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注目新刊:ユング『分析心理学セミナー1925』創元社、ほか

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『分析心理学セミナー1925――ユング心理学のはじまり』C・G・ユング著、ソヌ・シャムダサーニ/ウィリアム・マクガイア編、河合俊雄監訳、猪股剛/小木曽由佳/宮澤淳滋/鹿野友章訳、創元社、2019年6月、本体3,400円、A5判並製320頁、ISBN978-4-422-11708-9
『変身物語 1』オウィディウス著、高橋宏幸訳、京都大学学術出版会、2019年5月、本体3,900円、四六変上製466頁、ISBN978-4-8140-0222-1



★『分析心理学セミナー1925』はユングが1925年にチューリッヒで行ったセミナーの記録『Introduction to Jungian Psychology: Notes of the Seminar on Analytical Psychology Given in 1925』(Princeton University Press, 1989/2012)の訳書です。アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝』(上下巻、みすず書房、1972~1973年)にはこのセミナーから選ばれたエピソードが複数あるといいます。編者のシャムダサーニは「2012年フィレモン・シリーズ版へのまえがき」でこう述べています。「ユングが行なった講義の中で、このセミナーほど多くの点で歴史的意義のあるものはない。後に『赤の書』に結実する彼の着想や自己実験の展開を、ユング自身の言葉で述べた唯一の信頼できる一次資料と言えるからである。それにもかかわらず、このセミナーはそれに相応しい注目を広く集めることがないままであった。本セミナーは1989年にウィリアム・マクガイアの編集により、ボーリンゲン・シリーズの一冊としてすでに出版されている。その水準はきわめて高いものであった。しかし『赤の書』が公刊されたことで、このセミナーは新たな相貌を見せる機会を得ることになった。ここで行なわれたユングの議論が新しい光のもとに照らし出されたからである。フィレモン・シリーズとして改訂した本書には、新たな序論を加えたほか、『赤の書』におけるユングの言及箇所を参照できるようにし、さらに新しい情報を注の中で、《2012年追記》として示してある」(9頁)。



★数々の印象的な講義の中から、第13講の講義末尾部分を引用します。「人は、他の人々にもたらす影響を通してのみ、自分が何者であるのかを知ることができます。このようなやり方で、自分の人格を創造するのです。意識についての話はこのくらいにしておきましょう。/無意識の側については、夢を通して推測することで作業をしなければなりません。意識と同じような目に映る範囲を想定しなければなりませんが、少し独特なのは、夢の中では人が厳密にいつもその人自身であるわけではないからです。無意識の中では性別すら必ずしも明確に定められるわけではありません。無意識の中にも事物が存在すること、つまり集合的無意識のイメージがあることを想定することができます。こういった事物とあなたの関係とは何でしょうか? それもはやり、女性です。もしあなたが現実において女性を手放すのなら、あなたはアニマの犠牲になります。男性が最も好まないのは、女性とのつながりが避けられないものであるという自分の感情です。男性が女性との関係を断ち切って自由になったと確信し、さて自分自身の内的世界を動きまわろうとするまさにその時こそ、注意してください。その男性は自分の母親の膝の上にいるのです!」(113頁)。


★『変身物語 1』は「西洋古典叢書」の2019年第1回配本。凡例によると本書は、プブリウス・オウィディウス・ナーソー『変身物語』全15巻の翻訳であり、第1分冊に第1~8巻、第2分冊に第9~15巻を収録する、と。底本はウィリアム・S・アンダーソン校訂によるトイプナー社1998年版。入手しやすい既訳には中村善也訳『変身物語』上下巻(岩波文庫、1981~1984年)がありますが、新訳は久しぶりのものです。解説に曰く「オウィディウス『変身物語』はギリシアを中心に、ローマは言うまでもなく、エジプトやアラビアなど東方に由来するものも含め、大小250あまりのさまざまな「変身」が関わる物語を連ねて、1万5千行あまりという大作をなしている。ギリシア・ラテン文学の中でもっともよく読まれ、また、後世の文学に限らず、さまざまな芸術にもっとも大きな影響を与えた作品の一つと言える。/その魅力はなにより、物語が心に引き起こす驚きの感興であろう。そんなことが現実に起きるはずがないと思いながら、物語は読者に不思議な情景を生き生きと思い描かせる」(410頁)。天地創造、人間の誕生と失墜、神が起こした大洪水による人間の殲滅と生き残りの男女に託された新世界――。めくるめく物語の渦が読者の想像力を捉えて離しません。付属の月報140には木村健治さんによる「オウィディウスの魅力」と、國方栄二さんによる連載「西洋古典雑録集」第14回が収められています。



