『午前四時のブルー(Ⅲ)蜻蛉の愛、そのレッスン』小林康夫責任編集、水声社、2019年8月、本体1,500円、A5判並製128頁、ISBN978-4-8010-0343-9
『新装版 シェリング著作集 第6a巻 啓示の哲学(上)』諸岡道比古編、文屋秋栄、2019年9月、本体5,000円、A5判上製248頁、ISBN978-4-906806-07-2
『原始文化(下)』エドワード・バーネット・タイラー著、松村一男監修、奥山倫明/奥山史亮/長谷千代子/堀雅彦訳、国書刊行会、2019年8月、本体6,600円、A5判626頁、ISBN978-4-336-05742-6
★『午前四時のブルー』第Ⅲ豪の特集名は、フランスの哲学者マルク=アラン・ウアクニン(Marc-Alain Ouaknin, 1957-)の著書の中でも本誌編集人の小林康夫さんが一番愛しているという『だからひとは蜻蛉〔とんぼ〕を愛する』(C'est pour cela qu'on aime les libellules, Calmann-Lévy, 1998)から採られています。編集人あとがきによれば「今号は、マルク=アラン・ウアクニンと〔舞踏家の〕工藤丈輝の二人の空駈ける蜻蛉=竜(Dragonfly)の特集ということになりました」と。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。
★ウアクニン関連では、ウアクニン自身の『だからひとは蜻蛉〔とんぼ〕を愛する』第一部「だからひとは蜻蛉〔とんぼ〕を愛する……」(髙山花子訳、33~80頁)が訳出され、小林康夫さんのエッセイ「パリ、シナゴーグの午後――マルク=アラン・ウアクニンとの出会い」、永井晋さん(東洋大学文学部教授)のエッセイ「カバリストMAO」、ウアクニンの弟子ヴァンサン・シュミットさんによるエッセイ「マルク=アラン・ウアクニンへ――心よりの感謝をこめて」の計4編を収録。『だからひとは蜻蛉〔とんぼ〕を愛する』は、いずれ水声社さんより全訳が出版されるとのことで、たいへん楽しみです。ウアクニンはウアクナンと発音される場合もあるようですが、前者のウアクニンが正しいと思われます。
★『新装版 シェリング著作集 第6a巻』は第3回配本で『啓示の哲学』上巻。燈影舎版『シェリング著作集』で2007年10月に第5b巻『啓示の哲学』として刊行されたものを底本に、加筆訂正が施されたものです。『啓示の哲学』全37講のうち、第一書「啓示の哲学への序論あるいは積極的哲学の基礎付け」(全8講、1858年)を諸岡道比古さんの訳・注・解説で収録しています。「本巻『啓示の哲学』第一書で提示された積極的哲学という考え方に基づいて、つまり、経験を通して与えられた啓示という事実を扱う積極的哲学の一つとして、「啓示の哲学」は神の実存を実証するのである。この点にこそ、第一書が『啓示の哲学』で持つ重要な意義がある。また、この思想こそ、シェリングの最終的到達点でもある」と諸岡さんは説明されています。
★ちなみに『啓示の哲学』は今回の第6a巻に続き、第6b巻(中巻)、第6c巻(下巻)と合計全3巻で全37講が全訳される予定。また、2019年9月3日現在の最新情報によれば、文屋秋栄(ふみやしゅうえい)さんでは今月末、第1a巻『自我哲学』(高山守編)を発売予定とのことです。
★『原始文化』下巻は、シリーズ「宗教学名著選」の第6巻。上巻は今年3月に刊行済です。下巻は第12章「アニミズム(二)」から第19章「結論」までを収録。巻末には、奥山史亮さんによる解題「『原始文化』初版から第六版に至る増補改訂について」と、3本の解説(長谷千代子「タイラーについて――文化人類学の視点から」、堀雅彦「タイラー『原始文化』の思想」、松村一男「タイラーと十九世紀の知的土壌」)、人名・事項・文献の、3種の索引が配されています。帯文に曰く「下巻には、アニミズム教義の概略として、転生説、死後の世界、霊の教義、霊的存在の分類、多神教、二元論、至高神、最高神を検討〔第12章~17章「アニミズム(二)~(七)」〕。次いで宗教儀礼のなかから、祈り、供犠、断食、人為的忘我、方角の決定、祓い、の発展過程を概観する〔第18章「儀礼と儀式」〕。文化の普遍的発展理論を追い求めた人類学者による、〈文化の科学〉の金字塔!」。
