『死海文書Ⅸ 儀礼文書』上村静訳、ぷねうま舎、2018年8月、本体4,000円、A5判上製30+208+4頁、ISBN978-4-906791-83-5
『ローティ論集――「紫の言葉たち」/今問われるアメリカの知性』リチャード・ローティ著、冨田恭彦編訳、勁草書房、2018年8月、本体4,200円、A5判上製292頁、ISBN978-4-326-10269-3
『文系と理系はなぜ分かれたのか』隠岐さや香著、星海社新書、2018年8月、本体980円、新書判253頁、ISBN978-4-06-512384-3
★『死海文書Ⅸ 儀礼文書』は原典からの初訳シリーズ『死海文書』の第二回配本。「祝福の言葉」「ベラホート」「日ごとの祈り」「光体の言葉」「祭日の祈り」「典礼文書」「安息日供犠の歌」「結婚儀礼」「浄化儀礼」を収録。「ベラホート」はヘブライ語で「祝福」を意味します。「光体(マオール)」というのは訳注や解説によれば「(天の)発光体」すなわち「天体」を意味しているそうで、「天の光る物のことで、聖書では時や季節のしるしとされているが、クムラン文書では「天使」をも意味しうる」とも説明されています。「本文書の祈りは、天体によってしるしづけられる時――すなわち、日の出ないし日没、あるいはその両方――に朗唱される言葉であった」(79頁)と。欠損の多い文書群を解読しようとする研究者の情熱を感じます。
★『ローティ論集』は、アメリカの哲学者ローティ(Richard McKay Rorty, 1931-2007)がヴァージニア大学の「人文学大学教授」を務めていた時代(1982-1998)に書いた論文三篇と、それ以降(2003-2007)の論文三篇を、「彼の思想の特徴をさまざまな切り口で示すもの」として選び、さらに「亡くなる直前に書いた」という「知的自伝」をあわせて訳出したもの(編訳者まえがき)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「紫の言葉(purple words)」というのは、明確な定義が与えられているわけではないようですが、政治的にも哲学的にも両極に囚われず、それらを共に見据えつつ大道をゆくという姿勢を表すもののように見えます。革新と保守、大陸哲学と分析哲学、それら両翼に通じた越境者の矜持と言うべきでしょうか。
★『文系と理系はなぜ分かれたのか』は帯文に曰く「サントリー学芸賞受賞の科学史界の俊英、待望の初新書」と。受賞作というのは『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011年)のこと。「はじめに」によれば今回の新書では、文系/理系という区分がどのようにできあがってきたのかについて欧米や日本の歴史的事例を確認し、続いてそうした区分が私たちの人生や社会制度とどのように関わっているか、特に産業やジャンダーとの関わりを検証。最後に学際化が進む昨今における文系/理系の関係のあるべき姿が考察されます。「文系・理系の分類が使われなくなる日もいつか来るはずです」(246頁)と著者は書いています。書店や図書館における分類にもいずれ変化が訪れるでしょうか。
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★最近では以下の書籍との出会いがありました。
『文明の恐怖に直面したら読む本』栗原康/白石嘉治著、ele-king books:Pヴァイン、2018年8月、本体1,800円、四六判並製200頁、ISBN978-4-909483-04-1
『私のティーアガルテン行』平出隆著、紀伊國屋書店、2018年9月、本体¥2,700円、B6判並製304頁、ISBN978-4-314-01163-1
『投壜通信』山本貴光著、本の雑誌社、2018年9月、本体2,300円、四六判並製448頁、ISBN978-4-86011-418-3
『ヴィクトリア朝怪異譚』ウィルキー・コリンズ/ジョージ・エリオット/メアリ・エリザベス・ブラッドン/マーガレット・オリファント著、三馬志伸編訳、作品社、2018年8月、本体2,800円、四六判上製344頁、ISBN978-4-86182-711-2