★2019年の西洋古典叢書の刊行は全6点予定。そのなかにはカルキディウスによるプラトン『ティマイオス』の註解書(土屋睦廣訳)も予告されています。たいへん楽しみにです。


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。


『泰山――中国人の信仰』エドゥアール・シャヴァンヌ著、菊地章太訳注、東洋文庫:平凡社、2019年6月、本体3,200円、B6変判上製函入320頁、ISBN978-4-582-80895-7
『加藤周一青春ノート 1937-1942』加藤周一著、鷲巣力/半田侑子編、人文書院、2019年5月、本体3,800円、4-6判上製346頁、ISBN978-4-409-04111-6
『ボランティアとファシズム――自発性と社会貢献の近現代史』池田浩士著、人文書院、2019年5月、本体4,500円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-409-52077-2
『平成の天皇と戦後日本――平成の天皇と戦後日本』河西秀哉著、人文書院、2019年6月、本体2,000円、4-6判上製190頁、ISBN978-4-409-52078-9
『野党が政権に就くとき――地方分権と民主主義』中野晃一著、中野真紀子訳、人文書院、2019年6月、本体2,700円、4-6判上製256頁、ISBN978-4-409-24125-7



★『泰山』は東洋文庫の第895弾で発売済。勉誠出版の「アシアーナ叢書」より2001年に刊行されたものの改訳版。凡例によれば本書は『Le T'ai chan : Essai de monographie d'un culte chinois』(Leroux, 1910)の第1章、第2章、第6章、結論を訳出したもの。「古文献と金石文のフランス語訳である第3章「封禅関係文献」、第4章「願文」、第5章「碑文」は訳出していない」とのことです。また、訳者あとがきによれば勉誠出版より刊行した後に「シャヴァンヌが参照したほぼすべての文献に目を通すことができた〔…〕訳注を大幅に増補し、初版以後に知り得た内外の研究成果を加えた」と。巻末に索引あり。古典的名著ゆえに旧訳版の古書価が安定的に高額でしたから、改訳版刊行は嬉しいです。訳者の菊地章太(きくち・のりたか:1959-)さんはシャヴァンヌ(Édouard Chavannes, 1865-1918)のもう一冊の訳書『古代中国の社――土地神信仰成立史』も東洋文庫から昨年上梓されています。また、すでに長らく絶版ですが、『司馬遷と史記』(岩村忍訳、新潮選書、1974年)という既訳書もあります。東洋文庫次回配本は8月、『神の書』とのこと。『鳥の言葉』と同じくアッタールの著書でしょうか。


★『加藤周一青春ノート 1937-1942』は発売済。加藤周一(かとう・しゅういち:1919-2008)さんが18歳から22歳(1937年から1942年)の頃、旧制高校時代から大学時代にかけて書かれ、歿後に書庫から発見された全8冊のノートから、若き日の思索や戦争時代の証言として貴重なものを選んで抄録したという一冊。編者による註、半田さんによる関連年譜、鷲巣さんによる解説とあとがきなどが付されています。樋口陽一さんの推薦文が帯に刷られています。曰く「のちにその作品群によって知性と感性のゆたかなポリフォニーを響かせることとなる秘密が、ここにある」。鷲巣さんはあとがきにこう綴っておられます。「本書は加藤を「神話化」するために刊行するのではない。未熟も稚拙も含めて読者に伝えることによって、加藤が時代といかに向き合い、自分自身をどのように鍛えたかを知って欲しい。加藤のありのままの姿から、私たちが考えること、学ぶことは多い。とりわけ加藤の青春時代と似た時代になりつつある今日を生きる人びとにとって、それらは示唆に富むに違いないと考えるからに他ならない」(337頁)。


★『ボランティアとファシズム』は発売済。日本やドイツの歴史を通じて、ボランティアという活動が「社会にとってとりわけ重要な意味を持ったのは、平穏な時代ではなく、危機の時代、「非常時」とも呼ばれた激動の時代において」(序章、16頁)であったことを明かします。「この表題は、ボランティアはファシストだ、とか、ボランティア活動はファシズムの一環だ、とか、主張しているのではありません。ファシズムとは、きわめて簡潔に言うなら、“危機の時代からの脱却や、危機的状況の解消を実現するための、全社会的・全国民的な運動の一形態”を言い表す概念です。このファシズムと、私たちに身近なボランティア活動という、それ自体なんの関係もない二つの名詞が、私たちの歴史のなかで、いわば切っても切れない関係を与えられてきたという事実を、私たちは持っているのです。この歴史的な現実を、いまあらためて見つめ直したい――というのが、本書のモティーフにほかなりません」(16~17頁)。


