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注目新刊:『新約聖書 本文の訳 携帯版』と『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』、ほか

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a0018105_01410634.jpg『新約聖書 本文の訳 携帯版』田川建三訳、作品社、2018年7月、本体1,800円、A6判並製496頁、ISBN978-4-86182-709-9
『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』植木雅俊訳・解説、角川ソフィア文庫、2018年7月、本体1,160円、文庫判並製432頁、ISBN:978-4-04-400409-5


★田川建三訳『新約聖書 本文の訳 携帯版』は、A5判の保存版と同時発売。頁割は保存版も携帯版も同様なので、老眼の始まった読者には携帯版は日本聖書協会版に比べてやや辛い文字の小ささですが、巻頭の訳者による「はじめに」からインパクト充分で惹き込まれます。なにせ書き出しは「新約聖書と呼ばれてきた書物は、本当はもちろん「聖書」ではない。こんなことは誰でもよく知っているはずのことである」(3頁)です。聖書を「人間が書いたもの」「あくまでも人間の歴史の記録」として捉える田川訳にふさわしい出だしだと思います。「これは、あなた方〔教会〕の所有物ではないし、あなた方が勝手に私物化してよいものでもない。それはすべての人々に、よけいな粉飾なしに、ありのままの姿で、公開されないといけない。だから我々は、ここで、新約の諸文書を教会の壁の外に解き放って、多くの読者の方々が普通に読み、普通にその実態にふれることのできるような姿で、提供することにした。ここにあるのは、後一世紀、まだキリスト教なるものが固定的な形をなしていなかった時代に、何らかの形でキリスト教にかかわった人々によって書かれたさまざまな文書を集めたものである」(同)。


★本書は、2007年から2017年にかけて田川さんが上梓した『新約聖書 訳と註』の本文訳を「もう少し日本語としてわかり易いように、ある程度」「改め、ないし語を補」ったもので、「どのみち訳文だけでは不十分なので、訳文の流れをひどく邪魔しない程度に、かなり多く註をつけておいた」とのことです。巻末には各文書についての解説が付されています。聖書の新訳自体がひとつの戦いであることを改めて示して下さった途方もない一書です。


★『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』の訳者の植木さんは画期的な『梵漢和対照・現代語訳 法華経』(上下巻、岩波書店、2008年)で毎日出版文化賞を受賞され、その後に同訳書の現代語訳のみを取り出して「日本語らしい文章にすることに努めた」という普及版上下巻を岩波書店から2015年に上梓し、さらに今春にはNHK-Eテレ「100分de名著」における法華経の講義で好評を博した方です。その植木さんによる法華経の最新縮訳版が本書。縮訳というのは、「重複した箇所をバッサリと割愛し、過剰な修飾語や形容詞、過剰な述語動詞の羅列は簡略化した」もの。「全27章のストーリー展開をスムーズに読みやすく現代語で縮訳。時代背景も考慮しながら、経典の意味を改めて掘り起こし、詳細な解説と注を章ごとに収録。全体像を的確に理解したい人必携の入門書」(カバー表4紹介文より)と謳われています。法華経のドラマティックな展開の数々が通読しやすくなったのはたいへんに重要です。


★偶然とはいえ、新約聖書の新訳と法華経の縮訳がともに7月に文庫版で発売されたことに強い感銘を覚えます。文庫本が日本で生まれてから約90年、このハンディさが読書を変えてきました。文庫本は取次において正味が単行本より低く設定されたり、月々の定期的な刊行が基本だったりするのですが、第5次ブームからはや20年、いよいよ参入障壁が取り払われるべき時が来たように思います。中小版元が自由に文庫本を作って売ることができるなら、文庫はもっと面白くなりうると個人的には予感しています。


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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。