『本居宣長』熊野純彦著、作品社、2018年9月、本体8,800円、A5判上製902頁、ISBN978-4-86182-705-1
『新装版 新訳 共産党宣言』カール・マルクス著、的場昭弘訳著、作品社、2018年8月、本体3,800円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-715-0
『カール・マルクス入門』的場昭弘著、作品社、2018年8月、本体2,600円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-683-2
★『文明の恐怖に直面したら読む本』は栗原康さんと白石嘉治さんの対談本ですが、お二人それぞれにとっても初めての対談本となります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。栗原さんの軽妙で転覆的な語り口と、白石さんによる理論的な裏打ちが絶妙に交錯し、ここ最近毎月のように発売されている栗原さんの新刊(『菊とギロチン』『何ものにも縛られないための政治学』『狂い咲け、フリーダム』)の中でも出色の深い味わいとなっています。読みやすくて、情報量が多く、読み応えがあるのは対談ならでは。相変わらず栗原さんの「はじめに」のトーンも絶好調。担当編集者氏の破天荒なエピソードも暴露されています。
★『私のティーアガルテン行』は、紀伊國屋書店のPR誌「scripta」21~40号(2011年秋号~2016年夏号)に掲載された同名連載の自伝的回想録の単行本化。ティーアガルテン(Tiergarten)とはドイツ語で動物園や猟場を意味します。「気ままな筆の赴くところを自分で予測していえば、ここでいう「私のティーアガルテン」とは、ベルリンのティーアガルテンを思うたびに蘇るさまざまな私の過去の、次元は異なるが類似した空間、それらを想起の順に打ち重ねたものかと思える」(10~11頁)。瀟洒な造本は著者自身によるもの。60歳で創刊された「via wwalnuts 叢書」への言及がある「はじめての本づくり」に記されている、廃刊をくり返さないための一般原理五か条(26頁)が示唆的です。曰く:
一、刊行の基本はひとりの営みとする。
一、技術革新によって必ずやもたらされる翻弄を、あらかじめ長期的に見越しておく。
一、労力と資力の関係を精密につくり、薄利の確保のみに甘んじ、下部構造から破綻しないようにする。
一、読者を最小の数、最良の質に見定める。それ以上の数を求めず、それ以下の質に妥協しない。
一、つくっていて無駄がなく、飽きない形態とする。
★『投壜通信』はまもなく発売(9月3日取次搬入予定)。『考える人』『ユリイカ』『アイデア』「日本経済新聞」等々への寄稿をまとめ、書き下ろしを加えた一冊。「いろんな壜が取り揃えてあります。どれからなりとおためしください」とのこと。山本さんの精力的なご活躍の足跡を一望できるとともに、書物の海ないし森で翻弄されつつも探究/探求を続けている一読書人の歓喜(と悲鳴)を封じ込めた(といってもけっして禍々しいわけではない)小宇宙となっています。空想上の事物の実在性とそのたゆまぬ遷移というものを書物を通じて直感できる人々にとっては、バベルの図書館の書見台で自分と隣り合っている人物の気配が実は山本さんのものではないかと感じることがあるのではないでしょうか。私はあります。
★『ヴィクトリア朝怪異譚』は、ウィルキー・コリンズ「狂気のマンクトン」1855年、ジョージ・エリオット「剥がれたベール」1859年、メアリ・エリザベス・ブラッドン「クライトン・アビー」1871年、マーガレット・オリファント「老貴婦人」1884年、の四篇を収録。「優れた作品でありながら、選集に収録するには長すぎるし、かといって、それ一作を単行本として刊行するには短かすぎる」ために日の目を見ずにきた「長めの怪異譚の中から、読み応えのある力作で、かつ、日本の読者にはあまり馴染みがない作品を」まとめた、と解題にあります。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの絵画をあしらい、金箔文字でまとめた美麗なカヴァーも目を惹きます。