★シリーズ「宗教学名著選」全6巻は、2013年8月刊のエリアーデ『アルカイック宗教論集――ルーマニア・オーストラリア・南アメリカ』以来、今回で5点を刊行。残すところ第3巻、ラッファエーレ・ペッタッツォーニ『神の全知――宗教史学論集』を刊行するのみとなりました。
★まもなく発売となる、ちくま学芸文庫の9月新刊を列記します。
『世界の混乱』アミン・マアルーフ著、小野正嗣訳、ちくま学芸文庫、2019年9月、本体1,200円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-09935-8
『改訂増補 古文解釈のための国文法入門』松尾聰著、ちくま学芸文庫、2019年9月、本体1,700円、文庫判672頁、ISBN978-4-480-09940-2
『戦略の形成――支配者、国家、戦争(上)』ウィリアムソン・マーレー/マクレガー・ノックス/アルヴィン・バーンスタイン編著、石津朋之/永末聡監訳、歴史と戦争研究会訳、ちくま学芸文庫、本体1,900円、文庫判784頁、ISBN978-4-480-09941-9
『シェーンベルク音楽論選――様式と思想』アーノルト・シェーンベルク著、上田昭訳、ちくま学芸文庫、2019年9月、本体1,300円、文庫判352頁、ISBN978-4-480-09948-8
『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼――日本五大どんぶりの誕生』飯野亮一著、ちくま学芸文庫、2019年9月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-480-09951-8
★『世界の混乱』は、『アイデンティティが人を殺す』(Les Identités meurtrières, Grasset, 1998;小野正嗣訳、ちくま学芸文庫、2019年5月)に続く、小野さんによるマアルーフ作品の文庫オリジナル訳書第2弾。原書は『Le Dérèglement du monde』(Grasset, 2009)です。目次は以下の通り。Ⅰ「いつわりの勝利」、Ⅱ「さまよえる正統性」、Ⅲ「想像力による確信」、エピローグ「長すぎた歴史」、注記。訳者による解説やあとがきはありません。ただし、注記で支持されている本書の参考文献や著者自身の注釈、読書案内を掲出していたはずのウェブサイト(www.bibliographiemaalouf.com)について、2019年7月現在は閲覧できない旨が訳注で記されています。9月現在も閲覧できません。
★「私たちが生きている時代――個々の文化が日常的に他の文化と出会い、個々のアイデンティティが強固にみずからを表明する必要を感じ、個々の国や町がその内部で微妙な共生を組織しなければならない時代において、問題は、私たちの宗教的、民族的、文化的な偏見が、以前の世代よりも強まったとか弱まったとかいうことではなく、みずからの社会が暴力や狂信や混沌へと逸脱するのを私たちが防げるかどうかなのです」(72頁)。
★「問題は、日々私たちの生活を便利にしていく急速な物質的な進化と、私たちの道徳的な進化――あまりに緩慢で、このままでは私たちは物質的な進化の悲劇的結果にとても立ち向かえません――とのあいだのスピードの差なのです」(73頁)。この2箇所だけの引用ではとうてい足りません。末長く読まれるべき本です。マアルーフの真摯な警句が胸に沁みます。「あらゆる国、あらゆる都市で隣り合って暮らすさまざまな出自の人びとは今後もずっと、歪んだプリズム――紋切り型、昔からずっと続く偏見、単純なイメージーーごしにたがいを眺めるのでしょうか? 私たちの習慣と優先事項を変えて、私たちが生きるこの世界にもっと真摯に耳を傾けるときが来たと思われます。この21世紀にはもはや外国人などいないからです。「旅の同行者」しかいないのです。通りの反対側に住んでいようが、地球の反対側に住んでいようが、私たちは目と鼻の先に暮らしているも同然なのです。私たちの行為が世界中の人々に影響を及ぼし、彼らの行為もまた私たちに実際に影響を及ぼすのです」(188頁)。