『牛たちの知られざる生活』ロザムンド・ヤング著、石崎比呂美訳、アダチプレス、2018年7月、本体1,600円、四六変型判上製176頁、ISBN978-4-908251-08-5
『カズオ・イシグロの視線――記憶・想像・郷愁』荘中孝之/三村尚央/森川慎也編、作品社、2018年7月、本体2,800円、四六判上製342頁、ISBN978-4-86182-710-5
『エロシマ』ダニー・ラフェリエール著、立花英裕訳、藤原書店、2018年7月、本体1,800円、四六上製200頁、ISBN978-4-86578-182-3
『ビーマイベイビー――信藤三雄レトロスペクティブ』信藤三雄著、平凡社、2018年8月、本体3,200円、A5変型判並製328頁、ISBN978-4-582-20713-2



★ヤング『牛たちの知られざる生活』は『The Secret Life of Cows』の訳書。原著初版は2003年にGood Life Pressから刊行され、その後の「農場の状況をより反映するように、一部に加筆と改訂を行って」(巻頭の「著者からのひとこと」)2017年にFaber & Faberより再刊されたとのことです。再刊のきっかけとなったイギリスの作家アラン・ベネットの回想録の一部が序文として掲載されています。「冗談どころか、これはまぎれもなく牛について書かれた本だ、とても楽しい本だが、牛が(そして羊や鶏も)一般に考えられているよりはるかに知恵のある聡明な生き物だと知らされると、多くの牛たちが置かれている境遇を考えて、ちょっともの悲しい気分にもなる。これはそういう本だ。これまでの物の見方をがらりと変えてくれる」(12頁)。帯文の文言をアレンジしつつお借りすると本書は、イギリスのオーガニック農場「カイツ・ネスト・ファーム」で暮らす牛たちの日常と事件を、女性経営者が愛情豊かに描いたエッセイ。イギリス各紙で2017年のベストブックに選ばれています。版元さんのサイトで試し読みができます。


★『カズオ・イシグロの視線』は12篇のイシグロ論を収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。共編者の三村さんによる巻頭の「まえがき」によれば、「はじめの8篇は作品の各論として、これまでに刊行された7つの長編と1つの短編集のそれぞれを出版年順に取り上げて論じて」おり、「後半では個々の作品を超えた作家イシグロの全体像、あるいは日本とイギリスの中間的存在としてのイシグロが双方の文化的文脈の中で持つ意味、そして文学作品を用いた人文学教育の題材としての可能性にも眼を向けている」とのことです。巻末に「カズオ・イシグロ作品紹介」「カズオ・イシグロ年譜」「カズオ・イシグロより深く知るための文献案内」が資料として付されています。なお、各ネット書店に掲出された情報によれば、本書に関わった方々を中心に、『カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を読む』という論集が水声社さんより9月に刊行予定のようです。



★ラファリエール『エロシマ』は『EROSHIMA』(VLB éditeur, 1987)の訳書。巻頭に置かれた著者による「一つの季節――日本の読者へ」によれば、本書は1985年のデビュー作『ニグロと疲れないでセックスする方法』(立花英裕訳、藤原書店、2012年)の一部として挟み込まれる予定だった小説の原稿が、編集者のアドバイスにより独立した一冊になったもの、とのことです。編集者のなかなか美しい感想が著者を動かしたわけですが、その一言については店頭で本書をご確認ください。なお目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「午前八時。十五分後に終わりが来るのだ。俺は憤っているわけではない。ただ、思わないではいられない。あの瞬間以後、我々のなすことはことごとく――どんなありきたりの身振りであろうと――原子爆弾の威嚇の下にある。いまこの瞬間、我々がなしていること全て――たとえ、それが読書であろうとも――原子爆弾との関係からまぬがれないのだ」(21頁)。


★『ビーマイベイビー――信藤三雄レトロスペクティブ』は、現在世田谷文学館で開催中の同名展覧会の公式図録(9月17日まで)。アートディレクターの信藤三雄(しんどう・みつお:1948-)さんの手掛けたレコード、CD、ポスター、写真、等々を約1000点掲載しています。横山剣さん、小西康陽さん、リリー・フランキーさんらの特別インタヴューや、スタイリストの伏見京子さんとクリエイティヴディレクターの米津智之さんの対談も併載。日本の音楽業界におけるグラフィックデザイン現代史をひもとくうえで欠かせない資料と言えそうです。



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