弊社出版物でお世話になっている著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。
◆江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
『アンチ・モラリア――〈器官なき身体〉の哲学』(河出書房新社、2014年6月)以来、約5年ぶりとなる単独著『スピノザ『エチカ』講義』がまもなく発売となります。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。本書の執筆と並行して、江川さんは朝日カルチャーセンター新宿校で『エチカ』をめぐる講義を4年前から行っておられます。2019年度は6月1日の「スピノザ「エチカ」入門――哲学の名著を読む」です。
スピノザ『エチカ』講義――批判と創造の思考のために
江川隆男著
法政大学出版局 2019年2月 本体5,000円 A5判上製406頁 ISBN978-4-588-15098-2
帯文より:待望のスピノザ論、ついに完成! 独自の読解法で稀代の書『エチカ』を読破に導く、類を見ない圧倒的な講義、ここに開幕――。
★帯表4には序論「批判的で創造的な」からの引用が記載されています。「私は、こうした意味での価値評価の破壊と転換を含むスピノザの『エチカ』を人類にとってもっとも重要な書物だと考える。例えば、今、本書を手に取っている読者諸賢も含めて、ほとんどの人が、実際には「哲学は多様であり、また人間にはいろいろな思考の仕方がある」、と考えているのではないだろうか。それは、たしかに正しい理解である。しかしながら、これに対して私は、あえて次のように言いたい――哲学は、実は二種類しかないのだ、すなわち、スピノザの哲学とそれ以外の哲学である、と」(3頁)。
★帯文の引用はここまでですが、本文ではこの次にフィヒテの言葉が引かれます。「私は、もう少し注意しておこう。「自我はある」を踏み超えるときには、人は必然的にスピノザ主義に至らざるをえないのである。(…)また、完全に徹底した体系は二つしかない、すなわち、この〔自我の〕限界を認める批判的体系〔カント〕と、この限界を踏み超えるスピノザの体系とである」(『フィヒテ全集(4)全知識学の基礎』隈元忠敬訳、晢書房、1997年、102頁)。
★スピノザ哲学とはどのようなものなのでしょうか。江川さんは序論の後段で次のように述べておられます。「人間は、ニヒリズムの本性をもつがゆえにつねに自然から超越しようと努力している(進歩あるいは発展の努力)。〔・・・〕スピノザの哲学は、そうしたニヒリズムの人間精神を解体して、人類そのものがまさに特異な〈地球-球体〉という所産的自然――巨大分子――に内在し直すための諸観念から人間精神を再構成しようとする〔…〕。これは、ニーチェと同様に、もっとも哲学的な思考――つまり、本質的に意味の変形と価値の転換からなる哲学――を最大限に有した、その意味でそれらの強度をもっとも有した人類の生ける産物であり、その限りでまさに未来の遺産(つまり、〈未来を思い出すこと〉)である。スピノザの『エチカ』は、人間によって書かれたあらゆる書物のなかで未来の様態のためにもっとも必要なことが書かれている。それは、科学的理性や宗教的精神に絶対に還元されえない哲学的知性によって書かれている。この意味においてスピノザは、ニーチェと同様に、もっとも哲学者らしい哲学者である」(6頁)。
★江川さんは本講義での試みについてこう述べておられます。「例えば、無神論的傾向を一般的にもつ現代人の多くは、おそらく『エチカ』を真剣に読むことが不可能になるだろう。しかし、私がここで提案したいのは、『エチカ』のなかの「神」(Deus)という言葉をすべて「自然」(Natura)という言葉に置き換えて読むことである。スピノザ自身がまさに「神あるいは自然」と言っている以上、この置換は完全に正当化されうる。そこで、次のような定理を事例として挙げてみよう。/(a)すべて在るものは神のうちにあり、そして何ものも神なしには在りえず、また考えられない(第1部、定理15)。/(b)何びとも神を憎むことはできない(第5部、定理18)。/一読してわかるように、無神論的な傾向にある現代人にはおそらく違和感のある文章であろう。しかし、これらの定理のなかの「神」に代わって「自然」という言葉を入れると、この文章は次のようになる。/(a´)すべて在るものは自然のうちにあり、そして何ものも自然なしには在りえず、また考えられない(第1部、定理15)。/(b´)何びとも自然を憎むことはできない(第5部、定理18)。/おそらく何の違和感もなく、多くの人々がこの二つの言説を当然の事柄として受け入れることができると思われる――すべては自然のうちにしか存在しえないし、自然がなければ、何ものも存在しえない。自然は自然法則からしか成立しないのであるから、自然をいくら憎いんでも何にもならない、等々」(16~17頁)。