★『改訂増補 古文解釈のための国文法入門』は巻末の特記によれば、本書は1973年12月に研究社より刊行された単行本の文庫化で、「1991年の改訂13版を底本とし、ルビを増やした。なお、明らかな誤りは適宜訂正した」とのことです。著者は1997年に没しており、解説「碩学の示したスタートライン」は國學院大學教授の小田勝さんがお書きになっています。「絶大な支持を得た往年のベストセラー」であり、「初学の学習者にも、プロの専門家にも有意義」と評されています。
★『戦略の形成』上巻は、2007年11月に中央公論新社より刊行された上下巻の単行本を文庫化するもの。まず上巻が9月発売で、下巻は10月発売予定です。原書は『The Making of Strategy: Rulers, States, and War』(Cambridge University Press, 1994)で、上巻には第一章「はじめに――戦略について」(ウィリアムソン・マーレー/マーク・グリムズリー著、源田孝訳)から、第十一章「決定的影響力を行使する戦略――イタリア(1882~1922年)」(ブライアン・R・サリヴァン著、源田孝訳)までが収録されています。「戦略史研究の画期的名著」(帯文より)。
★『シェーンベルク音楽論選』は1973年9月に三一書房より刊行された単行本『音楽の様式と思想』の文庫化。巻末特記によれば、原書『Style and Idea』(Philosophical Library, 1950;Univ. of California Press, 1984年)を参考にし、譜例などに訂正を加えたとのことです。ブラケット[ ]は編集部補注。巻末の文庫解説は岡田暁生さんが寄せておられます。「世評とは対照的にシェーンベルクは、自分のことを歴史を断絶させる革命家ではないと思っていた。過去を継承し、それを前へ進めるのだと考えていた。〔…〕シェーンベルクは直線的な歴史の前進を信じるモダニストであった。〔…〕彼は「過去に戻る」ことを厳しく自分に禁じていた」(340頁)と評されています。ちなみにシェーンベルクの著書が文庫化されるのはレーベルを問わず今回が初めてのことです。同書は古書で購入しようとすると1万円以上することが多かったので、まさに待望の文庫化と言えるでしょう。目次は以下の通り。
[訳者解説]アーノルト・シェーンベルクの調性感について(上田昭)
音楽の様式と思想
革新主義者ブラームス
グスタフ・マーラー
十二音による作曲
音楽における心と理性
音楽教育の方法と目的
音楽評価の基準
音楽と詩の関連性
民族的音楽について
芸術の想像と大衆性
シェーンベルクの用語について(上田昭)
訳者あとがき(上田昭)
文庫解説(岡田暁生)
★『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼』は文庫オリジナルの書き下ろし。どんぶり物の日本史をひもとくもの。「どんぶり物の誕生は、日本の食文化史における一つの革命であった」(「はじめに」3頁)。「ご飯の上におかずをのせるという革命は、今からおよそ200年前の文化年間(1804~18年)に起こった。鰻丼が発明され、売りにだされたのだ。〔…〕そして、鰻丼人気に支えられて、天丼、親子丼、牛丼、かつ丼といった日本人に人気のあるどんぶり物が誕生してくる。ただし、それは明治以降のこと」(同4頁)。「多くの史料にあたることで、これまで明らかにされていなかった、鰻丼が生まれた時期やその背景、天丼よりも天茶〔かきあげなどをご飯に乗せてお茶漬けにしたもの〕が先行した事実、鳥肉と鶏卵を食べるようになってもなかなか親子丼が生まれなかった理由、牛丼ブームが起きたある事情、かつ丼が生まれてくるまでの過程、等々を突き止めることができた」(同3~4頁)。大いに興味をそそられる労作です。
★また最近では以下の新刊との出会いがありました。
『力なき者たちの力』ヴァーツラフ・ハヴェル著、阿部賢一訳、人文書院、2019年8月、本体2,000円、4-6判並製154頁、ISBN978-4-409-03104-9
『大江健三郎とその時代――「戦後」に選ばれた小説家』山本昭宏著、人文書院、2019年9月、本体3,500円、4-6判上製330頁、ISBN978-4-409-52079-6
『人類の意識を変えた20世紀――アインシュタインからスーパーマリオ、ポストモダンまで』ジョン・ヒッグス著、梶山あゆみ訳、インターシフト発行、合同出版発売、2019年9月、本体2,250円、四六判並製392頁、ISBN978-4-7726-9565-7