★『本居宣長』はまもなく発売(9月5日取次搬入予定)。カントの三批判書、ハイデガー『存在と時間』、レヴィナス『全体性と無限』などの新訳や、廣松渉論、マルクス論など数々の重要作を世に問うてきた熊野さんの最新著です。外篇「近代の宣長像」と内篇「宣長の全体像」の二部構成の大著。「本書の「外篇」は、明治改元によってこの国の近代が開かれたそののち、宣長のうえに流れてきた時間を測りなおそうとするこころみである。一方でその蓄積をふまえ、他方でその堆積をかき分けてゆくことで、私たちははじめて、今日の時代のただなかで、宣長の全体像をあらためて捉えかえすことができる。本書の「内篇」でもくろまれるのはそのくわだてにほかならない。〔…〕本居宣長はいまなお生きている」(「はしがき」2頁)。「内篇」では「本居宣長の思考を、やがてその畢生の大著『古事記傳』に焦点をあわせながら考えてゆく」(390頁)。「宣長に典型をみる、学知のいとなるの無償な立ちよう」(871頁)に肉薄する迫力は、熊野さんの大学人としての苦闘の影を感じさせるものではないでしょうか。あとがきによれば本書と並行してヘーゲルの翻訳を手掛けておられたとのことです。
★『新装版 新訳 共産党宣言』と『カール・マルクス入門』は共に8月28日取次搬入済の新刊。マルクス生誕200年を記念して同時発売。『新装版 新訳 共産党宣言』は2010年に刊行されたものの新装版であり、巻頭に「新装版によせて――今こそ共産党宣言を読む意味――資本主義の終焉と歴史の未来を考えるために」が加えられています。目次は書名のリンク先をご覧ください。同書は類書の中でももっとも資料、注釈、解題が充実しており、「共産党宣言」の本文からのみでは理解を深めにくい点はこれらの豊富な資料と注釈、解題で補うことができ、たいへん有益です。「資本主義が変遷する中で、またかつて「マルクス主義」を標榜した国家が消滅した中でも、つねに読まれ続けたのは、まさに大筋で『共産党宣言』が予想したとおり歴史が進んでいったからである。そしてこれからも読まれ続けるであろう」(「新装版によせて」4頁)。
★『カール・マルクス入門』は、『新装版 新訳 共産党宣言』の訳者であり、『超訳『資本論』』をはじめ、多数のマルクス関連書を上梓されてきた的場昭弘さんによる力作入門書です。生活編と理論編に分け、マルクスの人生と思想を丁寧に教えて下さいます。「マルクスの思想は、資本主義が独り勝ちで発展し、富の偏在を生み出し、地球環境を破壊し、それゆえ経済成長も実現できなくなりつつある、現在のような時代にこそ、その思想の意味を発揮するといえます。いつかははっきりとしないのですが、資本主義的メカニズムが役割を終えなければならない日は遠からず来る、そうでなければ、人類、いや地球は滅亡するかもしれません」(「はじめに」3頁)。ですます調で書かれており、親しみやすいです。目次詳細は以下の通り。
目次:
はじめに 今、マルクスを学ぶ意味
序 マルクスはどんな時代に生き、何を考えたか
第Ⅰ部について
第Ⅱ部について
第Ⅰ部 マルクスの足跡を訪ねて――マルクスとその時代
はじめに 旅人マルクス――その足跡を訪ねる
第一章 マルクスはどこに住んでいたか
Ⅰ-一-1 私の研究から
Ⅰ-一-2 トリーア 生まれ故郷の様子 教育、宗教、文化
Ⅰ-一-3 長い大学時代 ボンとベルリン
Ⅰ-一-4 ジャーナリスト生活の始まり
Ⅰ-一-5 新しい世界を求めて
Ⅰ-一-6 追放生活
Ⅰ-一-7 革命の中
Ⅰ-一-8 ロンドンでの生活
第二章 マルクスの旅
Ⅰ-二-1 社会運動の旅
Ⅰ-二-2 新婚旅行の旅
Ⅰ-二-3 読書の旅
Ⅰ-二-4 調査報告書の旅
Ⅰ-二-5 療養の旅
Ⅰ-二-6 『資本論』の旅
Ⅰ-二-7 遺産の旅
第三章 家族、友人との旅
Ⅰ-三-1 エンゲルスの旅
Ⅰ-三-2 祖先の旅
Ⅰ-三-3 兄弟の旅
Ⅰ-三-4 娘たちの旅
第Ⅱ部 マルクスは何を考えたか――マルクスの思想と著作