★周知の通りスピノザ『エチカ』をめぐっては昨年暮に國分功一郎さんの『100分 de 名著 スピノザ 『エチカ』(NHKテキスト、2018年11月)が発売され、12月に放映された同番組全4回は好評を博しました。さらに先月は、法政大学出版局さんより秋保亘(あきほ・わたる:1985-)さんの『スピノザ 力の存在論と生の哲学』が刊行されています。『エチカ』の全訳書は、岩波文庫判全2冊と、中公クラシックス版(『エティカ』)などがあります。江川さんの新刊との併売併読をお薦めしたいです。
◆門林岳史さん(共訳:リピット水田堯『原子の光 影の光学』)
イタリアに生まれオーストラリアやフランスで学び、オランダ・ユトレヒト大学で教鞭を執っている哲学者でありフェミニスト理論家、ロージ・ブライドッティ(Rosi Braidotti, 1954-)さんの単独著『ポストヒューマン』(2013年)の本邦初訳に監訳者として関わっておられます。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。巻末の訳者あとがきは門林さんによるものです。
ポストヒューマン――新しい人文学に向けて
ロージ・ブライドッティ著 門林岳史監訳 大貫菜穂/篠木涼/唄邦弘/福田安佐子/増田展大/松谷容作訳
フィルムアート社 2019年2月 本体3,000円 四六判上製352頁 ISBN978-4-8459-1725-9
帯文より:新時代の人間論。自己・種・死・理論の先にある新たな生のための、ポストヒューマン理論入門の決定版、待望の刊行! 人文主義の根幹にある近代・西洋・白人・男性的な人間像に異議を突きつけ、新しい人文学(ヒューマニティーズ)のかたちを描き出す。
★原著は『The Posthuman』(Polity Press, 2013)。「人間という概念は、現代科学の進展とグローバル経済の利害という二重の圧力のもとで砕け散ってしまった」(序、10頁)と著者は指摘します。「わたしたちの種、わたしたちの政体、そして、わたしたちがこの惑星の他の居住者たちと取り結ぶ関係にとって、共有の参照項となる基本的単位とは厳密にいって何なのか。この論点は、科学・政治・国際関係が現代において複雑化したなかで、わたしたちが――人間として――共有するアイデンティティの構造そのものにかかわる深刻な問いを提起している」(11頁)。「アカデミックな文化において、ポストヒューマンなるものは、批判理論や文化理論の次なるフロンティアとして賞賛されるか、わずらわしい一連の「ポスト」流行りの最新版として敬遠されるかのどちらかである。ポストヒューマンは、かつての万物の尺度であった「人間〔Man〕」が深刻に脱中心化されている可能性に対して、歓喜のみならず不安をも引き起こしているのである。人間主体についての支配的ヴィジョン、そして、それを中心に据えた学問分野、すなわち人文学〔ヒューマニティーズ〕が、重要性や支配力の喪失を被っているという懸念が広まっているのだ」(同頁)。
★「本書でわたしが取り組みたい主要な問いは以下である。第一に、ポストヒューマンとは何か。より具体的には、わたしたちをポストヒューマンへと導くかもしれない知的および歴史的道程とはどのようなものなのか。第二に、ポストヒューマン的状況において、人間性〔ヒューマニティ〕はどうなってしまうのか。より具体的には、それはどのような新しい主体性のありかたを支持するのか。第三に、ポストヒューマンは、どのようにしてそれ固有の非人間性のありかたを生じさせるのか。より具体的には、わたしたちは自らの時代の非人間的(非人道的)な側面にどのように抵抗しうるのか。そして最後に、ポストヒューマンは今日の人文学の実践にどのような影響を与えるのか。より具体的には、ポストヒューマンの時代において理論が果たす機能とはどのようなものか」(13頁)。
★人文学の未来への展望にとどまらず、本書の知見は書店さんでの人文書の扱いについても様々な示唆をもたらしてくれるはずです。昨年から「ポスト人文学」フェアが複数の書店で開催されてきましたが、ブライドッティの『ポストヒューマン』はフェアの開催後に通常の分野別書棚へと同テーマを落とし込みたい書店さんにとって、鍵となる一冊だと思います。
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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『絵とはなにか』ジュリアン・ベル著、長谷川宏訳、中央公論新社、2019年2月、本体4,200円、A5判上製280頁、ISBN978-4-12-005167-8
『野の花づくし 季節の植物図鑑[春・夏編]』木原浩著、平凡社、2019年2月、本体3,000円、AB判並製192頁、ISBN978-4-582-54255-4
『叛徒と隠士 周作人の一九二〇年代』小川利康著、2019年2月、本体4,500円、4-6判上製404頁、ISBN978-4-582-48223-2
