・ドイツ秘密レポート』は『Secret Reports on Nazi Germany: The Frankfurt School Contribution to the War Effort』(Princeton University Press, 2013)の抄訳。凡例によれば、31本のレポートから15本を選んで訳出したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。亡命知識人の3氏、政治学者フランツ・ノイマン(Franz Neumann, 1900-1954)、哲学者ヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse, 1898-1979)、政治学者オットー・キルヒハイマー(Otto Kirchheimer, 1905-1965)の執筆によるドイツ分析の秘密文書です。編者の序論では3氏と諜報機関との関係に論及があり、興味深いです。
★『イミタチオ・クリスティ』は1975年に刊行された単行本の文庫化。巻頭に今道友信さんによる序文、巻末には用語解説と、呉茂一さんによるあとがきが配されています。奥付前の特記によれば「文庫化に際しては、本文中に使われている同じ語の表記に関し、漢字・仮名の不統一を適宜整理しました」とのこと。今道さんは序文で「西洋古典文学研究のわが国における第一人者であり、かねてキリスト教にも深い理解を寄せられる呉茂一先生とゲルマン的中世キリスト教文学の研究者永野藤夫教授の合作と言えば、本書の訳業としては望みうる最高の組み合わせにちがいない」と評されています。
★現在も入手可能な同書の文庫版既訳には、大沢章/呉茂一訳『キリストにならいて』(岩波文庫、1960年)があります。どちらにも呉さんが関わっておられるわけですが、岩波文庫版については大沢さんの解題には「この訳書は、最初に私が訳したものを、呉茂一先生が厳密に校閲され、訂正され、最も読みやすい文体に改められたものである」とあります。どちらの訳書にも呉さんが関わっているというのが興味深いです。なお、近年の文庫版では山内清海訳『キリストを生きる』(文芸社セレクション、2017年)がありますが、すでに絶版で異様な高額古書になっているのは非常に残念なことです。
★『告白』は2017年8月に刊行された単行本の文庫化。自決の9か月前、『豊饒の海』第3巻「暁の寺」脱稿日に、ジョン・ベスターを聞き手に45歳の三島由紀夫が語ったインタビュー(初出は「群像」2017年3月号に部分掲載)をメインに収め、評論「太陽と鉄」を併録。TBSテレビで長らく報道記者をつとめ、当該インタビューを発掘した小島英人氏によるあとがき「発見のこと――燦爛へ」が巻末に添えられています。平和憲法(特に憲法第9条第2項)を偽善だと断じる三島の肉声は、今なお私たちに問い掛けることをやめていないように思えます。
★『photographers' gallery press no.14』は2015年11月刊行の13号に続く、4年ぶりの新号。帯には「HUMAN - EXHIBITIONS - HISTORIES」と書かれており、ウェブサイトでの情報によれば「特集:「人類館」の写真を読む――新発見の写真3枚をもとに」とあります。1903年に大阪で開催された第五回内国勧業博覧会(勧業博)の場外施設「学術人類館」において撮影された写真が2017年に発見されており、本号では、当時の人種観に基づいた「人間の展示」=「帝国のショーケース」がいかなるものであったかが分析されます。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。
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