第一章 哲学に関する著作
Ⅱ-一-1 『デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異』(一八四一年)
Ⅱ-一-2 「ヘーゲル法哲学批判序説」と「ユダヤ人問題によせて」(一八四三年執筆、一八四四年掲載)
Ⅱ-一-3 『経済学・哲学草稿』(一八四四年四月~七月執筆『パリ草稿』とも言われる)
Ⅱ-一-4 「フォイエルバッハの一一のテーゼ」(一八四五年 マルクスのノートにメモ書きされたもの)
Ⅱ-一-5 『ドイツ・イデオロギー』(一八四五~四六年執筆)
第二章 政治に関する著作
Ⅱ-二-1 『フランスにおける階級闘争』(一八五〇年『新ライン新聞――政治・経済評論』に掲載される)
Ⅱ-二-2 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(『レヴォルツィオーン』第一号、一八五二年掲載)
Ⅱ-二-3 『フランスの内乱』(インターナショナル総評議会のパンフレットとして一八七一年出版された)
Ⅱ-二-4 「フランスの憲法論」(一八五一年六月一四日チャーティストの雑誌Note to the peopleに掲載)
第三章 経済に関する著作
Ⅱ-三-1 『哲学の貧困』(一八四七年ブリュッセルで出版されたフランス語で書かれたマルクス最初の単著)
Ⅱ-三-2 『経済学批判』(一八五九年ベルリンで出版)、そして『経済学批判要綱』(一八五七~八年草稿)
Ⅱ-三-3 『資本論』(第一巻は一八六七年ハンブルク、オットー・マイスナー社で出版。第二巻はエンゲルスの手で一八八五年、第三巻もエンゲルスの手で一八九四年同社から出版された)
Ⅱ-三-4 『賃労働と資本』(一八四九年四月『新ライン新聞』に五回にわたり連載された)、『賃金、価格および利潤』(一八六五年インターナショナルの中央評議会で行った講演草稿で娘エレナーによって刊行された)
第四章ジャーナリストとしての著作
Ⅱ-四-1 『ライン新聞』(一八四二年から一八四三年まで寄稿する)
Ⅱ-四-2 『フォアヴェルツ』(一八四四年)
Ⅱ-四-3 『ブリュッセル・ドイツ人新聞』(一八四七~四八年)
Ⅱ-四-4 『新ライン新聞』(一八四八~四九年)
Ⅱ-四-5 『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』
第五章 政治活動家としての著作
Ⅱ-五-1 『共産党宣言』(一八四八年)
Ⅱ-五-2 第一インターナショナル
Ⅱ-五-3 『ゴータ綱領批判』(『ドイツ労働者党綱領評注』一八七五年)
Ⅱ-五-4 『ドイツ人亡命者偉人伝』、『フォークト氏』、『ケルン共産主義者裁判』
補遺1 エンゲルスについて
補遺2 マルクスの遺稿
補遺3 マルクス全集の編纂
補遺4 マルクス以後のマルクス主義
●エピソード
1 怪人ヴィドックとマルクス
2 マルクスとアメリカ南北戦争
3 マルクスは何を買っていたのか、どんな病気であったのか
4 東ドイツの中のマルクス
5 ベルリン時代のマルクス
6 マルクスの結婚とクロイツナハ
7 パンと恋と革命――ヴェールトとマルクス
8 マルクス、ソーホーに出現す
9 一八五〇年代のロンドンの生活――マルヴィダ・マイゼンブーク
10 マルクスとオランダとの関係
11 マルクスとラッフルズ
12 アルジェリアのマルクス
13 ブライトンのルーゲ
14 イェニー・マルクスの生まれ故郷ザルツヴェーデル
15 リサガレとエレナー・マルクス
16 マルクスの「自殺論」と『ゲセルシャフツ・シュピーゲル』
17 ドイツ人社会の発行した新聞について
18 マルクスのインド論
19 編集者チャールズ・デナとマルクス
20 バクーニンのスパイ問題
21 フランス政府の資料とマルクス・エンゲルスのブリュッセル時代
22 ポール・ラファルグとラウラ・マルクス
23 マルクス・エンゲルス遺稿の中の警察報告
注
マルクスを知るために読んで欲しい参考文献
マルクス家の家系図とヴェストファーレン家の家系図
マルクス略年表
マルクス=エンゲルス関連地図