★『平成の天皇と戦後日本』はまもなく発売。帯文に曰く「現代天皇制研究の第一人者が描く、明仁天皇の半生」と。あとがきによれば本書は2016年に洋泉社の「歴史新書y」の1冊として刊行された『明仁天皇と戦後日本』の増補版とのこと。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「本書の試みによって、象徴天皇制が戦後社会にあってどのような位置づけにあり、それがどのように変化しているのかもわかるはずである。明仁天皇の歩みを通して、戦後社会の姿や象徴天皇制とは何かを明らかにする試みとしたい」(はじめに、11頁)。増補されたのは、2016年以降の出来事を記した「終章 「平成流」の完成へ」。著者の河西秀哉(かわにし・ひでや:1977-)さんは神戸女学院大学文学部准教授。近著に『天皇制と民主主義の昭和史』(人文書院、2018年)、『近代天皇制から象徴天皇制へ』(吉田書店、2018年)などがあります。


★『野党が政権に就くとき』はまもなく発売。上智大学国際教養学部の学部長をおつとめの中野晃一(なかの・こういち:1970-)さんが2010年に刊行された著書『Party Politics and Decentralization in Japan and France: When the Opposition Governs』(Routledge, 2010)の、中野真紀子さんによる日本語訳に著者自身が加筆修正を施したものです。「1980年代のフランスと1990年代の日本における地方分権改革の政治過程を取り上げ」、「野党、政党間競争、そして政権交代という政党政治の力学が、自由民主主義の深まりに寄与するメカニズムを解明しようと試みるもの」(序、7頁)。「本書で注目するのは、日仏の社会党という野党が、ともに数十年の在野を経てようやく政権を獲得するに至った時、初めて歴史に残る地方分権改革が推し進められたという事実である」(8頁)。「政権交代と連立政権入りという日仏の違いが政策過程や政策結果にもたらした影響についても詳細に論じる」(同)。


★「今日、あえて本書を世に問う意味としては、1994年に小選挙区制が導入されて以降、とりわけ日本において新自由主義的とも言えるシュンペーター流の自由民主主義観が広く一般に浸透してしまい、ともすれば政党間競争を通じた野党による民主主義の深化が等閑視される傾向が強いことがあげられる。「政権担当能力」というかなり意味内容の怪しい言葉が喧伝され、野党の存在意義があたかも「代替与党」としてしかないかのような状況がつづいてきたと言わざるを得ない。主要政策や政治手法に関して大幅な現状追認を前提にしない限り、野党は「反対や批判ばかりで現実的ではない」と論評され、「政権担当能力のなさが危ぶまれる」というまことしやかな誹謗を繰り返し受けてきた」(12頁)。


★「選挙で自公政権与党を合わせて圧倒的な多数を得ていることをもって、安倍政権は民主的な正当性を主張するわけだが、実際には、野党の分断、投票率の低迷、そして小選挙区制の歪みの三つの要因によって、得票率から著しく乖離し「水増し」された議席数を獲得しているにすぎない。安倍自民党は、2012年12月、2014年12月、2017年10月と3回つづけて公明党と合わせて議席の三分の二を超える圧勝を遂げているが、2009年8月に民主党に惨敗し下野した際に麻生自民党が獲得した得票数を下回りつづけていることが何よりも明確にこのことを裏書きしている」(14~15頁)。


★「本書の事例が明らかにしたのは、オポジションであること(つまり政権与党に反対し、厳しく対峙すること)と、政権与党に代わりうるオルタナティブとなることは矛盾しないし両立する、ということである。これは言い換えれば、ともすると「対決」か「対案」か、という二元論に陥りがちな日本における野党のありかたをめぐる論争そのものを斥けるものである。政権与党の設定したアジェンダに乗ることをもって「対案」型というならば、そのような野党は永遠に政権の補完勢力に終わるだろう。むしろ明確に「対決」した上で、野党であることを踏まえて市民社会の声をすくいあげた別の政策アジェンダを「提案」することができてはじめて、野党〔オポジション〕はオルタナティブになりえる」(あとがき、250頁)。


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