★『絵とはなにか』は『What is Painting?』(Thames & Hudson, 1999; New edition, 2017)の訳書。初版のみ副題「Representation and Modern Art」が付されています。著者のジュリアン・ベル(Julien Bell, 1952-)はイギリスの画家であり批評家。単独著の訳書は『アート・ライブラリー(16)ボナール』(島田紀夫/中村みどり訳、西村書店、1999年)以来のもの。帯にはゴンブリッチの言葉「新鮮で独創性に満ちた労作だ」が引かれています。カラー図版多数。目次は以下の通りです。
はじめに
第一章 図像としるし
原物と図像
自然の模倣
絵としるし
様式と置き換え
創造と凝視
第二章 見ることと知ること
人物像と観察
知のモデルとしての絵
写真とリアリズム
感覚
セザンヌ以後のリアリズム
第三章 形と時間
形と物体
時間と物語
歴史画の歴史
美と現代性
モダニズムの時代
ポストモダンと神話
第四章 表現
表現の意味
市場と個人
色
心と精神
体
伝達
第五章 芸術のもつさまざまな意味
比較と凝視
自由としての芸術
特定の媒体と特定の対象
お笑い
第六章 再現
再現のさまざまな段階
「理論」
「絵の死」
絵画へと向かう絵
謝辞
訳者あとがき
図版一覧
参考文献
索引
★著者は「はじめに」でこう書いています。「絵とはなにかという総合的な問いは、たとえば以下のような問いに枝分かれしていく。/「絵」と呼ばれる対象を統一するなにかがあるのか。/近代美術において再現という考えになにが起こったのか。/過去の200年にわたる絵の性質の変化はどんな要因によって引き起こされたのか。/古くからの絵の制作活動は現代世界ではどうなっているのか。/本書の六章は、歴史的な証拠に着目しつつ、身近な経験にもとづく推論によって、右〔=以下〕の問いに答えようとするものだ。/第一章では、絵の性質についての西洋の伝統的な考えと、絵についてのわたしたちの感情の土台となるいくつかの事柄を見ていく。第二章は、絵と写真との歴史的な関係を議論するが、そこには「知識」や「現実」や「感覚」をめぐる問いがふくまれる。第三章は、「近代」の観念と近代人の変わりゆく時間・空間の理解との関係を問題とする。この変化は「近代」の(あるいは「近代後〔ポストモダン〕の」)芸術を定義する助けとなろう。第四章は、個の表現という観念が、西洋文化における絵の制作活動をどう形成していったかについて考える。第五章は、絵と呼ばれる特定の美術と、彫刻その他の美術と、「芸術」そのものの概念との相互関係を考える。最後の第六章では、絵とアカデミズムの絵画理論との関係を議論し、絵の行くすえについて理論的な言及を試みる。各章は独立しているのではなく、章が進むごとに議論が発展していく」(2~3頁)。
★本書はいったん初版本で訳し終わったものの、その後新版が刊行されたために訳し直したとのことで、編集者と訳者の多大な労苦の一端が訳者あとがきで言及されています。「新版が出るや、〔編集担当の〕橋爪さんは新旧二版を突き合わせ、コンマや引用符の有無、単語の差しかえ、図版との対応のさせかた、引用文献の変更その他、こまかいところまで丁寧に照合し、異同の一つ一つを旧版に記入して見せてくれた」(249頁)。編集者が実際そこまでケアするのはなかなか大変なことです。本書刊行に賭ける情熱を感じます。
★『野の花づくし 季節の植物図鑑[春・夏編]』は日本の植物を美麗なカラー写真と軽妙なエッセイで紹介する図鑑の春夏編。春は90種、夏は68種の植物を収録。もともとは2003年から2014年にかけて各紙誌で発表してきたもの。眺めているだけで穏やかな気持ちになれる素晴らしい図鑑です。秋冬編の刊行も楽しみ。
★『叛徒と隠士 周作人の一九二〇年代』はかの魯迅の実弟、周作人(1885-1967)の「日本留学時代から始まる二十年弱にわたる〔…〕文学活動の諸相を論じるもの」(はしがき、12頁)。「文学革命(1917年)前後からの十年間にわたる文学理念の変遷を詳細に検討し、五・四運動後の挫折から再生に至る複雑な過程を極力明快に一つの脈絡のなかで描き出すことを目指した。周作人の複雑な思惟のすべてをトレースできたとは言い難いが、主要な問題点は網羅てきたのではないかと思う」(12~13頁)と。主要目次は以下の通りです。
はしがき
序論 内なる「叛徒」と「隠士」の葛藤
第一章 日本文化との邂逅――周作人における「東京」と「江戸」
第二章 人道主義文学の提唱とその破綻
第三章 失われた「バラ色の夢」――『自分の畑』における文学観の転換
第四章 「生活の芸術」と循環史論――エリスの影響
注
あとがき
主要引用・参考文献一覧
周作人略年譜及び関連事項
人名索引
★なお平凡社さんでは「東洋文庫」で『周作人読書雑記』(全5巻、中島長文訳注、2018年)を刊行しておられます。
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