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『ローティ論集――「紫の言葉たち」/今問われるアメリカの知性』リチャード・ローティ著、冨田恭彦編訳、勁草書房、2018年8月、本体4,200円、A5判上製292頁、ISBN978-4-326-10269-3
『文系と理系はなぜ分かれたのか』隠岐さや香著、星海社新書、2018年8月、本体980円、新書判253頁、ISBN978-4-06-512384-3
★『死海文書Ⅸ 儀礼文書』は原典からの初訳シリーズ『死海文書』の第二回配本。「祝福の言葉」「ベラホート」「日ごとの祈り」「光体の言葉」「祭日の祈り」「典礼文書」「安息日供犠の歌」「結婚儀礼」「浄化儀礼」を収録。「ベラホート」はヘブライ語で「祝福」を意味します。「光体(マオール)」というのは訳注や解説によれば「(天の)発光体」すなわち「天体」を意味しているそうで、「天の光る物のことで、聖書では時や季節のしるしとされているが、クムラン文書では「天使」をも意味しうる」とも説明されています。「本文書の祈りは、天体によってしるしづけられる時――すなわち、日の出ないし日没、あるいはその両方――に朗唱される言葉であった」(79頁)と。欠損の多い文書群を解読しようとする研究者の情熱を感じます。
★『ローティ論集』は、アメリカの哲学者ローティ(Richard McKay Rorty, 1931-2007)がヴァージニア大学の「人文学大学教授」を務めていた時代(1982-1998)に書いた論文三篇と、それ以降(2003-2007)の論文三篇を、「彼の思想の特徴をさまざまな切り口で示すもの」として選び、さらに「亡くなる直前に書いた」という「知的自伝」をあわせて訳出したもの(編訳者まえがき)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「紫の言葉(purple words)」というのは、明確な定義が与えられているわけではないようですが、政治的にも哲学的にも両極に囚われず、それらを共に見据えつつ大道をゆくという姿勢を表すもののように見えます。革新と保守、大陸哲学と分析哲学、それら両翼に通じた越境者の矜持と言うべきでしょうか。
★『文系と理系はなぜ分かれたのか』は帯文に曰く「サントリー学芸賞受賞の科学史界の俊英、待望の初新書」と。受賞作というのは『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011年)のこと。「はじめに」によれば今回の新書では、文系/理系という区分がどのようにできあがってきたのかについて欧米や日本の歴史的事例を確認し、続いてそうした区分が私たちの人生や社会制度とどのように関わっているか、特に産業やジャンダーとの関わりを検証。最後に学際化が進む昨今における文系/理系の関係のあるべき姿が考察されます。「文系・理系の分類が使われなくなる日もいつか来るはずです」(246頁)と著者は書いています。書店や図書館における分類にもいずれ変化が訪れるでしょうか。
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★最近では以下の書籍との出会いがありました。
『文明の恐怖に直面したら読む本』栗原康/白石嘉治著、ele-king books:Pヴァイン、2018年8月、本体1,800円、四六判並製200頁、ISBN978-4-909483-04-1
『私のティーアガルテン行』平出隆著、紀伊國屋書店、2018年9月、本体¥2,700円、B6判並製304頁、ISBN978-4-314-01163-1
『投壜通信』山本貴光著、本の雑誌社、2018年9月、本体2,300円、四六判並製448頁、ISBN978-4-86011-418-3
『ヴィクトリア朝怪異譚』ウィルキー・コリンズ/ジョージ・エリオット/メアリ・エリザベス・ブラッドン/マーガレット・オリファント著、三馬志伸編訳、作品社、2018年8月、本体2,800円、四六判上製344頁、ISBN978-4-86182-711-2