『小説集 明智光秀』菊池寛/八切止夫/新田次郎/岡本綺堂/滝口康彦/篠田達明/南條範夫/柴田錬三郎/小林恭二/正宗白鳥/山田風太郎/山岡荘八著、末國善己解説、作品社、2019年8月、本体1,800円、46判上製236頁、ISBN978-4-86182-771-6
★『力なき者たちの力』は発売済。『Moc bezmocných』(『Spisy, sv. 4. Eseje a jiné texty z let 1970–1989. Dálkový výslech』(Praha: Torst, 1999, str. 224-330)の全訳。哲学者ヤン・パトチカの想い出に捧げられた、ポスト全体主義体制をめぐるハヴェル(Václav Havel, 1936-2011)による論考「力なき者たちの力」(1978年)と、共産党による独裁国家だったチェコスロバキア社会主義共和国時代の民主化運動文書「憲章七七」(1977年)を収録しています。
★「力なき者たちの力」から引きます。「現実と直面しない限り、「見せかけ」は「見せかけ」として見えない。「真実の生」と直面しなければ、「嘘の生」が嘘であることを暴く視点は存在しない。〔…〕ポスト全体主義体制における「真実の生」にあるのは、実存的(人間が人間らしさを取り戻す)、認識論的(あるがままの現実を明らかにする)、倫理的(他の模範となる)次元だけではない。これらにも増して、明らかに政治的次元がある。/体制の基本的な支柱が「嘘の生」であるとしたら、「真実の生」がその根本的な脅威となるのは当然である。それゆえ、「真実の生」は、何にも増して厳しく抑圧されることになる」(36頁)。
★「ポスト全体主義体制の社会では、伝統的な意味での政治的生活はすべて根絶やしにされている。人びとが公けの場で政治的見解を表明できる可能性はなく、そればかりか、政治組織を編成することも叶わない。その結果生じた隙間は、イデオロギーの儀式がことごとく埋めることになる。このような状況下、政治への関心は当然のことながら低下し、大半の人びとは、独自の政治思想、政治的活動といったものは現実離れした抽象的なもので、ある種の自己目的化した戯れでしかなく、強固な日常という心配事から絶望的に遠く離れたものと感じる」(51頁)。
★ハヴェルの言葉は、今となっては打倒された遠い国の話どころではなく、日本人が生きる現実を強烈に照射するものでもあります。日本が果たして充分に「自由で民主的」な国かどうか、疑わざるを得ない人々にとっては、本書は数少ない《信じるに足る一書》です。広く読まれることを祈るばかりです。
★『大江健三郎とその時代』はまもなく発売(9月9日取次搬入)。「大江健三郎の小説と発言を戦後社会の変遷のなかに位置づけるという、筆者の長年の課題に取り組んだ」(「あとがき」323頁)もの。「より具体的に述べると、「共同体」と「超越性」という二つの概念を意識しながら、大江の試みを戦後史のなかに置き直していく」(「はじめに」13頁)。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。
★『人類の意識を変えた20世紀』は発売済。『Stranger Than We Can Imagine: Making Sense of the Twentieth Century』(Soft Skull Press, 2015)の訳書。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「19世紀の目で見ている限り、21世紀の意味など絶対に掴めない」(13頁)と考える著者は20世紀に点在する「暗く深い森」に果敢に分け入ります。「過激な新しい概念に共通するパターン」を見出そうとする興味深い試み。
★『小説集 明智光秀』は発売済。明智光秀を題材にした小説作品の名編12篇を独自に集めたアンゾロジー。収録作品は書名のリンク先でご確認いただけます。帯文には「2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』視聴者必読」と謳われています。編者の末國善己さんによる解説は、古今の物語世界で描かれた、史実とは「まったく違う光秀」像の来歴に言及しており、光秀像のアクチュアリティが紹介されています。