『本居宣長』熊野純彦著、作品社、2018年9月、本体8,800円、A5判上製902頁、ISBN978-4-86182-705-1
『新装版 新訳 共産党宣言』カール・マルクス著、的場昭弘訳著、作品社、2018年8月、本体3,800円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-715-0
『カール・マルクス入門』的場昭弘著、作品社、2018年8月、本体2,600円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-683-2
★『文明の恐怖に直面したら読む本』は栗原康さんと白石嘉治さんの対談本ですが、お二人それぞれにとっても初めての対談本となります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。栗原さんの軽妙で転覆的な語り口と、白石さんによる理論的な裏打ちが絶妙に交錯し、ここ最近毎月のように発売されている栗原さんの新刊(『菊とギロチン』『何ものにも縛られないための政治学』『狂い咲け、フリーダム』)の中でも出色の深い味わいとなっています。読みやすくて、情報量が多く、読み応えがあるのは対談ならでは。相変わらず栗原さんの「はじめに」のトーンも絶好調。担当編集者氏の破天荒なエピソードも暴露されています。
★『私のティーアガルテン行』は、紀伊國屋書店のPR誌「scripta」21~40号(2011年秋号~2016年夏号)に掲載された同名連載の自伝的回想録の単行本化。ティーアガルテン(Tiergarten)とはドイツ語で動物園や猟場を意味します。「気ままな筆の赴くところを自分で予測していえば、ここでいう「私のティーアガルテン」とは、ベルリンのティーアガルテンを思うたびに蘇るさまざまな私の過去の、次元は異なるが類似した空間、それらを想起の順に打ち重ねたものかと思える」(10~11頁)。瀟洒な造本は著者自身によるもの。60歳で創刊された「via wwalnuts 叢書」への言及がある「はじめての本づくり」に記されている、廃刊をくり返さないための一般原理五か条(26頁)が示唆的です。曰く:
一、刊行の基本はひとりの営みとする。
一、技術革新によって必ずやもたらされる翻弄を、あらかじめ長期的に見越しておく。
一、労力と資力の関係を精密につくり、薄利の確保のみに甘んじ、下部構造から破綻しないようにする。
一、読者を最小の数、最良の質に見定める。それ以上の数を求めず、それ以下の質に妥協しない。
一、つくっていて無駄がなく、飽きない形態とする。
★『投壜通信』はまもなく発売(9月3日取次搬入予定)。『考える人』『ユリイカ』『アイデア』「日本経済新聞」等々への寄稿をまとめ、書き下ろしを加えた一冊。「いろんな壜が取り揃えてあります。どれからなりとおためしください」とのこと。山本さんの精力的なご活躍の足跡を一望できるとともに、書物の海ないし森で翻弄されつつも探究/探求を続けている一読書人の歓喜(と悲鳴)を封じ込めた(といってもけっして禍々しいわけではない)小宇宙となっています。空想上の事物の実在性とそのたゆまぬ遷移というものを書物を通じて直感できる人々にとっては、バベルの図書館の書見台で自分と隣り合っている人物の気配が実は山本さんのものではないかと感じることがあるのではないでしょうか。私はあります。
★『ヴィクトリア朝怪異譚』は、ウィルキー・コリンズ「狂気のマンクトン」1855年、ジョージ・エリオット「剥がれたベール」1859年、メアリ・エリザベス・ブラッドン「クライトン・アビー」1871年、マーガレット・オリファント「老貴婦人」1884年、の四篇を収録。「優れた作品でありながら、選集に収録するには長すぎるし、かといって、それ一作を単行本として刊行するには短かすぎる」ために日の目を見ずにきた「長めの怪異譚の中から、読み応えのある力作で、かつ、日本の読者にはあまり馴染みがない作品を」まとめた、と解題にあります。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの絵画をあしらい、金箔文字でまとめた美麗なカヴァーも目を惹きます。
★『本居宣長』はまもなく発売(9月5日取次搬入予定)。カントの三批判書、ハイデガー『存在と時間』、レヴィナス『全体性と無限』などの新訳や、廣松渉論、マルクス論など数々の重要作を世に問うてきた熊野さんの最新著です。外篇「近代の宣長像」と内篇「宣長の全体像」の二部構成の大著。「本書の「外篇」は、明治改元によってこの国の近代が開かれたそののち、宣長のうえに流れてきた時間を測りなおそうとするこころみである。一方でその蓄積をふまえ、他方でその堆積をかき分けてゆくことで、私たちははじめて、今日の時代のただなかで、宣長の全体像をあらためて捉えかえすことができる。本書の「内篇」でもくろまれるのはそのくわだてにほかならない。〔…〕本居宣長はいまなお生きている」(「はしがき」2頁)。「内篇」では「本居宣長の思考を、やがてその畢生の大著『古事記傳』に焦点をあわせながら考えてゆく」(390頁)。「宣長に典型をみる、学知のいとなるの無償な立ちよう」(871頁)に肉薄する迫力は、熊野さんの大学人としての苦闘の影を感じさせるものではないでしょうか。あとがきによれば本書と並行してヘーゲルの翻訳を手掛けておられたとのことです。
★『新装版 新訳 共産党宣言』と『カール・マルクス入門』は共に8月28日取次搬入済の新刊。マルクス生誕200年を記念して同時発売。『新装版 新訳 共産党宣言』は2010年に刊行されたものの新装版であり、巻頭に「新装版によせて――今こそ共産党宣言を読む意味――資本主義の終焉と歴史の未来を考えるために」が加えられています。目次は書名のリンク先をご覧ください。同書は類書の中でももっとも資料、注釈、解題が充実しており、「共産党宣言」の本文からのみでは理解を深めにくい点はこれらの豊富な資料と注釈、解題で補うことができ、たいへん有益です。「資本主義が変遷する中で、またかつて「マルクス主義」を標榜した国家が消滅した中でも、つねに読まれ続けたのは、まさに大筋で『共産党宣言』が予想したとおり歴史が進んでいったからである。そしてこれからも読まれ続けるであろう」(「新装版によせて」4頁)。
★『カール・マルクス入門』は、『新装版 新訳 共産党宣言』の訳者であり、『超訳『資本論』』をはじめ、多数のマルクス関連書を上梓されてきた的場昭弘さんによる力作入門書です。生活編と理論編に分け、マルクスの人生と思想を丁寧に教えて下さいます。「マルクスの思想は、資本主義が独り勝ちで発展し、富の偏在を生み出し、地球環境を破壊し、それゆえ経済成長も実現できなくなりつつある、現在のような時代にこそ、その思想の意味を発揮するといえます。いつかははっきりとしないのですが、資本主義的メカニズムが役割を終えなければならない日は遠からず来る、そうでなければ、人類、いや地球は滅亡するかもしれません」(「はじめに」3頁)。ですます調で書かれており、親しみやすいです。目次詳細は以下の通り。
目次:
はじめに 今、マルクスを学ぶ意味
序 マルクスはどんな時代に生き、何を考えたか
第Ⅰ部について
第Ⅱ部について
第Ⅰ部 マルクスの足跡を訪ねて――マルクスとその時代
はじめに 旅人マルクス――その足跡を訪ねる
第一章 マルクスはどこに住んでいたか
Ⅰ-一-1 私の研究から
Ⅰ-一-2 トリーア 生まれ故郷の様子 教育、宗教、文化
Ⅰ-一-3 長い大学時代 ボンとベルリン
Ⅰ-一-4 ジャーナリスト生活の始まり
Ⅰ-一-5 新しい世界を求めて
Ⅰ-一-6 追放生活
Ⅰ-一-7 革命の中
Ⅰ-一-8 ロンドンでの生活
第二章 マルクスの旅
Ⅰ-二-1 社会運動の旅
Ⅰ-二-2 新婚旅行の旅
Ⅰ-二-3 読書の旅
Ⅰ-二-4 調査報告書の旅
Ⅰ-二-5 療養の旅
Ⅰ-二-6 『資本論』の旅
Ⅰ-二-7 遺産の旅
第三章 家族、友人との旅
Ⅰ-三-1 エンゲルスの旅
Ⅰ-三-2 祖先の旅
Ⅰ-三-3 兄弟の旅
Ⅰ-三-4 娘たちの旅
第Ⅱ部 マルクスは何を考えたか――マルクスの思想と著作
第一章 哲学に関する著作
Ⅱ-一-1 『デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異』(一八四一年)
Ⅱ-一-2 「ヘーゲル法哲学批判序説」と「ユダヤ人問題によせて」(一八四三年執筆、一八四四年掲載)
Ⅱ-一-3 『経済学・哲学草稿』(一八四四年四月~七月執筆『パリ草稿』とも言われる)
Ⅱ-一-4 「フォイエルバッハの一一のテーゼ」(一八四五年 マルクスのノートにメモ書きされたもの)
Ⅱ-一-5 『ドイツ・イデオロギー』(一八四五~四六年執筆)
第二章 政治に関する著作
Ⅱ-二-1 『フランスにおける階級闘争』(一八五〇年『新ライン新聞――政治・経済評論』に掲載される)
Ⅱ-二-2 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(『レヴォルツィオーン』第一号、一八五二年掲載)
Ⅱ-二-3 『フランスの内乱』(インターナショナル総評議会のパンフレットとして一八七一年出版された)
Ⅱ-二-4 「フランスの憲法論」(一八五一年六月一四日チャーティストの雑誌Note to the peopleに掲載)
第三章 経済に関する著作
Ⅱ-三-1 『哲学の貧困』(一八四七年ブリュッセルで出版されたフランス語で書かれたマルクス最初の単著)
Ⅱ-三-2 『経済学批判』(一八五九年ベルリンで出版)、そして『経済学批判要綱』(一八五七~八年草稿)
Ⅱ-三-3 『資本論』(第一巻は一八六七年ハンブルク、オットー・マイスナー社で出版。第二巻はエンゲルスの手で一八八五年、第三巻もエンゲルスの手で一八九四年同社から出版された)
Ⅱ-三-4 『賃労働と資本』(一八四九年四月『新ライン新聞』に五回にわたり連載された)、『賃金、価格および利潤』(一八六五年インターナショナルの中央評議会で行った講演草稿で娘エレナーによって刊行された)
第四章ジャーナリストとしての著作
Ⅱ-四-1 『ライン新聞』(一八四二年から一八四三年まで寄稿する)
Ⅱ-四-2 『フォアヴェルツ』(一八四四年)
Ⅱ-四-3 『ブリュッセル・ドイツ人新聞』(一八四七~四八年)
Ⅱ-四-4 『新ライン新聞』(一八四八~四九年)
Ⅱ-四-5 『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』
第五章 政治活動家としての著作
Ⅱ-五-1 『共産党宣言』(一八四八年)
Ⅱ-五-2 第一インターナショナル
Ⅱ-五-3 『ゴータ綱領批判』(『ドイツ労働者党綱領評注』一八七五年)
Ⅱ-五-4 『ドイツ人亡命者偉人伝』、『フォークト氏』、『ケルン共産主義者裁判』
補遺1 エンゲルスについて
補遺2 マルクスの遺稿
補遺3 マルクス全集の編纂
補遺4 マルクス以後のマルクス主義
●エピソード
1 怪人ヴィドックとマルクス
2 マルクスとアメリカ南北戦争
3 マルクスは何を買っていたのか、どんな病気であったのか
4 東ドイツの中のマルクス
5 ベルリン時代のマルクス
6 マルクスの結婚とクロイツナハ
7 パンと恋と革命――ヴェールトとマルクス
8 マルクス、ソーホーに出現す
9 一八五〇年代のロンドンの生活――マルヴィダ・マイゼンブーク
10 マルクスとオランダとの関係
11 マルクスとラッフルズ
12 アルジェリアのマルクス
13 ブライトンのルーゲ
14 イェニー・マルクスの生まれ故郷ザルツヴェーデル
15 リサガレとエレナー・マルクス
16 マルクスの「自殺論」と『ゲセルシャフツ・シュピーゲル』
17 ドイツ人社会の発行した新聞について
18 マルクスのインド論
19 編集者チャールズ・デナとマルクス
20 バクーニンのスパイ問題
21 フランス政府の資料とマルクス・エンゲルスのブリュッセル時代
22 ポール・ラファルグとラウラ・マルクス
23 マルクス・エンゲルス遺稿の中の警察報告
注
マルクスを知るために読んで欲しい参考文献
マルクス家の家系図とヴェストファーレン家の家系図
マルクス略年表
マルクス=エンゲルス関連地図
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